秋休み 秋祭り
その日の数日前からミズハの訪れたエルフの街は活気に満ち満ちていた。
作物の収穫が終わり、収穫を祝う秋祭りが始まった。
「さあミズハ、この服に着替えてちょうだい」
ナノハはそう言ってミズハに洋服を一式押し付けた。
戸惑うミズハを自分の部屋に押し込んで「直ぐに着替えてよ。ミズハが着れるように直したんだから」と言ってドアの前に陣取る。
ミズハに渡されたのは若草色のワンピースに紅葉した銀杏の様な黄色のカーディガン、小花や木の実がくくりつけられたブーツやアクセサリーだ。
ワンピースにはミズハの狐の尻尾が入る様に穴が開けられている。
扉の前に待機したナノハに迫られて着替えたミズハの姿はとても綺麗だった。
「どこかキツイ所はない?」
「えっと、胸の所が少々……」
「キー!」
胸がキツイと言ったミズハにナノハが奇声を上げた。
「ナノハ、何奇声を上げているの?」
そこにやって来たのはシンプルなエプロンを着けたエリンだった。
「だ、だってミズハが胸の所がキツイって言うんだもの」
「あらあら。ミズハちゃんはプロポーションが良いものね。ナノハの服では少しキツかったわね」
ナノハの言葉にエリンは苦笑して答えた。
「ミズハちゃんは着痩せするのね。胸の所も切れ込みを入れて大きくしておいたのだけど。息は苦しかったりしない? ……そう、大丈夫そうね」
エリンの言葉に「平気です」と答えたミズハは「何故、着替えを?」と訊ねた。
「今日が秋祭りというのは知っているわよね。エルフの古いお祭りの一種で、秋祭りには正装して小花や小さな木の実で飾って踊るのよ。正装っていうのは緑系の衣装の事よ」
「そうそう、夕方から篝火焚いてその周りで音楽に合わせて踊るの。さあさあ、今度は髪を結うわよ」
ミズハの質問に答えたのはエリンで、ナノハはミズハの手を引くと椅子に座らせ、髪を梳き出した。
ミズハの髪は癖の一切ない髪で、ナノハが櫛で梳くとキラキラ輝き出した。そんなミズハの髪をハーフアップにして小花の集まったバレッタで留めた。
「うん。髪は完璧! あ・と・わ! この尻尾を梳かさせなさい!」
「きゃあ」
髪を結い上げたナノハはキラリと目を輝かせると、ミズハの三本の尻尾に手を伸ばした。
咄嗟の事に悲鳴を上げたミズハは尻尾を隠そうとしたがナノハに止められてしまう。
獣人の尻尾は神経が通っている他、種族によっては異性で触らせるのは夫や子、家族にしか触らせないという事もある。
しかしミズハとナノハの場合、どちらも女性なのでその事には当たらない。
ミズハが目を潤ませながら我慢しているとナノハがミズハの尻尾を梳かし終えた。
「ふっふっふ。完璧よ! さあミズハ、出かけるわよ!」
意気揚々と鞄を手に取ったナノハと違い、ミズハはグッタリしている。
ミズハの手を取り外に出たナノハは大通りに出て屋台を冷やかしている。
「喉乾かない? あそこで葡萄水売ってるわよ」
「そうね、少し乾いて来たかも」
ナノハは喉が渇いたと飲み物を売っている屋台を指差すとミズハも同意した。
飲み物を飲み終わると、ナノハは人をかき分け広場へと向かって行く。
「もうそろそろ日も暮れ出すし広場で待機していましょう」
「踊るって言っていたけど、どんな踊りなの?」
「エルフの古い踊りだけど見ているだけでも楽しいと思うわよ」
そして辿り着いた広場には屋台は一つも存在せず、簡易な舞台が設置されていた。そしてその周りには様々な花が飾られていて、下位精霊がフワフワ漂っている。
二段ほど高くなっている舞台には、持ち運びできる楽器と椅子が置かれている。
「精霊を可視できるようにしているの?」
「そうよ。学園で精霊学の授業中に精霊を呼びだしたじゃない、それとは術式は違うけどこの広場には精霊が可視できる魔法陣が作られているの」
ミズハの質問に答えたナノハは、広場に飾られている花を指し示した。
