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MERSHE  作者: たなかなた。
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鄙の叫び

哀しみの蜂起は今、火蓋を切った。

岩の国領内の(ひな)、ワクベスの酒場にある晩二人の旅人が訪れていた。一人は巨大なリュックを背負った少女、もう一人は身の丈ほどの巨大な十字架を背負った青年だった。

彼らは順にメルシェ、ヤタと名乗り酒宴に沸く酒場で暖をとっていた。

店の中は(きら)びやかとは言い難く、所々に穴が開いており荒野の寒風が隙間風となって時折入ってくる。

元々炭鉱として栄えていたワクベスだが、先の道のりでその炭鉱が既に使われていないという事がわかった。酒場だけてばない、この街に来た時から思っていた事だが、彼方此方に供養されていない遺骸が積んであり、付近では死臭を撒き散らしていた。また建物も崩れ落ちまるでつい先日まで戦場だったようだった。

しかし、それに反して酒場の男たちは活気で満ちている。

だからこそ杞憂であってほしい。

そう青年は願った。


二人の前に料理が出される。これまた豪勢なものだった。

ヤタはエールをメルシェは肉料理を噛み切ろうとしていると

『隣、ええか?』

と男の声がした。

振り返るとそこには全身スーツ姿の男が立っていた。

サングラスとマフラーで顔がよく見えないが背中には巨大な楽器ケースのようなものを背負っている。

見た目だけなら、ただの八九三者…マフィアだ。

『だっ誰ですか⁉︎まさか架空請求…⁉︎ダメです!私たちお金持ってません!!!』

メルシェが必死で叫ぶのを他所にヤタは立ち上がり

『アーサーか…?』と嬉しそうに尋ねる。

『久しいの、墓師!』

男はマフラーとサングラスを外しながら笑顔で返した。

『ビエゴの幽霊騒動から2年か…あれから何してたんだ?』

ヤタが尋ねる。

『何しとったかって?仕事しとったわ、北はムギエ、南はソルトオ…あっちこっちで戦火が昇っとる。とくに焔之邦(イグレリオ)近郊はそこらかしこでドンパチやっとる。あとここだけの咄な、ギラグスタフも今回戦争に参加しとるらしいで…?』

