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第四話

 あまりに広大で、そして華々しく見えた。ここが、普通科と同じフルール友和学園とは思えなかった。別世界に見えた。ロロナと児玉、二人がいるところから、大理石、かどうかは知らないが、つるぴかに磨かれたようなまっすぐな道が伸びてた。しかも、道幅もかなりある。まさにメインストリートといった感じだった。メインストリートの右脇、左脇には、中華圏の豪奢な建物を思わせる(たぶん)校舎がいくつも建っており、なんだか幻想的な風景だった。

「これが……高校? うそ」

「ボクも、最初に来たときは、映画のロケ地かと思ったものだ」

「ねえ、もっと良いたとえできないの?」

「そう思ったからにはしかたないだろう」

「まあいいけど。で、わたしはどうしたら?」

「入校許可証をもらわないといけんだろう。ほら、あそこだ。守衛室。一緒に行こうぞ」

「わかった」

 二人は、すぐそばの、守衛室を訪ねた。守衛室は、ここの派手派手さと比べると、ずいぶん無機質で落ち着いた感じだった。

「たのもう」

 道場破りか、というロロナの突っ込みは無視し、カウンター越しに児玉は守衛と二、三やりとりをした。

「小日向ちゃんちょっといいかな?」

 ここに来た理由なんかを書面にして出さないといけないらしい。ロロナは児玉の隣で、入校申請書を書き始めた。ここに来た理由はなんて書こうと考えていると、

「児玉くん、さっき前島先生が君を探してらっしゃったよ。まだB号館第二開発室にいらっしゃるとのことだから、行くと良いんじゃないか?」

 守衛の中年の男がそんなことを言った。

「うむ、承知した。しかしその前に、ここにいる彼女を養護室に届けねばならん。彼女はかなり参っているのでな」

「いやいや、キミは行くと良い。この子は私が養護室に連れて行く」

「しかし」

「なにせ、前島先生がすぐに君と話したいとおっしゃっている。急ぎの用でもあるんじゃないかな?」

「うむ……」

 ロロナは、入校申請書を書く手を止め、児玉の横顔を見ていた。案外美形だから困る。まあ、変人っぽいから、これ以上関わり合おうとは思わないけど。

「行っていいよ」そんな思いで言った。「まあ、ありがとう。ここまで連れてきてくれて」

「ほうそうか」

この児玉という男子はぐだぐだ悩んだり、無理に自分の主張を押し通そうともしない。そんな印象をロロナはこの短時間で持った。

「わかった。では、ボクは去ろう。小日向ちゃん、また会おうぞ!」

 そう言って、あっさり、豪華絢爛な校舎に向かって走り出した。

 まあ、悪い人じゃない……っていうか、窮地を救ってくれた救世主なんだけどね、ほんとは。もっと、好意的にしてもよかったかも。

 寂しさ、ではないけれど、そんなさっさと消えてくれなくても、とは思った。

 あの人のことはさておき、今はこれを書かないといけない。入校申請書。

「あの、入校理由のところ、『養護室を利用するため』みたいな感じでいいんですか?」

 カウンター越しに、守衛に尋ねたつもりだった。しかし、そこに守衛の姿はなかった。

 あれ? 思ったときには、背後に気配を感じた。不覚だった。守衛は後ろからロロナの両脇に両手を突っ込み、肘を曲げロロナの両肩を圧した。叫ぼうとしたロロナの小さな口を守衛の無骨な右手がふさぐ。ロロナは完全にがんじがらめにされてしまった。一瞬のことで、怖いとかそういった感情よりも、本能的にこの状況から脱しようと激しく抵抗した。しかし、相手はロロナより一回りも二回りも大きい相手だ。簡単にがんじがらめから逃れることはできず、ロロナは引きずられるような形で守衛室の中に連れ込まれてしまった。

「おとなしくしろ……」

 守衛の声音は、明らかに先ほどまでの柔らかさがなかった。どす黒い獣のような低い声。

 身体を拘束され、これが危機的状況であることは分かっている。しかし、そういった状況だからこそ、焦っちゃダメ、焦っちゃダメと、ロロナは必死に冷静であろうとした。守衛の命令通り、ロロナは抵抗をやめた。

