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MERSHE  作者: たなかなた。
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森の轍

『森の轍』


森の海から突き出した岩岩は槍のように聳え立ち、頂鉾は木々で覆われている。その様は甚だ圧巻で、まるで世界の始まりを見ているようだった。

そんな世界の中を青年は歩いていた。

その青年はオーバーコートで手にはトランク、背中には巨大な棺桶といった具合に、なんとも奇妙な格好をしていた。


とても静かで穏やかで、まるで、世界の静寂を集めてきたようだ。

梢で休む小鳥の(さえず)りが、木々の(まにま)(こだま)する。


この森は神の世界と人間の世界の丁度境界になっているらしく、この樹海に広がるのは千紫万紅、様々な種の草花に木々。

本来なら自生していることすら珍しい貴重な植物もこの森ではゴロゴロ生えている。ここは、人の手が及んでいない希少な地なのだ。



ふと、青年は足を止める。



ズン…ズン……


足音だ。それもかなり大きな。

ここらの森には原始の獣が闊歩しているのは承知の上だったが…さて、


青年は気配を殺し草陰に隠れる。

どんな生き物か知る由もないが正体がわからない以上、警戒に越したことはない。

足音が段々大きくなっていく。

不意に日が遮られる。

見上げると、巨大な足音の正体が青年の上を跨ぎ通り過ぎる。

それは亀だった。が、あまりに大きすぎてその頭は木々の鉾のさらに上に有り、見ることはできない。

『でけぇ…。』

青年は葉巻を咥え、火を点けながらそう呟いた。


雄大は次の如く乱然と靡く雲。

聳える山々は星の背骨の如く連なり悠然と構える。

世界は広い。この一言で片付いてしまうのだ。


亡国(アラバキ)岩之国(カルダン)の国境に位置する巨大なこの樹海、元い世界が

人の手が及ばないのには訳がある。

この森は古来より神の寝床と呼ばれ、人間が足を踏み入れてはならない土地として厚く閉ざされていた。

しかし、戦争が始まると古い土着信仰に痺れを切らしたアラバキ軍がこの森に軍行。

木を焼き、獣を喰らい、この森に巨大な軍路を作ろうとしたのだ。


それが、神の怒りを買ったらしい。


アラバキは当時、近隣諸国の中でも随一の科学力と兵力で隣国を次々に堕としていた強国だった。

しかし、森羅万象、偶像の逆鱗に触れたその国は一夜にして滅んだと言われている。

もう数百年も昔の話だ。

それからというもの、この森に手を出そうとする国は現れず。

触れることなかれが暗黙の了解となった。


小高い丘を登ると、そのに軍の駐屯基地の跡地があった。


土壁と木、石と金属で出来た小型の要塞に幾千もの蔦が絡まり木々がそれを呑む。

要塞そのものが巨木の苗床になっていた。


『すげぇな…どんな生え方してんだ…?』


青年は入り口に近づき、スルリと中を覗く。

無論がらんどうで、人は疎か生き物の気配すらしない。


こりゃ都合がいいと、青年は背中の棺桶を下ろし、廃材の椅子に腰掛ける。


青年がタバコを吹かしていると

不意に視線を感じた。


振り向くと軍服の男がコンクリート塊に腰掛けていた。


さっきまで気配はなかったんだが…


『こりゃ失礼、先客がいたか』

青年が腰を上げ男に近づく。

男は青年を一暼すると再び視線を落とし

『構うな。もう死んどる。』

と云った。

『隣いいか?』

青年が尋ねると男は口を開く。



もう何年前になるか忘れた。俺は飛行機乗りだった。アラバキからマルカスまで哨戒機として俺は飛んでいた。その日もいつもと同じ、風速は良好。硬く冷たい操縦席に深く腰を下ろし、エンジンの顫動音に己が心拍と重ねていた。

雲の上に出るとな、信じられんほど星が綺麗なんだ。この辺りは地上から見ても美しいしいが、あの席から見る星空は格別だった…


男は恍惚とした表情で語る。


雲の上を遡行するその数分の間は戦争の事も、これから死ぬかもしれないことも忘れていられた。

あの時間は俺の人生の中でも至高の時間だったであろう。

だが、皮肉にもそんな星空の夜にアレが起こった。


突如襲う巨大な抗力。

墜落しているのか⁉︎いや、エンジンに異常はない…では、なんだ…⁉︎仲間の哨戒機達も同じ事を感じたと通信が入る。

俺は不意に機窓へ目をやった。


言葉が出なかった。


目の前に巨大な鎧を冠った大男がいるのだから。いや、大男なんてスケールの話ではない。俺がいたのは雲の上、男の頭は雲の上まで突き出してたんだぜ?

