新年度の始まり
二年生編始まりです
春麗、世界樹に純白の花が咲き新入生を祝福するように花弁が遥か上空から降って来ていた。
四月の第一週のこの日、新入生と一部の上級生が集って入学式を取り行っていた。
今、壇上に立つのは最終学年の生徒でユグドラシル学園の生徒会長を務めるランドルフ・ド・グラニールだ。
彼は灰色の少し長めの髪を肩辺りのサイドで軽く結い、色素の薄い青灰色の瞳を新入生に向けて口上を述べていた。
彼が壇上に立った瞬間、新入生の女子生徒から黄色い歓声が上がったがランドルフは慣れているのか気にも留めない。
ランドルフの話しも終わり生徒会の紹介に入った。
真っ先に紹介されたのは副会長のカルメ・ディシー。褐色の肌に黒目黒髪のエキゾチックな見た目の美男子だ。
そして会計のアラン、書記のレイニードと女子のテンションはうなぎ上りだ。
それを見ていた新入生男子は引いている者、闘志を燃やす者、凹む者様々だ。
しかし、庶務としてナノハが紹介されると掌を返したかのように歓声を上げた。それを見た女子はというと軽蔑の眼差しだ。
五番手に紹介されたのは武人のケニス。ケニスも見目が良いので女子の関心を集めたが、ユグドラシル学園の武人の称号はユグドラシル学園一の武力をもつ者、という意味なので細身のケニスにいぶかしむ新入生もいた。
最後に紹介された魔人のミズハを見て男子生徒が歓声を上げるなどがあったが、入学式はつつがなく終わった。
男女それぞれの寮で有志による新入生の歓迎会を行い、入学式初日の夜は更けていった。
「流石世界一の学び舎ユグドラシル学園だわ、初日だけであんなに綺麗な殿方が居るなんて。わたくしを愛するべきよ。ふふふ」
女子寮のとある一室でそんな声が小さく消えていった。
新年度が始まって新入生である一年生の間では暗雲がたちこめていた。
そして上級生である二年生と三年生は困惑を隠しきれない。
そもそもは新入生にアリア・アニーという女子生徒が入学したのが始まりだ。
彼女はアニー子爵家の令嬢で小柄な体型に可愛らしい子動物を思わせる顔立ちの少女だった。
ピンク色のフワフワした髪に黄緑色の大きな瞳が特徴の美少女だ。
一年生の間でもぴか一の容姿を誇るアリアに一年生男子のみならず女子も注目をしていた。くしくも一年生にエルフの血をひく優美な女生徒は存在せず、容姿ではアリア一強だった。
そんなアリアといつも共にいる男子、トーマス・クルタールというアニー子爵家より格上のクルタール伯爵家の令息がいた。
彼も容姿端麗でなびく銀髪は銀糸のようで、煌めくオレンジ色の瞳は宝石の様な美少年だ。
美男美女が共に行動するとあって二人の仲を窺うものが一年生の間に多かったが、事はそれで終わらなかった。
アリアはフラフラと二・三年生の教室のある階層まで足を運び、人を探しているのだ。
最初は慣れない学園生活で迷子になっているのだろうと上級生も丁寧に対応していた。
しかしアリアは幾度となくやって来ては生徒会長であるランドルフに着き纏い始めた。
ランドルフは在校生に人気があり教師陣の受けもよい。ファンクラブというものもあり、在校生のみならず教師の中にも参加する者が居るほどだ。
ランドルフは今まで誰からのアプローチになびいた事もなく、今回もじきにふられるだろうとファンクラブもそこまでキツク注意はしなかった。
しかしである。
ランドルフは最初いつものようにけんもほろろに対応していたが、段々と対応が軟化して一月した頃には態々一年生の教室までアリアに会いに行くようになったのだ。
これにはユグドラシル学園に在籍する女子生徒が騒然となった。
選択授業が一年生の間でも始まってからというもの、アリアは二年生の教室のある階層に出現するようになった。
そして声をかけるのはアランとケニスの二人だ。
アリアと近しい関係にあるのはトーマスとランドルフだが、トーマスが盛んにアプローチするなかアリアが声をかけたのがランドルフだ。その為ユグドラシル学園の生徒達はアリアが好きなのはランドルフで、両想いになったのだろうと悔しいながら納得したのだ。
それがまさかの男漁りである。
当然見目麗しいアランやケニスにもファンクラブというものがあり、ランドルフのファンクラブメンバーやミズハのファンクラブメンバーの一部女子が参加してアリアに注意をしたりもした。
しかしアリアは悪びれもせず二年生の階層へと足を運んでいる。
二年生以降のダンジョンでの授業は班単位に変わっていく。
五月の末のダンジョン授業でミズハ、アラン、ナノハ、レイニード、ケニスの五人は冒険者ギルドで正式にパーティーを組みダンジョンの地下三階層に来ていた。
地下三階層の地形は森と山で足元が段々悪くなってきていた。それでもユグドラシル学園にあるダンジョンの中では始まりの方でしかない。
