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魔法歩兵 ミリタリ☆しんしあ!

作者: ジェガン


 朗々と周囲に響き渡る笑い声が空へと消える。かの日の私の目の前には、朗らかな笑みを湛えた金髪の少女が佇んでいる。

 私も彼女に笑みを向け、互いに手を取り会話に耽る。今日は何をして遊ぼっか。ねえシンシア、お外で遊ぼう。ねえスターフ、おままごとしよう。ぶつかる意見に、対立はない。ただ思い思いにやりたい遊びを、口にし合っているだけに過ぎない。どちらの遊びを選んだとしても、どっちも楽しいことを知っているから。

 公園で疲れ果てるまで遊んだ後は、二人手を繋ぎ家へと帰る。今日は特別、スターフの家にお泊まりする許可をお母さんから貰ったのだ。

 スターフと顔を合わせてえへへと笑う。互いの家にお泊まりするのは勿論初めてではないが、その嬉しさが右肩下がりになる事はない。

 よーい、どん! 突然帰路の途中にスターフが叫び 、家の方へと走り出す。私がぽかんとしていると、置いてっちゃうよ、と声がかかる。そうはいかない、私も走って彼女を追う。早くスターフの家に行こう。時間はたっぷりありはするが、遊びたいことはもっとある。

 だから行こう、少しでも早く家に着こう。いつもは苦手な駆けっこも、スターフと一緒なら楽しめる。そう考えると、足取りはいつもより軽やかな気がした。

 私達に原風景があるのだとしたら、この光景がまさしくそれに違いない。

 これは在りし日の理想郷。今は失くとも、互いの胸に秘め置かれた、褪せる事のない無二の夢。例え何があろうとも、私達がこの記憶を忘れることは決してないのだ。





 硝煙の中、何かが致命的なまでに狂っているのが朧げながらに認識出来た。吸い込んだ灰燼は肺を焼き、煌々と照り付ける陽光は地に揺らめく陽炎を生み出し肌を焼く。

 しかしそれから逃げることは叶わない。進むも地獄、引くも地獄。今置かれた状況は、寸分違わずまさにそれ。

 それならば、進んだ方が幾分かマシだ。少なくとも、味方に背中を撃たれることはないのだから。

 マガジンポーチに収納してある、6.38mmライフル弾が30発装填された弾倉を引き抜き、MAR-42ライフルのマガジンハウジングに押し込む。

 MAR-42は実に優れたライフルである。中口径の6.38mmライフル弾を使用するこの銃は、威力や堅牢性こそ8.04mmライフル弾を使用するAAW-12に劣るものの、その精度や射撃時の安定性は目を見張るものがある。十二分に命を預けるに足るライフルだ。

 マガジンハウジング上部に存在するレバーを、ボルトを閉鎖し、弾丸を装填させるために手の平で叩く。弾丸が無事薬室内に収まった事を確認すると、銃口は窓の外へ向け、単発で敵の潜んでいそうな場所にライフル弾を撃ち込んでいく。


「畜生、シンシア!」


 81mmの砲弾が織り成す飛び切りの楽章の中から、戦友のよく見知った声が聞こえてきた。

 自分が篭る家屋に飛び込もうとこちらへ走る、粉塵を頭に被りながらもなおその輝きを失わぬ金髪の少女の名を、スターフ・パーコスという。

 始めて戦場で銃を握った時から、いや、物心ついた頃から自分の背中を守ってくれた、相棒と表現するには役不足な程頼りになる戦友だ。彼女の危機を救ったことは数知れなく、彼女に命を救われたことは両手両足の指を全部使って数えたって足りやしない。

 こちらに走る彼女へのせめてもの援護のために家屋の窓から顔を出し、向かいの平野に煌めく発砲炎に向け、単発でMAR-42ライフルの銃爪を数度引く。

 肩をマイルドに叩く銃床。撃発された弾丸は敵を穿つことこそないが、敵の頭を下げさせるのには十分であった。

 彼女が小屋に転がり込むのと同時に頭を下げると、一秒前まで自分の頭が存在した空間を、8.04mmライフル弾が抉る。冷や汗すらもかかない。この程度のこと、一体今まで何度経験したやら。