「聞き分けのいい子で助かる……。じゃあここに寝てもらおうか」

 体勢を変えようと、守衛がロロナの拘束を解いた瞬間を見逃さなかった。ロロナは後ろの守衛に肘鉄を食らわせ、体を百八十度回転。守衛と向かい合う。

「こしゃくな……」

 そう言って再びロロナに掴みかかろうとしてきた守衛に、ロロナは右の拳で殴りかかった。とっさの判断で守衛はのけぞり、ロロナの拳は避けられたが、これでいい。ロロナの右ストレートが飛ぶと同時に、ロロナの袖からは水晶の欠片が放出していた。それがもろ、守衛の目に入った。

「ぐおおおぉぉぉぉっ!」

 守衛はひざまずき、両目を手で押さえつけた。

「相手が悪かったね、……この、獣が」

 とびっきりの憎悪を込め、ロロナは守衛室を飛び出した。

 誰か、助けてくれそうな人……。あたりをキョロキョロと見渡す。宵の頃ならばいざしらず、もう夜は更けてしまったようだ。誰も外を歩いていない。守衛室の方を一度確認し、どこか適当な建物の中へと思ったが、ロロナはもう一度、後ろを振り返ってしまった。

 守衛室の方。そこから出てきたのは、あの守衛ではなかった。そもそも人ですらない。あれは――

侵奪者マンイーター……!」

 炎のように揺らめき、深海のような色をした実体のない体は三メートル超。ロロナの二倍以上だ。

 魔物は常に不定形、色もその時々によって変わるので、見た目だけで、何の魔物か、特定するのは至難の業だ。しかし、ある魔物が持つ行動パターンは一つと決まっている。たとえば、ロロナの目の前にいる魔物であれば、身体乗っ取り行為だ。守衛にとりつき、他の人間への物理的干渉を行おうとした。ロロナの純潔を奪おうとした。

 だから、侵奪者。人の身体を奪い、そしてさらに他のものの生命や人権をも奪おうとする。最低な魔物だ。

 守衛の体を諦め、今度はロロナの体を奪うつもりらしい。問答無用で、ロロナに迫ってきた。

 しかしここは、フルール友和学園特別科の中だ。魔術師の卵と、本物の魔術師がうようよいるはずだ。ロロナは真っ先に、豪奢な校舎の方に逃げていき、その中に入ろうとしたが、どこであっても、入り口に結界のようなものが張られており、呪文か何かの手段で突破しなければならなかった。ロロナは、魔術に関しての知識は豊富だったが、だからといって呪文がとなえられるわけではなかった。呪文だけではない。侵奪者に対する有効な魔術を繰り出すこともできない。魔術師の家庭に生まれながら、一切魔術の教育を受けさせてもらえなかった者の宿命だった。あきらめるしかない。ロロナは、誰かが、助けてくれるまで、こうして侵奪者に追いかけ回されるしかない。

 ロロナは、特別科のメインストリートから外れ、竹林の中を走っていた。逃げ足の速さに自信はあったが、体力には自信がなかった。みるみるうちに減速。侵奪者が、ロロナのすぐ後ろまで迫ってきていた。

「誰か、助けて! 魔物!」

 天に祈るようにロロナは助けを叫んだ。

 その叫びが天に通じたのか、竹林の中の開けたところに出ると、特別科の学生らしき男が、一人いた。

「ダメだ! こっちに来ちゃダメ!」

 そう言われても無理だ。後ろには侵奪者がいる。止まれない。

「きゃああああぁぁぁっ!」

 叫び声。この世の終わりのような。

「だから、ダメって言ったのに」

 特別科のこの男は、「やってしまった」のような、非常にまずそうな顔をしていた。

 この男の前には、ロロナも侵奪者もいない。その代わり、足下に一つの文様が浮かび上がっていた。

 魔法陣――この世界と異界をつなぐ、時空転移テレポート装置の一つだった。


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