アスティマ・プセマ(真実と嘘)
夏。
蝉の泣き声がうるさいほど聞こえる。
僕は夏休みのある日、幼馴染の優雨の家の倉掃除を伯父さんに頼まれた。
ちなみに御駄賃は倉の中の物を一つ貰っても良いというなんとも割に合わない仕事だ。
「優雨どこまで掃除終わった?」
「まだ半分位だよ」
なんとも無駄に広い倉だ。
「まったくどんだけ、広いんだよ。この倉」
「そんな事言われても私も分からないよ」
僕は倉掃除をしながら、貰うものを物色していた。
といってもどれもこれもガラクタにしか見えない。
「まったくお前の爺さん。よくもまあこんなガラクタばかり集めたよな」
「まあお爺ちゃん骨董とか古い物を集めるのが趣味だったから」
優雨も半ば呆れているようだ。
まあそれもそうだ、それで結構お金を散財していたらしいから。
だけど、借金とかをせずにそう言った趣味に使っていたのはいかにも優雨の爺さんらしい。
よく小さい時に俺達に、趣味に使うお金は自分の出来る範囲内でしろと良く言ってた。
「しっかし、本当埃だらけだな」
「うん確か十年位、掃除していないからね」
「マジかよ!」
「マジだよ」
もう諦めに近い感情が芽生え始めた時、棚の奥に不思議な光を放つ木箱を見つけた。
「なんだ、これ?」
僕は不思議に思ってその木箱を取った時バランスを崩して、地面に落ちた。
「痛ってー!!」
「大丈夫?! 直ちゃん」
遠くから優雨の声が聞こえる。
直ちゃんは優雨が僕、直正を呼ぶときの愛称だ。
「痛てて。大丈夫じゃないよ!」
全身のあっちこっちが痛い。
ただ、僕は僕と一緒に落ちた木箱を眺める。
木箱の中を開けると天秤を持った犬が中央にいて、赤と白に色分けされた回すタイプのルーレットが両端に二つと、小さな鳥の人形が二体入っているだけだ。
「なんだ、これ?」
「どうしたの?」
一緒に倉掃除をしていた優雨が近づいてそれをのぞき込む。
「わかんねぇ」
「ねえその紙なーに?」
優雨が指さした場所を見ると木箱の裏に紙が挟まっていた。
何か書かれた紙を読むと、
このゲームの名前は、真実と嘘といいます。
ゲームの始め方は、まず番犬を盤中央に置き番犬の持つ天秤がお互いのルーレットのある方向を向く様に配置します。
ルールは次の通りです。
1、互いに1つの人形を隠し、その場所を言い当てた方の勝利となる。
2、勝利した者は願い事を一つ叶える事の出来る石を番犬から貰えます。
3、敗者は勝者の願い事の分だけ何かを失う。
4、まず互いにルーレットを振り赤ならば真実を一回、嘘を二回、白なら真実を二回、嘘を一回言わなければならない。
5、人形を隠す場合隠した人間が知っている場所でなければならない。
6、勝敗が決した人間とは一度しか勝負できない。
7、互いが同意した場合ルールを増したり改変したりする事が出来る。
8、不正をした場合強制的にその者は敗北し、勝者に全てを渡すことになる。
9、質問する場合、同じ質問を繰り返してはいけない。
10、以上を勝敗が決するまで繰り返す。
どうやらゲームの様だ。
なんか仰々しいゲームだな。
しかも僕が知らない言語で書かれているのに僕はそれを読む事が出来た。
まるで、意味が直接頭に言っている様なそんな感じだった。
勝利したら願い事の一つを叶えるなんて普通出来るわけない。
そんな事を考えていたら優雨が、
「なんか面白そうだね!」
と興味津津な様子だ。
「ねぇどうせ暇だからこのゲームしてみようよ!」
「えーマジで言ってるの?」
「だって面白そうじゃない? それに勝者には願い事が叶うって言うのも素敵じゃない?」
「こんなの嘘っぱちだって」
「良いじゃない。してみようよ」
「もう分かったよ」
僕は疑心暗鬼になりながら優雨と、このゲームをする事にしてみた。
僕達はゲームを置く台と二人分の椅子を用意して向き合った。
そして、お互いに反対を向いて人形を隠す僕は何気なくジャンパーの内ポケットの中に入れようとするが、その時ふと思いついた。
ルールには、人形は本人が隠す場所を知っていれば別に身に付けなくてもいいのではないかという事に。
僕は座っていた椅子の影に人形を置いた。
「僕は隠し終わったよ。優雨は?」
「私も隠し終わったよ。直ちゃん」
