弾歌
語り部達は真理を見るのだ。
その地は死で覆われていた。
森のあちらこちらで狼煙が上がり、鉄の弾が飛び交い、血飛沫が上がる。
青年と少女の二人はそんな死の世界を歩いていた。
二人はとても奇妙な格好で、少女の方はハイカラ地味た衣服を纏い、背中に身の丈ほどの背囊を背負っている。
方や青年は黒いオーバーコートに身を包み、背中に巨大な十字架を背負っている。
少女は周囲に漂う悪臭に顔をしかめる。
血の、硝煙の、ゴムの、肉の、鉄の灼ける臭いだ。
『確かにひどい臭いだ…』
青年も顔こそ歪めないもののこの悪臭にうんざりしているようだった。
『そこのお前たち。』
突如、青年達の前に男が立ち塞がる。
軍装に砂埃をかぶった顔には無精髭を散りばめており、手にはライフルを持っている。
『貴様ら…カルダンの者ではないな…どこの国の者だ…答えろ。』
男は低いトーンで言う。
気がつけば青年たちの周りを同じよう男たちが取り囲んでいた。
各々唇は乾ききり目だけ炯炯としていた。
『俺たちは旅の墓師だよ。この地で戦争が起こってるとは知らなくてね』
青年は淡々と語る。
メルシェは必死に首を縦に降る。
『…!』
墓師と言う単語に男たちは異様な反応を示す。
『っ!墓師だ…⁉︎なんでてめぇらが…』
幾重の響めきの中、一人がそこまで言うと口を噤む。明らかに何かを言おうとしていた。
『屍肉の臭いを嗅ぎつけて来やがったか死神どもが…!てめぇらにくれる屍肉はねぇ!とっとと失せろ…この鬣犬が…!』
男は捨科白の様に吐き捨てると
空へ数発発砲し、その場を去った。
周りを囲んでいた男たちも続き続き罵声を投げながら男の後に続き、荒野の砂塵の中に消えて行った。
あれからどれくらい歩いただろうか、日も落ち辺りが静寂に包まれた荒野の隅で二人は薪を焚べていた。
二人の間に会話はない。
少女は何か思い詰めたような表情で火を見つめ、青年は静かに飯盒の支度をしていた。
あの…っと少女が切り出す。
『なんだ?メルシェ、飯ならもう少し待ってくれ…』
火の加減を見ながら青年は少女を瞥見する。
『さっきあの人達に言われた事をずっと考えていました…あの人達はどうして墓師が嫌いなんですか…?』
青年の動きが止まる。
『前にもありましたよね…?たしかゴルダンの村に訪れた時…あの時村の人たちは私たちの事をカラス…屍肉を啄む鴉だと言っていました…。どうしてですか…⁉︎私たちは亡くなられた不憫な御霊を弔う為に世界を旅しているのに…!どうしてカラスなんて…死神なんて…ハイエナなんて言われなきゃならないんですか…⁉︎私たちのしている事は悪いことなんですか…?』
メルシェは段々涙目になる。
『どうして師匠はあんなことを言われて笑っていられるんですか…?』
目を擦りながら涙を拭うメルシェを青年は静かに撫でる。
『メルシェ…お前は何も間違っていない。間違っていないよ。君が怒るのは尤もだ。僕らが世界を巡り迷える御霊を弔っている。それも良きと思ってね。それは事実だ。だがね、それ即ち良きこととは限らないんだ。僕も未だにわからない。高慢に人を弔う事が良い事なのか…慈善の面持ちで迷える魂を弔う事が悪い事なのか…。
世界には君が良きと思うことを悪しきと思い、君が悪しきと思うことを良きと思う人たちもいるという事だ。それらは互いに交じることを許さない。許されないだ。だから妥協があるのさ、だから互譲があるのさ。僕が笑って、彼が怒鳴ってそれで解決するのならそれでいいじゃないか。少なくとも僕はそう思っているよ。メルシェ。』
『師匠にもわからないんですか…?』
『あぁ、わからんさ…僕らは人だ。わかる事よりわからない事の方が俄然多い。』
『じゃあ、どうして旅を…』
メルシェが尋ねようとしたのを指で制し
青年は答える。
『それこそ愚問だよ、メルシェ。僕たちが旅をする理由などあり過ぎて困るくらいだ。僕らは常に無知だ。清々しいまでに…故に知りたいんだ。全てを…その回答を、今わからないことがあの山を越えればわかるかもしれない。今日わからないことが数ヶ月後違う街でわかるかもしれない。荒野でこうやって満天の空を見て悟ることもあるかもしれない。君にもあるはずだ、知りたいことが、やりたい事が、見たいものが、聞きたいものが。』
青年は尋ねる。
メルシェは暫く考える素振りをしてハッと思い出したようにリュックの中から地図を取り出す。
『ここ、此処です!』
メルシェは地図の端っこを指し尋ねる。
『ここの先、この向こうはどうなっているんですか…⁉︎地図の向こうはどうなっているんですか…⁉︎』
メルシェの目はいつの間にか再び輝きを帯びていた。
『良し!ならば行くとしよう!三千世界のその先へ、誰も知り得ない地図の向こうへ!今見える荒野の地平線のその向こうへ、征くとしよう!僕の知る限り世界とは半永久的に拡がり続ける廻る箱そのものだ!故に僕らは飽くることなどできないのさ、この世界に。』
青年は続ける。
『さぁ、今日は死んだ。
故に、今日を生きた僕が君が過去の遺物に成り下がってしまった。だが、それは吉兆なのだよ。まだ見ぬ明日と言う世界の先へ向かう僕らの旅路の。故に考える必要はない、自ずと分かるのだから。それに…』
『それに…?』
『三千世界の先より、今は夕餉の事を考えよう。』
そう言うと青年は急いで飯盒を火から取り出すのだった。
空の黄道は煌びやかに構え
幽玄を嘯く孤高の山々は稜線となり世界を区切る。
今見える境界のその先は、そこに行かなければ見えないのだ。
メ『そういえば師匠、はいえなってなんですか?』
ヤ『圧倒的教育不足!!!』
もし関心を惹かれたなら次のお話で会いましょう。