まぁいい、俺は急いでその巨人の正面から脱しようとレバーを引いたが、瞬間巨人の迫り来る風圧で飛行機仲間の飛行機と衝突。

そのまま俺たちは雲の中に火の海になっていたこの森に墜落していった。

俺が最後に見た景色は祖国の方、山々の間から火の粉が上がっていた風景だ。


そうして気づいたらこんな誰もいない駐屯地に縛られて早数百年…笑えるだろ?


男は虱だらけの髪の毛を掻きながら目を伏せる。


青年は黙って葉巻を咥えていた。

ジジッと音を立てながら灰が地面に落ちる。


すると今度は青年が切り出す。

『俺は、墓師って仕事をしている。墓師はアンタみたいな縛られた魂をちゃんと在るべき場所に送ることを生業としている。アンタ、ここにいるのはもう飽きたろ…?』

青年は男に葉巻を差し出す。

男は顔を綻ばせゆっくり頷く。

『アンタの遺体はどこに在る?と云ってももう数百年前の話か…亡骸が残ってるとは考えにくいな…』

『俺の機体はこの(とねりこ)の上に落ちた。だからこの木の上にあるはずだ…』

男に連れられ青年は基地の屋上に上がった。

そこからの景色は圧巻で見上げると鉾が見えない巨大樹が悠然と構えていた。

『来た時も思ったが、すげぇな…』

青年は見上げても見えぬ鉾を眺めながら呟く。


『ここの話は前々から聞いていた、神々が築いた理想郷。始まりの大地。神話の檻…色んな呼ばれ方をされているが、殆どの人間がこの地を道が険しい上、途中からどこのどいつが張ったか知らん結界が幾つもあった…恐らく過去の祈祷師が張ったんだろ。全く…そうまでしてここが守りたいのか…』


青年は面倒くさそうに頭を掻きながら青年が言う。


『じゃあ、お前さんはその結界を抜けて来たのか?何をしに?』

男が尋ねる。


『そりゃあんた。始まりの大地だぜ?一度は見てみたいだろ普通。』

青年が楽しそうに答える。


さてっと青年は立ち上がりくるりと木の方へ振り返ると

『明日、登ってみよう。』

と言い、廃墟の中に入っていった。


森の夜は深く暗く、そして静かだ。

幽玄と言うべきか閑静と言うべきか

もしくはそのどちらでもないのかもしれない。


空は残念ながら鈍色の曇天で、薄らいだ月光がわずかに森を照らす。

青年は焚火を拵えるとその上に鍋を置き、水を張る。

水が煮立つと、今度は茶色い練り物のような物を取り出しそれを入れる。

『これは味噌玉と言って、遠い東の国の携帯食料で…』

青年がウンチクを垂れるのを男は静かに眺めていた。


『あんた、面白いな…』

男は青年を見ながら少し顔を綻ばせた。

『おっ、やっと笑った。あんたにゃちゃんと帰るべき場所があるんだ。帰り道くらい笑って逝こうぜ?』

青年は笑顔で椀を渡す。

どうやら男の分らしい。

見たことのない食べ物が入ったスープに最初は抵抗があったが、一口食べてみるとこれはうまい!食べたことのないがどこか懐かしい風味の汁に中に浮かんだ小さな豆のようなものがそれを吸って旨味を増していた。

正味、食べ物など死んでから口にしていなかったせいかおもむろに涙が溢れてきた。

『あんたの話、聞かせてくれないかな?』

青年は優しく尋ねる。

男は涙を拭いながら頷きながら語り出した。




俺はアラバキの郊外にある小さな村に生まれた。

姉が二人、弟が四人の大家族でな、そりゃあ賑やかな家だった。

おれが十の時、親父が戦争で死んだ。

親父は飛行機乗りだった。俺はいつも親父のする飛行機の話が大好きだった。

空から見える地平線のその先の世界の話、山が隔て稜線の向こうの話、雲の上の星々の話…

今思えば、俺が飛行機乗りになったのも親父の影響かもしれんな…

そんなこんなでな、俺は飛行機乗りになる為、軍に志願した。俺が十五の時だ。

それから辛い軍役が始まった。朝は3時半に起床、訓練、訓練、粗食、訓練、訓練、粗食、訓練、就寝…その3時間後にまた起床。笑えるだろ?そんな酷日が幾年か続いたんだ。正直、何度も逃げ出したいと思ったさ。けどな、親父がいない俺の家では、俺の仕送りだけが頼りだったんだ。それにな…軍役を逃れるってことは家が国の恥晒しになるって事と同じだ。家族は二度と表を上げて外を歩けなくなるだろう。そりゃ逃げるわけにはいかんだろ。まぁ、軍役も辛いことだけじゃ無かったさ…

友ができた。それも同じ飛行機乗りを目指す朋友が。

ラーセン、ジョセフ、フランクル、メイサ…

どいつもいい奴らだった。

ラーセンは勤勉なやつで、座学が苦手な俺やフランクルによく色んな事を教えてくれた。

ジョセフは剽軽な女誑しでな、こっそり寮を抜け出して夜な夜な街に遊びに行ってたのが教官にバレてな…厳重な警備をすり抜けたことを怒るどころか褒められたらしい。後でみっちりしごかれたらしいが…

