秋休みまで
大変遅くなりました。
夏風邪を引いてしまい熱が下がるのに時間がかかりました。
七月下旬に組まれた避暑が終わり秋休みまでにある行事は、八月中旬にある武芸大会と九月上旬に組まれた前期期末テストの二つだ。
生徒会では避暑の案件が終わってから早々に武芸大会の草案に取り掛かっていた。
避暑が始まる前から武芸大会の予選の告知を出してあり、出場者や裏方の運営委員会である武芸委員会の募集を始めた。
武芸委員会は生徒会と連動して武芸大会を運営する委員会で各国の有力者の子息子女が担当する。各家の方針もあって有力者の中にも参加するものがいるが、本人や対戦相手の為にも武芸委員会入りするものが多い。
有力者といっても様々な人物が上がるが、今回は王侯貴族の中での上位者を示す。確実に武芸委員会入りできるのは王族・公爵家・侯爵家の三家で、その他に国や他国への影響度などを加味して伯爵家や下位の貴族も武芸委員会入りをする。
何故ここまで身分で分けるかというと、もし大会で王族を平民が傷つけた場合、本人達は問題がなくとも国単位で問題になる可能性があるための措置だ。
武芸大会の準備運営に生徒会も携わるため、生徒会入りしているミズハ達は武芸大会に出場はできない。その為、ミズハやケニス以外の生徒にも優勝の目が出て来た。
「各学年の参加名簿は上がったか?」
「三年ノ参加者ハ三百三十五名、武芸委員会選出者ガ六名。二年ノ参加者ハ三百四十一名、武芸委員会選出者ガ十一名。一年ノ参加者ガ三百四十九名、武芸委員会選出者ガ七名ダヨ。武器部門、魔法部門、個人戦、団体戦ノ集計ハまだだネ」
「わかった。それぞれの集計が終わったら予選ブロック作りを始めてくれ」
ランドルフが指示を飛ばしてカルメが答える。アリア事件が終わり通常運転になっていた。
各学年の集計人数が違うのはその学年に在籍する人数が違うからだ。既に一年生の間でも自主退学者は出ており、二年生や三年生に上がる時に補充として転入できるものの一年生からカリキュラムに慣れていない者は脱落しやすい。その結果、学年が上がるごとに一学年の総数が減っていくのだ。
入学することも難しいが卒業する事も難しい。だからこそ世界で一番の先進校と呼ばれている。
「ランドルフ先輩、各学年の詳細集計終わりました! これが写しの一部です」
「アラン良くやった。ナノハ! 悪いが武芸委員会の顔合わせを頼む」
「わかりました」
アランが各学年参加者の詳細が書かれた書類の写しをランドルフに提出すると、速読したランドルフがナノハを呼び次の指示を出す。
ミズハとケニスは闘技場の確認だ。観客席等の確認は武芸委員会が勤めるが、戦闘の開催されるリングの確認や防御用の結界等のチェックは武人と魔人の業務だ。当然最終チェックは教師も務める。
そんなこんなで武芸大会予選は滞りなく開催され一年生の個人戦武器部門と魔法部門、団体戦の武器部門と魔法部門の本戦出場者と二・三年合同の個人戦武器部門と魔法部門、団体戦の武器部門と魔法部門の本戦出場者が決まった。
本戦トーナメントの枠を決めた後に武人のケニスと魔人のミズハが実力者を決勝戦で当たる様に分類分けをしていく。
ここら辺は世知辛い物で、実力者同士が初戦等でぶつかり敗者の就職先のランクが下がる等すれば顰蹙を買うからだ。勿論予想通りに進まない場合もあるが、そこは本人達の実力と運の問題だ。
各国にはユグドラシル学園の理事長から招待状が既に送られており、参加者のリストも生徒会に届けられた。このリストは後に武芸委員会にも届けられて周知される。一応は口外禁止なのだが、毎年何処からか漏れる。
武芸大会開催も迫り各国から使者や観客がユグドラシル学園に到着し始めた。
その使者の中に獣王国レオンの使者も混じっており、アランへの謁見を願い出た。
男子寮にあるアランの部屋での会合は最初穏やかに始まったものの、次第に不穏な気配を醸し出した。
「一部貴族がアラン殿下とミズハ嬢の婚約を認められないと騒いでおります。皆様妙齢のご令嬢がいらっしゃいますからな」
「ミズハは俺の番だと話したはずだが……」
使者の言葉にアランは困惑した様な声を上げた。
「そうですな。しかし、ミズハ嬢を側妃として正妃を貴族令嬢から出してはどうか、という意見が出ておりましてな」
「バカな! 番がいれば他の異性に目など向かないぞ! もし貴族達の言う通りになれば正妃になった令嬢に子はできない!」
獣王国レオンで囁かれている内容にアランが声を荒げる。
獣人が番と認めればその相手にしか欲情しない。つまりアランに他の女性をあてがったところでその女性はは清い身のまま一生を過ごす事になる。正妃として国の女性としては頂点に立てても、女性としてのプライドは粉々だろう。アランはそんな女性を出す気はなかった。
