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狐少女の日常  作者: 樹 泉
二章 ユグドラシル学園一年生編
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冬休み 賭博闘技場の主


 エスタークとミズハが換金し終わったところで、後ろから声をかけられた。


「よお、エスターク。帰って来たんだな」


「クラウドじゃねーか。元気にしていたか?」


 声をかけた人物は二メートルを超える巨体で、頭には茶色の熊耳がついていた。赤茶けた髪に金の瞳をした野性的な風貌だ。


「おう、元気にしてるぜ。最近は暇にしているがな。後ろの嬢ちゃんは誰だ?」


「紹介するぜ。こいつはミズハ、俺の娘だ。ミズハ、こいつはクラウド・ベッカー、この賭博闘技場の主さ」


「娘!? おいエスターク、お前何時の間に結婚したんだよ! あ、俺はクラウド、宜しくな」


「ミズハ・タマモールと申します。宜しくお願いします」


 エスタークの紹介に驚いたクラウドだがちゃんとミズハに名乗った。ミズハの方も自己紹介をした。

 ミズハはクラウドから立ち上る強者の覇気や周りの反応からエスタークの言う『賭博闘技場の主』という話に納得した。

 ミズハが傍観している間もエスタークとクラウドは会話をしており、ミズハがエスタークの養女だと話している。そして、話しはそのままミズハの自慢話になり、ゲオルクやアリアナ、ダグの養女でもある事を話している。


「はあ!? あいつ等も一緒になって育てているのかよ。いや、エスターク一人の方が危ないか。まあ、子育て中だったから噂を聞かなかったのか。そうだ、こんな所で話していないで俺の家に来いよ」


 話を聞き、クラウドはもしエスターク一人で子育てした場合の危険性を考えた。手加減が苦手で全力投球のエスタークだ、きっとその子供はボロ雑巾になっていただろう。アリアナ達が手綱を握っていて良かったと思った。


