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狐少女の日常  作者: 樹 泉
三章 ユグドラシル学園二年生編
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避暑(2)


 今年もやって来たユグドラシル学園の行事『避暑』で、早くもアランは幸運を味わっていた。しかし、直ぐ様持って来ていた上着をミズハの上にかけるのも忘れない。

 そもそもの始まりはミズハ達がダンジョンから帰って来た頃に遡る。


 ダンジョンから帰還したミズハ達はレポートと宿題を終えて生徒会室に来ていた。

 今回話し合うのは下旬に迫った避暑の配置だ。

 行事として避暑に行くのは決まっており、生徒会として決めるのは学年ごとの野営の割り振りだ。

 全校同時に行われる避暑は、何か事情のある生徒か居残りの教師以外全員が中央の島の真ん中にある湖の縁まで向かう。一学年ごとに取る敷地を考え、ユグドラシル学園から最も近い湖南方を一年生に、西側を二年生が使い東側を三年生が使用する。

 例年の配置道通りに今年もそれぞれの方角を決め、細かい取り決めはクラスや班ごとに決めて行けば良い。

 後はテントや食料、備品などであるが、それは例年の資料があるので特に問題なく決まった。


 避暑について教室のホームルームで知らされるより先に知ったナノハは休みの日にミズハを誘い、水着を新調しに出かけた。

 ナノハにとって一年生時のミズハの水着を認める訳にはいかなかったのだ。


「さあミズハ、買い物に行くわよ!」


 休日の朝、ナノハはミズハの部屋に入室早々にそう言った。


「え、ええ。買い物行くって約束していたものね」


 それに対してミズハはナノハの勢いに若干引いている。


 ミズハとナノハはユグドラシル学園前の街に買い物に出て服屋に入った。

 服屋には今年お勧めの夏服や水着などが店の半分ほどを占めていた。

 ナノハは水着の一角を真剣に見やると籠に次々と放り込むとミズハに押し付けた。


「その水着全部試着してね」


 音符がつきそうなほど軽やかにかつ楽しそうに言ったナノハの瞳は真剣でミズハの拒否を受け付けない。

 ミズハはナノハの勢いに押されて渋々試着用の小部屋に入った。

 ミズハが最初に試着したのは水色のビギニと黄緑色のパレオが目に優しい水着だった。薄い色でミズハの肌を引き締め、より儚気に見せている。

 次に試着したのはヒマワリ色の濃い黄色のビギニで、ミズハを瑞々しく元気に見せた。

 その後も次々とナノハがミズハ用の水着を用意しては着せてが繰り広げられ、さすがのミズハも疲れはじめた頃満足したナノハが最初にミズハが着た水着を会計に乗せていた。

 ナノハもしっかり自分用の水着を用意しており、その後カフェで昼食を取った二人は寮に帰還した。


 日付は過ぎ避暑当日、ユグドラシル学園の全校生徒は各学年、各クラス、各班と細分化しつつ中央の湖へと向かった。

 七月下旬ということもあり、中央にあるこの島も随分暑くなっていた。しかし湿度はそこまでないので幾分過ごしやすい。とはいえ行路は太陽も昇り始め、暑い。


 一年時より一時間程時間をかけて辿り着いた湖西端は一年生の時訪れた湖南端とは違った風景の様に感じる。自然が手付かずで、大きな湖の中央には世界樹の巨木が遥か彼方まで聳え立っている。

 男女別でその日の野営の支度を終えた一行は自由時間を過ごすために仲の良いグループで集まっていた。

 ミズハ、アラン、レイニード、ナノハ、ケニスの五人も集まり、男女別のテントで水着に着替えた後で合流した。

 そしてここで冒頭に戻る訳だが、アランは嬉しいやら警戒するやら大変だ。


 準備運動をして湖に入ろうとしたところでアランはミズハのもとにUターンした。


「アラン? どうしたの?」


「ミズハ一人にはできないだろう。今年も水草を贈ろうかと思ったが、ミズハに虫がつきかねん」


 不思議そうに顔を傾げるミズハにアランは真剣に話した。

 そしてアランの言葉の意味に気付いたミズハは僅かに頬を赤らめ照れたように笑い、アランの手にそっと自分の手を絡めた。


「木陰で湖に足を浸けていれば十分涼しいだろう」


「そうね」


 ミズハは大きめのパーカーを土で汚さないように腕まくりしたりたくし上げたりしてから湖にそっと足を浸した。


「去年の水草、本当に嬉しかったのよ。今も錬金術で水晶玉に封じて部屋に飾ってあるわ」


「気にいってもらえた様で嬉しいよ。今年も後で取ってこようかな」


幸福そうにかつ少しツンと横を向いて語るミズハにアランは幸せいっぱいだ。


「今取りに行かないなら、危険だから止めておいて。こうしてアランが側にいてくれるのも嬉しいのよ」


「ミズハ……。ははは、ミズハは可愛いな」


 横を向いていた顔をアランの方に向けて真摯に話すミズハにアランは斜め上の答えを返しつつ、惚気たい気分になった。

 そんなバカップルを見つめる六個三対の瞳の持ち主たちは、熱気に当てられた熱を潜水で発散させた。


 昼食をはさみ夏の夕暮れ時には少し早い時間、避暑の自由時間も終わり全員が持ち場に着いていた。

 女子は料理で男子は解体である。

 ユグドラシル学園はダンジョン授業もあり、動物の捌き方も習う。ダンジョンの素材の大半は倒した魔物の一部だからだ。

 そんなダンジョン授業のある学園の生徒が自然豊かな地に来たらどうなるか、まさに自明の理である。つまり、自由時間に狩猟をおこなう者が出るのだ。他にも野草の採取をする者も出て、食料が増える。教師や生徒会はそこら辺を計算して、持って行く食料を調整している。

