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MERSHE  作者: たなかなた。
2/21

岩の声

これはまだ、1人の旅人だった頃話。

小夜鳴鳥(ナイチンゲール)(こずえ)の実を(つい)ばまむ深緑の中、

岩の声が(こだま)する渓谷を道行く一人の青年。

その青年は奇妙な格好で、茹だる熱雨林の中をオーバーコートを羽織り歩いている。その手には大きなトランク、背中には棺を背負っている。


ふぅ。と一息に、青年は空を見上げる。


『流石に暑いな…』

そうぼやくと青年は再び歩き出した。






暇だ…


少女は退屈していた。


ここ数日、人を見ていない。

無理もない、こんな何もない獣道、商人ですら通るかどうか…

最後に人を見たのはいつだったか…


四、五月前…?まぁ、時間など気がつけば過ぎるものだし、いちいち数えるのは止めた。





うーん…それにしても暇だ…

こうなったら、麓に下りて(美)男子でも襲おうか…


などと思索しているうちに、少女の目に人影が写り込んだ。


おや…?おやや…?


少女は目を(しばたた)かせ、それを凝視する。


変な格好の青年だ。

こんな暑い日和にオーバーコートなんて

阿呆なのか…?それに、背中の棺、葬式屋か何かか…?


まぁ、いいや。丁度退屈してた頃だ。

久しぶりの獲物、楽しませて貰うとしよう…ふふふ…はっはっは~!


少女の高笑いが森の中に響く。


少女は怪異だ。


一度森で彼女に出会えば、二度と森から出てこれなくなると云う。


彼女は人を惑わすのが好きだった。


特に、彼のような美青年が帰れないと泣き喚くのを見てほくそ笑む、性悪乙女であった。





『さてと…見事に迷ったな。』


青年は苦笑して懐から鉈を取り出すと、徐に細長い木を切り始めた。


『ここは西日が強いな。じゃあ北はあっちか…。けど道なんかねぇぞ…?』


青年は方位磁針を数ヶ月前にオシャカになったそれはクルクルとまるで彼を嘲笑うように廻り続ける。


『くっそー…磁之国(オルコハイム)なんて通るんじゃなかったな~あそこは磁場がおかしいからなぁ…』


青年は狂った磁針から目を上げ

再び考え込む。


『もし、、』

突如茂みの中から声がした。

儚く消え入りそうな声だ。

青年が茂みを向くと、小さな少女が現れた。


絵に描いたように美しく、愛らしいその少女は蕩けるような声でこう言った。


『もし、、旅のお方…私はこの森の麓にある屋敷の娘にございます。』

『こりゃどうも、旅の者です。この通り絶賛迷子中さ、いや参ったね〜。』

『ご迷惑でなければ道案内させてください。』

『いや〜助かるよー。』

青年は頭を掻きながら礼を云う。


かかった…!!


少女は青年に背を向けほくそ笑んだ。


此方です…

少女は笑顔で青年を案内する。

無論、深い森の中奥へだ。


藪から竹林を通り、少し歩いて再び藪へを繰り返し幾刻かが過ぎた頃。

『あの〜、まだですか?』

青年は尋ねる。

『もう少しですよ〜、本当西は…もう少しで…』

あなたの泣き顔が見える…ふふふ…

少女は絶えず笑顔だった。


『そろそろか…』

青年は呟く。

『あなた、森に入るにしては随分派手な格好ですね。それに、森の麓なら川を辿れば着くはず。わざわざこんな藪の中を模索するなんて、まるでわざと迷っている…いや惑わしている…?』

青年がボソボソと呟くのが耳に入った


…っ!そろそろ潮時かっ!