僕達は互いに向き合ったぱっと見、優雨がどこに人形を隠したか分からない。
そして互いにルーレットを振る。
僕は赤で優雨は白だ。
「どっちから質問するの?」
「えーとそれじゃあ優雨からお願いできるかな?」
「うん分かった」
優雨がしばらく考え始める。
そして質問が思い浮かんだのか口を開いた。
「直ちゃんって好きな人いる? いたら誰」
「なんだよ、その質問!」
「良いじゃない。ねっいるの?」
「いないよ」
これは嘘。
本当は優雨の事が好きだ。
だけど恥ずかしくて本当の事なんて言えない。
「じゃあ次の質問―」
「今度はちゃんとした質問にしろよな」
優雨がまた考える仕草をする。
「―直ちゃんは人形をどこか他の所に隠した? それとも身につけてる?」
僕は少し考えた。
ここで本当の事いうべきか否か。
ここで真実を言えば次に嘘が言え逆にここで嘘を言えば次に真実を言わなければならない。
もし、次で隠した場所を答えなさい。
という質問がきたら、今嘘を言うのは得策じゃない。
だからここは、
「他の場所に隠した」
真実を語るべきだ。
これで次に隠した場所を答えなさいという質問が来ても椅子の影だとは答えなくていい。
例えば、倉庫の棚とか、実は自分が持っているという風に答える事が出来る。
「最後の質問―」
さてどんな質問が来る?
「―直ちゃんが隠した人形は半径20cm以内にある? それとも無い?」
なんだ、その質問?
当然、僕の座っている椅子の影だから半径20cm以内にある。
「無いよ」
こう答えるしかない。
「ふーん」
なにか確信めいた表情をする優雨。
「じゃあ次は直ちゃんの番。何を質問する?」
「分かった。えっと最初の質問―」
どんな質問が得策だろうか。
いま優雨は真実を二回、嘘を一回言う権利がある。
普通、考えるなら優雨は、ほぼ真実を語らなければならないから、不利な様に見えるけどそうじゃない。
逆に考えれば優雨は嘘を一回言える。
そしてその嘘が効果的に使えれば、間違いなく人形の位置を分から無く出来る。
だから優雨が嘘か真実を言っていると確実に分かる質問をどこかで言わなければならない。
でもまず始めに、
「―人形を優雨は所持している? それともどこかに隠した?」
この質問からだ。
「持っている。というか私の質問と同じじゃない!」
「良いじゃないか別に」
もしこれが真実だとするなら人形は優雨の身体のどこかにある事になる。
逆に嘘なら周辺にあるはずだ、何故なら優雨も僕もこの席から立って隠していないから。
僕は辺りを眺める。
不自然な所はない。
今の答え真実なら、優雨はまだ嘘を言える権利がある。
さて次の質問、ここが重要だ。
ここで嘘を使わせる事が出来れば、最後の質問で人形の在りかを教えてもらえる。
逆にここで嘘を使わされなければ最後の質問で嘘が残ってしまう。
だからここは、
「人形を隠している場所はどこ?」
これしかない。
これは優雨にとって絶対知られたくない情報だ。
だから嘘をつく筈だ。
「えーと、スカートのポケットの中」
これは恐らく嘘。
もし真実なら前の質問は真実になるから所持している事が確定する。
逆に嘘なら前の質問で優雨は二回嘘を言った事になって矛盾が発生する。
最後の質問だ。
ここで間違いなく真実だと確証が持ててかつ人形の在りかに繋がる質問をしなければならない。
そういえば今日、優雨が着ている服は上の服にポケットは一つしかない。
なら最後の質問はこれだ。
「人形を隠したのは上の服? それともスカート?」
これでもし嘘が残っていたらスカートのポケットの中にある事が確定する。
逆に真実が残っていたら上の服のポケットの中だ。
「上の服の中」
僕は確信した。
人形は上の服の胸ポケットの中だ。
「じゃあ人形の場所はどこかお互いに言おう」
優雨は頷いて答える。
「うん分かった。」
「じゃあまず優雨から」
優雨は僕の目をしばらく見て答えた。
「この台の下」
そういって差したのは僕達が今ゲームをする為に用意した台だ。
確かに人形を隠せる位の隙間がある。
「ハズレ」
「えー自信あったのに」
しかし優雨なかなか鋭いな。
僕が人形を持っていないのを見抜いたんだ。
「じゃあ僕の番だね。優雨の胸ポケットの中。どうだい?」
