不可視の暗殺者
僕の家は世界最南端にあるシュティーザ帝国の末端貴族の家系だった。
末端貴族とはいえ何不自由なく育った。
家族は父・母・僕・妹の四人家族。
衣食住には困らないが贅沢は出来ない。そんな家だった。
僕は屋敷を抜け出しては街の少年達と遊んでいた。
そんな生活に終止符を打たれたのは十歳の時。父が汚職をしたと捕まってしまった。
父が汚職に手を染めていたのを知らなかった母は泣き暮らし、心を病んでしまった。
妹はまだ幼く何が起きているのか気付いていないが、心細そうにしていた。
国は父から貴族としての位を剥奪し平民に落とした。
だが、父は本当に汚職を犯したのだろうか。品行方正で厳格な父が汚職など品性に背く行為をしたのだろうか。
今、僕が何を言っても弱者の言葉でしかない。
どうしたら国は動いてくれるだろうか? 子供の僕の言葉など聞いてはくれまい。
そう考えていた時、街の子供の言葉を思い出した。Sランクの冒険者には国王すら頭を下げるというものだった。
Sランクという至高の地位でなくとも、Aランクにでもなれば話は聞いてくれないだろうか。
そう考えた僕の行動は早かった。その日の内に冒険者ギルドに登録して、依頼を受け出した。
冒険者としての基礎知識のなかった僕は冒険者ギルドの図書室を借り、依頼消化と図書室通いを始めた。
冒険者ギルドに通い出して二週間程か経った頃、Fランクのポイントが溜まりEランクの試験を受ける事になった。
武術は家で習っていたので少しは自信があった。
しかし、受けた試験では試験官に惨敗。Eランクにはなったものの所詮井の中の蛙だと知れた。
試験官であった冒険者に週に一度で良いので訓練を付けてくれないか相談しに行くと、意外な事に了承してくれた。
何でも図書室通いをしていた僕を覚えていたらしく、僕への指導を引き受けてくれたのだ。
試験官はバルドさんといい、元冒険者の職員だそうだ。
Eランクになった僕は依頼を受けつつ図書室に通った。基礎的な武術や魔法は習ってはいたものの、魔法は触り部分しか習っていなかった。冒険者としてランクを上げるには魔法の知識も必要だろう。
そう思って魔法の本を読んでいると、意外に闇や風魔法に適性が高い事が分かった。
人間の場合苦手な魔法適正が無いかわり得意属性もないというのが通説だが、ごく稀に得意属性がある場合があり、それを適正という。
週に一度バルドさんに武術を見てもらい、図書室で魔法の勉強をしだして二カ月した頃僕はDランクの冒険者になっていた。
この頃には動物や魔物との戦いもだいぶ慣れ、街から離れる事もあった。同じ冒険者に絡まれる事もあったが、何とか凌いでいた。倒せる人も居れば倒せない人も居る、そんな感じだ。
Dランクに上がり一年経った頃Cランクへの昇格試験を受ける事になった。
この頃には魔法の腕も大分上がり、闇や風魔法を操り大規模な戦闘にも参加した。
僕は魔法で死角からの狙撃や奇襲を受け持ち〝不可視の暗殺者〟と呼ばれるようになった。
バルドさんとの戦闘も大分接戦に持ち込めるようになった。
Cランクに上がれば冒険者としても中堅、様々な街にも行かなければいけなくなる。その為には家族と離れ離れに生活しなければいけなくなる。
平民に落とされても真面目に働く父、心を病んでしまった母、街の子供と遊ぶ妹、そんな三人と別れて冒険者として生活して行く。これは僕のけじめだから。
Cランクになって暫く僕は行き詰っていた。
バルドさんにも勝てるようになったが、それでもBランクの壁は越えられない。
訓練は今でもバルドさんに付き合って貰っているが、中々コレだと言える成長がない。はっきりいって焦っていた。このままCランクで終わってしまうのではないかと。
バルドさんは焦る事はないと言ってくれているが、如何しても僕自身が焦ってしまう。そんな時、僕の所属する冒険者ギルドのギルドマスターがターザ国行きの依頼があると教えてくれた。
僕は何でターザ国なのか分からなかったが、ギルドマスター曰くターザの冒険者ギルド支部を纏めているのが元Sランクの冒険者なのだそうだ。
僕はこの依頼に飛び付き、ターザ国へ向かった。
このシュティーザ帝国から西周りに北上する事四カ国、西部中心に位置するターザ国に辿り着いた。
ターザ国最初の港町から北西に向かって行く。
道中にあるのは村や町だけでなく草原、山、岩場と様々だ。シュティーザと同等かやや大きな国土は、シュティーザと比べて大分寒かった。ここでこれだけ寒いと最北端に位置するファルセ帝国はどれだけ寒いのだろうか。
ターザ国の王都グラールは華やかな街並みが溢れていた。
シュティーザの帝都と比べると此方の方が活気に満ちていた。
傾斜の国シュティーザとは良く言った物だ。
シュティーザ帝国は数代前まで南国の覇者だったそうだ。
だが、その当時の皇帝が人間至上主義を唱え、他の種族に差別的行動を取った。その結果民の流出へと繋がったそうだ。
冒険者や商人を始め人間以外の他種族がシュティーザ帝国を離れて行った。
その結果起きたのがシュティーザ帝国帝都郊外での大規模な魔物の反乱だった。
人間だけでは人手が足りず帝都まで魔物が押し寄せて来た。今でも帝都には傷跡が残っている。
この魔物の反乱を鎮めたのが獣人の冒険者だった。
その獣人は「魔物の氾濫に国の政策何て関係ない! 一番に被害をこうむるのは民だ!」と言い現場に駆けつけてくれたそうだ。
