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狐少女の日常  作者: 樹 泉
一章 幼少期編
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変わって来た関係


 その日もミズハはクルエラのレッスンを受けていた。

 正しい姿勢を保ちながら刺繍をするのは意外に難しい。姿勢を正し行動する事に慣れたミズハだからこそ指導が入らないだけで、始めたばかりの頃は十分に一度は指導が入っていた。


「ねえミズハ、貴女はゲオルク達の事をお父様とは呼ばないの? 私の事も是非お婆様と呼んで欲しいわ」


「く、クルエラ様いきなり何ですか!? っ痛い」


「指を出しなさい。直ぐ治療しなくては」


 ミズハはクルエラの言葉に動揺して指に針を刺してしまった。

 クルエラはミズハの指を取ると侍女の持って来た救急セットで治療して行く。ミズハは針で刺した位気にしないが、クルエラはミズハが針を指に刺す度治療してくれる。


「それで何故、何時までも他人行儀なの?」


「そ、それは……」


 クルエラに促されミズハはポツリポツリと喋り出した。

 最初は少し警戒していた事、優しくされても何時か居なくなってしまうんじゃないかと思う事などミズハは痞えながらゆっくりと話して行く。


「まったくあの子達は何をやっているのかしら、ミズハを不安にさせるだなんて」


「待って下さいクルエラ様。ゲオルクさん達は良くしてくれています。私が勝手に不安がっただけで……」


「いいえ、あの子達がいけないわ。どうせ養女にすると言った時も理由を言わなかったのでしょう。家族になったのだから遠慮はいらないって貴女に教えなくてはいけないわ」


「……」


 クルエラの気炎にミズハは黙ってしまった。

 確かにいきなり養女になれと言われて理由を聞いていない。両親を亡くし魔物の反乱で住む地を失った所を哀れに思い保護されただけなのではないかと考えた事もあった。

 魔物の反乱は世界規模で考えれば年に数度起きる事で、両親を失った者、住む地を失った子供など掃いて捨てるほどいる。そんな子供の内一人をたまたま保護したのではないかとミズハは考える事があった。


「ゲオルクは三男だから面倒をみるのは苦手よ、寧ろ見てもらう方ね。そんなあの子が貴女を養女にしたいと言ったという事は貴女を気にいったって事よ」


「え? ゲオルクさんは良く面倒を見てくれますよ」


「それは貴女を気にいっているからよ」


「そうでしょうか」


「絶対そうよ」


 ゲオルクの屋敷に来て以来、ミズハはゲオルクが意外に面倒見の良い事を知った。

 エスタークが過度に訓練をした時、親身にミズハの様子を伺いにも来ていたし、冒険者ギルドの仕事の合間に剣術の指導もしてくれる。ミズハは気付いていないが、ミズハがリビングなどで寝落ちしてしまった時に部屋に運んでいるのもゲオルクだった。