「どうした、スターフ!? お前と組んでたのはキリアとシアンナだったな、奴等は!?」


 銃声と迫撃砲の炸裂音に支配されたここ戦場では、声を張り上げないと例え十メートルも離れてない状態でも相手に聞こえることはない。

 スターフも喉を震わせ、状況説明をせんと声を張り上げる。


「死んだ、迫撃砲に家の壁諸共吹っ飛ばされて! 偶然離れてた私だけが助かった!」


 知らずの内に、クソ、というぼやきが漏れる。さっきから絶えず聞こえてくる81mmの炸裂音の内の一つは、どうやら彼女等の潜む家に直撃したものだったらしい。

 寄せ集めの魔法少女、消耗品"エクスペンダブルズ"とまで揶揄され後ろ指を指される者達が集められたこの部隊で、隊員が命を落とすのはそれこそ日常茶飯事だ。同じ釜の飯を食った仲間が死んだとて、もう感傷に振り回されることもなくなった。

 確かに味方が死んだのだろう。だが、それがどうしたというのだ。気にするべきは、その二名の欠損による部隊の戦闘能力の低下のみである。

 懲罰部隊として成り立っているこの部隊は、決まって前線も前線に送られる。兵站さえ確保されぬ状況で戦いに駆り出されることもザラだ。

 そして何の因果か、その中でしぶとく生き残ってきた私は、一年前にこの部隊の隊長に任命されることとなった。

 栄光と言うべきか。十代半ばに差し掛かったばかりの少女が小隊長に任命されるという異例の昇進。そう、これを名誉と言わずして何と言おう。


 ……嘘を言うな! 猜疑に歪んだ暗い瞳がせせら嗤う。

 とどの詰まり、それはこの地獄の部隊に骨を埋めろということに他ならない。体の良い厄介払い。死ぬまでこの部隊を指揮していろという、首に縄を掛けられた状態でのご褒美の餌。その餌は、今にも信管を咥えんとする不発弾に寸分違わないのだ。

 成る程、自分の代わりは幾らでもいるのだろう。何しろ、人員に困ることはない。戒律を破った馬鹿共が、阿呆面下げて毎日のように懲罰部隊に送られてくる。

 畜生。死んでたまるか。そう胸に刻んだ日すらも最早懐かしい。今自分が覚えているのは、銃把の感触と硝煙の匂い、ただそれだけ。ならば、自分には戦うことしか出来やしない。

 スターフが自分の左手に位置する窓から、先刻ライフル弾を頭に受け即死したヘレンの8.16mm軽機関銃を貰い受け、3、4発を断続的にフルオートで射撃するのを横目に、部隊員へと無線を介して怒鳴りかける。


「こちらシンシア、キリアとシアンナ、及びヘレンがやられた、状況確認!」

『こちらリィナ、ミリア、イザベラ、セルマ、総員無事です!』

『カミラです、クレメンスとリリスは生きていますがイーディスは死にました!』

『こちらキャンヴェラ、カークランド、ファウラーは生存、ザヴィアーが負傷!』

『ヒルダだ、フェリシア、エスター、マルティナ、全員ピンピンしてる!』


 次々と矢継ぎ早に聞こえてくる応答。この小隊は20人の魔法少女からなる小さな部隊である。その内の五人が戦死とくれば、普通の部隊なら撤退を余儀なくされる。

 しかし、自分達の任務内容には撤退の二文字は記されていない。にも関わらず、この戦場の勝敗は、戦略的にも、戦術的にも趨勢に左右する類のものではない。何故だろうか。

 その答えは実に簡単だ。この戦闘は言うなれば、威力偵察のようなものだ。しかし、自分達と相対しているのは、ブリーフィングによれば傭兵の寄せ集めの外人部隊である。そんな部隊の情報を手に入れたとて、大した価値のある情報ではあるまい。自分達も敵も、両軍にとってはトカゲの尻尾に過ぎないのだから。

 この長期化し、停滞した戦争の中でも、外聞の為に戦闘を行う必要があるのは当然だ。ろくに戦闘も行われていないのに、自分達の払う血税が終わらない軍備拡張に使われていると知れば、国民の不満は言わずもがな爆発する。

 だが、たかがガス抜きのプロパガンダの為に正規軍を消耗させるのでは意味がない。それが故の私達。失くしたところで構いはしない、失って当然の消耗品。自分達が全滅すれば、誰かが悲しんでくれるのだろうか。

 きっと誰かが悲しむさ。明日の朝刊の隅に小さく、犠牲者の名前と勇敢に戦った果ての散りざまが載せられるに違いない。それを見た者は、朝食を食い終わる間程度ならば悲しんでくれるだろう。きっとそうさ、だから戦おうじゃないか。

