表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

思い出の恋

作者: 鏡 みち

30代の恋愛は、20代の頃とは少し違う。

だから、その恋が終わる時は少し苦しいもの。

そんな恋愛が終わる時はどんな感じだろうか。

そして、新しい恋はいつ始まっていたのだろうか。

私には恋なんてもう、できないと思っていた。

でも、どうやらしているらしいのだ。


「涼香君、少しいいかな」

この、室長の呼び出しが転機だった。

営業企画課フロアーに設けられている、小さめの会議室へ呼ばれた。

「急がしいのに悪いね」

「いえ」

向かいの席に着いた私に、室長はテーブルに置いてある書類を滑らせた。

「約二ヶ月後に、総合職の試験がある。受けないかな?」

室長は少し、笑い顔で書類を見ていた私に続けて言った。

「いろいろ有るだろうが、チャンスだと思

うよ。一般職で、辞めるのはもったいないと思う。私個人で言わせてもらうと、受けてみるべきだと思うよ」

「ありがとうございます」

「締め切りは、二週間後だ。悪いね、言うのが遅くなって。考えてくれるね」

「はい」

私は書類を両手で、持てあましながら席を立つ室長を見上げた。

「じゃあ」

室長は会議室を出るなり、誰かを呼んでいるようだ。

総合職、魅力が無いなんてとても言えない。遣り甲斐はかなり増す。

私は、暫く考えとりあえず一輝に連絡することにした。


「室長から?」

一輝は、持った箸を止めた。

「そう、薦められたの」

会社帰りに行きつけの居酒屋で私は、煮付けを摘みながら返事をした。

「考えてくれって、どう思う?」

一輝は、箸を置くとお猪口を持った。それを、一気に飲み干すと静かに話し出した。


今思い起こせば、あの居酒屋で話した時が、二人が共に冷静で落ち着いて話をした最後だったように思う。

私は、総合職の試験を受ける事にした。

面接前、室長は「大丈夫だ、大丈夫だ」

と私に繰り返した。

まるで自分の試験のように緊張し課の皆が笑っていてお陰で、私の緊張が少し軽くなったようだった。

結果が、室長から報告され無事に合格。

その日、社内の廊下で会った一輝はどう見ても苦笑いで「おめでとう」と言ってくれた。

「課は違っても、涼香もライバルだな」と。

結婚、この二文字が私からも彼からも消えるのに時間差はたいして無かっただろう。

仕事量は増え、出張は増え会えなくなる。無理をして時間を作り会っても、喧嘩になるようになった。ありきたりで話にならない。そう私の方が、一輝から離れたのだ。

一度は手に握り締めていた一輝の手を、私から手放した。幸せと、居心地の良い胸を

手放したのは私自身なのだ。

夢中に仕事をしていた。一人だと感じたくなくて。

なのに、数年後一輝は結婚すると知らせてきた。

「来てくれるよな」

実は男のほうが起用なのじゃないかと、私は招待状を手にした。

もうこれは、吹っ切るしかない。私は、笑顔で突っ立っている一輝の鳩尾をポンと突き

「行ってやるわよ。友達だから」

「ありがとう」


一輝の結婚式も、同期達と何とかやり過ごした。吹っ切ったつもりでも、心の中で一輝の占めるスペースは友達以上なのだ。

そんな状態で日々過ごしていた。

「まだ残業ですか?」

一緒に残業していた、別の課の男性社員が席を立っていた。

周りを見ると、どうやら私たち二人だけのようだった。

「あぁ、大丈夫ですよ。もう少しで終わりますから。お疲れ様です」

「もう少しなら、俺もついでだから・・・これを片付けるか」

そう言うなり、デスクの明かりを点けた。

「本当に、大丈夫ですよ。あの・・・」

「ついでだと、言ったでしょ?」

「・・・」

背の高い彼は、席に着いても顔が少し見えている。その顔が、途端に表情を変える。

私は、少ししか見えない彼の顔をしばらく見ていたと思う。


「それは、好きなんだよ」

立ち飲み屋で、一輝相手に飲んでいる。

「ハァー。やっぱり?」

私は、徳利を空けると一輝に苦笑いを返した。

ふと思う、何時からこんな感じになったんだと。

コートもいらなくなった夜のオフィス街を、一輝を後ろに歩く。

「恋」

そう言うと、私は振り返った。

「あんたが寿シールの封筒を、私に手渡した時が最後だと思ったのに」

今度は、一輝が苦笑いを返してきた。

「まだ言うか?」

一輝が私の、目の前まで歩を進めた。

「涼香」

「やめて!」

何かを言おうとする一輝を、私は持っている鞄を一輝の顔の前に突き出して止めた。

「ふぅー」

一輝が、溜め息を付いた。

「外回りから帰る頃だな、水を飲みに行くのを知っていてわざと、給湯室へ。先の横断歩道を走るのを見つけて、わざとゆっくり歩く。喫煙ルームにいるヤツを見つけてわざと隣にある自販機で少し高い缶コーヒー」

まだ、顔に向けたままの鞄越しに一輝が立ち飲みやで話した事を掻い摘んで言ってきた。

「まるで、高校生か中学生じゃないか」

鞄を持つ手に、一輝がそっと触れた。

夜のオフィス街で良かった。私、今絶対真っ赤で泣きそうだから。

「もう、無いと思っていたの。一輝が最後だと・・・」

この先が声にならず途切れてしまう。

桜も葉桜になり、道端にもピンクの花びらは数えるほど。


少し、肌寒い風の有る休日。私はお店に飾られているワンピースのゼロを数えていた。

「これ、かわいいよね」

なんて、少し催促をしてみたり。

彼は、入る?と顔を向けている。そこに

「涼香さん」

聞き慣れた声で呼ばれて、私は躊躇わず後ろを振り返る。一輝と隣の女性を見た。少し丸顔の優しい雰囲気の女性。私とは、見た目も違う。

一輝は、私に向かって笑顔を返す。

昔と変わらない・・・。

「奥様と買い物ですか?部長」

「ああ、君たちはデート?」

何気ない会話、この時、私の一輝への思いは本当に思い出になったのかもしれない。

だって本当に、今でも出勤途中に先の横断歩道を走る彼を見つけると私、彼に合うように歩幅を小さくする。

奇跡かも知れない恋、いいえ愛。それを今は彼に。

私たちに背を向けて歩き出す二人。

横に居た彼が近づいたと思うと、私の肩を胸に抱きこんできた。何も言わずに。

この愛はきっと強い。私は、彼の手を今度こそ離さない。


三十路女、お局様でも学生のような恋愛はするのだ。

だって、数多の男性に数多の出会い。

社内でも角を曲がれば、理想の男性が居るかもしれない。

愛を手にするのは、自分の手。

愛を手放すのも、自分の手なのだ。

一つの愛を、手にしたらそれは奇跡。

だから、しっかり握り締めておく。

今度こそ。


            完











もう、記憶も曖昧なほど昔に書いたものです。

今、読むと恥ずかしいです。


お時間潰しにどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