クリストフの実力
ミズハがレジーナのお茶会へ出席して一週間それは唐突にやって来た。
「やあミズハ嬢、遊びに来たよ」
その一声と共に現れたのはクリストフだった。
「何故殿下がここに?」
「ゲオルク殿に伝えてって言ったでしょ」
困惑気味のミズハにクリストフは満面の笑みで答えた。
確かにミズハはゲオルクにクリストフと会った事を伝えた。
しかし、突発的に来ても良いものだろうか。
「それでゲオルク殿は何処に?」
「ゲオルクならギルドに行ったぞ。ここのギルドマスターだからな」
丁度ミズハの修行を見ていたエスタークがクリストフに答えた。
それを聞いたクリストフはガックリ項垂れた。
ゲオルクが王都グラール冒険者ギルド支部の長、ギルドマスターになって二月が過ぎている。
書類仕事にも慣れて来た所だが依然として忙しい。
その為今も、屋敷ではなく冒険者ギルドで仕事をしている。
「そんな、会えると思ったのに……」
力なく項垂れるクリストフに一つの人影がかかった。
「ク・リ・ス・ト・フ・殿・下、こんな所で何をなさっておいでです?」
「く、くくく」
「何を笑ってらっしゃるの?」
人影、クルエラの声を聞きクリストフは一つの音程しか出て来ない。
羽扇で優雅に顔の一部を隠し微笑みを浮かべたクルエラは、剣呑な光を瞳に宿らせていた。
「く、クルエラ様いらしたのですか」
「ええ、居ましたとも。それで、私に何か言う事はなくて?」
やっと口を落ち着かせクリストフは喋った。
それに対してクルエラの瞳は剣呑さを増してゆく。
「こんにちは、クルエラ様?」
「何故疑問形なのです。挨拶はもっとはっきりと」
「はい!」
クリストフが何とか挨拶をするとクルエラに駄目出しをされた。
こうなっては肩なしである。
冒険者を目指しているクリストフに取って、宮廷事情は苦手だ。
さらに甘やかされた事を自他共に認めるクリストフは、厳しい相手、クルエラや現女官長ダリアは苦手な相手だった。
「殿下」
「は、はい!」
クルエラの呼び声にクリストフは過剰反応を示した。
「……せっかくいらしたのだから手合わせしていただいたらいかがです?」
「手合わせ?」
溜息を噛みころしてクルエラは提案した。
しかしそれに対してクリストフは何も分かっていない様だった。
ゲオルクが留守でも、この屋敷には現役Sランクの人間が三人居るのだ。
「ここに居るエスタークはミズハの師匠の一人なのよ」
「へー、ミズハ嬢の師匠ですか」
どうやらクリストフは情報収集をしないらしい。
「クルエラ焚きつけるな。ミズハ走って来い」
嘆息したエスタークは、未だ走り途中のミズハを走りに戻させた。
「はい」
ミズハは返事をすると残りのノルマを完遂しに走り出した。
この半年の間でミズハの体力は上がり、今では八周になっていた。
「木剣はありますか?」
「ミズハの修行用のがある。少し待っていろ」
クリストフの言葉にエスタークは返すと、脇に置いてあったリュックから木剣を二本取りだした。
明らかに容量の違うそれは、マジックバックだ。
マジックバックとは様々な鞄など袋型の魔法具で、入る容量が拡張されたものだ。
中堅以降の冒険者なら、入れられる容量は違っても多くの者が持っている。
クリストフはエスタークから木剣を渡されるとその場で素振りをしだした。
風を切り裂く音は中々のもので、その実力は侮る事はできないだろう。
「準備できたらかかって来い」
「行きますよ、っと……受け止めますか」
クリストフの木剣が風を引き裂きエスタークの元へやって来る。
ガキン
木と木が鳴らす高い音は次第にギリギリと音を鳴らす鍔迫り合いになって行った。
「なっ」
「どうした、こんなものか」
クリストフの木剣が上段からエスタークの剣を打ちすえるが、エスタークの剣はびくともしない。
「っく、中々やりますね。だったらこれで……ハアッ!」
「ほう」
クリストフはバックステップで距離を取ると裂帛の気合と共に袈裟切りに、振り下ろした所からV字に更に持ち上げる。
が、しかしエスタークに易々と払われてしまう。
「まだまだ」
クリストフは更に下へそこから横へと剣戟を続けて行く。
それをエスタークは衝撃が来ない様に捌く。
剣戟が二桁に上り暫く、クリストフの勢いは削げ精彩を欠きだした。
それもそのはずだ、絶えず攻撃していたのはクリストフで、疲れも出て来る。
「ハァハァ、……僕の剣が効かない。騎士相手にもそれなりに効果があったのに……」
クリストフは気落ちしたように呟くと、剣を構え直した。
「……銀狼のエスターク、まさか獣人の〝英雄〟ですか!?」
「英雄という性格ではないけどな」
クリストフがやっと答えにたどり着きエスタークの二つ名、英雄と言った。
因みにゲオルクが〝覇王〟、アリアナが〝至高の魔導師〟、ダグが〝爆砕〟である。
「まさか、Sランクの冒険者に出会えるとは」
「如何する、続けるか?」
「はい! 宜しくお願いします」
クリストフの瞳はゲオルクの話をしている時と同様キラキラしたものになり、エスタークへと斬りかかった。
側で見ていたクルエラは苦笑を浮かべその修練を見守っていた。
そこへ走り終えたミズハも加わった。
「ハァハァハァ」
クリストフは地面に大の字になり倒れていた。
果敢に攻め立てるもエスタークにかすりもしなかった。
「殿下、お飲物とタオルです」
「ありがとう」
ミズハが飲み物(エスターク製)とタオルを渡し一息つく。
「ミズハ嬢良い師に恵まれたね」
「ソウデスネ」
クリストフの言葉にミズハの声色は暗くなる。
ミズハに取ってエスタークの修行は初日の様に、時たま無理しなければいけない事があるからだ。
その度、アリアナ達が諫めてくれる。
ミズハに取って良い師とはアリアナやゲオルク、ダグを指す。
けしてエスタークが嫌いなわけではないのだ。ただ、やり過ぎるだけで。
クリストフの言葉同様良い師と持っているが、クリストフの思っている通りではないだろう。
クリストフはエスタークについて言っているのだから。
「この飲み物美味しいね」
「はい。エスタークさんが作ってくれるんです」
「そうなのかい!」
ミズハもエスタークの作るスポーツドリンクは美味しいと思うので頷いた。
クリストフは憧れの冒険者が作ったと聞いて、グラスを両手で持った。
「今日はお世話になりました。また来ても良いでしょうか?」
「おう、何時でも来い」
「もう学園に行かないといけないので、長期休みになったら必ず来ます」
「待っているぜ」
クリストフは一礼すると帰って行った。
これを聞いていたミズハは、この屋敷ってゲオルクさんの物じゃなかったっけ? と思いはしたものの口には出さなかった。
来週はお休みするかもしれません