おそらく上から見れば広場に飾られた花は魔法陣に見えるのだろう。
ミズハが感心して花で作られた魔法陣を見ていると、続々とエルフが集まり始めた。
舞台に上がったエルフは楽器を持って椅子に座る。そして、指揮者と祭りの運営に携わっている者がやって来て挨拶をすると音楽が鳴り出した。
ゆったりとした曲調のエルフの民族音楽に乗ってエルフ達が輪になって踊り出す。
ナノハは輪に加わり、ミズハは広場の脇によってそれを観察した。
するとどうだろうか。さっきまでただよっていただけだった精霊達が音楽に合わせて動き、精霊の力を示す光、精霊光を点滅させて幻想的な空間を作り出した。
夏場なら蛍の光にも見えるそれは様々な色をしている。
火の赤色、風の黄緑色、水の青色、土の茶色、光の白色、闇の黒色、雷の黄色、氷の水色、樹の深緑色、重の紫色の精霊達が楽しげに光輝いている。
そんな精霊光の中でも多いのは風の黄緑色だ。
そんな光景を見てミズハは感動していた。
精霊を見る事ができるミズハでもこれほどの数の精霊を見たのは初めてだったからだ。
確かにターザ国の祭にも参加した事のあるミズハだったが、ここまで精霊は集まらなかった。
逢魔が時と云われる縁起の良くない夕暮れ時であるが、幻想的空間が華やかに彩る。
やがて日が完全に落ち夕闇が訪れたが、広場には篝火が焚かれエルフ達は楽しげに踊っている。中には他の種族も混じっており、とても賑やかだ。
ミズハもナノハに教わって踊りの輪に入っていた。
そんな時も過ぎ、ミズハとナノハは帰路に着いていた。
「ああ、ミズハちゃん良い所に。……はい、長からの手紙よ」
「エリンさんありがとうございます」
ナノハと共に帰宅したミズハを待っていたエリンがエンジュからの手紙を差し出した。
家の中に入ったミズハは、ナノハからペーパーナイフを借り封筒の縁を切った。
封筒の中には三枚の紙が入っていた。一枚はミズハにあてた手紙で、もう一枚は何かの魔法陣が描かれた物、最後の一枚はエルフの街の地図で、一か所に印が付けられている。
『ミズハへ
唐突の手紙ですまない。
三日後の午後三時から時間が空いたのだが良ければお茶をしないか?
町外れの家で会えるように取り計らおうと思う。
返事は同封した〈転移〉の魔法陣を書いた紙に乗せて魔力を流してくれれば我に届く。
良い返事を待っている。
父 エンジュ より』
ミズハは手紙と一緒に同封してあった魔法陣の描かれた紙を取り出した。
ミズハの知識で解るのは紙に描かれた魔法陣内に乗せられる小さい物、手紙や小さな荷物が一度きり指定された場所に転移する。というものまでしか読み取れなかった。
他にも細かく描かれている様だが現在のミズハの知識では理解する事ができなかった。
手紙を読んだミズハはナノハとエリンに会い、三日後に父であるエンジュと会う事を告げた。因みにヒサメは仕事から帰って来ていない。
話を聞いたナノハは心配そうに着いて行こうとしたが、エリンにやんわりと窘められた。長年エルフの街で生活し、それなりに古い家で生活して来たエリンには秋祭りの三日後に時間を空けたエンジュの苦労が解ったからだ。
エルフの里の運営は忙しい。それも祭りの後といえば後処理に忙殺される事だろう。それなのに時間を空けたエンジュはかなり無理をしている。それを知っているからエリンはナノハを止めたのだ。
エルフの国アマノ共和国は各エルフの里の長の中から〝議長〟と呼ばれる国のトップを決めて、各里の長達を中心に国の政治を行う。
他国から見ればミズハの父エンジュはアマノ共和国の重鎮で、貴族の位に当てはめれば上位貴族に当たる。つまりとても高い身分だ。だが、エルフには身分差というものが殆どない。まったくないという訳ではないが、里の長と呼ばれるエンジュが街をウロウロしていてもそこまでの問題にはならない。




