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狐少女の日常  作者: 樹 泉
二章 ユグドラシル学園一年生編
35/69

秋休み 帰郷


 ついにユグドラシル学園は秋の長期休暇に入った。

 生徒達はユグドラシル学園南にある港町から各地へ帰郷して行く。

 アランとレイニードは獣王国レオンの軍船が商船に偽装して迎えに来た。ナノハは北東方面に向かい、ケニスは南に南下した。ミズハはというと西のターザ国行きの船に乗って故郷、養父母のいるターザ国の王都グラールに向かった。


「ただいま帰りました」


 ミズハが屋敷に入ってそう挨拶をすると執事長のトレンドがやって来て「皆様居間にいらっしゃいますよ」と教えてくれた。

 ミズハは居間に辿り着くと、先程と同じく帰還の挨拶を告げた。


「お帰り」


「お帰りなさい。元気そうで何よりよ」


「お帰り。少しは強くなったか?」


「無事で何よりだ」


 ゲオルク、アリアナ、エスターク、ダグが順番に話かけて来る。


「夕食まで部屋で休んでいらっしゃい。疲れているのでしょう」


 アリアナがそう言ってミズハが休息をとれるようにした。

 ミズハは養父母に退出の挨拶をすると荷物を部屋に置き、着替えを持って浴場に向かった。何せ旅の間にお風呂には入る事ができなかったのだ。

 そしてミズハはお風呂から出ると部屋で夕食まで寝る事にした。




【ミズハ、ミズハ起きて。そろそろ夕食の時間だよ】


「んー、今起きる」


 ミズハはアンディーに起こされるとゆっくり起き上がり服を整え、髪をとかす。

 鏡の前で自分の身だしなみを確認したミズハは食堂に向かった。


「良く寝むれたみたいだな。よし、夕食にしよう」


 ゲオルクの合図に使用人達が夕食を運び込む。


「そうだミズハ。明日ギルドの訓練所で俺と試合をしてもらうからな」


「え……」


 エスタークの言葉にミズハは絶句した。


「大丈夫だ。俺達も見ているから、危なかったら止めるさ」


「……はい」


 ゲオルクの言葉に既にエスタークとの試合は養父母の間で決まっていると悟ったミズハは力なく頷いた。


 その日の夜、ミズハはアンディーとああでもないこうでもないと翌日のエスタークとの試合の作戦を練ってから眠りに着いた。


 窓の外から僅かに日の光が差し込み出してミズハは目を開けた。

 秋の涼しい朝の元、目を覚ましたミズハは着替えてから顔を洗い、髪をとかしてから庭に出た。

 小さい頃から鍛錬に使っていた庭は貴族風の庭園ではなく実用的な薬草を育てる花壇とハーブなどを育てる花壇だけで後は芝に覆われている。

 軽い運動ならともかくエスタークとの試合になると芝や花壇の中の植物が危険だ。

 そんな庭を眺めつつミズハは庭を走る。

 そして朝食を食べると養父母と合わせて冒険者ギルドへと向かった。


 ミズハ達一行が冒険者ギルドの訓練所に辿り着いた時、既に二十人程の冒険者が訓練所に詰めていた。

 彼らは訓練するでもなく談笑を楽しんでいた。

 エスタークが前に出て歩き出しミズハが後を追うと、冒険者ギルドに集まっていた冒険者達は入口付近に集まって行った。


「さあミズハ、やるぜ!」


「宜しくお願いします」


 挨拶がすむと二人は距離を取りミズハが攻撃を仕掛けた。

 ミズハから闇色の刃が放たれエスタークに向かって行く。

 エスタークがそれを拳で殴りつけ霧散させると観客から感嘆の声が上がった。しかし、攻撃はそれで止まず濃霧が訓練所の中を覆っていった。

 エスタークが拳を振るう度に風が起こり、霧が少しずつ晴れて行くが、それでもミズハは集中し霧を作り出して行く。


「寒くなって来たな」


 見ていた冒険者が呟いた通り訓練所の中は刻一刻と気温が下がり、濃霧は霰に打って変った。

 濃霧同様回りは見えにくいが濃霧よりかは幾分視界が良い。

