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MERSHE  作者: たなかなた。
6/21

世界の殻

ある物書きとはヘルマン=ヘッセのことです。


クルスヴェラの山中、高原にて青年は少女と出会う。

五月晴れの空の下の邂逅(かいこう)

二人とも妙と言えば妙な出で立ちで青年は背中に巨大な棺桶を背負っており、少女は両手で巨大な卵を抱えていた。

はじめ少女は青年を警戒していたが、青年の静かな歩みが少女の警戒を緩和(かんわ)した。


『どうしてそんなものを背負っているの?』

少女は青年に尋ねる。

『悪い事をしたから、その罰なんだ。』

青年は微笑みながら答える。

『その卵の中には何が入ってるのかな?』

今度は青年が少女に尋ねる。

少女は(しば)し卵をじっと見つめ

『お母さん!』

と元気よく言う。

青年はそれ以上、何も問わなかった。


少女は青年の袖を引き(ふもと)の集落へ案内した。

環濠(かんごう)を超えて集落に入る

初めは風変わりな青年の出で立ちに、村の者達も警戒していたが、話をするにつれ次第に青年は村の人々と解け合った。


『あの娘、気味悪いでしょ…?ほら、あなたを連れてきた娘よ。』

女房の一人が青年に尋ねる。

『あの娘は、いつ頃からあんな感じ?』

青年は尋ねる。

『さぁ…、母親がいなくなってからだからかれこれ一年近くになるんじゃないねぇ…』

『いなくなった…?』

『そうなの、ある日、(まき)を拾いに出かけたきり帰って来なくなってね…村のみんなで探したんだけど結局見つからなかったんだ。爺様達は神の(たた)りが下ったとか言って森に入るのを規制するようになったけど…本当はどうなのか…。』

