糞の海より愛を込めて
俺は有川英樹、35歳の素人童貞。生まれてからの年数イコール彼女居ない歴だ。だからおかずはゴッホの石膏トルソー等に頼るしかない。
何となく思い立ち人生初めての一人旅、白浜温泉まで行ってみる事にした。白浜は日本書記にも出てくる三大古湯らしい。和歌山県は面積の8割が山で開発が沿岸部に限られる。人口は1000万を越えているが毎年、減少傾向にあり、交通の不便さが際立つ。白浜までは電車での移動となる。日本の鉄道は時刻表通りに運行してくれるのが自慢だが問題もあった。
南海本線は白浜まで続いてない。移動はJRから潜水艦を連想させる電車が走っていると言う事だったが交通費が高い。さらに1時間にほぼ1本しか走っていなかった。ダッシュして飛び乗ったのは6輌編成、2~3番車が自由席と成っているが、座席はすかすかだった。普段電車に乗る事も少ない俺は電車に乗車券と特急券(自由席特急券)があるとは知らなかった。予想外の出費だ。
車窓からは田畑やミカンの木、山が見える。蛇行した路線は海岸線を走る為だろう。酔った様だ。気分の悪さを感じた。それでも観光名所と言う事で期待してた。一番の楽しみは食事である。
田舎のトイレが水洗式になっていないと言うのは、都会人気取りの偏見だと思っていた。今までは。
ホテルに泊まった俺は酒に酔っぱらってトイレに落ちた。便器まで手を伸ばしても届かない。足元はぬかるんでいるし安定しない。すでに顎まで沈んでいた。
口と鼻の中に入ってくる汚物。俺も汚物のオブジェになりそうだ。
臭いし汚物まみれで死にそうだった。と言うかすでに死にかけていた。
(ああ、俺はこんな所で死ぬのか)
そして俺は死んだんだと思う。
思うのに何で回想してるかって?
どうやら神様は俺にチャンスをくれたらしい。
二度目の人生は、周りの人がすべて美少女に見える、声が美声に聞こえると言うフィルターがかかっていた。
神様、ありがとう! 何とか、楽しくやって行けそうです。
そう思ったのも仕方がない。
◆
現在、俺は白人の美少女に取り囲まれている。日本語は通じてる様だ。
「何をニヤニヤしてるんだ!」と怒鳴って来るのは金髪、碧眼のテンプレと言うかステレオタイプな白人のイメージその物な少女だ。小柄な身体に纏うのは悪の代名詞であるナチスドイツ時代の秩序警察の物だが、美少女が着ると制服が映える。
「いや、マジでご褒美なんです」
そう言うとひいた目で見られた。美少女の蔑む視線が気持ち良い!
俺はMだったのかと自問自答するが答えは分かっている。相手が美少女だからだ。
(セクハラの定義と同じで、相手が好みに合わないと訴えられるんだよな。この場合はご褒美です。うへへ)
そんな風に天国を味わってる俺の前で、金髪ツインテールちゃんは同僚に話しかけていた。
「もうやだ、何なんだこいつは。どこかの病院から脱走して来たのか?」
うんざりとした表情に疲労感を浮かべていた。何か疲れる事でもあったんでしょうか?
「何でも総統の寝所にいきなり現れて『女神様、ここは天国ですか?』と言い出したそうです」答えるのは国家保安本部第4課と言っていた少女。いわゆるゲシュタポだ。親衛隊のコスプレが可愛らしい。
「全くわからん。アメリカやイギリス、アカのスパイにしては間抜け過ぎる」
総統って女神様の事か。うーん、癒しの素敵オーラが出てる美人さんだったな。眼福、眼福。
「おいお前。もう一度聞くぞ。お前の目的は何だ。なぜ総統の寝所に現れた。どこから入った。目的は何だ。そしてお前は不細工だ」
酷い言われようだが嬉しく感じる俺がいた。
「き、気がついたらそこに居たとしか」
「私に任せてください」
秩序警察の次に、泣く子も黙るどころかますます泣きわめくゲシュタポの取り調べが待っていた。性的な意味ではない。
◆
Mの皆さんごめんなさい。俺は本当の意味でのMではありませんでした。
いくら可愛い娘が相手でも苦痛には耐えられず、すべてゲロってしまいました。
この世界は俺の居た世界とは違う。タイムスリップであり、パラレルワールドだ。
「あ、アイヒマンの絶滅計画も知ってる! アメリカのマンハッタン計画だって、イギリスがエニグマを解読してる事だってみんな知ってる!」
尋問が続けられ嘘でないと分かると俺の待遇が変わった。
「有川英輝、前へ」
俺はSS隊員の身分を貰ってパリッとした親衛隊の制服を着ると女神様と御対面した。
「ブヒヒ、女神様」
総統たんは上から目線で言ってきた。「お主をわしの下僕にしてやろう」
「拙者が女神様の下僕でござるか?」
俺は愛の戦士だ。女神様の為に戦おうと決意した。
俺の上司はテオドール・アイケと言う軍人っぽいおっさんで、国防軍や武装親衛隊から集めた人材の巣窟に放り込まれた。NSDAPではなく総統直轄の実験部隊、戦闘親衛隊(Kampf SS)と言う組織だ。秘密組織ではないらしい。
意気揚々と配属されたが、萌えデブオタク、兵器のスペックや艦名、著名な海戦の経過や編成は知っているが軍隊の本質的なことは知らなかった。
二等兵の階級も当然で、体力も技術も無かった。雑学の様な知識も所々でしか役に立たない。だから最低限の教育が行われた。
「有川、お前には特別執行部隊に行って貰う」毎日の訓練に肉体が悲鳴をあげていたある日、移動命令を受けた。出向になるらしい。
「アイ……何ですって?」
特別執行部隊(Einsatzgruppen)はNSDAPのラインハルト・ハイドリヒ指揮下にあった保安警察(Sicherheitspolizei)と保安部(SD)から選抜された対ゲリラ戦と治安維持の特殊部隊だった。
「味方後方に出没するパルチザンを掃除するのが仕事だ。後ろでのさばらせていたら困るのは前線で戦う国防軍の連中をだからな」俺に経験を積ませてくれるらしい。昇進のチャンスだね!
「成る程、治安維持の仕事ですね」
東欧に送り込まれた俺は頑張ったよ。パルチザンを殺したり村を焼いたり、スパイを捕まえたり、悪いやつはいねえかあ、と西へ東へ北へ南へ。
その結果、女神様が直々に勲章をくれる事になった。
勲章を貰った後、二人っきりでお茶をしました。
「女神様」キリッとした表情を浮かべる俺。
「な、なんじゃ」
俺はストレートに告白した。「愛しています」と。
その後、女神様は俺の愛を受け入れくれた。これで人生は勝ち組です。
「ブヒヒ、拙者、幸せでござる」
「ばか……」
俺は優しく女神様を抱き締めた。
◆
「死亡を確認」
救急隊員は便槽から遺体を引き揚げたが窒息死していた。壮絶な死に方だが、遺体は何故か幸せそうな表情を浮かべていた。
死ぬ前の夢だったのか、本当に転生したのかはお好きな方を選んでください。