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緋色の月  作者: 北城 十
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第一夜 廻り

 星も月も、地上の暗さなどものともせずに輝く夜。近頃は夜通し人を誘う建物の明かりで薄らぐことの多い小さな夜の火も、その日は冴えて煌めいていた。

 コンクリートの高い壁の間を、闇に浮く金糸の髪は帽子に隠し、夜闇に紛れる黒のコートをはためかせ進んだ。密に張り巡らせた電線の、月明りに影となるシルエットが金属の美しさにも似た美を持ってレヴェットの目に映った。

 汚い汚いと文句を言いながら、やはり心打たれるものがこの世にはある。自分がいくら壊したところで、この世が損なわれるようなことなどないのだろう。

 日々の糧を手に入れるために始めた殺し屋稼業も、いつのまにか板に付いてしまっていた。隠れて気配を殺すのはもともと慣れたものだったし、殺せば金が手に入る。そして、なによりも血が手に入る。レヴェットには血が必要なのだ。彼は血を糧に生きる生き物だから。依頼されたターゲットを殺し、その血を啜った。

 今日も。

 月の世界にしか生きられない、訳ありな彼が安心して暮らすには、同じように訳ありな者の中で他と深く交わらずにいるのが一番だった。孤独だけがレヴェットの心を刺す。罪悪感は湧かなかった。それは生きるためであり、彼がそれまでに受けてきた数々の冷酷な仕打ちに対する復讐の意味も含んでいたから。自分が孤独であり続けなければならないことへの、悲しい怒りの思い。

 帰る道を急ぐ必要はない。帰りを待つ者もいなければ、追手もいない。月の仄かな明かりの中、涼しくはあるがどこか熱気と湿り気を帯びた風を感じながら、レヴェットは孤独な夜を歩いていた。

 人影がある。

 寝こけた酔っ払いが路上でノビていることはしばしばあるので、道端で人影を見つけるのはおかしなことではない。しかしその人影にレヴェットは心を奪われた。

 酔っ払いではない。傷ついた少年の体。人形のように手足を投げだし、不衛生な地面に座り込んでいる。

 何か得体の知れない物が胸を締め付ける気がした。レヴェットにはその少年に声をかけないでいることはできなかった。見えない糸で操られているかのように、もしくは敷かれた道が一本しかなかったかのように。そうなる未来以外自分には用意されていないように感じた。


「君は、何をしてるの?」


 馬鹿らしい質問だ。この状況では座っているのに、たいした意味などないだろうに。

 レヴェットには幸運なことに、少年はその声に反応した。ゆっくりと少年がレヴェットの顔をとらえる。本当にまだ幼い顔。六・七歳くらいであろうか。


「……待ってるんだ」


 その答えにレヴェットは微かな胸騒ぎを覚える。どこかで聞いた。同じことを言う声を、彼はどこかで聞いたことがあった。


「……誰を?」


 少年は答えず、俯いた。指先を擦り合わせるのは寒さのためなのか、迷いの表れなのか。それは分からなかったが、ただ少年は俯きその指先を見つめていた。

 その光景が何かに重なる。かつて同じ受け答えを聞いた。それは大切な思い出であるはずなのに、思い出すことができない。

 朝も夕も遠い闇の中で、少年の髪は鮮血の色で輝いている。それでも夜の似合う顔は、やはり孤独の色を滲ませていた。


「……でもいいや。もう諦める」


 少年は何かを棄てたように力無く言った。


「何故?」

「待ってるのは馬鹿だから」

「じゃあ探そう。僕と……」


『じゃあ探そう。俺と』


 少年は探るようにレヴェットの紫の瞳を見つめた。レヴェットがかつて黒い男にしたように。

 少年の目はキラリと輝けば銀にも見える灰色で、小さな二つの星のようであった。


「一緒に?」

「そう」


 答えながらレヴェットは少年の体を抱き上げた。軽く、骨張った体。小さく、はかなく、愛おしい者。

 何の疑念も抱かず、ただ一心に見つめる瞳が欲しかったのだといつか言われた。

 少しずつ形をなしてゆく記憶に戦慄した。


「名前は?」


 しばし悩むような間があった。それでも、少年も同じ選択をする。


「……コール」



『名前は?』

『……』


 思い出す、憎むべき大切な人。

 同じだった。


『レヴェット……』


 同じ廻りでも、行く先は変えるから、とその細い体を抱き締める。傍にいると。

 そんな言い訳の中、レヴェットは黒い男の影を見つめていた。


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