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狐少女の日常  作者: 樹 泉
二章 ユグドラシル学園一年生編
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冬休み アランの試練


 ミズハと無事つきあいだし浮かれに浮かれたアランはその日、なかなか寝つけなかった。

 次の日になれば落ち着くと思ったが、目が覚めたアランが思った事は「早くミズハに会いたい」だった。

 ミズハに会うため身支度を整えたアランだったが、アランが部屋を出る前に侍従がやって来て父である獣王が呼んでいるといわれ、渋々予定を変えた。


 早朝にもかかわらず呼び出されたアランだったが、ミズハに会えない事以外特に不満はなかった。

 足早に獣王の私室に向かい中に招き入れられた。

 早朝という事で父の獣王以外いないと思っていたアランの前にエスタークとエンジュが揃って現れた。


「エスターク殿とエンジュ殿でじゃないか、父上の部屋に何の用です?」


「ハッハッハ、ミズハと結婚したくば俺を倒してからにしろ! と言いたいところだが獣王国レオンの王子と本気では戦えないからな、手合わせするぞ」


「我はその見学に来た」


「ええ!? エスターク殿と手合わせ!? だ、だがミズハと結婚する為ならば是非!」


 エスタークとエンジュが居る事に疑問を持って問えば、呵々大笑したエスタークに難題を突き付けられた。

 エンジュはアランの何かを計っているのか、エスタークの計画に便乗した。


「アラン、俺の部屋で騒がしい。エスタークとの手合わせは内々にやる、朝食後に準備をしておけ。その手合わせをもってアランとミズハ嬢の婚約を俺は支持する」


 部屋の奥にあるソファーに腰掛けるこの場の主、獣王アルフレット・レオンである。

 若いころはアルフと偽名を名乗り騎士団に所属していた程の豪の者、それが現獣王だ。

 髪はオールバックに撫ぜられ淡い色の茶髪は幾分か白髪が見える。瞳は息子のアランと同じ琥珀色でたてがみの様な髪と合わさり、まさに王者という風格が漂っている。

 朝早いとは思えぬほどきっちり整えられた服装は華美には見えないが品の良い品だった。

 百獣の王とも呼ばれる獅子の獣人である獣王はまさに威風堂々とした覇気を纏っている。


「父上、ミズハとの婚約を認めていただけるとは本当でしょうか?」


「本当だ。エスタークの娘であり血筋はエンジュ殿の血統、獣王国レオンとしても反対はない。エスタークとの手合わせ頑張るのだぞ」


「はっ! このアラン力の限り」


 アランは獣王の言った言葉の中で自分に最も重要な事柄、ミズハとの婚約の事を確認した。

 そして獣王の激励にアランは身を正して答え、エスタークとしっかりと目を合わせた。

 それを見ていたエンジュは僅かに口角を上げた、アランの態度は及第点だったようだ。

 エンジュにしてみれば死ぬ事のないこの手合わせを断る様であれば、ミズハとの婚約は諦めてもらう腹積りだったのだ。

 そんなエンジュの考えなど知らず、アランはエスタークとエンジュに挨拶をすると自室へと戻って行った。


「あれで良かったか?」


「はい。ありがとうございました、獣王陛下」


 アランが去った後の第一声は獣王のもので、それに返答したのがエンジュのものだ。


「ハハハ、まさか二人でアランに対してこんな計画をたてるとはな」


「これくらい父として見極めませんと」


「そうだ、これくらいしないとな」


 気安い口調の獣王に丁寧な口調で返すエンジュといつもと変わらない口調のエスターク、その三人の笑い声が獣王の部屋から漏れて聞こえる。


 獣王国レオンの近衛練兵所の一つに人払いされ、王子のアランと英雄のエスタークが対峙した。すぐわきにはエンジュと登城したレイニードが控えている。

 エンジュが一歩踏み出て手を振り下ろし、開始の合図をすると二人の木剣が交差した。


 普通の手合わせであればエスタークであっても相手に最初の一撃を譲るぐらいはする。しかし、今回はミズハの事が絡んでいる為か幾重にも手加減しているとはいえエスタークが初撃加えた。

 終始防戦になるアランだったがエスタークが何かを見極めようとしている事はわかった。わかったところでエスタークの攻撃を見切るとか反撃ができる訳でもなく、防戦一方になりつつエスタークの動きを観察した。


(右・左・上・右薙ぎ・下、ここだ!)


