1,ぼろタマがやって来た(1)
めんどうなことになったッス。
極上プリンが置いてあったら即食べるのは、うつくし乙女の自然な行動という物ッス。
あれは手を出してはいけない罠だったッス。
まさかプリンがあんな危険な物だとは思ってなかったッス。
プリンは罠ッス。手を出してはいけない危険な罠……。
◆ ◆ ◆
《緊急連絡でーす。面白いことになりそうなので、指定の文化ファイルを読んで予習しておいてねー》
先ほどあのお方から唐突に連絡があったッス。
なにやら下カイで見つかった変なタマシイを、どう処理したらいいかと相談があったらしいッス。
どこも対処に困ったらしくたらい回しにされたうえ、一番上のここ、首脳陣の神殿にまで話が回ってきたらしいッス。
結局ここで受け入れることが決まったッス。最近娯楽に飢えてるッスから、おもしろなものだといいッスね。
チラッと様子を見たら、ぼろ布巻かれたボッコボコのキモきちゃないタマシイだったッス。
タマシイ管理センターの職員が、うっかり全力投球でぼろきちゃないタマシイを放り上げたものだから、気絶状態になっちゃたらしくクターッとしてるッス。
上司に報告という意味で使われた『上に上げろ』を、素直に受け止めて放り上げちゃったというのが真相らしいッスが、うっかりさんのおっちょこちょい事故ってのはなくならないもんッスね。
ちらっと見たと言うと、覗きと間違われそうッスね。うつくしレディーはそんなはしたないことしないッス。
見たい場面を視界の端に投影して見るだけッス。
まあそんなことは説明するまでもないことッスよね。
覗きと間違われるのは心外ッスからね、ちゃんとした記録を残しておかないと誤解を招きかねないッス。
できる女は誤認識されるような記録はしないッス。
のんびり語っているように見えるかもッスけど違うッスよ。
できる女は常に二つ三つの仕事を同時並行で処理できるッス。
今はぼろきちゃないタマシイの前世のセカイの文化ファイルを読み込みながら、自分スタイルを決めている所ッス。
健康的に日焼けした肌は若い女の子の特権。
ふむふむなるほど小麦色の肌ッスね。これで魅力三倍アップッスね。
髪は肌に合わせてハチミツ色ってのにしたッス。胸の辺りまで伸ばしたゆるふわっとしたスタイルで魅力が五倍アップしたッスね。
ほほぅ、『おしゃれ女子はスウェットの着こなしで大人かわいくなれちゃうぞ!』と言う記事を、ぼろきちゃないタマシイの前世のセカイの文化ファイルで見つけたッス。
試しに『お取り寄せ』してみたッスが、これは楽でいいッスね。
いつもの布をぐるぐるぐるぐる巻く衣装には戻れないッス。これからはこの、大人かわいいスウェットスタイルで行くッス。
ちなみにこのスウェットは、ペンギンスタイルって言う物ッス。
たぽっとした上着に、ペンギンがプリントされているッス。下はハーフパンツで楽々、おまけで付いていた部屋履きという、黄色いふわっとしたシューズがとてもかわいいッス。
むむっ、ぼろきちゃないタマシイの前世のセカイにもお取り寄せという文化があるッスね。通販とやらで遠くのおいしい物を買うことっぽいッスけど、あーしらの使う『お取り寄せ』は力を使って再現するものッスからちょっと違うッスね。
もちろん食べ物飲み物着る物などなど制限なんてないッス。
ただどういう物かをきっちり知っておかないと『お取り寄せ』できないッスから、ぼろきちゃないタマシイの前世のセカイの文化ファイルが必要だったッスね。
ぼろ……、『ぼろタマ』と呼ぶッス、長くて面倒ッスからね。
ぼろタマの前世のセカイの文化ファイルはなかなか興味深いッス。おもしろな情報がいっぱいッスよ。
今まであのセカイをちゃんと見ていなかったッスが、娯楽が豊富で暇つぶしに最適ッスね、これはじっくり研究しがいがあるッスね。
さ、サボってる訳ではないッスよ。情報を制す者はセカイを制すって『文化ファイル』にもあったッス。まさにそれッス。
◇
《今からあんたの名前はシノービね、いい名前でしょー。みんなの名前も決めたから共有しておいてね》
あのお方に新しい名前をもらったッス。
『シノービ』きっと何かすごい意味のある名前に違いないッス。
《シノービ、承ったッス》
《なにそのッスってのは?》
《かわいい系女子は語尾にこだわりがないとダメらしいッス》
《そ、そうなんだ。まあ自由にするといいわ》
語尾は悩んだッス。
他にも『キャハ』『テヘ』『ですぅ』『キラッ』などなど、かわいい系女子必須の語尾があったッスけど、全て笑顔を振りまきながらと注意書きがあったッス。
クールビューティーな女性はここぞという時のために笑顔は取っておく物ッス。
だがしかーし、諦めなかったあーしは『ッス』を見つけたッス。『ッス』は違ったッス、だらーんとした雰囲気で、と言うのが『ッス』の条件。コレハ! っと思ったッスよ。
そうだ、あのお方にもおすすめ語尾リストを渡さないといけないッスね。
◇
《走馬燈始めるからみんな見てねー》
またあのお方から連絡が来たッス。
ふむふむほぅほぅ。走馬燈によると、ぼろタマはなにやら仕掛けられたッスね。
感電事故に見せかけてタマシイに直接埋め込むなんて外道ッスね。
感電して『あばばばばば』には笑ったッスけど、不幸な事故が起きたっぽいッス。
なるほど。ぼろタマに埋め込まれたなんかが、その後の人生を狂わせたッスね。明らかにスペックダウンしてるッス。
これは調査が必要ッス! あーしら諜報部隊の出番がきそうッスよ。
《シノービ、ちょっとケンサンの所へ行ってちょうだい》
ほら来たッス。
ケンサンというのは首脳陣の中でも研究開発調査部門のトップ。できる男の雰囲気が漂うダンディーイケメンになっているはずッス。
――ブフォーッ
「顔見るなり吹き出すことないでしょうに」
「ぷぷぷ、だって、仕方ないッス。あっはは、何でそんなにおでこを広くしたッスか? お、おなか痛いッス」
「あのお方から、『ケンサンはこれとこれとこれ』って勝手に選ばれたんですよ。私だって選びたくて選んだわけでは……」
おでこが頭頂部まであるエキゾチックなオジサンになったケンサン。
哀愁が漂っているッス。
大笑いしてしまったことは反省するッス。プークスクス。
「おほん。私はあの変形したタマシイの調査に集中したいので、シノービはそこの粘土をこねて欲しいのです」
「え? 粘土をこねるッスか? 陰謀を暴くためにどこかに潜入調査とかではなく、粘土ッスか?」
「ええ、あのお方からも『それこねるのははシノービに任せて』と言われましたから」
「は、はぁ……」
勢い勇んで出撃したのに雑用だったッス。
仕方ないのでコネコネしたッスよ、サボったりしないッスよ。
できる女は仕事を選ばないッスから。