魔王
ある賢者は彼を見るなりこう呟いた
それは怪物である。
それは聖と対をなすものであると。
それは、不倶戴天の骨頂であると。
余暇か…
男は呟いた。
鬱蒼と繁る森の中、男は一人歩いていた。
草臥れたコートに髑髏のハーフマスク
腰には左右2本ずつ、錆び付いた片刃剣をぶら下げている。
見たところ極悪非道、冷酷無慈悲の大悪党にしか見えない。
放つ瘴気も禍々(まがまが)しく、常に近寄り難い雰囲気を醸し出している。
人々は初めて彼を見るなり口を揃えて彼を『魔王』と呼んだ。
だが、彼は微塵も気に留めていなかった。
事実そうであったのだから、人々に畏怖の対象となろうが、恐怖の象徴となろうが別に自分に何の利害も無いことを彼は知っていた。
森から藪を経て麓の村へ向かう一本道で魔王は少年と出くわした。
薪拾いの途中だったのだろう。
背中に薪を背負っている。
少年は魔王を見るなり駆け出した。
魔王の方向へ
『マオー〜!久しぶり〜!!』
少年は魔王に抱きつく
『重い…』
魔王は怠そうにそう呟くと
腰には少年を携えたまま、また歩みはじめた。
村を訪れるなり魔王は何故か歓迎された。
『よくいらしてくださった魔王さん。丁度収穫祭の時期じゃけ、ゆっくりしていってくださいな。』
長髭の老人に言われるがまま
魔王は人々に取り囲まれ様々な食べ物を渡された。
『なんだこれ…』
魔王自身も何故こうなったのかよくわかっていない。
はじめはただの気紛れだったのかもしれない。
賊に襲われていた村をほんの些細な気紛れで助けた。
別に感謝されたかったわけでも、今までの罪滅ぼしをしたかった訳でもない。
もし仮に彼が罪滅ぼしをすると云うのならこの世全ての悪を滅ぼしても足りないだろう。
それほど彼は黒い存在なのだ。
そんなことを知ってか知らずか村人達は彼を慕っていた。
災悪の戴天と謳われた彼だが、命の尊さは二十分に弁えていた。
命とは脆いからこそ美しく、そうであるからこそ譽れなのだと。
だからこそ、彼は村人達を、人間を嫌いにはなれなかった。
『マオー!あそぼー!!』
『僕がマオーと遊ぶんだ!』
『いやワタシよ〜!』
子ども達は魔王の足元で彼を取り合ったが魔王は気にも留めていなかった。
『………。』
青年は絶句した。
目の前に途轍も無く巨大な負の魔力の塊が座っている。
それも何故か農家の縁側でミカンを食いながら。
『あのぉ…アレは…一体…』
棺桶を背負った青年は…ヤタは村人に尋ねた。
『あぁ、あの人?魔王さんだよ、悪そうに見えるけどいい人でねぇ…この村が野盗に襲われて皆殺しにされかけた時に風の様に現れて!チョチョイのチョイって感じで私らを助けてくれたのよ〜!』
女性の村人曰くそうらしい。
ヤタは慧眼に自信がある訳ではないが、アレはどう見ても魔性…それも最上級のそれだと確信できた。
だが、凶々(まがまが)しい瘴気を放っていながら周りの人間に害は見当たらず、それどころか彼の周囲には子どもの人だかりができていた。
『マオー!遊んで!』
子どもの一人が魔王の首を後ろから締める
はぁ…と深い溜め息を吐くと
パチンと指を鳴らす。
刹那子ども達の背後に魔法陣が現れ、そこから巨大な犬が出てきた。
犬には首が三つ、足が六つ生えており、一つの首に六つの目玉を持っていた。
『ジェヴォーダン…遊んでやれ…』
魔王は怠そうにそういい縁側に腰掛ける。
ジェヴォーダンに子どもが集まる傍ら、やはり魔王の周りから子どもが絶えることはなかった。
『遊ぼ!遊ぼ!ねぇ、マオー!』
『ミカンあげるから遊んでー!』
少女の手にしたミカンを受け取ると皮を剥きセコセコとミカンを食べだした。
『ねぇ、だから遊んでってば〜!』
群がる子ども達についに心が折れたのか
魔王はゆっくり立ち上がる。
『やった!遊ぼ!遊ぼ!』
喜ぶ子ども達を他所に彼は一人青年に目をやった。
こちらに歩いてくる。
術師か…?人だが…中にもっと深いものを感じる…あれは…