「お前の家か。よし! ミズハ行くぞ」


 クラウドに連れられてやってきたのは賭博闘技場と目と鼻の先にある豪邸だった。

 煌びやかというよりは実質剛健。庭は鍛錬用の空間が確保されており、別館は室内鍛錬所になっていた。他にも庭に畑があったり、唯一贅沢を感じさせる池があった。

 そんなクラウド邸を見たミズハはゲオルク邸に似ていると感じた。ゲオルク邸の実質剛健な作りは似ている。


 クラウドが室内に入ると使用人らしき年配の女性がやって来た。


「クラウド様お帰りなさいませ。お客様でしょうか?」


「ああ、エスタークとその娘のミズハだ。飲み物と軽食を頼む」


「畏まりました」


 壮年の女性の使用人は一瞬エスタークにキラキラした憧憬の視線を向けると、一礼して去って行った。

 三人がクラウド邸一階にあるリビングに向かうと先程の女性が飲み物を運んでいた。

 エスタークとミズハが飲み物のある席に座ると、対面にクラウドも座る。

 三人で飲み物を楽しんでいると、今度は中年の男性がやって来て三人の前に軽食のサンドイッチを置いて行った。


「ミズハの嬢ちゃんも結構鍛えてるじゃないか。エスタークにでも鍛えられたか?」


「はい。エスターク父さんやゲオルク父さん、アリアナ母さんやダグ父さんに鍛えてもらいました。


「ヒュー、豪華なメンツだな」


 自分の問いに答えたミズハにクラウドは口笛を吹いた。

 Sランク冒険者の中でもトップと云われている四人に鍛えられているのだ。弱いままではおれまい。


「ミズハの嬢ちゃん、俺と一戦どうだ? 最近暇していてな」


「え!? 私とですか?」


「悪いなクラウド。ミズハは明日から用事があるんだ。アリアナがいるなら傷も治せるが、俺はできないからな」


「そうか……。それじゃあ仕方ねーな」


 唐突なクラウドの提案に驚くミズハ。エスタークが止めてクラウドはつまらなそうな表情をしたが素直に頷いた。


「最近挑戦者がいないのか?」


「いや、挑戦者はいるんだ。でもよ、小奇麗に纏まっちまって楽しくねーんだよ」


「なるほどな」


 エスタークがクラウドの態度に何かを思い付いて訊けば、クラウドはつまらなそうな表情とオーラで答えた。


「エスタークはそういうのは感じないのか?」


「俺にはミズハって生徒がいて、ビシバシ鍛えているからな。意外と後輩を鍛えるっていうのは面白いぞ。ああ、そういえば何年か前に良い逸材がいたな」


「後輩を鍛えるね……。鍛えて見たい新人すらいねーもんな。冒険者は良いのが出て来たか。……んんむ」


 エスタークの答えに羨ましそうな表情をした後に何かを考え込むクラウド。

 賭博闘技場のSランク闘士という成功した人間にも悩みどころはあるようだ。


「おい、エスターク。お前時間は空いているか?」


「今日の夕食前までなら空いているぞ」


「よし! ミズハの嬢ちゃんも手伝ってくれ」


 クラウドは何かを思い付いたように立ち上がり、エスタークとミズハを巻き込んだ。


 巻き込まれたエスタークとミズハがやって来た場所は孤児院。

 エスタークは納得気だが、何故孤児院に来たか解らないミズハは首をひねった。


「よう、院長久しぶりだな」


「まあまあ、クラウド様。いつも寄付をありがとうございます。今日は何のご用でしょうか?」


 クラウドはやって来た孤児院の責任者、院長に挨拶をすると、院長は温かく笑って招き入れた。


「今日は木剣を寄付に来た。そこでちょっとお願いがあるんだが、孤児院の子供達に試合をさせてくれないか?」


「試合ですか? 冒険者などを目指している子供達なら喜んで参加すると思いますが……?」


「悪いが五歳以上の子供全員にお願いしたい。審判は俺とそこにいる二人、エスタークとミズハの嬢ちゃんの三人でする。もし、才能がある子がいたら俺が鍛えたい」


 いつもよりは綺麗な言葉遣いでクラウドが説明すると、ミズハにもやっと意味が解った。青田買いというより、一から育てたいようだ。


「まあまあ、クラウド様直々に? それにエスターク様といえばSランク冒険者の方ではないですか。子供達に声をかけてまいりますね」


 それからしばらくして孤児院の庭には子供達が集まっていた。

 集まったのは五歳から十三歳程までの十人の男女で、中にはクラウドやエスタークをキラキラ見つめる子供もいた。

 その子供達を五組に分けて三組が前に出る。

 分け方は男女別で年齢がつり合う者同士だ。

 しかし、八歳程の少年が嫌そうに木剣を見つめていた。


「なあなあ、姉ちゃんも冒険者ってマジ?」


「そうよ。これでも冒険者なの」


 十歳過ぎ程の活発そうな少年がミズハにそうたずねた。


「そっか、俺も冒険者志望なんだ。良く見ていてくれよ」


 そう言った少年の頬は紅潮しており、ミズハに好意を持っている事がまるわかりだった。そんな様を孤児院の院長とエスタークが生温かく見つめていた。クラウドはというと子供達を観察している。


