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狐少女の日常  作者: 樹 泉
二章 ユグドラシル学園一年生編
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エンジュの悩み

今回はミズハの父エンジュの事を書きました。

ミズハと再会できたことがハッピーエンドと捉えるか妻カレンを亡くした事をバッドエンドと捉えるかはそれぞれの感性にお任せします。


 我はやっと最愛の娘と再会する事ができた。それはとても嬉しく思う。

 だが、獣王国レオンで行われる新年祭に顔を出した時、ミズハに好いた男が居る事が解った。

 それは嬉しい反面悲しくもあった。

 我の中でミズハは妻のお腹の中にいた時間で止まっていた。それがやっと動き出し日々成長している姿を感じられるのはこの上ない喜びだ。

 そんなミズハが早々に嫁に行ってしまうのは悲しいものだ。

 そして過去へと思いを馳せる。


 エンジュがアマノ共和国を出奔したのは、内向的といえば聞こえはいいが閉鎖的で引き籠り体質のエルフの習慣や高慢な態度に嫌気がさしたからだ。

 社会情勢を学び外の世界を知る、その為に冒険者となって故郷を飛びだした。

 冒険者の生活は身分差の少ないエルフの国出身といっても、上流階級出身のエンジュには辛いものがあった。

 何より騙されそうになった事も一度や二度ではきかない。

 そんな大変な思いをしても故郷から離れたかったエンジュは、持ち出した自分の所持金と雀の涙程の依頼報酬を使って船に飛び乗り、獣王国レオンへと向かった。

 少しでもお金の節約にと獣王国レオンでも最北端に位置する港で下船して冒険者活動に勤しんだ。


 エルフの中の上流階級というのは魔法技術や魔力量の多かった人物が成った事もあり、エンジュの魔力量は多く魔法技術も幼いころから学んでいて中級冒険者レベルには達していた。

 そんなエンジュは冒険者として頭角を現すのも早く、早々にCランクの昇級試験を受ける事になった。

 その昇格試験で運命の出会いをする事になったのである。


 Cランクの昇格試験は数人でパーティーを組み、小さいながらも盗賊団を殲滅する事だった。

 重要拠点に根を張る盗賊や人数の多い盗賊、精鋭のいる盗賊と違い十人にも満たないチンピラの集まりの盗賊団だったが、当時エンジュ達は随分緊張したものだ。

 捕縛ではなく殲滅なのは手加減などをしていれば新人の冒険者など逆に殺されてしまうからだ。

 Cランクの昇格試験は『人間を殺せるか』の試験が大体だ。適性のないものはこの時点で冒険者を諦める。勿論全ての試験が『殺人』の試験ではなく、適正次第では採取であったり別の試験に変わる。


 Cランクに昇格を望む者達の中にエンジュ以外にもカレンが参加しており、それまで独り(ソロ)で活動していたエンジュにとって賑やかな喧騒に大分戸惑った。口調の悪い人間や喧嘩っ早い人間とは余りかかわって来なかったからだ。結局のところエンジュは箱入りの坊っちゃんでしかなかった。