『じゃあ、あの娘は誰が面倒を見てるんだ?』

『村のみんなでさ、けどあの娘、愛想が無くてね、他の子とも遊ばないでいっつも卵抱えて一人でいる。そりゃあ…気の毒だけどさ…』

『あの中に何が入ってるか尋ねた事は?』

『あるさ…でもね、帰ってくるのはただ一言。”お母さん”だってさ、気味悪いよ。』

『まぁ…そりゃそうだよな…』

青年は煙草(たばこ)に火を点けながら言う。

吹き出す煙は(とぐろ)を巻くように空に登って行く。

『兎角、話だけでも聞かねばな…』

そう呟くと、青年は女房のもとを後にした。


風は急ぐように言葉を運ぶ

けどそれは、(つて)に過ぎず、真実は…


小さな物置の陰に一人、少女はうずくまっていた。

大事そうに抱えた卵を優しく撫でながら少女は孤独の中にあった。


『他の子とは遊ばないのかい?』

青年は尋ねる。

それを聞くと、少女はぷくりと顔を(ふく)らませ青年の顔を睨む。

そして、そのままそっぽを向いてしまった。

『いやぁ、その…配慮に欠けた発言だったな…。謝るからさ…機嫌なおしてくれよ。』


『お兄さんは誰なの?どうして私を怖がらないの?』

不意に少女は尋ねる。

『君を怖がる理由がないからだよ。』

青年は笑いながら答える。

『でも、みんな私を気味悪がってるよ?卵とばかり一緒で誰ともお話しないから。』

『それがわかってるなら止めた方がいい。悪いことを言うようだが、忘れるってことも大切なんだ。』

青年がそう告げると、やはり少女は物悲しげな顔をし、俯く。

『名前…教えてくれないかな?』

幾尺(いくしゃく)かの静寂。

『私、イナ。お兄さんは…?』

俺は…そう言おうとした刹那。

『旅人さ〜ん!長老方がお呼びですよ〜!』

先ほどの女房が青年を呼びながら駆けてくる。

わかりました!とだけいい、青年は再び少女を見つめる。

『なぁ、その卵…どこで拾ったんだ?』

青年の質問に少女は少し顔を上げ

『森の中…小さなお社にあったの。みんなに言ってもこの森に社なんてないっていうの…でも…本当にあったの!そこで拾ったの!』

少女の真摯な目を一瞥(いちべつ)すると青年は尋ねる

『お前以外の子供は普段、森に入ったりするのか?』

イナは首を横に振る。

それを確かめると、振り返り青年は女房のもとへ向かった。



『それで、墓師殿…あの卵は一体…』

長い髭を束ねた老人が尋ねる。

『あれは本当に無害なものなのでしょうか…?神や仏の祟りを招いたりはせんのでしょうか…?』

隣の白髪の老婆が尋ねる。

『さぁ、どうなんでしょうね…』

茶を(すす)りながら青年は曖昧に答える。

『さぁ…って!ああいう物の類の知識に長けておられると村の者に伺ったからこそ、あなたをお呼びしたんですぞ!』

その隣の無精髭の男が憤る。

『(卵)ってどういう意味だと思いますか?』

無精髭の男に青年は尋ねる。

突然の質問に男は言葉を詰まらせる。

『ある物書き曰く、卵の中は一種の世界なんだそうです。卵の中の鳥はその世界を破り出てくるのだそうです。あの娘の話を聞く限りそれが叙事的に話していると言うより、本能的、にそう言ってるような気がしましてね。卵の中に母親がいる。それは事実。だがそんなことはあり得ない。ならあり得るように仮定すれば、それは卵の中にもう一つ世界がある。そういうことなんでしょうな…多分。まぁ、所謂(いわゆる)、異界って奴です。』

青年はトランクを開きペンと紙を取り出す。

『皆さん、異界ってどういうカラクリで成り立ってるかご存知ですか?』

青年の唐突な質問に老人達は再び顔を見合わせる。

『例えば、(此処)を地面の上、地表だと仮定すると異界って云うのはその地下に広がる蟻の巣のようなものなんです。例えば一つの穴に入っても無数の部屋に繋がるように、一つの入り口から様々な世界に入る事は事実上可能です。これを自在に操るのを空間術師と呼びます。瞬間移動とか空間移動に長ける術師のことです。さて、ただこの穴から行ける世界にはある程度制限があります。術師ならともかく普通の人間では一つの穴から行ける世界は恐らく一つ、下手をすればその途中の虚空から出れなくなってしまうかもしれません。それら全てを含んで…『神隠し』と呼ばれる事象だと、術師の中では言われています。』

『それは…連れ戻すことは可能なのでしょうか…?』

長髭の老人が尋ねる。

『『理論上』は可能です。ただし、先述しましたように一つの穴から複数の世界に入る事ができるのです。失せ人がどの世界に入ったか…しらみ潰しに探してたら世紀が変わります。ですから無謀に近いと言えますね。ただ…。』

青年は口を(つぐ)む。

『今回のケースは特別で、ある程度絞り込めるかもしれません。』

そう呟くと青年は徐に立ち上がる。

『連れ戻して下さるのですか…⁉︎』

長髭の老人が再び尋ねる。

『善処はしましょう…。けど、なんでそんなその女性に拘るんで?』

青年の質問に老人達は顔を合わせ俯く。

『娘は…イオはこの土地の巫女なのです…。あの娘を通し我々は森の神と均衡を計っておりました…しかしあの娘がいなくなって以来、神と疎通が取れず森との、自然との距離が曖昧になってしまいました。さらに、煩わしことに、娘は孫娘に巫女の訓練を一切行わずに消えてしまったのです…その孫娘が…』

『イナか…。』

老人はゆっくり頷く。

『まぁ、そんなことだろうと思ったけどさ…』

青年はトランクを担ぎ老人たちを後にした。


異界に行った?まさか…。

あの卵の中にいるのは間違いなくその女性だ。

だが理由がわからない、何故彼女は卵の中に…?

