クリストフ
ミズハとメリシュがレジーナやクルエラと合流してお茶を飲んでいると、庭園に今まで居なかった騎士が一人やって来てレジーナに耳打ちをした。
「皆悪いのだけど孫が来ているの、呼んでも良いかしら」
「構わないわよ。孫って誰が来たの?」
レジーナが申し訳なさそうに話すとクルエラが了承した。
「今から来るのはクリストフよ。末っ子だから皆甘やかしてしまうのよ」
「それは君もじゃないかい」
レジーナの愚痴にメリシュが笑いながら言った。
笑いが溢れた茶会の場に現れたのはショートカットの白金の髪に、レジーナ譲りの紫色の瞳の十代半ば程の少年だった。
「お楽しみ中失礼します」
「クリストフ、お茶会に招かれていない貴方が何の用なの?」
「申し訳ありませんお婆様。ゲオルク殿の御令嬢がいらしてると聞き、居ても立っても居られずこうして足を運びました」
レジーナとクリストフの会話にクルエラとメリシュは微笑ましげに、ミズハは何方だろうと思いながら話を聞いていた。
そうしているとクリストフがミズハの方をキラキラした目で見て来た。
「初めまして、僕はクリストフ・クロウ・ターザ。この国の第八王子だよ。君の名前を聞いても良いかい」
「初めまして殿下。私はゲオルク・ダンマルスの養女、ミズハ・タマモールと申します」
クリストフの挨拶にミズハは慌てて席を立ち挨拶をした。
「ミズハ嬢、君はゲオルク殿の養女何だよね。歳は幾つなんだい」
「はい。十歳になったばかりです」
「十歳か、甥姪とそんなに変わらないね」
クリストフの質問にミズハが答えると、クリストフは甥と姪を引き合いに出した。
「そうだ、今度訪ねても良いかな?」
「すみません。私からは何とも言えません」
クリストフの良い事を思い付いたと言わんばかりの話に、ミズハは困惑するばかりだ。
「ゲオルク殿に僕の事を話してくれるだけで良いからさ、良いだろう」
「クリストフいい加減になさい、ミズハが困っているでしょう。ミズハも悪いけれどゲオルクにクリストフの事伝えてもらえないかしら」
「はい、分かりました」
クリストフはミズハの元へやって来ると、ミズハの手を握り勢い込んで話しかけて来る。
余りの勢いにミズハが困っていると、レジーナがクリストフを窘めた。
「クリストフは冒険者志望なのよ。まったくこんな事で、ユグドラシル学園でやって行けるのかしら」
「そうなんだ、ゲオルク殿は僕の目標何だ。是非御会いしたい」
ミズハの事をキラキラした目で見つめるクリストフだが、その視線の先に居るのはゲオルクだろう。
ユグドラシル学園とは世界の中心にある世界樹の木がある地に作られた学園の事だ。
「ふふふ、それでクリストフ殿下は私達に挨拶はなくて?」
クルエラの楽しそうな、それでいて目は笑っていない言葉にクリストフはビクリと震える。
まるで蛇に睨まれた蛙の様だ。
「だ、ダンマルス公爵夫人お久しぶりです」
「あら、元夫人でしてよ。クルエラで宜しいわ。それに挨拶は私だけかしら」
「そ、そうですねクルエラ様。メリシュ様もお久しぶりです」
「クリストフ殿下お久しぶりだね。元気にしていたかな」
クリストフの必死の挨拶もクルエラに一刀両断にされた。
クリストフはビクつきながらもメリシュへと挨拶をした。
「では僕は、今日はこれでお暇させていただきますね」
クリストフはクルエラから逃げるようにその場を去って行った。
「……あれで本当に大丈夫かしら」
「目標があるんだ、クリストフ殿下も大丈夫だろう」
レジーナの心配そうな口ぶりにメリシュが慰める。
「皆、クリストフが失礼したわね」
レジーナの言葉にミズハとメリシュは首を横に振ったが、クルエラは目が笑っていないままだった。
