6、公式を綴った聖典
中編「黒の帝国」に採用
その赤ん坊を守るために、三百人が死んだといわれた。その赤ん坊が十五歳まで成長するのを守るのに、八十万人が死んだといわれた。その赤ん坊をめぐって、大きな戦争が起きたのだといわれた。その戦争の死者は、二億を超えるといわれた。成長した赤ん坊はナギと名づけられた。
「わたしは偉いんだね。みんな、わたしのために死んでしまうんだね」
ナギはいう。だが、まわりの誰も表情をくずそうとしない。人類圏全体から集められた能力者たちは、一部の隙もなくナギを護衛しつづけていた。火を起こす能力、水を干乾びさせる能力、風を鎮める能力、命を蘇生する能力、死を付与する能力。さまざまな能力者が襲いかかってくる怪物たちからナギを守っていた。
ナギは風を鎮める能力者カナメと仲良くなった。
「子供の頃から戦争ばかりだったよ。わたしたち、ずっと逃げつづけてきたの。カナメもきっとわたしのために死ぬのね」
ナギはいう。カナメもナギのために命をかけることにためらいはしない。ナギのために死のう、そう心に決めていた。
そのカナメが怪物の手にかかって死んだ。蘇生は間に合わなかった。
「わたしのためにまだ人が死ぬの? いったい、どれだけの人が死ぬの?」
しかたがない。すべてはナギを守るためにだ。
「いい加減に教えて。いったい、わたしは誰なの?」
ナギがいう。
「あなたは、歴史上唯一の、死んだ星を生き返らせる能力者なのですよ」
護衛が答える。
そして、ナギの能力が目覚めた。
星が生き返った。
ナギの能力によって、何もなかった真っ暗な真空の宇宙に、一個の星が蘇ったのだった。それは、何億年も前に超新星爆発を起こして姿を消した恒星だった。さらに、それに付随していた古代文明を擁する惑星も蘇っていた。
ナギたちの乗る宇宙船が、古代文明の惑星へと着陸していく。
このためなんだ。このためにみんな死んでいったんだ。わたしにはできる。まだたくさんの死んでしまった星を生き返らせることが。ナギはそう思った。ナギには、真っ黒な星空が真っ白に光り輝く宇宙のように見えた。