 その視界にエスタークが気温も霰もものともせずに突っ込んで来るのが見えた。

 ミズハの脇から闇色の蛇が這い出しエスタークへ向かって這って行く。そのスピードは素早くあっという間にエスタークの元に辿り着きアギトを向ける。

 しかし、エスタークがその場で蹴りを見舞うと闇色の蛇は千切れ四方に散って行った。ミズハは何とかエスタークの進行を止めようと散った闇を操り、鎖を作った。


(悔しい。今までこんな事、思いもしなかった)


 ミズハは今までエスターク達との実力差が離れすぎていて悔しいなどと思った事はなかった。ただ単純に勝てる訳がないと思っていたのだ。


(アンディー私に力を貸して! 私にできる事をするから)


 ミズハの魔力がごっそり抜けミズハの横に先程とは比べ物にならない大きさの闇の蛇が氷の鎧を纏って顕現した。

 それを目にしたエスタークは薄ら口角を上げ、観客となっていた冒険者の幾人かが真っ青になった。それもそうだろう、ミズハの隣に現れた氷の甲冑を纏った闇色の蛇はAランクの魔物を超え、Sランクの魔物に近い魔力を帯びていたのだ。

 ミズハのやった事は言うは易し行うは難しである。精霊魔法で契約している精霊のアンディーの力を借り、更に氷魔法の力を足したのだ。

 精霊魔法と魔法の合体業である。

 ミズハが行ったのは歴代でも一握りの人物達がなした偉業で、最近ではアリアナが唯一の使い手だった。


 氷を纏った闇蛇は鎌首をもたげて十メートルはある巨体をくねらせてエスタークに躍りかかった。

 その巨体に合わぬ素早さでエスタークに躍りかかると、その口にある牙で咬みつこうとした。が、しかしエスタークは寸前でかわすと拳を見舞った。

 今までのミズハの魔法と違い四散する事はなく、氷を纏った闇蛇は尾を振るう。

 しなった一撃はエスタークの腕でガードされたがエスタークを吹っ飛ばす事に成功した。


「ハハハ、ハッハッハ、フアーハッハッハー!」


 エスタークは笑いの三段活用をすると、エスタークの回りに風が舞い火の粉が踊り狂った。更に稲妻までエスタークに合わせて踊り出し、光が迸る。

 その光が収まるとエスタークの回りに銀色の魔力が可視化された。

 そして、その魔力に風や火、雷や光が絶えず踊り出す。


「エスタークの奴があれを出すとはな。それだけ本気という事か……」


「そうね、そう言う事でしょうね」


「フ、それにしても楽しそうだな」


 エスタークの様を見てゲオルク、アリアナ、ダグが会話をする。そんな三人に霰が当たる事はない。ミズハが制御しているともいえるし、アリアナが避けさせているともいえる。


 エスタークが軽く腕を振るうと銀の魔力は踊り出し、霰を霧散させて行く。

 ミズハも必至で霰を降らすがエスタークに届く前に霰は蒸発して消えて行く。

 ミズハは唇を噛みしめて霰を消した。

 今のエスタークに霰を降らしても無駄だ。あの可視化した銀の魔力に皆阻まれてしまう。視界を遮るという効果もあったが、エスタークは既にミズハを捕捉している。

 これ以上の魔力を使う事は出来ない。

 何と言っても始めての精霊魔法と魔法の合わせ技だ。普段以上に魔力を消費して視界が時々ぶれる。


 氷を纏った闇蛇とエスタークがぶつかり合う。見ていた冒険者達は知らず知らずの内にゴクリと唾を飲む。

 エスタークが拳を振るう度、氷を纏った闇蛇の氷の鎧が削られていく。しかし、氷を纏った闇蛇も負けておらず、その牙で尾で魔法で攻撃して行く。


「フハハハ。ハーッ!」


 エスタークがジャブからの飛び蹴りを決めるとゴッソリと氷を纏った闇蛇の氷が削られた。

 氷を纏った闇蛇は瞬時に氷を増やし鎧を作りなおすとエスタークに向かって行く。


 何度互いに攻撃を仕掛けただろう。見ていた冒険者もゲオルク達以外わからなくなった頃、エスタークは頬に身体にと切り傷を作り、氷を纏った闇蛇も体積を大きく削られていた。