「クルエラ、今回は私に免じてクリストフを許してくれないかしら」
「……貴女がそう言うなら今回は水に流しましょう」
クルエラは溜息をつくとそう言った。
本来であればクルエラの態度は無礼な振る舞いと取られる場合もあったが、そこは気心の知れた相手、だれも問題にはしない。
しかしミズハは慣れておらずハラハラしながらその場を見守っていた。
「そうだミズハちゃん、君は今どんな事を習っているんだい?」
メリシュは話題の転換にミズハに話を振る。その話しぶりは随分軽いものになっていた。
「そうですね、今はターザ国の地理だけではなく世界の地図も習っています。後はエルフ語とドワーフ語、獣人後を少々」
「そうなのかい、それは凄い。私は未だに共通語以外はそれほど話せないんだ」
ミズハの言葉にメリシュは感心して答えた。
この世界の言葉は共通語とエルフ語、ドワーフ語と獣人語、古代語の五種類しかない。
世界地図は外海と呼ばれる外側の海の内側にドーナツ型の大地が二重に存在している。大きなドーナツには各国々があり、その内側に内海、更に内側に世界樹のある地があり、中心に命の湖がある。
世界樹のある地は中立地帯で、各国々が資金を出し合い世界立の学園が立っている。
その学園の名前が、世界立ユグドラシル学園だ。
ユグドラシル学園は十五歳~十八歳までの少年少女が入る事のできる、世界唯一の世界立学園で世界の子供達の目指す最難関の学校だ。
クリストフも、もう一月すればユグドラシル学園に通うようになる。
勿論学校は世界各地にあり、国立の学校も世界各地に存在する。しかし、世界立の学園はユグドラシル学園のみ。そのネームバリューはいかほどのものか。
「ミズハは優秀なのね、マナーも十二分にできていてよ。……クルエラ、やはり私の曾孫の教師になってはくれないかしら」
「もう私では古いわよ。もっと若い方を招いた方が良いわ」
「そんな事はないわ。貴女以上に宮廷の泳ぎ方を知っている者はいないわ」
レジーナはミズハを褒め、そのミズハの礼儀作法を教えたクルエラに教師役を頼む。
しかしクルエラはそれを断った。
「何も男子達まで面倒みろとは言わないわ、女子だけでもお願いできない」
「私よりサナティア侯爵夫人では駄目なの?」
食い下がるレジーナにクルエラは代案を言った。
サナティア侯爵夫人は現在三十代の現役侯爵夫人で、宮廷のなんたるかを知っている。
「サナティア侯爵夫人は無理よ。女官長にならないか打診している所よ」
「サナティア侯爵夫人を? 考えてみればダリア様ももう年よね」
女官長とは王宮の女官達の長で、国費で雇われる国の官の一人だ。
ダリア様とはクルエラ達より少し年上の女性で現女官長をやっている。
「殿下方は今お幾つだったかしら」
「六歳と四歳よ、八歳位から教えてもらいたいのだけど」
「少し考えさせてはくれないかしら」
クルエラは直ぐには答えず返答を先送りにした。
レジーナは先送りにされても断られた訳ではないので今回は引き下がった。
「日が陰って来たね。今日はこれ位にしようか」
「そうね、そろそろお開きにしましょう」
メリシュの言葉にレジーナも同意した。
レジーナは手を叩くと侍女を呼び、ミズハ達一人一人にお土産を持たせてくれた。
「王宮で作った焼き菓子よ、日持ちするから持って行ってちょうだい」
そんなレジーナにミズハ達は礼を言って、王城を辞す事にした。
「二人とも途中まで一緒に行かないかい」
「ええ、宜しくってよ」
メリシュの言葉にクルエラが返事をし、三人は連れ立って馬車を目指し、王城から帰って行った。