それに戻せる方法があるのか…

兎角、その社に行ってみないとな…





森は閑散と静寂を(うそぶ)くように撒き散らす。

その中には何もない。

何もない故に沈黙が残る。

青年のブーツの音がやけに大きく聞こえる。

煙草の煙は寂寥の中をたなびき、藪は青年を嘲笑うように櫛比(しっぴ)する。

静かすぎるのだ。

森に生気がない、生き物も見当たらない…

青年は歩みを進める。


そこにあるのに辿り着けない、小さな社、イナに行けて他の村人に行けない場所…

青年には思い当たる節があった。


望めば近くに、拒めば遠くに

在って無いようで、無いようで在る。

矛盾を(はら)んだそれは、ある種の神秘に準える事がある。


青年は立ち止まる。

木々の間に無数の糸が巻き付いている。

触れれば溶けるほど脆く弱いものだ。

しかし…糸に触れた刹那、青年の意識が微睡(まどろ)む。

これは…溷濁(こんだく)咒式(じゅしき)…。

それにこの気配…

青年は懐から鉈を取り出すと、一本ずつ丁寧に糸を切っていく。

糸を全て切り終えると一本の獣道が現れた。

青年は獣道に足を踏み入れる。

途端に景色が一変。

獣道がいきなり開け、祠が現れた。

『やはり、溷濁の呪詛だけか…、イナが引っかからなかったのは呪詛まで背が届いてなかったからか…』

青年は祠に進み、小さな扉を開く。

中には小さな鏡。

『よし、これだ…。』

そう呟き青年は袖から紙切れを取り出すと


『我と契りを交わしし物ノ怪よ、件の寄る辺に憑き我が身の盾となれ』


そう言い放ち紙切れを放り上げ咥えていた葉巻の煙をゆっくり吹きかける。

すると、煙がみるみる人の形を成し始め

小さな少女の姿になった。


『煙々(ヒナ)、少し力を貸してくれ。』

ヒナと呼ばれた少女は重そうな瞼を(しばた)かせ、ゆっくり頷く。

『これから、ちょっと”鏡の中”に行ってくるから、その間入り口が閉じないか見ててくれ。』

『詰まるところ私は、ついて行けばよろしいのですか?待っていればよろしいのですか?』

『うーん…、どっちも?』

ヒナはため息を吐くと掌から塊のような(モヤ)を作り出し握りしめる。

すると、靄の塊は小さなヒナの姿になり

青年の肩に乗り移る。

『やばくなったら呼んで下さい。引っ張り出します。』

青年は頷くと、再び鏡に近づく。

鏡面に指を触れた刹那、青年は跡形もなく消えてしまった。




そこは(うろ)、そこは(おぼろ)のモノたちの世界。

気がつくと青年は洞窟の中ような場所に佇んでいた。

『さて…、入ることは出来た。どこを探すか…。』


新しい烟草(たばこ)を咥え、青年は歩き出す。

風は無く、煙は天蓋(てんがい)へ募る。

ふと、歩みを止める。

幾筋にもなる分かれ道の末端、女性の物と思われる布が落ちていた。


それは茜錦の髪留めで、恐らくイオと呼ばれる女性のものだろう。

青年は布を拾い上げると、その細道へ歩みを進める。


空穴の中はやはり静寂を極めており、聞こえるのは青年の足音が空の中を反響した音のみ。


再び青年は足を止めると、今度はしゃがみこみ、胸を押さえ始めた。

『ご主人…⁉︎』

ヒナが心配そうに覗くがそれを制し立ち上がると

『大丈夫…、中のモノがこの先にいるモノを嫌がっているんだ…』

と苦笑して歩みを進める。


胸の痛みが激しくなる、息をするのが辛い…

静かな世界で静かな痛みと戦いながら

青年達はようやく目的の場所に辿り着く。


岩空の出口は蔦のような植物で覆われており、それを振りほどき飛び出すと、そこはどこまでも続く広い草原だった。


『さて…ここがあの卵の中…なのか…?』

そう呟くと青年はゆっくり草原に足を踏み入れる。


刹那、背後に現れた途轍もなく巨大な存在感に圧倒されたじろぐ。

振り向くと、そこには身の丈四間もあろう巨大な怪異が立っていた。


それは見た誰もが畏怖するような、見た誰もが畏敬するような偶像で、人型だが顔がなく、六本の無骨な腕は阿修羅のそれに近いものだ。


『あんた…ハイオウかい?』

青年は苦しそうに尋ねる。

『ハイオウ…?そう呼ばれていたこともあったか…。まぁいい、人間。ここはお前のような不遜な種が来る場所ではない。早々に立ち退け。さもなくば…』

ハイオウと呼ばれるそれは猛々しい声でそう呟くと組んだ腕を解き構える。


『ご主人…、ハイオウって…』

ヒナは恐怖の面持ちで尋ねる。


あぁ、(ハイオウ)とは生を、誕生を司る存在、ある地では神と崇められ、またある地では悪魔と恐れらる偶像のそれだ。ハイオウには生物や自然を産まれる、生まれる前の姿に戻す力があると聞く、それは触れた生き物を(はい)に戻すというものでハイオウと言う名はそこからきたと聞く。