 畜生、と、もはや懐かしい何度思考したかも忘れてしまった問答に頭の中で雑言を叩きつけ、憂さ晴らしにトカゲの尻尾を切ってやろうと、ちらちらと光る発砲炎に向け銃爪を引いた。消耗品同士、戦場でくらい楽しく踊ろう。



 ……おかしい。その疑問が確固たるものに変わったのは、敵の81mmの炸裂音が五十を軽く超え、八十に達した頃だ。たかが外人部隊にしちゃあ、随分と装備が潤沢じゃないか。

 81mm迫撃砲が外人部隊に配備されるのはままある事だ。自分達も部隊員全員、81mmの扱い方くらいは熟知している。

 しかし、幾ら何でもここまで惜しみなく弾薬を浪費出来る筈がないし、そもそも支給される訳がない。


「ヒルダ、気付いてるか!」

『そりゃ勿論!奴等、正規軍の連中かもしれん!』


 ヒルダ・ボールドウィン。彼女はこの部隊に入って三ヶ月程度しか経過していないが、彼女の入隊直後、私は迷わず彼女を副小隊長に指名した。その理由は偏に、彼女の有能さにある。

 以前は第三機甲大隊の元で小隊長をやっていたらしく、その指揮能力は卓越しているのだ。しかし、大隊長の無茶な命令に反発しその頬を張り、その結果としてこの部隊に追いやられたらしい。が、今となってはこの部隊の荒々しさが気に入っている、とは彼女の弁だ。

 彼女は21歳と、この部隊の中でも最年長であり、恐らく、いや、間違いなく小隊長の私よりも彼女の方が部隊員に信頼されている。まとめ役、と表現するに相応しいだろう。


「私もそう思う、幾らなんでも外人部隊がこんなに奮発出来る筈がない!」

『それじゃあ一体どうするってんだい、このままじゃ皆犬死にさ! 敵中突破するとでも!?』

「ああそうだ!」

『自殺癖に付き合っちゃいられないよ、全く!』


 無線機から聞こえてくる、呆れたような、怒ったような彼女の声。いつも飄々としていた彼女も狼狽する事はあるのだな、と無意識に頬が緩んだ。

 ……最後に笑ったのは、いつ頃の話だっただろうか。


「安心しろ、自分だけで行く! その間の指揮権をお前に託す!」

『ハハ、傑作だ! どうやらウチのちびっ子隊長は英雄願望をお持ちらしい!』


 こいつ、いつもの事ながら人の身体的特徴を良くもあげつらってくれるものだ。その怒りを声に込め、一層強く声を張り上げる。


「茶化すな! 本隊は狙わない、さっきから蝿みたいに煩く迫撃砲を撃ってるズベ公を殺しに行くだけだ! 小遣い握ったガキでも出来る!」

『了解! 期待してるよ、死神シンシア!』

「くたばれ!」


 死神シンシア。幸か不幸か、どれだけ味方が死んだとしてもしぶとく生き残ってきた私に付けられた、安直極まりないあだ名だ。今時ジュニア・ハイスクールの男子学生だってもっとまともな名を思いつく。

 しかし、それならば私と同時に入隊して今まで生き残ってきたスターフにもその名前が付けられてもいいだろうに。隊長ってのはいつも貧乏くじばかり引かされる。


「スターフ、聞いていたな! 今から私はこの喧しく迫撃砲を撃ちまくってるいかれぽんちの腐れ売女共をぶっ殺しにいってくる! お前はここを死守しろ、OK!?」

「OK!」


 援護を頼む、と彼女の肩を叩くと、了解、と快い返事が返ってきた。頼もしい、それでこそ戦友ってもんである。

 開け放たれた小屋のドアから外を伺う。幸運だ。ちょうどドアを出た先に、敵のいるであろう平野を横に舐めるかのように森が伸びている。

 スモークグレネードは生憎持ち合わせがないし、魔力弾を地面にぶち当てて砂塵を巻き上げるにしても、いかにも派手で注意を引いてしまうだろう。

 森まで約100メーター、推力操作加速魔法を使えばあっという間に辿り着けるだろうが、元々私の魔力量は少ないのに加え、適性者が少ない魔法であり、奇襲性に優れるというまさに虎の子と言うべきジョーカーは、ここではとても切れよう筈もない。