フランクルは…まぁ、なんだ色々ガサツなやつでな…自分の機体を何度も壊してな…上官にこっぴどく叱られてたよ。

メイサは……俺の相棒だった。

俺が前であいつが後ろ…哨戒機に乗せられた時からずっとそうだった。

あいつと二人、コンソールから、機窓から眺めた那由多の星々は今も忘れられん…



男は恍惚と語る。


『なぁ、そのメイサって奴はどうなったんだ?』

青年が尋ねる

『あの日もこんな夜だった。雲が空を覆い星の全く見えない闇夜だった。俺とメイサは哨戒機に乗っていた。生憎その日は別々の機体を操縦していて、お互い通信を使って会話をしていた。時間は丁度深夜1時になった頃だったか、突然強い衝撃に襲われた。そこからはさっき話した通り、目の前に巨人が現れて、その風圧だけで俺たちは悉く堕ちたのさ。恐らくメイサもその時に…』

男が目を伏せる。


空に漂う灘雲から朧ながら月が現れる。

月光がガラスのない窓から差し込み二人を照らす。


『よし、登るか…』

不意に青年が呟いた。

男はあっけらかんとしてただ呆然と青年を眺める。

『今から登ればなんとか星が見えるんじゃないか?』

青年はそう言うが

巨大なその木は恐らく周りの山々を優位に越す高さで、人が1日かけて登れるようなものでは無かった。


青年は木の根元まで歩み寄ると、木に優しく触れなが目を閉じる。


刹那、瞬く間に根と根の間に空が現れ、そこから上へ続く階段が現れた。


『…‼︎こりゃすごい!魔法かなんかか⁉︎』

男が興奮気味で尋ねる。

『いや、この木の上にある哨戒機を回収したいって言ったら、”じゃあ早く登らせてやる。”って返ってきてさ。まぁ、需要と供給が上手く合致したってことだね。』

青年は笑いながらそう言うと空の中へ入っていった。

空は狭く暗く湿っておりランタンの火も幾度となく消えそうになった。

空を通っていると、ゴォォォ、、、。

と水の流れる音がする。

青年は命の音だ。と言うがどうなのかは定かではない。


何段の階段を上っただろうか、二人は木の鉾、大きな枝に出た。

梢と木の葉を掻き分けて、天蓋を破り空を見る。



そして目を疑った。


雲海より遥か上空。

そこには世界のどの宝箱よりも煌めき輝く星々がそこには在った。


『あぁ、これだ、これが見たかったんだ…』

男は涙を流しながら呟く。

青年は空をただ眺め、口から出てくる言葉を探していた。

『驚いた、雲の海の上に星の海があるとは…』


二人は暫く那由多の星々の瞬きをこの世界で誰よりも克明に胸に馳せていた。


不意に天蓋から目を下ろすと、大きなものが枝に引っかかっており、それが探していた哨戒機だとすぐにわかった。


すかさず青年は枝々を猿のように跳び、それの元まで寄ると機体の中を確認する。


ガラスが曇って中を確かめることが出来ない為、ガラスを砕くと、中にはバラバラになった人骨が一体、転がっていた。


青年は静かに手を合わせると

『静かに眠る在りし日の者よ、鎮魂の祝詞(のりと)と共に(なんじ)らが碑銘を飾らん。神森の民よ彼らに祈りを安らぎを…』

と唱え、錆びた哨戒機に手を添える。


すると、森の彼方から一筋の光の柱が立つ。


それは一つ、また一つと増えて行き

ついには六つの光の柱が立った。


刹那、どこからともなく聞こえる顫動音

哨戒機の音だ。

男が空を見上げると光輝く飛行機が六機、男の上を旋回する。


『メイサ…!メイサ達だ!!』

男は目を輝かせ叫ぶ。


『今の詠唱を森が残響してくれたのか…』

青年は飛行機を見ながら呟く。


『ありがとうよ…墓師さん、本当にありがとうよ…』

男の目には涙が溜まっている。

『彼らを助けたのはこの森だよ、全く…本当に気まぐれなんだな神様ってのは…』

青年はそう言いはにかむと

『それじゃあ、良い旅路を…』

と呟き空に十字を切る。

忽ち、男の身体は光となり、彼らの行軍に加わると、朝焼けが狭霧の中に漂う東の空に消えていった。



青年は彼方の空を見送り気づく。

深く広い森とそこから永遠に続く地平線、山々の稜線からかかる朝日はまさに始まりの朝を彷彿とさせた。


始まりの朝ね…なるほど。

あんたも満足かぃ?百腕の巨人よ。


青年は大地に横たわる山々に語る。


さてと…


青年が後ろを振り向くとそこには錆びた哨戒機が一台、枝に引っかかっている。


どうやって降ろそうか…

もしよければ次の譚でお会いしましょう…

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