隣の芝生は青く、僕は苦しみに満ちている
上を目指すあいだは良かった。
小説家になりたいと思いついたのは、いつの頃だったのか。
自分でも物静かで他人と話すことが苦手で、引っ込み思案な性格。
そんな僕でも、極力、他人と関わらずに好きなことがしたいと思ったのが、きっかけだったのは覚えている。
学校の図書館でジャンルも問わずに読みあさった。
それを目指すために勉強が必要だと、いろんなことに興味を示し取り組んだ。
そのおかげか、初めての小説家の賞をとり“小説家の卵”として一歩を踏み出す。までは良かった。
僕「それは本当に?」
僕は感情を極力、出さないように彼女に問いかける。
僕よりも2歳だけ年上の彼女は、素っ気なく『そうよ』とかなんとか言っていた。
別に彼女といっても、お付き合いしているとかそういう関係ではなく、ただ単に小説が好きという趣味で知り合った仲間みたいなものだ。
彼女の凄いところは趣味で書くといっても、
思いつきでかつ行き当たりばったりで書いたという話が信じられないくらいに、きちんと構成された話が出来ていること。
しかも女性でありながら、男性心理もさることながら、自分よりも年配の考え方、また逆に幼い子供や、経験していないことまで想像で書ける。
自分の考え方とは違うことでさえも、気分が乗れば書けるらしい。
一度、その小説を見せてもらったことがある。
そこには彼女が経験し得ないようなものが書かれていた。
いろんな人物からの感情視点、ものの見方。
だから疑問に思い聞いてみた。
僕『心理学とか習っていたの?』
彼女『いいえ、読んだことないし習ったことがないわ。私、あなたと違って高卒よ?あなたの方が賢いもの』
僕『じゃあ、よく本を読むとか・・・・・・』
彼女『人並みじゃないかな。最近は仕事が忙しくって全然読めないし』
僕『・・・・・・』
彼女『・・・・・・』
その場が重たく感じたときに彼女は唐突に言葉を繰り出す。
彼女「唯一、他の人と違う点があれば、」
彼女の言葉を聞き逃さないように前のめりになって聞きたい衝動がわき上がったけれど、僕の中に残っていたどうでも良いような、ちっぽけなプライドがそれを押しとどめる。
彼女「私、一人っ子で、友達と遊ぶとき以外が寂しかったの。だから想像することが楽しみだった」
その瞬間の彼女の顔は、子供時代を思い出すように楽しそうに輝いていた。
それと同時に僕は落ち込む。
僕だって想像や空想を思い描くことぐらいしたさ、と。
僕は暖かいコーヒーを飲んでいるはずなのに心臓も手足さえも冷え切っていく感覚におそわれる。
僕は、その場にいるのが苦しくなって席を立った。
ポケットに入れていた小銭を取り出しコーヒー代をテーブル席に置くと、カフェを一人で出た。
僕「何故なんだ!」
僕は机の上に山積みにした本と資料、メモ用紙を全て床にぶちまけた。
その拍子に、眠気覚ましの紅茶のカップも絨毯に転がる。
僕のほうが小説家の卵としてデビューしたんだ。
だから“僕の方が、才能があるんだ”と努力で勝ち取ったと自負するところがあったのに。
なのに、なのに、なのに!
なのに何故、彼女の才能に嫉妬し、羨ましいと思う自分の心が苦しかった。
僕「僕のほうが上なんだ。だから、だからこそ賞をもらえた。だから・・・・・・」
僕「みんなも僕の作品を評価してくれいている。僕が評価されているじゃないか!でも、なんでこんなに」
苦しいんだ。
僕は散らばった紙を踏みつけた。
まだ机の上にあった紙を手に取ると、思いきり破り捨てていく。
床に転がっていた執筆するときに使おうと購入したマグコップを蹴り飛ばすと壁に当たって砕けた。
僕は、手近なボロボロな紙に書き殴った。
それに付箋を貼り付ける。
付箋に『○○に渡してくれ』とだけ書いて。
僕はグチャグチャになった部屋を見ながら自らをあざ笑うように大声で笑った。
なにかで読んだ本の一説を思い浮かべる。
『隣の芝生が青く見えても、人を羨んではならない。
それが苦しみになり前を向いて生きていけなくなるからだ』と。
まさに今がそうだと思った。
でも、どうしようもない。
頭で分かっていても、実行出来るかどうかとは違う。
僕は狭い部屋の中で、決めた。
この苦しみを心に抱いたまま生きることは無理だから。