 そんなエンジュにそれとなく気を使ってくれたのがカレンである。

 エンジュにしても様々な態度の人間が居る事や様々な種族が居る事は知っていたが、ふれ合ってみたのはそれが初めてといって良かった。

 驚きの連続、所謂カルチャーショックを存分に受けたエンジュだったが、それとなく気を使ってくれるカレンに好意を持つのに時間はかからなかった。

 好意といっても友人といったもので、恋という訳ではなかった。何せ枯れている人物が多いエルフの出なのだから。


 そんな好意から昇格試験後にパーティーを組む事になり、やがて二人の間に愛が生まれた。

 そして二人の間に小さな命が産まれた。


「男か女か早く元気に産まれないだろうか。カレンに似た女の子だと嬉しい、男だったら将来カレンを守れる位強くするつもりだ」


「ふふふ、気が早すぎるわよ。私は元気なら男の子でも女の子でも良いわ」


「そうだな。ああ、早く元気に産まれておくれ」


 エンジュはカレンのまだ膨れていないお腹を撫でながら幸せそうに笑った。


 そして月日は流れてカレンのお腹が少しずつ膨らみ始めた頃、エンジュとカレンは獣王国レオン南部の都市に辿り着いていた。

 カレンもそろそろ旅は辛くなるので、医者も多いこの都市で出産する事になった。

 二人の貯蓄はそれなりに貯まって来ていて、この都市部でも贅沢をしなければ十年は宿屋暮らしができる程には暮らしていける。

 7:3で必要経費の大部分をカレンが預かり、財布の紐を締めている。


 そんなある日、エンジュはカレンにプレゼントを贈ろうと宝飾店を覘いていた。

 そいて、店と店の間にある路地を通り過ぎようとしたところ、路地の奥から手が伸びエンジュの顔に布が押し付けられた。


「なっ!? もご……ぐっつ」


 エンジュも寸前で気付き手を払い対峙しようとしたが、もう一つ伸びて来た腕に足を掴まれ、驚いたところで口と鼻を薬品の臭いのする布で覆われ腹部に衝撃を受けた。その拍子に息が漏れだし空気を吸い込んだところで意識を失った。


 エンジュが目を覚ますと青年期の長いエルフにしては珍しいほど年をとった老人と、先程一瞬見た襲撃者二人がエンジュを見つめていた。

 現時刻が先程と言っていいかはエンジュには解らない。

 現在手枷と足枷を着けられたエンジュのいる部屋はどこぞの地下か隠し部屋である様で窓がなく、魔道具の光だけが部屋を照らしていた。

 好々爺然と頬笑みを浮かべる老人にエンジュは見覚えがあった。


「コウウ殿、これは何のつもりだ」


 エンジュが怒りを押し殺して問えば、悪意などないといいたげに老人が笑いだした。


「エンジュ様お久しゅうございますな。昨年お父上のオウジュ様がお亡くなりになりましてお迎えにあがりました」


「父上が!? だが里を出奔した我に今更何の用だ!」


「ほっほっほ、そう熱くならずにお聞き下さい。わたくし共は貴方様に次期里長になっていただきたくてお迎えにあがった次第です」


 老人が豊かな顎髭を撫でつつ微笑を浮かべる様は、エンジュを無理やりかどわかし監禁しているとは見えない。


「迎えに来たとはいえぬ斬新な歓迎ぶりだな、驚いたわ」


「お褒めにあずかり光栄ですな。ささ、船の準備ができております」


「ふざけるな!」


 痛烈な嫌味を言うエンジュにコウウはカカッと笑って受け流した。

 激昂するエンジュをただ笑ってみているだけのコウウは大変不気味だった。


「我には妻と子がいる、さっさと帰せ!」


「おお、エンジュ様は混乱なされておる。エンジュ様に妻も子もいらっしゃいません、里に帰りエルフの妻を娶っていただかなくては。それにしてもオウジュ様もエンジュ様の居場所を知っておいでであらせられながら何もせぬとは、ここは老骨が骨を折りませぬと。ほっほ、『老骨が骨を折る』とは中々傑作では御座いませぬか?」


「我は帰る! 早く枷を外せ!」


 そう言ってエンジュは枷を外そうと魔法を使ったが、魔法は発動しなかった。


「ック、魔法封印か!」


「さあ、お前達エンジュ様を眠らせて差し上げろ。エンジュ様、次に御目覚めの時は船の上ですな。ほっほっほ」


 舌打ちして悔しがるエンジュにコウウは控えている二人に薬品を取らせると、勝ち誇った笑みでその部屋を後にした。

 部屋に残されたのは枷で戒められ、薬で眠りに落ちたエンジュのみだった。


 上に下に右に左に揺れる柔らかいベッドで目を覚ましたエンジュの鼻に磯臭い匂いが漂ってきた。

 急いで起き上がろうとしたが、手足を戒めている枷から伸びた鎖が邪魔で直ぐには起き上がれなかった。

 何とか身を起こし周りを見ると、小さな窓から水平線が見えた。


「ック。カレン絶対に帰る、それまで待っていてくれ」


 小さく呟き再度魔法を使おうとするがまったく反応しない。それでもエンジュは諦めず、鎖を引きちぎろうと力を込めた。

 そんなエンジュを嘲笑うかの如く、海を渡る船はアマノ共和国へと辿り着いてしまった。


 足掻くエンジュにコウウは再びやって来て忠告という名の脅しをしていった。

 何を言ったかというと「身籠ったご婦人が一人消えてもそう騒ぎにはなりますまい」という言葉だ。最後に人の良い微笑を浮かべ「一緒に来ていただけますな」と唯一鋭い眼光でエンジュを見つめた。

