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狐少女の日常  作者: 樹 泉
二章 ユグドラシル学園一年生編
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秋休み 父と子


 エルフの街で開かれた秋祭りの三日後、ミズハは約束の時間の三十分前にナノハの家を出て地図に記されていた家へと向かった。

 地図に印が付けられていた家は街の中心近く、けれど裏道へ二本程入った所に印されていた。

 それを見たナノハは本当に大丈夫かと心配したが母親のエリンが大丈夫と太鼓判を押したのを見てミズハを送り出すのだった。


 地図上の印の付いた家へと辿り着いたミズハは、もう一度地図と現地を確認して来訪を告げる魔道具に手を伸ばした。


「ようこそおいで下さいました。エンジュ様は奥にいらっしゃいます」


 そう言ってミズハを家へと招き入れたのは先日エンジュを迎えに来たエルフだった。

 白金色の髪に湖を思わせる青みがかった緑色の瞳の男性エルフだ。


 奥へと向かったミズハが見たのは洗練した調度品に囲まれて主の様に従えるエンジュの姿だった。


「ミズハか、良く来てくれた」


「お招きありがとうございます」


 エンジュの佇まいに一気に緊張してしまったミズハは硬くなってしまった。


「そう硬くなるな。先日の様に話してはくれないか?」


 硬くなってしまったミズハを見て少し悲しげに笑ったエンジュにミズハはいたたまれなくなった。


「わ、私……お父さんに紹介したい相手が居るの。紹介して良いかしら、家族なの」


「な、ま、まさか。まさか彼氏などと言うまいな。まだだ。まだ、ミズハには早い!」


 ミズハがアンディーを紹介しようとするとエンジュは途端に取り乱し、うろたえ出した。


「彼氏? 違いますよ。私には契約精霊が居てくれて、その子をお父さんに紹介したいのです」


「そ、そうか。彼氏でないのなら良い。それで契約精霊が居るという事は精霊が視えるのか?」


 ミズハの否定に平静を取り戻したエンジュはミズハに聞いた。

 契約精霊が居るという事は精霊が視える。あるいは魔道具や魔法陣などを使い疑似的に精霊を視るという事だが、後者はお金か知識がないと中々できない。子供であるミズハには難しい。