アーサーはそう言うと冷えたエールを飲み干す。

『騎士の国が…?なんでまた…?』

ヤタは怪訝な面持ちで尋ねる。

『ようわからんけどな、今回の大戦、誰かに仕組まれたものらしい。』

『誰が?』

『さぁ?』

『おいおい…』

アーサーはエールを一気に飲み干すと

『兎角、今回の戦争は色んな奴らが動いとる。焔の国、騎士の国、岩の国、風の国、雪の国、水の国、各国の軍は勿論、教会の連中やハンスヴルスト商会まで動いとる。』

道化共(ピエロ)の?』

『あぁ、先の大戦は領土の問題で済んだが、今回は目的も多岐にわたっとるぽいしなぁ…』

『じゃあ、どこの国もバラバラの目的で戦争してるってことかよ?』

『まぁ、そうなるな、文字どおり世界大戦じゃ。』

アーサーが怠そうにグラスを持ち上げたその時、突如背後で声が上がる


『諸君、酒は全て飲み干したか!』

若い男だ。男がそう叫ぶと酒場にいたヤタ達以外、つまり街の男達は一斉に雄叫びを上げる。

『今宵、今夜だ!ついにこの日が来た!我々の満願成就の夜、新しい日の出が!』

男がそう言うと今度は酒場の外からガヤガヤと人の気配がする。

街の女子供が酒場に集って来たのだ。

『なんや…?なんの演説や?』

アーサーが振り返り近くの男に尋ねる。

『あぁ、今夜クエイドに総攻撃を仕掛けるのさ。』

男は楽しそうにそう言った。

アーサーはエールを吹き出した。

ヤタも言葉を失っていた。

『あんたら、気は確かかい?クエイドっていったら岩の国の首都じゃないか。なんでまたそんな大それたこと…』

ヤタがそう言うと先ほどの若い男が答える。

『確かに、無謀だとも。だが無益ではない。元々この国には二種の民族が共存していた。一つは国民の九割を占めるアリー族、そして我々ホセ族。元々争いの絶えない二つの民族だったが国を作る際合併することに、二族とも合意した。これで争いも収まる。我々はそう思っていた。だが違った。アリー族は国になった途端、法で我々を弾圧してきた。元々少数部族だった我々にアリー族達は非人道的所業を課してきたのだ。今までにない程の重税、おまけに戦争が始まればこの地に最重要輸送拠点を置いた、お陰で国境付近でもないここまで大量の爆撃を受け街は崩れ沢山の同胞が死んだ。俺の家族もだ…!このままでは税に潰され女子供は売られ男どもは食扶持(くいぶち)もなく数月で骨になるだろう。待っていても国に殺されるのだ。故に、我々は国と殺しあうことを決意した。我々の闘争が反乱が、反撃の火蓋を切るのだ!』