「うー、正解」
本気で悔しがる優雨。
でも実は優雨にも勝つチャンスはあった。
それは二回目の質問の時に、真実を言う事だ。
そうすると、僕は二回目の質問を嘘だと思っていたから、当然三番目の質問を真実だと誤認して今と同じ答えをだす。
まあ優雨だから間違いなく嘘をつくと踏んだから問題無かったけど。
「で? 勝ったけど願い事を叶えてくれる石とやらは、どこから出てくるんだ?」
僕が、優雨に訊ねてみる。
「さあ? この犬の口から出るんじゃないの?」
優雨にそう言われて僕は犬の口を覗いてみた。
最初の時と変わらず犬の口は閉じたままだった。
一杯喰わされたかな? と考え始めた時に突然、犬の口が開いて、透明な碧色の石が落ちた。
その小さな石を拾い上げて、僕は半信半疑に、願い事を考え始めた。
「直ちゃん? どうしたの?」
僕は、迷っていた。
石は確かに出てきた。
という事は説明書の通りもしかしたらこれは願い事を叶える石なのかもしれない。
でも、一つの行が僕を悩ませた。
敗者は勝者の願い事分だけ何かを失う。
その部分だ。
もし冗談半分で、願い事を言ってそれが叶ったとき何かを失うのは他でもない優雨だ。
だから僕はこれをどう使うか悩んでいた。
仮に願いが叶ったとして、優雨の失うものが最小限で済む様な願い事。
しかもそれが、この石のせいだと分かる様な願い。
「うーん」
「何をそんなに考えているの?」
「いや願い事が叶うかもしれないけど、その分敗者が何かを失うと言われたら誰でもこんなに悩むよ」
何がいいか。
そういえば僕は優雨の事が好きだけど優雨は僕の事をどう思っているのだろう?
不意にそんな事が気になった。
まあ幼馴染だからそれ以上の感情は無いだろうと思っていたけど、でも今僕は優雨の事を異性として好きだ。
優雨はどうなんだろう?
その時、僕の願い事が決まった。
これなら優雨に被害が少なくて、なによりこの石の効果も分かる一番の方法だと思った。
「優雨。ちょっと耳を塞いでてくれない?」
「うん良いよ」
そう言って素直に耳を塞ぐ優雨。
僕は石に向かって願い事を言った。
「優雨が僕の事をどう思っているか知りたい。ただし、その気持ちを優雨が言ったら僕にその事を言った事を忘れさせてほしい」
すると石はまるで手品の様に消え失せた。
僕は、優雨の方を見ると優雨がボーと立っていたかと思うと、僕の方を向いた。
優雨の瞳に光が宿って無かった。
そして、
「直ちゃんの事ずっと前から好きだったよ。幼馴染としてではなく異性として」
と僕に語った。
それを聞いた時僕は、顔から火が出た様な気がした。
石の力とはいえなんか凄く告白されている気分だ。
言い終えると優雨の瞳に光が戻った。
「あれ? なんで私こっちの方を向いているの?」
「優雨。今言った事覚えてないの?」
「え? 何! 私何言ったの?」
「優雨の体重を教えてもらった。いやー優雨がそんなに重いなんて、僕ビックリだよ」
すると優雨の顔が赤熱した石炭ぐらい赤くなった。
「直ちゃんのエッチ!」
「良いじゃないか別に体重くらい!」
「うるさい! 直ちゃんのアホ!」
そう言って僕に手当たり次第、物を投げてきた。
「痛、痛いよ、優雨!」
僕は、願い事の事を優雨には明かさなかった。
それで良いんだ。
僕は優雨の気持ちが知れただけで満足だったから。
でもこのゲーム。
本当に勝者の願い事を叶える事が出来るなんて、なんかとても不気味な気がした。
後で、優雨の爺さんに聞いた話だけど。
あのゲームはアメリカに行った時に古道具屋で売っていたらしい。
今そのゲームは僕の家にある。
もしかしたらこのゲームで数多くの人が願い事を叶えたのかもしれない。
そんな事を考えるととても恐ろしい気がした。
他愛のない願いなら良いけど、もしこれが世界を震撼させるほどの願い事だったら敗者は、何を失うのか?
僕はこのゲームを物置の奥に隠した。
こんなゲームで願い事を叶えてもそれは本当じゃない。
そんな気がしたからだ。
今日も優雨と一緒に学校に通っている。
でも優雨から聞いた優雨の思いは言わない。
そして僕の思いもだ。
いつか、僕がその事を話せるくらい大人になったら優雨に告白しようと思った。
きっとそれが一番の正解だと思ったからだ。