「二人組に分かれたな! 三組前に出てきてくれ!」


 クラウドの言葉に四組が前に出た。三組は男子の組みで、一組が唯一の女子の組みだ。

 先程ミズハに話かけた少年が同じ組になった少年を連れてミズハのもとに行こうとしたところで、唯一の女子組に止められた。

 この頃の子供の成長は女子の方が早く、言いくるめられた少年はしょんぼりと元いた場所に戻った。

 三組がそれぞれクラウド、エスターク、ミズハの前に一組ずつ揃ったところで審判役の三人の声が揃って開始を宣言した。


 新品の木剣を振るう子供達を三人は真剣に見ている。

 どの子供達も獣人という事もあり、同年代に人族の少年少女より俊敏でいて力も強い。

 ミズハの前の少女達が活発に木剣を交える中、時々木剣の先が当たり出す。

 そして、一人の少女の木剣が相手の少女の急所に当たりかけた時、ミズハは前に出て木剣を掴んだ。


「そこまで!」


 ミズハの制止に二人の少女は木剣を引いた。

 木剣を引いた少女の内一人、ミズハに木剣を掴まれた女の子が自分のできはどうか? と訊ねた。ミズハは少女を褒めた後に次は寸止めできるようにとアドバイスした。


 最初の三組の試合が終わって、ミズハ達は一度軽く話し合った。

 今回の三組の中才能があったのはミズハが担当した質問をして来た少女だったが、ミズハが視たところ闘士より冒険者に向いていると結論がついた。


 クラウドの合図で次の二組が前に出る。

 今回審判を担当するのはクラウドとエスタークで、ミズハに好意を寄せていた少年はがっかりしている。

 クラウドの前にいるのはやる気がないと思われる細身の少年と目をキラキラさせたやる気のある少年。二人とも十歳前に見える。

 エスタークの前にいるのは、先程ミズハに好意を持っていた十歳過ぎの少年と最年長と思われる少し落ち着いた少年だった。


 クラウドとエスタークの合図と共に二組がぶつかり合う。

 クラウドの前ではやる気のある少年がやたらめったらに木剣を振り回すが、やる気のない少年は一歩引いて避けるか木剣で捌いている。

 一方エスタークの前ではミズハに良い所を見せようと少年が大ぶりに木剣を振るっている。それを年長の少年が木剣で弾いている。

 これらの少年を見たクラウド、エスターク、ミズハの目が僅かに細くなる。


 一回目の試合より幾分長引いた二回目の試合は、クラウドが担当した方はやる気の合った少年が、エスタークの方は年嵩の少年が勝った。

 しかしその勝敗の行方は、クラウドの方はやる気のなかった少年の降参、エスタークの方はミズハに好意を持っていた少年の自爆で終わった。


 試合を観終わったクラウドは、庭の端で座っているやる気のなかった少年のもとに向かった。


「おい、少年。名前はなんていうんだ?」


「アビト。僕は負けたはずだよね?」


 クラウドの対応に困惑気に答えるアビト。

 アビトは赤茶の髪に琥珀色の瞳で猫の獣人。耳は茶色で尻尾は茶色のトラ柄だ。


「お前の試合を見て空間把握力と観察眼が良いのが解った。闘士になる気はないか?」


 アビトは少し考えると首を横に振って断った。


「僕は戦いってあまり好きじゃないんだ。闘士になる気はないよ」


 アビトの答えに先程目を輝かしていた少年達が「もったいない」と言っている。


「戦う事は好きじゃないか。だが、強くなる事は良い事じゃないか? 強くなれば大切な相手を守る事ができる。それにお前が闘士として成功すればお金も入るしな」


 アビトは考え込み始めたが、この話しを聞いていたミズハは思った。


(屁理屈の上に大人げない。確かにアビトなら〝力〟を変な方向に使わないと思うけど)


 力を持つ者はその力を強引に使ってはならない。下手に使えばただの暴力であるし、もし権力者が使う力、権力を自分の欲のために使えばただの圧政にしかならない。


「ねえ、クラウド様に教われば本当に強くなれる? それに、この孤児院に寄付できるかな?」


「ああ、強くしてやる。強くなろうぜアビト!」


「はい!」


 どうやら話しが纏まったとみて、ミズハがエスタークのもとに向かった。


「今日はこれから用事があるから帰るが、明日からなるべく来るようにする。他にも学びたい奴がいたら準備しておけよ」


『はい!』


「じゃあな」


 クラウドと共にエスタークとミズハも別れの挨拶をして孤児院を出る。


「クラウドまた会おう」


「おう! 今日はありがとうな。エスターク、ミズハの嬢ちゃんまたな」


 こうしてミズハの獣王国レオン王都フランツェの一日が終わった。






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