若い男がそう言うと再び雄叫びが上がる。

中には亡き家族を思い出したのか涙する者もいた。

『あんた達が苦しんだのはよくわかる。だが、だからと言ってクエイドの民はどうなる、彼ら無実だぞ。』

ヤタが言うと

『否、無実などこの世に在らず。必ずや何処かで罪は繋がる。クエイドの民は我々が被った重税で(えつ)に浸っている。許すまじき沙汰(さた)である。』

男は続ける。

『例え我々が尽く朽ち一夜限りの蜂起(インティファーダ)になったとしても、例え我々の行軍がかの伝聞のパロディだったとしても一向に構わない。』

男の目は怒りに燃えていた。

彼だけではない、この街の者全てが獣のような目をしていた。

ガタンと大きな音を立ててアーサーが立ち上がる。

『こーゆー話はどうも苦手でな、ちょいとお暇させてもらうで。』

とだけ言うと群衆の中を一人出て行った。

『武器はどうするんだ?』

ヤタが尋ねると

男は問題ないさ。といい何かを近くの少年に告げると、少年は頷き足早に酒場から出て行った。

数秒して戻ってきた少年の手にはライフル銃が握られていた。


『云っただろ?ここは軍の拠点だったんだ。軍備はあらかたある。先ほど飲み干したエールや食料もそうだ。(やつら)ゴミを捨てるかのように置いてったのさ…』

男はそう言うと再び群衆の前で高らかに己を掲げこう叫ぶ。

『さぁ、征こう!国を喰らいに!』

続いて他の男達も叫び出す。

酒場は今夜で最大のムードになっていた。


『じゃ、余所者の俺達はとっととお暇しよかね…』

ヤタが立ち上がりお代を出そうとすると

『お代は結構ですよ、旦那。』

と店主が告げる。

『しかし…』

ヤタも渋るが店主の頑な態度に押され

場のムードに着いて行けず徹頭徹尾のぼせていたメルシェを背中に担いで宿に入った。







森の静けさすら寝静まり、残るのは闇という名の虚無だけだった。

森を抜け丘に至りまた森に入る。

彼らの行軍は止まらない。

ここより数キロほど歩けばクエイドである。

男は銃を女子供は竹槍を(くわ)鶴嘴(ツルハシ)を…

兎角、目指すかの地は目の前である。

先導するのは若い男だ。

この男、何を隠そうホセ族の族長である。

元々ホセ族は岩の国でも最も環境の悪い砂漠地帯で暮らしていた部族。

その部族特徴は厳格で攻撃的、結束力の高いものだった。

そんな一族の族長だ。

彼は真面目で実直で、曲がったことが嫌いな好青年であたった。故に、この街の不遇な待遇に我慢ならず、この蜂起を起こしたのだ。

彼は演説が得意であった。

人を動かすのが得意であった。

人を導くのが得意であった。


クエイドは岩の壁に守られた都市で入口も一つしかない。

故に攻め込またことがない事がない事も、それ故警備が緩いことも彼は知っていた。


森を抜け小さな渓谷を通ろうとしていた時

彼らの目の前に小さな灯りが現れる。

煙草の火のようだが顔がよく見えない。

男であろうそれは狭い渓谷の谷間に立ち塞がるように立っていた。


男が持っていたランタンで照らすと

それはアーサーだった。

『貴殿は…先の酒場の…』

男は続ける

『問いたい、何故このような場所に?』

アーサーは黙ったまま男を見つめる。

さらに男は続ける

『用がないのなら退いて頂きたい。我々には大義がある。』

『なぁ、止めにしてくれんかな?』

アーサーは諭すように男に言う。

『止める?一体何を?』

男は理解できないと言うような口ぶりで返す。

刹那、男の顔横すれすれを弾丸が迸る。

『警告だ、ここより先はクエイドの領内。一歩でも入れば、俺はアンタらを殺さんといかん。』

アーサーは静かに拳銃を懐に戻し

今度は背負っている楽器ケースに手を伸ばす。

彼らは察した。

何故、この男が立っているのか、この男が何者なのか。

『クエイドの傭兵か…酒場で気付いていれば…。』

男は後悔の念を顔に浮かべる。

『あなた一人で我々が止めれる、止まれるとでも?』

男は苛立ちを含めた声で云う。

『もし、そうだと言ったら?』

アーサーは静かに見つめ返す。

彼らは暫く睨み合った。

が、男の一人が痺れを切らし斗出した。

それに続き蜂起の波は狭い渓谷の谷間にどよめきアーサーに迫る。


幾発もの銃声。

どちらが撃ったのかは知れず。

その後数発の爆音と轟音、怒号と悲鳴。そして沈黙。


干からびた渓谷は今は無くただ血の川が流れるばかりだった。


アーサーは巨大な楽器ケースを閉じると

それに腰掛け消えかかった烟草(たばこ)を捨て、新しく烟草を取り出そうとした時、不意に横から烟草が現れる。

見上げるとヤタが立っていた。

ヤタは少し悲しげな面持ちでアーサー見つめていた。

『見とったんか…?』

『いいや、今追いついたんだ。』

『そうか…』

アーサーは烟草を受け取ると火を点け吹き始める。

ヤタも烟草を咥え火を点ける。

暫く二人の間に沈黙が流れる。


血で濡れた雷管を拾い上げアーサーが尋ねる。

『なぁ、、、』

『何だ…?』

ヤタが返す。

『俺は正義か、悪か…どっちだ…?』

アーサーは尋ねる。


『さぁ、どうなんだろうな…。あのまま彼らをクエイドに行かせていたら、それこそ、ここにある死体の四倍以上の死体が出てただろうしな、かと言って、”殺す”以外に手は無かったか?とも見解できる。君ほどの腕があれば、stringcanon(それ)を使わずにその懐の拳銃(パイソン)だけでも彼らを制圧できたろうに。それに、非力な女性や子供まで手を下している。まぁ、そこは何と無く察しがつくけどさ…』


『女子供を殺ったのに特に意味なんてねぇ…強いて言えば、恨まれたくなかったからだ…。』

そう言ってアーサーは立ち上がると

『弔ってやってくれるか?』

とヤタに頼んだ。

『その為に来たのさ…』

ヤタは少し微笑み、十字架を降ろした。


『そいや、あの嬢ちゃんは…?』

『メルかい?あの娘なら宿でぐっすりだよ。こんなキナ臭いものは見せたくない。』

『ほうか…』

アーサーの顔が少し朗らかになる。


篝火(かがりび)轟轟(ごうごう)と燃え、人と布と皮と鉄の()ける匂いが広がる。

アーサーは懐から何かを取り出すと、それを火の中に投げ込んだ。

火に投げ込まれたそれは直ぐに燃え移り縮こまり、焦げ、(すす)になっていった。

それは札束だった。


『悪役か…。じゃあの、墓師。』

そう言いアーサーは闇の中に消えて行った。


『そいつは違うよ、アーサー。君は知ってたんだ。彼女らが生きていれば死以上の苦しみを味わう事を、国の玩具になる事を…。知っていたんだろ…?黙示の髑髏は杞憂を嘆くのを他所に弁舌な死神共と戯れる。君は凶弾だから、狂弾だから、知らぬ存ぜぬを装うんだ。いや、そうするしか出来ないのかもしれないね…。全くもって悲しい男だな君は…』


ヤタが見上げた夜空は皮肉にも恍惚とするほど美しく、まるで彼らの門出を祝っているようだった。

もう戻ることの出来ないと知りながら行軍した(かばね)の夢物語。

アーサーさんは何気に主要人物なんですよ。

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