いつものようにコウモリになって消えれば…


『ほぃ。』

突如黒い鎖のようなものが少女の身体を締め上げる。

文字でできた鎖らしきそれは青年の指から伸びていた。

即席呪詛(インスタントジャッジ)って云うんだ、便利だろ?』

青年は笑顔で少女を見る。

呪詛でグルグル巻きにされた少女は

体勢を崩し、転んでしまった。

そんな少女を青年は笑顔、いや嘲笑で眺めている。


『くっ!いつから私が怪異だとわかっていた…⁉︎』

『最初っから。』

『じゃ…じゃあ、なんで…』

『茶番に付き合うのも悪くないと思ってね〜。それに…』

青年は顔を綻ばせ

『俺はな、くっくっく…作戦通りだぜっ!とか思ってる女の子掌中で踊らせて、最初から全部お見通しでした。って云うのをカミングアウトした時の女の子顔を見るのが大好きなのさ!』

『あ…!悪魔!!変態!!』

『悪魔に云われるとは恐悦至極!』

『これ外せ!!』

『そりゃできんな。』

『なんで!』

『ちゃんと案内してもらわんと』

『うぅ…』


してやられた!

どうして…⁉︎この私が…!

森の怪異と恐れられたこの私が…!

こんなの聞いてないよ!くそっ!くそっ!悔しい!!!!


『あんた、一体何者よ⁉︎まさか、退治屋とか云うんじゃないでしょうね⁉︎』


『そのまさかって言ったら…?』

青年の口調がやけに深刻になる。


嘘だよね…?退治屋ならこんなまどろっこしいことしないもん…でもこんな呪詛使えるってことは…やっぱり


少女の目に涙が溢れる。


『いやだ…イヤだよ…死ぬのはいやぁ…死にたくないよぉ…』

たちまちおぃおぃ泣き出した。


『ごめんなさぃ…もう悪いことしません…いい子にしますからぁ…お願いします殺さないで…』

鼻水を垂らしながら噎ぶ少女見て

流石に気が引けたのか、青年は苦笑いで

『嘘だって…、、ちゃんと案内してくれるよな?』


『案内じまず!!案内じますがらぁ!』

『おい、顔中の穴から汁が出てんぞ。』

青年はコートに手を入れると布を取り出し少女の顔に擦り付ける。

『とりあえずこれで拭いとけ。』

少女は奪うようにそれを手に取ると

チーンと鼻を擤み、それを青年に返す。

青年はそれを指でつまみ、2、3度払ってからそれを仕舞い、かくして縛られた少女と縛った青年の犯罪臭の漂う二人組は再び歩き出した。


『お前、本当の名前はなんて云うんだ?』

青年は少女に尋ねる。

『ミナよ!ミナ!あぁ、お父様ここで無様に人間に名を寄越す私をお許しください…』

その頃には少女は先程の不遜さを既に取り戻していた。

『別に取って食やしねぇよ、祓い屋や、退治屋なら兎角、俺は墓師だかんな。』

『墓師?聞いたことないわね。なにそれ?』

少女…ミナは尋ねる。

『世界中あちこち旅して行き倒れを供養したり介抱したり、戦場に行って死者を弔ったりな…色々してる。』

『人のクセに、随分と高慢な仕事ね、自分もいつか死ぬクセして誰かを弔うことが生業だなんて…まるで神にでもなったつもりなの?』

ミナは傲岸不遜に語るが、その思想は人間にない、化け物のそれであった。

『ごもっとも。創設者がどんな思いで始めたかは知らねぇ、だがな、こうやって世界を旅する根無し草な生き方も結構いいもんだぜ?色んなものを見れるし、色んな事を知れる。知ってるか?人間は考える足らしいぜ?(まぁ、(あし)違いなんだけど…)』

『そんなの、異形の私が知るわけないでしょ?』

『だよな〜』

青年はそう言いながら葉巻に火を点ける

『そう言えば、あんたはなんて云うのよ?』

不意にミナは尋ねる

『何が?』

『だから、名前!』

『あぁ、俺か?俺は…』


二人は突然足を止める。

聞こえるのだ。

山を駆け降りる足音、それもすごい速度で

何かが来る。途轍もなく大きい何かが…

地鳴りのように響く足音は巨大な何かが蠢くようで、かくしてそれは数秒と経たず二人の前に現れた。


『人間と弱そうな妖見っけぇ!!』

それは巨大な蜘蛛であった。

ただの蜘蛛ではない。身の丈は5メートルほどで顔が人の顔なのだ。

『へぇ…人蜘蛛か…。』

青年は大蜘蛛をみて淡々と語る。

『ひっ、!蜘蛛のお化け…⁉︎』

ミナは恐ろしさのあまり腰を抜かしている。

『お前…腐っても化物だろ…』

青年は呆れた顔でミナを見ている。

『さてと…化け物よ、お前の目的はなんだ?我々は急いでいるんだ。出来れば早急に道を開けて頂きたいな。』

『はっ⁉︎冗談キツイぜ人間さんよぉ!俺は今腹ペコでねぇ、空腹の化け物に遭遇した旅人の運命なんて知れたもんだろ?ついでにそっちの可愛い娘もデザートで頂いてやるよ!』