「アンディー、出て来てもらえる?」


【エンジュっていったね、初めまして。僕は君の事を許さないよ】


「な! 闇の上位精霊!? それもかなり上位の! ……ああ、我は許されない事をした。」


 ミズハの言葉にアンディーが〈姿現し〉を使い、誰にでも見えるように顕現した。

 アンディーはエンジュを見ると厳しい目と言葉で責め立てる。

 アンディーの姿を見てエンジュは椅子を蹴倒して立ち上がったが、アンディーの言葉を聞いて自傷気味につぶやいた。


「アンディー止めて。お母さんはお父さんを責めてはいなかったわ。確かに寂しい思いはしたけれど、私にはお父様もお母様も居るわ」


「……。そうか……。良い人達に拾われたのだな」


 ミズハの言葉にアンディーは渋々エンジュから視線を外すと姿を消し去った。

 エンジュはミズハの話を聞き万感の思いで微笑を浮かべた。自分で守り育てたかった、そんな思いはあれどミズハが元気に成長してくれた。それだけで幸せなのだ。


「ミズハ、色々話を聞かせてくれないか?」


「はい!」


 エンジュは椅子に座り直すとミズハに今までの事を訊ねる。それにミズハは元気に答えた。


 ミズハは母親の事アンディーの事養父母である今の両親の事などを話していく。それは時々脱線しながらもエンジュの心に沁み込んで来る。

 闇の精霊アンディーとの出会い、母カレンの死、ホノエ村での暮らしの話しの中では虐めの事はぼかして伝えたがエンジュは正確に当たりをつける。

 そして魔物の氾濫からアンディーと逃れた事、今の両親である養父母に出会ったという所でエンジュは席を立つとミズハを抱きしめた。


「ミズハ、お前が生きていてくれて良かった。本当に良かった。そのご両親に手紙を書きたいのだが届けてくれるだろうか」


「はい」


 エンジュは両目に雫を溜めてミズハを抱きしめた後に手紙をしたためると言った。それにミズハは嬉しそうに頷いた。


「学園でナノハに会って、この国に誘われて。本当に良かったと思います」


 そうミズハが締めくくるとエンジュも笑う。


「もうこんな時間か……。手紙は後でヒサメの家に届けるが、ミズハは後どれくらいいられるのだ?」


「そうですね。二日といった所でしょうか」


「わかった、明日手紙を届けさせる。もう、お別れをせねばならぬのだな。また会いに来てくれるか?」


「はい! また会いましょう」


 ミズハ達のいる家にオレンジ色に染まる夕日がさしていることにエンジュが気付き、ミズハと別れる事になった。

 エンジュはミズハの手を握ると万感の思いを込めて握った。その圧力は軽くもなく強くもない。ミズハに温かさを沁み込ませるものだった。


「お父さん、またね」


 ミズハはそう言って手を振るとエンジュの用意した家を出て行った。

 ミズハが出て行ってもその背中を見続けるエンジュに、姿を消していたアンディーは目元を和らげた。


 ヒサメ宅に戻って来たミズハを迎えたのはナノハとエリンで、ヒサメは仕事から帰ってからミズハと会った。

 無事エンジュと話したミズハはナノハ達に訊かれてエンジュとの会話を話した。


「そういえばさ、ミズハと私って名前似てるじゃない。ミズハはエルフ語知っているわよね、どう書くの? 私は〝菜野葉〟よ」


 エルフ語は世界的に見ても難解な文字を書く。複数の種類の文字と、様々な意味を持つ文字を組み合わせるのだ。

 ナノハは机に指で自分の名前を書くとミズハに訪ねた。


「ふふふ、私の字は単純よ。母は余りエルフ語が得意ではなかったみたいだけど、私にエルフ文字を当てはめようとしたのね。私の名前は〝三葉〟と書くの。単純でしょう」


「あらあら、ちゃんとお母様は考えて名前を付けてくれているわよ。エルフはね、草木や自然の字を入れる事が多いの。ミズハちゃんの字にもちゃんと使われているわ」


 ミズハの言葉にエリンは柔らかく笑うと母の愛を告げた。


「ああ、そうだね。エルフ語が苦手なら草木や自然の文字を知るのも一苦労だよ。それを態々付けてくれたのだから、必至でエルフ語を調べたんだろうね」


 エリンに続いてヒサメもミズハの母カレンの思いを伝える。

 その話を聞いてミズハはポロリと一滴の涙をこぼした。


「これで拭いなさい。私は〝絵林〟というのよ」


「僕の字はわかり難いかもしれないね。太陽の雨と書いて〝陽雨″だよ。長のエンジュ様は〝苑樹″って書くんだ」


 エリンからハンカチを借り、涙を拭うミズハにヒサメはエンジュの字を教えた。


 その日の夜、ミズハは久しぶりに実母カレンを思い出して胸がホッコリ温かくなった。

 いつもなら悲しくなって涙を潤ませる所だが、今日はとても泣く気にはなれい。それ程、エリンとヒサメの話しは嬉しかったのだ。




「ミズハちゃんーん! 手紙が届いているわよ!」


 翌日、ナノハと秋休みの宿題をしているとエリンに呼ばれた。

 エリンからB5サイズの茶封筒を受け取り宛先名と送り主名を見ると、宛先はミズハ、送り主はエンジュだった。

 茶封筒を光にかざすと、中に封筒が二通入っているのが解った。

 ペーパーナイフを借り封を切ると、ミズハ宛ての手紙と『ミズハの養父母様へ』と書かれた封筒が出て来た。

 養父母宛ての封筒を茶封筒に入れ先端を折って落ちない様にすると、ミズハ宛ての封筒を開いた。

 中には以前の手紙と少し変わって、字の綴られた便箋と魔法陣の描かれた布が入っていた。魔法陣の描かれた布は、以前の〈転移〉の陣が描かれている。所謂魔道具の一種だ。

 便箋にはミズハと出会えて嬉しかった事、また会いたい。と書かれた後に魔法陣の描かれた布の扱い方が書かれていた。

 使用方法は大きな円に手紙や小包などを乗せて、小さな円に魔石と呼ばれる魔力を含んだ石か、使用者の魔力を送る事と書かれていた。

 また注意事項として、送れる距離は関係ないが、それなりに魔力を食うと書かれていた。

 冒険者のランクと同じく魔石にはランクがあり、今回の転移に必要な魔石はDランク以上。それなりに値がつく物だ。

 だが、冒険者としてAランクにあるというミズハの話を聞いて、エンジュはこの魔道具を渡した。

 魔石は人口魔石と天然魔石があるが、天然魔石は採掘される物と魔物の体内にある魔石に分かれる。魔物の体内になる魔石は魔物の魔力保有量によってランクが分かれるが、基本的に討伐対象になる魔物と冒険者のランクはイコールなので、ミズハの実力なら倒せると踏んだためだった。


 こうしてエルフの国、アマノ共和国で大きな出会いを迎えたミズハは、北の雄ファルセ帝国に向かう事になった。






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