「国母を輩出した家、王の外戚の家系となれば権力も握れましょうからな」
「俺はミズハ以外を妃にするつもりはない!」
貴族社会に渦巻く権謀術策がミズハに牙を剥いていると知ったアランは怒りをあらわにした。使者が言った通りの状況になるかはともかく、ミズハ以外の女性を妻にと言われてアランのボルテージは上がっていく。
使者は所詮使者でしかなくアランの機嫌は右肩下がりになったが、今回文句を言っている貴族の一覧を持って来てくれていた。
アランは一覧を確認すると見事に中位から下位貴族のものだった。上位貴族は文句がないように見えるが、この場合様子見か下の階級の貴族を使って騒ぎを起こしているかのどちらかだろう。
勿論中にはミズハの父親であるエンジュや養父母達の影響を感じて賛成に回っている者もいるだろう、むしろ多くが賛成ないし中立を保っているはずだ。
「勿論わたくしはわかっておりますよ。ですが自分の欲望に忠実な者や信じたいものしか信じぬアホもおりますからな。まぁ、今回の事は使いようによっては見せし……ゴホンッ、良い薬になるでしょう」
「お前は相変わらず良い性格をしている」
使者は白い顎鬚をしごきながら物騒な事を言い、流石のアランも頭に上がっていた血が下がって来る。
この使者はアランが産まれる前から獣王国レオンに王宮に勤めているベテランで、酸いも甘いも知り尽くした老臣だ。
「ホッホッホ、お褒めに預かり光栄ですな。それはさておき、レイニードよエスターク殿達とは連絡取れるな。今回の事を連絡せよ」
「畏まりました」
使者はアランの嫌味を受け流しレイニードに指示を出す。
「しかし、情報を流してもこちらの方針と沿うでしょうか?」
「それは大丈夫だろう。エスターク殿も頭が悪い訳ではない、少々直情的ではあるがな。貴族のなんたるかも学んでいる。それにターザ国にはゲオルク殿やアリアナ殿が一緒にいる」
「考えが足りませんでした。即急にお知らせします」
レイニードの問いに昔の事を思い返しながら答えると使者は人の悪い笑みを浮かべた。
「それでは御前失礼いたします。これからアマノ共和国に行きエンジュ殿と面会の予定ですのでな、ホッホッホ」
「おい、腹黒さが顔に出ているぞ。少しは隠せ」
「おお、これは申し訳ございません。これから楽しみになりますぞ」
実に人を食った、悪巧みしていますという顔の使者にアランが注意するが、一向に良くならない。
この使者は頭に羊の角を持つ羊の獣人なのだが、草食系の獣人とは思えぬほど悪巧み、権謀術数が得意で王宮でも悪い意味で有名人だった。
そんな使者の通常運転ぶりにアランも平常に戻る。
何とか気は静めたものの使者がやって来てからのアランはどこかイライラしていた。
「アラン、何をそんなに苛立っているの?」
「ミズハか。いや、何でもないんだ」
「嘘ね、何もないならそんなに焦る必要はないもの。私に言えない事なの? 確かにアランは大国の王子で私に話せない事が多いのは解るわ。でも、今回の事はそう言う事ではないでしょう」
気遣わしげにアランのもとを訪れたミズハにアランは最初心配させないように明るく言い切ったものの、真剣な眼差しのミズハの言葉がアランの心を穿つ。
「うっ……。実は――」
アランは獣王国レオンから使者がやって来て、アランとミズハの結婚を反対する勢力がいる事を告げた。
「何だ、そんな事だったの」
「そんな事って、軽いな」
あっさりとしたミズハにアランも力が抜けて来る。
「だって最初から完全に賛成されるとは思っていないもの。私は結局のところ平民だし、仮に身分があったとしても全員が賛成する事はないと思うのよ」
ミズハの言葉にアランは目を瞬かせる。
ミズハの言っている事は正論で、いくらアランがミズハを思おうが全ての者達が納得する訳ではない。アランはそんな事を今更ながら思い出した。
ミズハが冬休みに獣王国レオンを訪れてからというものトントン拍子に物事が進み、障害は全て無くなったものと勘違いしていた事にアランはやっと気付いた。
アランは瞬く間に顔を沸騰させ、真っ赤に染まる顔を横に反らした。
その後武芸大会は無事に閉幕して、九月の上旬に前期期末テストが行われた。
結果としてはいつも通りナノハが一位でケニスが二位、今回はミズハが三位で四位がアラン、五位がレイニードになった。
特に今回のテストは四位のアランと五位のレイニードが僅差で、いつ立場が逆転するか分からない。
粛々と終業式が進行してついに待ちに待った秋休みが到来した。
申し訳ありませんが身内に不幸があったので来週はお休みさせていただきます。