人蜘蛛は甲高い笑い声をあげ二人を見下ろす。


『本当に、退けてもらえないか?』

青年は少し悲しそうに尋ねる。

『だからさっきからそう言ってんだろ!』

蜘蛛は不気味に叫ぶ

『そうか…』

青年は少し悲しそうに、楽しそうに続けた。

『では、仕方ないな…』

青年は徐に背中の棺桶を下ろすと

トランクを開いた。

するとトランクの中から巨大な十字架が出てきた。

『…聖十釘(へレイナ)!』

『ああああんた…⁉︎いまどっから出したの⁉︎』

ミナは抜けた腰を起こそうとして再び抜かしていた。

『そこかよ⁉︎』

青年は笑いながらツッコむ

『さてと、やるからには容赦しねぇぜ?』

青年は笑顔で答える。

『あぁ…⁉︎十字架でどうすんだよ⁉︎えぇ、おい!』

蜘蛛の巨大な爪が青年に伸びる。

『こうすんだよ!』

青年は叫ぶと蜘蛛の爪をスルリと躱し

顔面の前まで来ると、

『な?』っと笑顔で言い蜘蛛の顔目掛けて十字架を突き刺す。

怒号と痛痒に満ちた蜘蛛の悲鳴が仄暗い森の宙に響く。

『安心しな、弔ってやる。』

そう言うと青年は十字架に札を貼る。

すると、忽ち巨大な蜘蛛は泥のように溶けていった。


『あんた…本当は退治屋なんじゃ…?』

『言ったろ?俺は墓師だ。本当は殺しはご法度なんだけどなぁ…やむなし…』

そう言うと驚き動けないでいるミナを他所に

転がった十字架を起こすと地面に立てた。


『此方より出でし物の怪か…(さぞ)、名のある地神であったろうに…静かに眠れ。』

青年が空で十字を切ると

溶けた蜘蛛の骸は静かに宙に昇華した。


『ヤタだ。』

青年はポツリと呟いた。

『俺の名前はヤタさ。』


『ヤタ…』

ミナはあっけらかんとした表情で彼を見ていた。


『おっ、街の灯火だ。こりゃ助かった、どうやら野宿せずに済みそうだ。』

そう言うと青年はミナを縛った呪詛を解いた。

『ねぇ、』

ミナが切り出す。

『あんたって…一人で旅してんの…?』

『あぁ、一人だよ。誰かとできるような旅じゃねぇしな…』

『そっか…』


ミナはみるみる涙目になっていく。


言えない。たかが数刻前に会ったばかり、たかが一度命を助けられたばかり、それなのに、彼に惚れてしまったなど…言えるわけがない…!

そんなのがわかったらチョロい女だと思われてしまう…!(実質チョロいんだけど)


ヤタはそれを見て、そっと頭を撫でる。

『寂しいなら、あんな山奥に篭ってないで街に移り住めばいい、イタズラは程々にな…?、それに…』

ヤタは続ける。

『この世界、偉い人が云う程広くないんだぜ?なぁに、どうせどっかの街でまた会えるさ。な?』


泣きじゃくるミナが泣き止むまで

ヤタは優しく彼女の頭を撫でてやった。


かくして、墓師の青年と怪異の少女の奇妙な異聞譚は幕を下ろした。


それから数日後、青年に妙な噂が届いた。


不思議な芸をする旅芸者の少女がいるとか、なんでも、突然消えたと思ったらコウモリになって現れたり、物を浮かせたり、奇々怪界、摩訶不思議な見世物をするそうだ。






幽玄の岩空(いわむろ)(しとね)の様に、優しく冷たく私を包む、明日はあなたに会えるだろうか?そんな思いを夢に馳せ、今日も今日とて朝がくる。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

もしご関心を惹かれましたら、次のお話で会いましょう。

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