 ならば、走って行くしか道はないだろう。スターフに目配せをする。撃て、撃て。それに彼女はこくりと頷くと、窓から上半身を乗り出し、猛然と軽機関銃を連射し始めた。


「走れ、行け!」


 彼女の雄叫びを背に走り出す。部隊一の俊足を見せてやろうじゃないか。100mを12.8秒で走り抜けられる自分の足を信じ、前へ、早くあの森へと辿り着かんと無我夢中で走り続ける。

 銃弾は飛んでこない。スターフがうまく抑えてくれているのだろう、やっとの事で森に飛び込む。今の走りは自分がついぞ超えることのなかった12.5秒の壁を超えられた気がした。

 息を整えがてらに、先程までいた小屋の中を伺うと、こちらにガッツポーズを向けるスターフの姿があった。こちらもガッツポーズを返すと、迫撃砲部隊を皆殺しにせんと森の中を進んでいった。



 息を潜めながら敵の本隊らしき部隊を横目に進み、暫くの頃合いである。いよいよ砲声が近付くにつれて、段々と雨粒が肩を濡らすようになってきていた。降り過ぎも問題だが、多少の雨なら奇襲に有利に働くだろう。

 この細長い森にも終わりが見えてきた。腰から双眼鏡を取り出すと、森の端へと匍匐でにじり寄っていく。遠目には6人の兵士が、三門の迫撃砲を用い攻撃を行っている。

 糞共め。双眼鏡を覗いてみると、知らずそのぼやきが口から漏れた。奴等の装備はどう見たって正規軍の物だ。アレが外人部隊に見えるってんなら、そいつの節穴じみた目玉には、私達が王宮近衛騎士団に映ってしまうに違いない。

 奴等の後ろに山よ川よと積まれた弾薬は、81mmがゆうに200発は置いてある。その内の一発が可愛い可愛い部隊員の糞ったれどもに止めを指す前にさっさと片付けるべきだろう。MAR-42ライフルに銃剣を着剣し、装甲魔法を展開する。

 身体の前面を、鈍色の金属じみた魔力製の装甲がカヴァーしていく。頭、胸、腹、腰、腕。戦闘において急所となり得る部分だけで良い。他の魔力リソースは、出来る限り加速魔法に割り振りたい。

 装甲展開を終えると、いよいよ推力操作加速魔法に取り掛かる。十二分な魔力をつぎ込めば、時速100km程の速度はゆうに出せるだろう。

 推力を操作し、加速は最大に、空気抵抗を軽減――身体が軽く地面より浮く。全ての工程が終わった。後は、奴等が迫撃砲の砲弾を再装填する隙を突いて突撃するだけだ。

 特徴的な迫撃砲の砲声が響く。奴等は積んである迫撃砲弾を手に取り、いそいそと再装填の手順を踏んでいく。良し、今しか無い。

 立ち上がり、推力を自在に操作する。前方から空気を取り入れ、後方へと押し流す。その際に漏れ出る、特徴的な音が耳に快い。足は動かさず、地に足が付いた状態で――地面から数ミリ程度靴裏は浮いているが――滑るように、僅かな遮蔽物に身を隠しながらも奴等へと接近していく。最初はゆっくりと、段々と早く、自分と迫撃砲部隊の距離が詰まっていく。

 700ヤード、600ヤード、500、400……。350ヤードを切った頃だろう。やっと奴等のうちの一人が私に気づき、慌ただしく足元の銃を拾おうとする。間抜けめ、その油断が命取りだ。

 ライフルの銃床を肩付けし、セミオートで五、六発の弾丸を、しゃがんで銃を拾おうとしている間抜けに叩き込む。血飛沫が舞い、倒れ伏す敵兵。三発命中、上々だ。

 更にスピードを上げながら、その奥で驚愕に目を見開いた、先程まで私が撃ち殺した兵士と共に迫撃砲を撃っていた兵士にも弾丸を撃ち込む。胸と頭の両方に一発ずつ弾丸を貰った兵士は、無様にも倒れるしかない。

 残りは四人、距離は150ヤードも離れていない。視界の端でライフルを構えた兵士を捉えると同時に、横に滑るかのように旋回する。先程まで自分がいた所を、フルオートで撃発された弾丸の雨が通り抜けていった。


「糞ッ!」


 追尾してくる銃口に辟易しながらも、胸中に湧き出る弾丸への恐怖を押し殺し、円を描くように接近する。どうせ奴は直ぐに弾を撃ち尽くすだろう。戦場においてフルオート射撃を用いるのは、余程の事がない限り厳禁だ。それが許されるのは機関銃手か、映画の中のアクションヒーローのみである。