 氷を纏った闇蛇は今やエスタークより少し大きい程度、それほどまでにエスタークの攻撃は凄まじいのだ。

 二人は五メートル程離れた位置に立ち互いに最後の攻撃をしようと大ぶりに身体を動かした。

 しかし、二人はけして互角ではなかった。切り傷を全身に負っても致命傷を負っていないエスタークと既に留まる力しかない氷を纏った闇蛇では、止めをさす者と瀕死で最後の一撃に賭ける者との差があった。

 氷を纏った闇蛇は自身の尾に自分を構成する全てと行っても良い魔力を集めて振り下ろした。


 氷を纏った闇蛇は少しずつ消える身体を見て自分を召喚した主を見た。

 その主は既にフラフラしていて今にも倒れそうだ。そして顔は白く唇は紫色になっている。だというのに最後の力を振り絞って氷を纏った闇蛇に魔力を送ったのだ。

 氷を纏った闇蛇はハッと我が身を窺うと消えかけていた身体が元に戻っていた。

 そしてパタリと倒れ気絶した主を見て負けられぬと思った。自分を産んでくれた主の為にこの勝負負けられないと。

 氷を纏った闇蛇はミズハの送ってくれた魔力も合わせて、自身で出せる限界の以上の魔力を練り出した。

 そして産まれたのは核に闇の力を纏った氷の刃だった。それが氷を纏った闇蛇の尾に纏わり着いてエスタークを襲う。

 それを見たエスタークはニヤリと楽しそうにそして嬉しそうに笑うと、可視化されている銀の魔力を右足にだけ集中させた。そして、身体をしならせて最大威力の蹴りを放った。

 氷を纏った闇蛇の尾の剣からは闇と氷を纏った波動が、エスタークからは濃密に纏められた銀の魔力の渦が放たれた。


 二つの力は中間地点で交差し、互いを削っていく。

 ドンッ! と音を立てて片方の魔力がもう片方の魔力に飲み込まれて消えて行く。勝った魔力は直も力を持って相手を蹂躙して行く。


 やがて姿を消したのは氷を纏った闇蛇だった。

 氷を纏った闇蛇はグタリと倒れると粒子になって消えて行った。核たる小さな蛇を残して。

 小さな氷を纏った闇蛇は空を滑りミズハの近くへとやって来た。

 薄らと魔力を纏ったアンディーが現れ小さな氷を纏った闇蛇に手を差し出すと、小さな氷を纏った闇蛇はチラチラと舌を出しながらアンディーの手を登って行く。

 アンディーの腕に纏わり着いた小さな氷を纏った闇蛇は、アンディーと共に消えて行った。


 アンディーと小さな氷を纏った闇蛇の様相を見る事ができたのはアリアナだけであった。その様を見てアリアナはゴクリと唾を飲む。


(まさか! ミズハが精霊を作り出した? そんな事ができるのは……。いえ、決めつけるのは早いわね、帰ったら調べてみましょう)


 試合を終えた両者を見てアリアナは思考を放棄すると、幻影でミズハを覆い〈人化の術〉が解けて回りにばれない様にした後、エスタークに回復魔法をかけた。


「ハハハ、子供が育つのは早いな。もう、あれから十年近く経ったのか。ミズハをユグドラシル学園に入れたのは正解だったな。にしてもミズハが俺達に悔しいなんて思うなんてな」


「そうだな。小さい時から教えている分俺達との差をわかっている。だから俺達に負けるのは当たり前だと思っているからな。……だが、それでは成長が見込めない」


 エスタークとゲオルクが話していればダグがミズハを抱えて戻って来た。

 エスタークはミズハの頭を撫でると「良くやった」と嬉しそうに呟いた。






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