 世界樹の近くという事で清浄な空気に晒され魔物が少ないこの湖周辺は、他の場所に比べて野生の埴動物が豊富で、更に普段は世界樹の神殿が近い事もあり余り人が寄りつかず、自然豊かだ。

 魔物の相手をするのは兵士や冒険者のみという国は歴史を見ても殆どなく、一般市民でも防衛手段を持つ事が多いこの世界で、狩りができるものは多い。

 何はともわれ女子が野菜の下処理をしている間、男子は動物や魚を解体している訳だ。


 去年の避暑から学んだ事がある。昼の自由時間の間に薪を集めておけ、と。

 薪は十分に持って来ているのだが増量した食材次第では足りなくなる。そんな事を昨年学び、今年は自由時間中に薪を仕入れた。

 おひたしにスープ、炒めものにバーベキュー、焼き魚に煮魚等、野営にしては豪華な食事が並ぶ。

 賑やかに食事を進め、食器を片づけてから各テントに入り就寝した。


 夜、教師が見回りで回って来る度に目を覚ます生徒が二人いた。

 当然寝むれない生徒や寝ない生徒はいるのだが、それでも確定で教師陣の見回りの度に起きる生徒はミズハとケニス二人だけだ。

 これでも去年よりは寝られているのだ。

 気配に敏感な二人は同じ班の気配にも晒されて中々寝付く事ができなかった。これにはまだ信頼関係がちゃんと築けていなかったというのもあるが、独りで活動する事の多い二人は他人の気配が近くにあるという事に慣れてはいなかった。それが同じ学園で生活するうちにだいぶ慣れ、今年は教師の見回りが回って来ない間の短時間眠る事ができるようになった。教師陣の探るという仕草は二人の感知圏内に容易に侵入して深く眠る事はできなかった。


 翌日、日が顔を出して直ぐにテントを出たミズハとケニスはばったり出会って苦笑を漏らした。


「ケニスも余り寝むれなかったのね」


「それをいえばミズハもだろう。まあ、仕方ないさ。それはそうと狩りでもどうだい?」


「良いわね。私はナイフ持って来ているけどケニスは何か準備は必要?」


「いや、短剣は持っているし問題ないよ」


 二人は顔を見合わせて笑いあい茂みへと入っていく。

 どんな気を緩める瞬間でも最低限の装備は身に着けておく事は冒険者として当然のたしなみだ。寝ている最中にモンスターや盗賊等に襲われる事は良くあることで、むしろ野営中も武器を携帯する事を推奨されている。


 植物の生い茂る地域に入っているにも関わらずミズハとケニスの足音はなかった。足音をたてない歩法だけではなく風魔法を使って音を消しているのだ。このあたりの行動をスムーズにこなすのも上位の冒険者には必須能力だ。また、それだけではなく魔法を使った探査も同時に行っている。


「こっちは熊が一に鳥が六ね」


「僕の方は鹿が三に兎が二、鳥が五だね。熊に行こうか」


 言葉少なく意見を交わし、狙いを定める。ここら辺の呼吸も高位冒険者ならではといえる。

 ケニスは素早く索敵範囲を広げると瞬く間に熊の位置を把握した。


「左右から挟み撃ちにしましょうか。私は右側から攻撃します」


「了解。僕は左側から向かうよ」


 ミズハとケニスは手早くやり取りをすると左右に別れて熊と対峙した。


『三・二・一で攻撃を開始するよ』


『了解よ』


『『三・二・一!』』


 二人は風魔法で声をやり取りしてタイミングを合わせると左右から風の刃、カマイタチが迫って眠っていた熊の首を刎ねた。

 首から血を噴いて崩れ落ちる熊を確認してミズハとケニスは姿を現すとハンドサインで上手くいった事を褒め合った。


 熊の血抜きが終わるとケニスが熊を風で浮かせながら運び始めた。

 熊が浮いているのはケニスの真横だ。片手を熊の下に置きそこから魔力を流して浮かせている。その為遠目にはケニスが片手で熊を運んでいる様にも見える。


 ミズハとケニスが連れ立ってキャンプ場に戻った頃には日も大分昇り出し、生徒も起き始めるものが出て来ていた。


「ミズハ! 何処に行っていたんだ? 探したぞ」


「アラン、おはよう。ちょっと早く起き過ぎちゃったから狩りに行っていたのよ」


「あ、おはよう。そうか、次は俺も呼んでくれ。寝ていても起こしてくれればいいから」


 帰って来たミズハを素早く見つけたアランがミズハに詰め寄り真剣に話しだす。たいしてミズハは軽く挨拶をすると理由を告げる。


「平気だと思ったが無事で良かった。……ケニス、ずるいじゃないか。今度は俺も誘ってくれるよな?」


「ははは、アランごめん。次はアランも誘うよ。だから落ち着こう。うん、もうミズハと二人っきりにならないからさ」


 ミズハの全身を見て怪我などがない事を確認して、アランは安堵の溜息を吐いた。その後にケニスに見せた顔は般若を背負っている様にも見えた。今回の事はそんなデートがあるかは不明だが狩りデートの様なもの、アランという婚約者がいるミズハを誘ったケニスが悪い。


 その後、ユグドラシル学園に帰還するまでミズハにアランがぴったりくっついて、周りの男子を威嚇していた。







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