 しかし奴はそのどちらでもないのに関わらず、恐怖におののきながら銃爪を引き続けている。新兵にありがちな、銃爪依存症。間抜けの印だ。あれでは直ぐに弾丸を撃ち尽くし、無防備な姿を晒すことになるだろう――そらきた。

 ボルトが空の薬室を叩く音が微かに響くのと同時に、間抜けな新兵に対し直線の最短距離をもって接近する。彼女の恐怖に歪んだ顔を仰ぐのと共に、腹部に銃剣を突き立てた。たちまち彼女の端整な顔は苦痛に歪み、その手からライフルが零れ落ちる。

 意識を失い、折れた百合のように力の失せた彼女の首筋の向こうには、戸惑いながら短機関銃を構えた兵士がこちらを睨む姿が見えた。丁度気を失った彼女が盾となっているのだ、実に都合が良い。

 彼女の腹部に銃剣を突き立てたままセレクターの位置を"余程の事"が故にフルオートに設定し、銃爪を引き絞る。ライフル弾は人体を安々と貫通し、その背後にいる短機関銃を構えた兵士を穴だらけにした。

 周囲に飛び散る肉片と大漁の血液のむせ返るような臭いに思わず顔を顰め、銃剣に刺さったまま目も当てられない惨状を晒している兵士の腹を蹴り飛ばす。銃弾が人体を貫通する時に生じる瞬間空洞によってずたずたにされた彼女の腹部からは、ろくな抵抗もなく銃剣を引き抜くことが出来た。

 残りの二人に対しても銃口を向け、銃爪を引く。が、弾丸が発射されることは無い。ライフルから聞こえるのは、撃針が虚しく空の薬室を叩く音。ホーリーシット、神様を一生恨んでやる。自分は先ほどの間抜けと全く持って同じ轍を踏んだのだ。踏んでしまったのだ。紛れもなく、弾切れであった。

 二人の兵士は雷に打たれたように、それぞれの手に収まる拳銃と短機関銃を乱射し始める。


「――畜生!」


 ライフルを捨て、咄嗟に横っ飛びしながら、左手でレッグホルスターのナイフを引き抜き短機関銃を持った兵士に無我夢中で投擲する。それと全く同時に右手でも拳銃をホルスターから抜き、ろくに照準も合わせぬまま銃爪を何度も引き続けた。

 身体が地面に着地すると共に、スライドが下がり切って薬室が開放されている拳銃にすぐさま新しい弾倉を装填し、敵に狙いを定めんと銃を前に突き出す。しかし、敵の銃声が聞こえてはこない。

 怪訝に思い、警戒を怠らずにゆっくりと立ち上がってみると、その理由が良く分かった。そこには、眼窩にナイフが突き立った兵士と、上半身が穴だらけの兵士の亡骸が二人仲良く並んで地面に伏せっていた。

 嗚呼、全く持って運が良い。あんな体勢で苦し紛れに放った攻撃が功を奏するとは。彼女の目からナイフを抜き取ると、その先に刺さった眼球と何であるか想像したくない液体を彼女の服で拭い、腰のナイフホルダーに収納する。

 安息して立ち上がってみれば、右脇腹に鈍い痛みが走った。何だと思い見てみると、腹部装甲に拳銃弾が着弾し、装甲がひしゃげていた。貫通はしていないようだ、軽い打撲程度だろう。腹部装甲を開放してみれば、青黒い痣が出来ていた。

 と、その時だった。足元の土が、何か高速の物がぶつかったかの様に弾け飛んだ。その直後に聞こえてくる、8.04mmライフル弾の銃声。

 本隊に気付かれたか! 見れば、数人の兵士がこちらに向け銃撃を行っている。交戦するか――いや、無理だ。この地面に倒れた六人を自分一人で制圧出来た理由は、その攻撃が奇襲だったという点が大きい。この状況じゃ万に一つだって勝ち目はない。

 急ぎ回頭すると、先程まで自分が潜んでいた森に向けて退却する。出来ることならもう魔力を使いたくはないが、出し惜しみをして死んでしまっては冗談にもなりやしない。装甲魔法に割いていた魔力を全て加速魔法に注ぎ込んで、一秒でも早く森へと飛び込む。