 エスタークはアランが受け切れる限界の速度で攻撃しつつ、パターンを組み込んだ攻撃を繰り返していた。

 アランが何とか攻撃を凌ぎ反撃の為の一撃を放つが呆気なく受け流され、次の一撃から違うパターンにうって変わる。

 そんなやり取りをして早十数分、アランの息は上がってしまっていた。


「もう終わりにするか?」


「ハァハァ。いえ、まだやります」


 エスタークが止めるかを訊くとアランはまだ続けると答えた。

 そんなアランの態度にエスタークの目に若干優しい光が宿った。

 エスタークにしてみればアランの限界速度を引き出すのは簡単だし、そこにパターンを組みこむのも造作もない。それなのにあえてしたのはアランがギリギリの状態でパターンを見極められるか、またそこに打ち込めるかを試したもので、最終的判断は最後までエスタークに立ち向かえるかだ。

 今回アランはエンジュとエスタークの試練に打ち勝ったといえる。

 その証拠にエンジュもエスタークも温かいまなざしに変わっている。しかし、エスタークと向かい合っているアランにはわかるものではないが。


 アランが大の字に倒れたところで今回の手合わせは終了した。


「アラン、ミズハとの結婚を俺とエンジュは認める。仲間には俺達から伝えておく。獣王国レオンに貴族は任せたぞ」


「はい! ゼェゼェ」


 エスタークのミズハとの仲を認めるという発言に疲れて閉じていた目をアランは開け、返事をするが直ぐに息が切れた。

 そんなアランとレイニードを残してエンジュとエスタークはそれぞれの目的の場所へと移動した。

 エスタークは兄のいる公爵邸へ、エンジュは獣王国レオンの宰相を始め官僚のもとへ、それぞれがそれぞれアランとミズハを認めさせるために動き出した。


「ゼェハァ、認めてもらえたんだな。これからも頑張らないと」


「おめでとうございます、アラン。我々も動きませんと」


「今日の夕食は五人で取れるといいな」


 その日、アランは身体の痛みと戦う羽目になったが、ミズハと結婚が許されたとあっていつも以上に能力を発揮させて書類を片付け、夕食はユグドラシル学園メンバーで取る事になった。


「やっとくっついたミズハとアランを祝って、かんぱ~い!」


「「乾杯!」」


 その日の夕食の音頭をとったのはナノハで、それに続いてレイニードとケニスが続く。

 アランは嬉しいという気分だけだったが、ミズハは顔を赤面させて俯いてしまった。


「ミズハ、結婚してくれ」


「はあ!?」


「はぁ、アラン焦り過ぎです」


 アランのいきなりの求婚にナノハの声は翻り、レイニードは溜息をついてアランを止めに入った。


「あの、アラン。わ、私もアランの事が好きよ。だから大人になったら結婚しましょう」


「あのミズハが答えた!?」


 ミズハは照れながらもアランにしっかり答えた。

 半日悩み、アランが好きだと気付いた事で随分自分の気持ちと向き合えたようだ。

 今までのミズハを良く知っていたナノハは驚いて声を上げた。


 そんな和やかな少年少女はさておき、獣王国レオンの重臣たちは今後を決める会議を行っていた。


「ではアラン殿下の婚約者としてミズハ・タマモールを受け入れる、ということで宜しいですね」


 そんな議長の声に「ウム」だとか「しかし……」という声が聞こえて来る。

 つまり賛成者と反対者が居るという事だ。

 反対組の殆どはアランと同年代の娘や孫娘が居る者だ。


「ミズハ・タマモール自身は平民でありますが公爵家のエスターク殿の養女でありアマノ共和国のエンジュ殿の娘御でもあります。獣王国レオンとして良縁であるはず。またアラン殿下より〝番〟であるという話しも聞いておりますが」


 言外に「まだ反対するのかよ!」と言いたげな内容であったが、未だ数人のけれど無視するには大物が是と頷かなかった。

 進行役の重臣はチラリと獣王を見やり小さく溜息を吐くと、わきに避けられていた紙から一枚取りだすとその内容を周りに伝えた。


「ミズハ・タマモールには実父のエンジュ殿、養父のエスターク殿の他に三名の養父母が存在します」


 進行役の唐突な発言に反対していた勢力も耳を傾ける。


「まず養父としてターザ国前ダンマルス伯爵のご子息ゲオルク・ダンマルス殿、同じくファルセ帝国名誉鍛冶師ダグ・ルドリス殿、養母としてアマノ共和国のアリアナ・シュワラーク殿が上がります。皆様聞き覚えがあるかと存じますが個人でSランクの冒険者であり、パーティーでもSランクを誇っている方々です。この五名の庇護がミズハ・タマモールには御座います。またミズハ・タマモール自身Sランクの冒険者という事です」


 進行役の重臣が切り札の一枚を切った事で場は騒然とし、一部の重臣は獣王が賛成方に回っている事も知った。

 Sランク冒険者五名とお近付きになれると聞き比重が大きく傾き、賛同者が増えていき、最後には少数の反対派を押して可決された。

 この瞬間からアランとミズハの仲は婚約者とあいなった。







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