その獣人の冒険者は当時のSランクの冒険者で、今獣人でSランクを誇るエスタークという人の先祖らしい。
グラールの冒険者ギルド支部に赴き、ギルドマスターからの手紙を渡す。
数分後現れたのは金茶の髪に茶色い瞳の大男だった。
その人を見て僕より強い事が瞬時に分かった。纏う空気、鍛え上げられた身体、僕とは全てが違うように感じた。
「おう、坊主ご苦労さん。俺はレックスだ」
「初めましてレックスさん、僕は――」
驚いた。この人がグラールのギルドマスターかと思ったら違ったらしい。
確かグラールのギルドマスターはゲオルクさんといったか。
「坊主、お前幾つだ? 随分若く見えるが」
「十二歳になったばかりです」
僕はレックスさんと喋りながらグラールのギルドマスターの元まで連れて行って貰った。
「マスター連れて来ました」
レックスさんはそう言うとノックもせずに扉を開いた。
中に居たのは赤毛の髪に幾本か白髪の混ざった人だった。
身体はレックスさんの方が大きいだろうが、纏う気配でレックスさん以上の大きさに見える。
「良く来たな、お前が――だな。爺さんからは連絡を貰っている。色々煮詰まっているから相手をして欲しいとな」
「宜しくお願いします」
爺さん、確かに僕が世話になっているギルドマスターはお爺さんだ。
ギルドマスターがくれた強くなる為の道しるべ、僕は背筋を正し挨拶をした。
「レックス暫く相手をしてやれ」
「マスターが相手をしなくて良いんですか?」
「構わん。相手をする者の指名は受けていない」
ゲオルクさんが相手をしてくれないのかと落ち込みはしたが、レックスさんも一廉の人物、学ぶ事は多くありそうだ。
その日は疲れているだろうからと宿屋に返され、次の日からレックスさんに師事する事になった。
そんなある日の事、何時も通りレックスさんに稽古を付けてもらっていた時、寒気がして飛びずさると一人の男性が立っていた。
銀髪に青い瞳のイヌ科の獣人だった。
「エスタークさん驚かさんで下さい」
レックスさんの言葉で相手がSランクの冒険者だと知れた。
「悪い悪い、ゲオルクから面白い子供が居るって聞いてな。様子を見に来たんだ」
やっと引いた冷や汗にエスタークさんからの闘気に反応したのだと知れる。
エスタークさんが、ただ戦おうとしただけだったのだ。それだけの事に僕は怯えて後ずさった。
「どうだ坊主、俺と一戦やってみないか?」
「宜しくお願いします」
Sランクの人との手合わせ、と思った瞬間にはお願いしていた。
「良く言った。レックス、坊主を借りるぞ」
そう言って前に出て来たエスタークさんに僕はゴクリと唾を飲んだ。
合わされた瞳に恐怖を感じる。早まったかもしれないそう思った。だけど……。僕は上に登るって決めたんだ。
「はっ!」
気合を込めて剣を振るうが簡単に避けられてしまう。
次に魔法を放とうとしたが、放つ前に距離を詰められ腹に重い一撃を貰った。
「ぐっ、げほっ」
重かったが骨は折れてはいない、手加減されたのだ。
「まだまだ、はあ!」
何度も剣を振るい魔法を打つがかすりもしなかった。
次第に腕や足が重くなり、立っているのもままならなくなって来た。
剣を振るおうとして足が縺れ倒れ込んでしまう。何とか起き上がろうとするが腕も足も動かない。
「此処までだな。まあ、やる気はあるんだ登って来い」
エスタークさんはそう言うと去って行った。
その言葉に何故か励まされた感じがした。僕はまだ上に上がれるのだと。
それから一ヶ月後、僕はレックスさんに別れを告げシュティーザ帝国に戻る事を決めた。帰ったらギルドマスターにお礼を言わないとな。
結局レックスさんには一度も勝つ事は出来なかったが良い感触は手に入れた。ゲオルクさんとは一度も手合わせ出来なかったが、代わりにエスタークさんが相手をしてくれた。
シュティーザ帝国に戻った僕はレックスさんに教わった事を中心に修行することにした。
そうしている内にBランクの試験を受け、Bランクへ上がる事ができた。
その後はAランク、Sランクとトントン拍子で上がる事ができた。と言ってもSランクに上がれたのは十五歳まじかだったが。
Sランクになった僕はシュティーザ帝国の皇帝陛下に謁見が適った。
皇帝陛下に直接父に関する事を訴状すると調べてくれると言ってくれた。
その後は意外と速く決着が着いた。
横領していた別の貴族に父は汚名を着せられ、貴族の地位を失ったというものだった。
父の貴族位は回復され、僕達は貴族に戻った。
貴族としての記憶の少ない妹は大変焦っていた。僕も貴族だったのは十歳までだったので、貴族の付き合いはない。
父もまさか僕がこんな解決方法を取るとは思っていなかったらしく目を白黒させていた。
心を病んでしまった母もこれで少しは気が晴れてくれないだろうか。
十五歳になったある日ギルドマスターに呼び出されてギルドに赴くと、ギルドマスターにユグドラシル学園に通う気はないかと聞かれた。
僕が学校に行けるのだろうかと考えていると、ギルドマスターに行ってこいと進められユグドラシル学園に通う事にした。
試験は当然受けたが、受かっているだろうか。少し心配になったがユグドラシル学園から合格の通知を貰った。
これをもって僕は三年制のユグドラシル学園に入学が決まった。
ゲオルクの仲間以外の対応はこんなものです。
不可視の暗殺者を主人公に別の話が書けそうですね。