「人間であるゲオルクや私は確かに貴女より先に死ぬけれど、貴女と過ごした時間は消えないのよ」


「そ、うですよね」


 クルエラの言葉にミズハは〈人化の術〉をしているのに幻影の様に耳と尻尾が垂れた様に見えた。

 ミズハに取って母親との別れは十分にショッキングな事だったのだ。


「ふふふ、直ぐに死ぬ気はないから安心なさい。それに貴女には闇の精霊が着いているのでしょう」


【そうだよミズハ! 僕は最後までミズハと一緒に居るよ】


「クルエラ様、アンディー……」


 ミズハはホロリと落ちた一粒の涙を拭うとクルエラとアンディーに笑いかけた。


「クルエラ様ではないわ、お・ば・あ・さ・まよ。はい、言ってみなさい」


「お、お婆様」


「はい、よくできました。あの子達にも夕食の席で言ってあげなさい」


 クルエラは上品に笑うとミズハを撫でた。




「そうそう、貴女に後輩ができるわ」


「後輩ですか?」


「ええ、そうよ。レジーナ様のお茶会を覚えているかしら」


「レジーナ様というと王太后様ですか?」


 急な話題の転換にミズハは目を白黒させた。

 ミズハは先日のレジーナのお茶会を思い出す。


「もしかして殿下の講師を務める気ですか?」


「ええ、そうよ。と言っても数年は先だけれど。その時になったら貴女を紹介するわ」


「え? 私をですか?」


「そうよ。貴女以外に居ないじゃない」


 明日の天気の話をしている様にサラリと言われた言葉にミズハは目を見開き驚愕した。

 地方の村で生活していたミズハに取って貴族とは雲の上の存在で、王族とは無縁の関係だった。それがゲオルク達に拾われてから親族とはいえ貴族であるクルエラに師事し、国の母たる王太后とも顔を会わせた。それが更に別の王族と顔を会わせるとは思っていなかった。お茶会で出会ったクリストフは完全に忘れ去られている。


「貴方も一緒にお教えしてね」


「……」


 老婦人ながら可愛らしく首を傾げて言われた言葉にミズハは声を発する事ができなかった。


 その後何とか刺繍を再開し縫っていったものの、ミズハの心を現すかの如く線が崩れ、始めて刺繍をした時並みの出来に仕上がった。クルエラにやり直しを命じられた事も此処に記しておく。


 日も暮れ夕食の時間になるとミズハはソワソワし出した。クルエラとの約束通りゲオルク達にお父さん、お母さん呼びするためだ。

 その成果を見るためクルエラも本日はゲオルク邸での夕食だ。

 ゲオルクも夕食には戻って来るため一同が会する場としては夕食の席しかない。


「おや、母上も一緒に夕食ですか?」


「ふふふ、今日は良い事があるのよ」


「それは楽しみですね」


 食前酒が運ばれゲオルクとクルエラが楽しそうに話している。

 粗野な言葉を使う事が多いゲオルクだが、貴族式の言葉が使えない訳ではない。勿論、得意という訳ではなく苦手ではあるのだが。しかし家族、それも頭の上がらない母親ともなれば話は別である。


「それで良い事とはいったい何ですか?」


 ゲオルクは前菜が終わるまで待ってクルエラに訪ねてみた。


「ミズハそろそろ言ってあげなさい」


「……と、義父(とう)さん、義母(かあ)さん」


 クルエラに促されやっと口火切ったミズハは言い終わると顔を赤くして俯いてしまった。

 ミズハが喋り終わってからしばし沈黙が流れる。


「……義父さん、義父さんか」


「義母さん、始めて呼んでくれたわ」


「義父さんか、良い響きだな」


「義父さん……」


 ゲオルクが噛みしめる様に言うとアリアナが嬉しそうに言った。エスタークも喜びダグは涙ぐんでいる。

 一番年下のエスタークですら三十三歳、ミズハの年の娘が居てもおかしくない年齢だ。アリアナ年齢は最長種のエルフだけあり更に上だ。ダグはゲオルクの六歳年上で四十九歳、既に孫が居ても良い年齢だった。

 ゲオルク達のパーティーで一番面倒見が良いのはエスタークだろう。ただし脳筋ではあるが。次点でアリアナだろうか、ただし自分にためになる相手に限りと着くが。三番手でやっとゲオルクだ。ゲオルクに至っては自分が面倒をみるのだなんてめんどうくさいであるし、最後のダグに至っては職人気質も混じり、人と話す事すら得意としていない。

 そんな四人が何だかんだで気にいったのがミズハだ。

 最初は闇の上位精霊に気にいられた多尾狐として注目したが、ミズハの真っ直ぐに自分たちを慕って来る幼い目に心をほだされてしまったのだ。


 和やかに進んでいった夕食だが食後のお酒が運ばれて来た所で酒宴に様変わりしてしまった。

 それを見たクルエラはミズハを連れ食堂を後にすると、ミズハに別れを告げ自分の住む屋敷に帰って行った。


 翌日アリアナのみ二日酔いに苛まれ、世の理不尽さを味わった。

 飲んだお酒の量は飲んだ順にダグ、ゲオルク、エスターク、アリアナの順であったのだ。最も飲んでいないアリアナだけが二日酔いになった。





今月は更新が遅れるかもしれません。

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