ミズハ達のパーティーランクは始めからCランクで、Cランクの依頼はまだこの階層にはない。
そんな中休憩を入れているとケニスが「ダンジョンの事ではないけど」と前置きをして話しだした。
「僕達に話かけて来るアリアちゃんっているでしょう、彼女無意識にだけど時々魅了の魔法を使っているんだよね」
「やっぱりそうだったのね、核心は持てなかったけど」
「な!? アランとケニスは平気なの!?」
少し話しにくそうに言うケニスの言葉にミズハが頷き、ナノハがアランとケニスの二人を心配した。
「僕は耐性? みたいなのがあるしアリアちゃんより魔力が多いから平気だよ。アランは何か魔道具持っているでしょ、それで守られているね」
「っほ、良かった」
ケニスの説明を聞いて安堵の溜息をナノハが洩らす。
純粋な攻撃魔法以外、所謂呪いなどの耐性は魔力量に依存する。魔力が多いと自然にレジストできるのだ。なので、ドラゴンなど上位の魔物に呪術など魔法での状態異常は意味をなさない。
「つまりランドルフ先輩とトーマスは魅了の魔法にかかっているのですか?」
「おそらくランドルフ先輩はそうだろう。トーマスは幼馴染と聞いたがどうなのか」
レイニードが疑問を口にすればアランが考察を話す。まさに阿吽の呼吸だ。
「そんな!? 何とか解く方法はないの?」
「まずは引き離して解呪の呪文のどれが効くか探らないと」
ナノハが魔法を解く方法がないか訊ねるとミズハが解決法を提示した。
ミズハ達がまずランドルフをマリアから引き離そうと計画してから帰ると、ランドルフからミズハへの呼び出しがかかった。
生徒会室に呼び出されたミズハは急な呼び出しに戸惑いつつも、アラン達と共に生徒会室へと向かった。
ミズハにしてみれば生徒会の集まりの時では駄目なのだろうか? という考えだ。
生徒会室に入ってみると何故か空気が棘々しく生徒会長の後ろで副会長のカルメが「お手上げ」と両手を持ち上げていた。
意味が解らずミズハ達は思わず顔を傾げそうになったが、一礼して中に入った。
「お前達も来たのか、まあ良い。ミズハお前アリアを虐めたな」
「は!? ミズハがそんな事、するはずないじゃないですか!」
ランドルフの決めつける様な言い方に真っ先に言い返したのはナノハだった。
「ほラ、だから言ったじゃないカ、ミズハは虐めなんかしないっテ」
「だがアリアが言っていたんだ」
どこか片言の共通語でカルメが話すとランドルフもバツが悪そうに言った。
「えっと、アリアさんとは直接お会いした事がありませんが」
「そうか、ならばアリアの見間違いだろう。呼び出して悪かったな」
ミズハは直接アリアと会った事はなくアランやレイニード越しに何度か見かけただけだ。そう素直に言うとランドルフも何処かでわかっていたのか、納得気に頷いた。
「俺達で虐めの犯人を探さないか?」
そう言ったのは生徒会室から出たアランだった。
何とかランドルフとマリアを離れさせようと思ったミズハ達だったが計画はまだ考えついておらず、その前にミズハが疑われてしまい、そのまま生徒会室を出ざるおえなかった。
「そうね。ミズハの汚名を晴らさなきゃ!」
「そうですね、ですが虐めが行われているのは一年生の教室です。私達では目立ちませんか?」
拳を振り上げやる気を見せるナノハにレイニードが冷静に突っ込む。
「一年生の教室は僕に任せてくれないかな。皆は二・三年の噂を中心に集めたり選択授業の方を宜しくね」
「ケニス、任せて良いか?」
「うん、任せて」
ケニスが自信ありげに言うとアランが確認を取って役割分担が決まった。
ナノハは純粋な友情、レイニードは友情と将来主人の妻になる人の為にそれぞれ物覚えと回転の速い頭をフルに動かし始めた。
「あ! でもアランとミズハはあまり動かないでね。アリアちゃんの狙いはアランと僕だから二人揃って見かけなくなったら疑うだろうし、ミズハは何故か虐めの主犯にされている訳だし」
「そう、だな。俺もミズハの為に動きたいが、ミズハと共にこれまで通りの行動を取ろう。おとりにもなるしな」
ケニスの忠告にアランが頷きミズハの手を握る。
「アラン。少しでもおかしいと思ったら私に言ってね、もしもの事を考えると心配だわ」
ミズハは握られた手を胸元に引き寄せるともう片方の手で握り返した。
「ミズハ。ミズハの事は絶対に守るからな」
「はーい、ストップ! ダンジョン探索のレポート提出がまだですよ」
ミズハを抱きしめキスしそうな雰囲気のアランにナノハが割り込んだ。
こうなった二人は止めに入らないと二人の世界に入ったままで、正気に返ったミズハは羞恥で真っ赤になる。
まあ、その姿も可愛い訳だが、と思うものが多く止めるか止めないかでもめる事もあるとか。