青年は魔王の目の前まで歩いてくると
『ちょっと話いいか?』
と尋ねる。
『構わん、丁度逃げる口実が欲しかったところだ。』
『アンタ…もしかして死王か?』
『さぁ、どうだろうな…元来は世俗の人間なれど、一度染まれば魔性の類、我ら夜を統べるモノなり、我ら光を嫌うモノなり。』
『今、真昼間だけど。』
『細かいことは気にするな。』
『はぁ…』
ヤタと名乗る青年は烟草に火を点け静かに吸い込む。
『いや、なにとんでもない魔力を感じて何者だと思ったが…まさかこの世に子ども好きの魔王がいたとは…世界は広いねぇ…』
『我は別に子どもが好きな訳ではない、だが無碍には出来んだろ、子等は未来の宝だ。』
『…世界のクソ親どもに聴かせてやりたいねぇ…』
ヤタが煙草を吹かせながら呟く。
吐く煙には何処か私情も含まれた様子だった。
『では、今度は俺からの質問だ。』
魔王がヤタに尋ねる。
『お前の中にある”其れ”は一体何だ?』
ヤタはしばらく考える素振りをするが…
意を決した様に顔を上げる
『アンタには話してもいいかな…俺は…
『マオー!見て見て!でんしゃごっこ!!』
ヤタの言葉を遮り子ども達の高声が響く。
ジェヴォーダンの背中に乗って遊んでいるのだ。
『いいこ!いいこ!』
少女の一人がジェヴォーダンを撫でると彼は仰向けになって腹を見せた。
『おい、あれ三頭之番狗じゃね…?』
ヤタが恐る恐る魔王に尋ねる。
『あぁ、愛犬だ。ジェヴォーダンと言う。』
『ははは、地獄の番犬が女の子に服従のポーズキメてるよ…』
『それで…?お前は何なんだ?』
魔王は再び言及する。
『…何なんだろうな…』
『は…?』
『実存は本質に先立つって言うじゃん。』
ヤタは空を見上げてそう嘯く。
『だがそれはある種の通念だ。通用しない連中も存在する。オリンポスの馬鹿どものように本質が体を成す場合もある。』
『でもそりゃ、おとぎ話前提の話だ。俺は今、こうして生きている。』
『無論だとも。お前らが嫌いで嫌いで仕方ない神々はとうの昔に地上を去った。今ここでどんな神話を語ろうがそれは誰かに聴かせる御伽に過ぎないさ。だがな、お前が生きていようがいまいが語り部からしてみればそんなものは自由自在だ、別に数千年前の英雄でも未来から来たヒーローでどうにでも語ることが出来る。では聞こう、実存は本質に先立つのなら、お前は何者だ?』
『例えて言うなら、世界を旅しながら墓立ててまわる者だよ。』
『わからんな、そんなことをしてなんになる?』
『俺にもよくわからん。先代が旅する口実に作ったものかも知れんが…。』
『辞める訳にもいかぬか…その中のモノを隠す為に…。』
魔王はヤタと棺桶を眺めながら呟く。
『…。ご名答、、。』
ヤタはまいったねー。と頭を掻きながら
縁側に寝転がる。
『少し先の事になるだろうけどさ、あんたに頼みごとをしたいんだが、いいか?』
『ついさっき会った人間にか?』
『別にいいだろ、旅は道連れ世は情け、って…てかアンタ人間辞めてんだろ…』
『あぁ、そうであったな。』
魔王は閃いたように言う。
『で…その内容だが…。
『よくわからんな、何故そうなるとわかる?』
『勘?』
『つくづく解せぬ男だ…。まぁ、いいだろ万一そんなことが起こり得れば、協力してやろう。』
魔王の承諾にヤタは口を綻ばせると立ち上がり、歩き出す。
『もう行くのか?』
『あぁ、本当は通り過ぎるだけで済ませるつもりだったんだけどな、時間食っちまった。』
空は茜錦に色づき、山の袂に陽は落つる。
もうすぐ鐘が鳴る。晩鐘が鳴る。
『それじゃ、また、どこかで。』
ヤタはそう言い宵闇に溶けていった。
『また、か…その”また”がないと悟っているからお前は俺に頼んだのだろう?まぁ、いいさ、余暇だ。有意義に過ごすとしよう。』
そう言い残し魔王は照りつける夕日に影を伸ばし微睡む様に消えていった。
あぁ、帰路を急ごう。
もうじき夜が来る。
書いてて楽しかったですw←
もし、機会があればまた次のお話で…