3、混沌を司る原理のその向こう
長編「この神は脆弱だ」に採用。題名のみ、短編「神々に忘れ去られた世界」に採用。
ダクは自分の部屋で宇宙をつくる実験を行っていた。三日かかって組み上げた宇宙の材料をいっきに圧縮させる。うまくいけば、ビッグバンが起こり、ダクの部屋も、この惑星も吹きとばして、新たな宇宙が誕生するはずだった。
バキンッ。軽いにぶい音がして、宇宙の材料が一点に収縮する。失敗だ。宇宙はつくられず、ただの空間をもたない凍りついた一点になっただけで終わってしまった。もう数十回目の失敗だ。どうしても、ビッグバンは起こらず、空間が膨らまないのだ。失敗作である空間をもたない一点が何十個も部屋に転がっている。
ダクは文明の終焉を生きていた。人類は七百の異星種族を征服し、三万の異星種族と同盟し、二千万の異星種族を調査監察していた。人類の誰もがそうした異星種族の待遇を変える権限を平等にもっている。人類はあまりにも大きな力をもちすぎた。その力は、ちょっとした刺激で、激しく動きまわり、小さな諸世界を踏みつぶすほどに暴れまわるのだ。
人の心によって弱弱しく安定した物理力の均衡が文明の中心にはあった。誰かが気まぐれにそれを押してしまったら、人類圏すべてを歪める災厄が始まるのだ。重力ウィルス、対極時間転移、情報伝染、といった成功すれば宇宙を滅ぼしてしまうといわれる研究が人類の知恵の奥に禁断の科学として封印されていた。だが、富貴と知識を求める世の常で、幾度も封印は破られ研究がつづくのだった。
ダクはそうした有罪の研究者たちと同じく、文明の究極を目指す一介の探求者だった。目的は、一個の宇宙を創造すること。自分の力で宇宙をつくることができたのなら、この宇宙が滅んでしまっても別にかまわないと考えていた。ダクの思い描く頂点とは、宇宙を模索してつくりだすことだった。
ダクは今日も、何十個の空間をもたない一点を袋につめて出かける。この文明の終焉では、頻繁に世界の暴走を左右する事件が起こる。ダクだって、そんなものに毎日のように遭遇するのだ。
場所は、時間旅行者の公園だった。時間を忘れた一本の樹が広場に立っている。
「来たわね、平凡な創造神」
会うなり、オワリナの鋭い声が聞こえた。
「あたしは今まで十七年間生きてきたけど、この世界に何ひとつ価値のあるものを見つけられなかった。文明の最終地であるこの時代に生きているのに、ここには価値のあるものが何ひとつ転がっていない。きっと、この宇宙は何の価値もない空っぽなもので、人の文明は無駄な労力のゴミためだったのよ。もし、この宇宙がこんながらんどうのような味気ないものだというのなら、あたしはこの宇宙を滅ぼすわ」
オワリナは黒い服に木製の飾りを身につけていた。右手に、木製の転写器をもっている。きっと、あれが武器だ。
「あたしは時間を移動して、歴代の創造主たちを見てきた。この宇宙の創造主も、その前の創造主も、その前の創造主も、みんな、たいしたことないくだらないやつらだった。何度宇宙をつくっても同じよ。あなたも、創造神の系譜にくだらない失敗作を付け加えるだけで終わるんだわ」
広場には二人以外誰もいない。だが、いろんな監視装置が二人をじっと見つめている。
「おれはこの宇宙で最初の宇宙を創造する生き物になるんだ」
それがダクの夢だった。
「くだらない。あたしにだって、宇宙をつくろうと思えばつくれるのよ」
「嘘だろ。おれがこれだけ苦労してつくれないのに。できるなら、やってみせろよ」
「いいわよ。これで、この宇宙も終わりね。ぜんぶ、ふっとんじゃえばいいんだわ」
一瞬、オワリナの姿が消えた。オワリナは時間を移動して、この宇宙が誕生した瞬間にまで飛んだのだ。そして、右手の転写器で、宇宙創成のビッグバンをコピーした。
オワリナが現われたと同時に、転写器からビッグバンが解放された。爆発は、無から有をつくり、重力が生まれ、素粒子が生まれ、真っすぐには飛ばない光の海が膨らみ、一秒もたたないうちに元あった宇宙を吹きとばした。宇宙創成の大爆発が起こった。
ダクはこの大爆発の中、生きていた。ダクはこの宇宙の因果律からズレて存在することができるのだ。オワリナも、この大爆発の中、生きていた。ビッグバンの瞬間、別の時間に飛んで逃げたのだ。新しく生まれた宇宙の中で、二人は再び出会った。
「バカな。いったいどうやってビッグバンを起こしたんだ」
「ただのコピーよ。宇宙誕生の時間まで移動して、前の創造神のつくったビッグバンをコピーしてきたのよ」
「時間移動か。その手があったか」
「滅んじゃったわね。あたしたちの宇宙……」
目の前には、生まれたばかりの宇宙が急速にインフレーションを起こしていた。星が生まれ、崩れ、壊れていく。原初の宇宙だ。ここには、無数の星々を支配した人類帝国の姿はない。人類に管理調整されながら、迷走と反乱をくり返すたくさんの命はない。すべて、さっきの爆発で死んでしまった。虐殺が完了したのだ。
オワリナにもダグにも分かっていた。今、作られた宇宙がただのコピーだというのなら、この宇宙は前の宇宙の因果律をまったく同じようにくり返すのだということを。百三十億年後には、再び同じような生き物たちが誕生し、突然消滅するあの瞬間まで必死になって生きるのだろうし、再びオワリナそっくりの人間もつくられ、再びビッグバンのコピーを起こすのだ。
「おれはやっぱりおまえを殺そうと思う。おれはやっぱりそんな気分だ」
「罪を命で償うのね。やっぱりくだらない。宇宙を滅ぼしてもくだらない。何ひとつ価値のあるものなどないわ」
ダグは凍りついた一点を振りまわして、オワリナの頭に当てた。オワリナの頭はべちゃっと砕けて、そのまま死んだ。
ダグは新しく生まれた宇宙の中にあって、どうやって元の宇宙を再生しようかと悩んだ。もし、宇宙が再生できたら、オワリナを生き返らせてやろうと、そんなことを思った。