 それ以来というものエンジュの足掻きは終わった。


 アマノ共和国にあるエルフの里の一つそれは荘厳華麗な豪邸が、今回エンジュが相続した屋敷だ。

 その屋敷にはエルフの里の長老達が集まっていた。

 里の長老達が集まる部屋に好々爺然とした老爺コウウが、煌びやかな衣装を纏ったエンジュを伴い入場して来た。

 豪華な衣装に隠されたエンジュの四肢には、長い間枷が嵌められていたせいで赤黒く変色していた。そして魔法封印は未だに施されている。

 エンジュが部屋に入ると同時に、長老たちの内でも年嵩の幾人かがコウウとアイコンタクトをかわしてから拝礼をした。

 エンジュはそれを見逃さず名前を胸に刻んだ。今回の出来事の仲間だろうと目星をつけて。

 その後、エンジュは長老達一致でオウジュの後を継ぎ里の長になった。


 エンジュが里の長になった後、長老達の孫娘と縁談が上がったが全て断った。

 

(カレンに心労をかけているだろう不甲斐ない自分だが、これだけは命を賭しても断固拒否する)


 エンジュは脅迫まがいの見合いを勧める長老達に断固拒否し、もし無理に結婚させる様な場合一切新しい妻に手出しをしないしその場で命を絶つと脅し返したのだ。

 長老達の一部、エンジュは老害と呼んだ者達はカレンやようやく生まれた娘を盾に脅したが、エンジュはカレン達に手を出した場合も命を絶つとその意地を示した。

 そんな危ない均衡のもと十年の年月が流れた。


 その十年、エンジュは味方を集めていった。

 見張られている事の多いエンジュであったが、エンジュの様子やコウウの態度に違和感を覚えた真っ当な長老が味方に着いてくれたのだ。

 十年という歳月は長命なエルフにとっても短いとはいえなくなる年月で、エンジュとコウウの間に一種の冷戦状態が続いた。

 そして日頃の罪がある者はその罪に応じた罰を、それに加担した者やコウウなどエンジュを攫った『エルフ至上主義』を唱えていた老害を葬った。


 そんなエンジュがエルフの里の実権を握りカレンの居場所を探ると、カレンの故郷ホノエ村に向かった事が解った。

 信頼できる使者をホノエ村に送ったエンジュだったが、帰って来た使者の言葉は『魔物の氾濫によりホノエ村は壊滅した』という事だった。

 カレンが魔物の氾濫にあってもそうそう亡くなるとは思わなかったエンジュは、手の者を使ってホノエ村の付近から四方八方の捜索を開始した。

 その結果は芳しくなく、十年間耐え忍んだエンジュに取っても辛い日々だった。


 その更に五年後、エリンから会って話がしたいと呼び出しを受けヒサメ宅に向かい運命の再会をはたした。

 再会、否、初めて会ったミズハはカレンと同じ狐の獣人だったが、金の髪に同じ金の毛並み、濃いエメラルド色の瞳はエンジュに似ていて、一目で娘だとわかった。

 エンジュに似ている中にもカレンに似た部分もあり、エンジュは運命に感謝した。


 その後ミズハともう一度会い転移の魔道具を渡し、手紙でやり取りを始めた。

 その際にミズハを育てた養父母ともやり取りを開始した。

 最初詰られる事を想像していたエンジュだが、養父母の中にアマノ共和国出身のエルフ、アリアナが居たことである程度の事は察せられて詰る様な文はなかった。

 そうしてやり取りを繰り返し、ミズハに好意を持つ異性が居る事が知れた。相手は獣王国レオンの王子アランとの事で、一度獣王国レオンに顔を出した。

 そしてミズハと三度目の邂逅を迎えたのだ。


 エンジュは獣王国レオンの宰相と繋ぎを取り、面会の場に着いた事で思考を打ち切った。

 アランとつきあいだしたミズハにしてやれる事は少ない、その中でエンジュができる事は少しでもアランとの仲を妨害するだろう人物達に牽制する事だけ。その為の会談の場なのだ。







お読みいただきありがとうございます。

この章も後数話で終わります。

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