『いかにも…、我は誕生の使者。我は久遠(くおん)の生。我が触れれば命はふりだしに戻る。これは(ことわり)であり、真理だ。』

『だから、”コイツ”はアンタを嫌うんだ。』

青年は胸を抑えながら言う。

『先日、ここに女が来なかったか?ある森の巫女だ。理由はわからないが卵になってしまった巫女だ。覚えはないか?』

青年が苦しそうに尋ねる

『卵?知らんな…。いや、待て。一人覚えておる。女が来たことを。』

ハイオウは感情の見えない顔を向け話し始める。

『あれは…いや、ここの時間は曖昧だ。よそう。兎角、ある時、我の前に女が現れた。この世界に辿り着くために様々な呪詛を試したらしく女は既に満身創痍だった。女は尋ねるのだ。『森を、一から森を創る術を教えて欲しい』と。森の土地神が死に森が荒れ果て元に戻す術がないと言う。だが、人間に森を創り直す技など教えたところで使える訳がない。が、教えない理由も見当たらない。』

『それで、教えたのか…、その術を…』

『卵とやらは、その女の成れの果てだろうな。人の身で神域に手を伸ばすからそうなるのだ。』

ハイオウは淡々と語る。

青年は口を閉じたまま何も言わなかった。


突如、青年が崩れ落ちる。

『ご主人…!』

ヒナが急いで寄り添う

『限界だな…。引っ張ってくれ…』

ヒナは頷くとみるみる煙に変化してやがて青年の身体に巻きつく。

『人間…その中のものは、そうか、貴様。神の領域に踏み込んだのだな。』

ハイオウの問いに

『好きで踏み込んだ訳じゃねぇんだけどな…』

とポツリと返すと、ものすごい勢いで世界の外へ放り出された。その空穴を勢いよく引っ張られ、彼是考える暇なく鏡の外に引っ張り出された。


『ご主人…、大丈夫ですか?』

ヒナが心配そうに尋ねる。

胸の痛みは治まった。呼吸も苦しくない。

『少し空間酔いが残っているが…まぁ、上々だ。』

そう言って青年はヒナの頭を撫でる。


イオと呼ばれる巫女は何としても森を復活させたかったのだろう。年端のいかない自分の娘にそんな大役を任せたくはない故に。

さて、あの老人たちにどう説明したものか…。


仰向けになり空を見上げると、錦の空に幾筋もの黒煙。それに焔の臭い…。


青年は立ち上がると、脇目も振らず駆け出した。

木々を藪を越え、見晴らしのいい高台へ。野火ではない、黒煙は村の方から昇っている。


青年が駆け付けた時には、既に村は事切れていた。

家屋は焼き尽くされ人々は殺されていた。


野盗の仕業だ。


青年は死体の山を掻き分ける。

いない。

焼き爛れた家屋の跡を探す。

いない。

もしかしたら、無事逃げたのか?

そんな青年の期待はあっさりと砕かれる。


村のはずれ、環濠の隅にそれは転がっていた。

大事に卵を抱えたまま、眠るように死んでいた。

青年はそれを抱き上げると、すまない。とだけ呟いた。

トランクから巨大な十字架を取り出し

卵を目掛けて振り下ろす。

殻の割れる音。そのあと溢れるドロリとした卵白と卵黄。それを再び貫く。

『ヤタ…。俺の名前、ヤタって言うんだ。』

村人達の亡骸に油を撒きながら青年は少女に語りかける。

『還ろう。これが一番いい…』

咥えたタバコを落とし火を点ける。

人の火柱は静かに落日の空と同じ色であたりを染める。


『ご主人…、今、自分が悪いと考えてるでしょ…。それは間違いです。』

ヒナは悲しそうな声で言う。

『ヒナ、墓師の掟を知っているか?』

ヒナは首を横に振る。

『”我々は死に対して常に傍観者(ぼうかんしゃ)でなければならない。”

”我々は輪廻より溢れた御霊を輪に還す者なり、仮にそれが悪と呼ばれる所業に及んだとしても、其れ等を恥じることも悔いることもない、我々は理を護りし者なのだから。”

”我々は自他の生死を司る者ではなく其れ等を守る使徒であることを忘れてはならない”…高邁(こうまい)というか傲慢(ごうまん)な掟だろ?でもな、これには続きがある…』

ヤタは静かに空を見上げる。

『故に忘れるな、それでも我らは人間なのだ。』

次回からここで登場人物紹介なるものをやろうかなと思っているので…!

よかったらここも覗いてみてください!

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