アラン・レオン
闇の上位精霊が姿を消して俺は詰めていた息を長々と吐き出した。
側に居るレイニードが心配げに俺を見ているので、アイコンタクトをして後で話すといえばそっと頷いた。
一目で自分の番だと分かったミズハと別れるのは辛かったが、レイニードを伴って男子寮の自室に向かった。
俺の部屋は男子寮の最上階、所謂VIP室だ。
側仕えの部屋もあるのでレイニードはそちらで寝起きしている。
男子寮の一角に魔法陣が描かれていて、その上に乗ると自分の部屋の鍵に反応してそれぞれの階に行ける仕組みだ。
最上階のVIP室に繋がる階段は存在していないため、魔法陣でしか移動できない。これは一種の防犯設備だ。
自室に着くとリビングのソファーに座り服を寛がせる。
「それでアラン。何を言われたのですか?」
「闇の精霊にクルト家の獣人ではない事がばれた」
「何ですって!?」
アランが落ち着いたのを見てレイニードが問いかけると、アランはそれに答えた。
アランの答えにレイニードは驚いて声を上げた。
「いや、カマをかけたという所か。それと、もしこちらの失態でミズハを傷つけた場合、呪い殺すとも言われたな」
「な!? 何を寛いでいるんですか!」
「まあ、落ち着け。俺達がミズハを傷つけなければ良いだけだ」
「精霊の呪いですよ!? それも上位精霊の!」
精霊の呪いと聞き声を荒げるレイニードにアランは冷静さを失わない。
「だから落ち着け。俺達はミズハを傷つけるつもりはないだろう」
「確かに私達はミズハを傷つけるつもりはありません。しかし、本国の馬鹿が勝手に動かないとは限りませんよ! 獣王国レオンの第一王子である貴方が番と認めた相手です。勝手に動く馬鹿の一人や二人絶対に居ますよ!」
「ああ、分かっている。だから馬鹿が勝手に動かない様に根回しをするぞ」
「分かりました。直ぐに準備します」
アランの命を受けて落ち着きを取り戻したレイニードは直ぐ様準備をしに部屋を出た。向かう先は執務様に選んだ部屋だ。
執務室に辿り着いたレイニードは直ぐ様書類様の紙と手紙用の用紙、ペンを手にアランの元に戻った。
「まず、父上からだな。母上達にも連絡しておくか」
「そうですね、陛下方には先に連絡しておくべきでしょう。宰相達大臣には後でどのように話を持って行くか検討しておきましょう」
アランは羽根ペンを手にサラサラと手紙を書き上げて行く。レイニードは白紙に要点を纏め、どのように話を持って行くか書きこんでいく。
三十分ほどカリカリと紙に書き付けた後にアランは顔を上げると、レイニードが持って来た封筒に便箋を畳んで入れた。
そしてミズハの事に思いを馳せる。
俺がミズハを見つけたのはユグドラシル学園の入学式の後、これから一年の学び場、一年A組の教室に向かっている時だった。
金髪碧眼のエルフの様に整った顔の人間に目を奪われた。
だが直ぐに臭いで狐の獣人である事に気が付いた。
それと同時に俺の片翼、番という事も分かった。
咄嗟に足を速め、少女に話かけるともの凄く警戒された。
俺はこの少女に何かしてしまっただろうか。
少女の名前が知りたくて自己紹介すると少女、ミズハも警戒しつつ名前を教えてくれた。
ミズハと共にAクラスの教室に入ると九割程が既に席についていて、名字をあいうえお順に席が決まっていた。
俺とレイニードは真ん中やや右、どちらかというと廊下側の席の最後列とその前の席だった。
俺が後ろから二番目でレイニードが一番後ろだ。
偽名を使う公爵家の一つがレイニードの家と近い読みで助かった。
ミズハの席は左隣りの列の真ん中程。俺の席がもう二つ前なら隣りの席だったのに、と少し落ち込んだ。
ホームルームが終わり、ミズハが帰る支度をして席を立ったので呼びとめた。
俺が声をかけるとミズハはもの凄く驚き、何故一緒に帰らないといけないのかと言われてしまった。一緒に行動したくないのだろうか。
直も一緒に帰ろうと言えば戸惑ったミズハが視界に入った。
少しでも俺の事を知ってもらおうと改めて自己紹介すれば、ミズハも自己紹介してくれた。
ミズハはターザ国出身で、獣王国レオンの出ではないそうだ。
獣人は人間の次に多い種族なので、エルフの様に名前から出生が細部まで分かるものではないのでミズハの産まれは分からない。
ミズハの手を取りエスコートすれば戸惑いながらも乗ってくれた。
校門まで着き寮が左右に分かれるのでお別れかと思うともっと触れていたくなった。
そんな気持ちをグッと抑えてミズハの手を離せば、ミズハは手をスルリと抜き去り別れの言葉を言うと足早に女子寮に去って行ってしまった。
寮に帰るとレイニードが困惑気に俺に問うてきた。
「ミズハはアランの番だったのですか?」
「ああ、そうだ。ミズハは俺の番だ。一目で分かった」
番は本能的なもので獣人なら持っている獣性という物だ。
番はたった一人だけで、俺にとってはミズハだけなのだ。
この広い世界の中で番を見つけるのは難易度が高く、歴代の獣王の中でも番を見つけられたのは一握りだけ。
そんな中にあって俺は番を見つける事ができた。
番は夫婦以上の絆を持つ相手で、同じ獣人であるミズハも気付いて良いと思ったが、見た目からしてエルフの血を濃く引いているミズハは獣性が低いのかもしれない。
エルフは長命な分、性的欲求が低い。そんなエルフの血を濃く引いて居れば分からないのも頷ける。
獣人同士が番だと互いに一目で分かる場合が多いので、婚約から結婚までの長さが短いが、エルフの場合は大変だ。と聞いた覚えがあった。
「われわれ獣王国レオンの王侯貴族は一夫多妻制を取っています。番が見つかれば一夫一妻になるので、アランに親族を当てがおうとしている貴族が知れば何をしでかすか分かりませんよ」
「分かっている。丁度良くミズハは番だと気づいていないし、暫く様子を見る」
「確かにその方が良さそうですね」
レイニードの忠告に様子を見る様に伝えればレイニードは頷き返してくれた。
「何とかミズハの警戒解かないとな」
「確かに。私の事も警戒していましたから、過去に獣人と何かあったのでしょう」
何とかミズハの警戒を解かないといけない。
レイニードの言葉に考えて見る。
獣人と過去に何かあったとすれば何だ? ミズハの特徴といえばエルフ的なハッとする美しさと色彩だが……。
「狐の獣人は茶髪茶眼だったな。小さな村出身の場合、容姿で何か言われた場合もあるか」
「確かに。そうであれば〈人化の術〉を使っているのも頷けます」
アランが狐の獣人の容姿を思い出し発言すれば、レイニードもそれに頷いた。
アランとレイニードは真実の縁に辿り着くまで早かった。
「此処で悩んでいても仕方がない。兎に角ミズハともっと話をしよう」
そう言って俺は話を終わらせると、明日からミズハとどんな話をしようか思考に耽ったのだった。
今回はアラン・レオン(クルト)の話でした。
アランは獣王国レオンの第一王子でレイニードが公爵家の嫡男です。
レイニードはアランの学友という名の側近で幼少のころからアランに仕えています。
アランに関しては想像できたと思いますがどうでしょうか?
ではまたお会いしましょう。