 背後から飛来する弾丸は、ついに私の身体を穿つことはなかった。無事に森の中に隠れられたことに安堵し、溜息が漏れる。


 ――直後。何とも知れぬ耳を聾する轟音が、天を貫かんと轟いた。


「ウゥア……!」


 驚きも後に置いてきて、思わず地に伏せ、耳を塞ぐ。身体に染み付いた癖とは恐ろしいものだ。無意識の内に、鼓膜が破れるのを防ぐために口を開けていた。砲撃によって生じた衝撃波は、たとえ耳を塞いでいたとしても、鼻から体内に伝わり、そして鼓膜を容易に傷つける。しかし口を開ける事によって、衝撃波に逃げ場を作ることが可能なのだ。

 しかし、それだけで衝撃波の影響を受けなくなる、などという都合の良い話がある訳がない。天を貫き、地を鳴動させ、そして私の身体を蹂躙する衝撃は、確実に私の平衡感覚を奪っていく。

 八秒に一つ程度か、衝撃は規則正しく発生し、頭の中を掻き乱す。込み上げる嘔吐感の中で、轟音の中から時折聞こえる特徴的な甲高い砲声が、この衝撃が143mm榴弾砲のものだと自分に知らせた。

 しかし、どうにもおかしい。143mm榴弾砲は、私達の軍が主に使用している榴弾砲である。しかし、その榴弾砲が何故この戦場に投入されているのか。自分達の援護だなんて考える能天気な頭などしちゃいないが、途切れ途切れの意識の中でその疑問が頭の中をぐるぐる回った。


 砲撃が始まってから五分程度が経っただろうか。いつになっても次の砲撃音が聞こえぬことに気付くと、恐る恐る顔を上げる。周囲に音はない。警戒しながら、ゆっくりと立ち上がる。足が震え、平衡感覚は最早ないにも等しいが、何も立てないというまでじゃない。

 頭の中で、聖皇陛下大聖堂の釣鐘を、ハンマーでぶん殴っているかのような音がぐわんぐわんと響いている。


「ああ、クソッ」


 どうやら本当に砲撃は止んだらしい。一体何だってんだ、この戦場は不確定要素が多過ぎる。先程までの砲撃の間隔から考えると、投入されている榴弾砲は四門。恐らく、第三砲兵大隊指揮下の砲兵中隊のものだろう。

 いや、そんなことはどうでも良い。さっさと味方の元へ戻ろう。スターフの奴、この砲撃に目を回してぶっ倒れているかもしれないな。その想像が現実のものであるような気がして、小さく笑った。

 森の中を、進んでいった。

 

 いざ森を抜ける。眩暈がする。まださっきの酔いが残っていやがるらしい。眼前の光景に苦笑し、目を二、三度擦り、手に付いていた泥が目に入った事に涙が流れ、その涙を拭い、その光景に絶句した。先程まで部隊の連中が潜んでいた小さな集落が、なくなっていた。目の前に広がるのは何個ものクレーターと、何かが崩れたかのような瓦礫ばかり。

 何でこんな所に空き地があるんだ、出てくる場所を間違えたかな。――そんな筈はない。ここは、つい30分前には戦場になっていたあの集落に間違いはない。

 現実を見ろ。空想に逃げるな。自らに喝を入れるが、はは、しかし、さっきの砲撃のせいで足がもつれて仕方がないんだ。三半規管の不調のせいで、まともに立てやしないんだ。

 自ずと膝から力が折れ、抉れた地面にへたり込む。どこか冷静であった意識の片隅が、このクレーターは143mmで出来るそれにくりそつだと教えてくれる。あいつらはどこに行ったんだろう、先に帰ってビールでも飲んでいやがるのか。周りを見渡してみると、周囲には何も無い事が分かる。先程までピーチクパーチクと喚いていた敵の皆様がいた所も、何時の間にかでっかいクレーターが出来ていた。ふと足元に、ドッグタグが落ちているのに気付いた。拾い上げてみると、酷くひしゃげている。何か赤黒い液体のようなものがこびり付いているので袖で拭ってみると、そこにはヒルダ・ボールドウィンと刻まれている。

 ヒルダめ、落し物をするとは珍しいな。後で届けておいてやろう。――畜生! ドッグタグを強く握り締める。違うのだ。ヒルダは死んだ。他の皆も。また、私だけが生き残った!

 ドッグタグを握った手で、強く地面を叩き付ける。手を襲う鈍い痛みが、薄く取り繕われた精神の殻を割っていく。何が味方の戦死には慣れた、だ。それならば何故、今ここでこれ程までに苦悩している。

 戦いにはもう飽きた。味方の死はもう見飽きた。何故自分だけが生き残る。何故自分だけが死ねぬのだ。何故だ、何故だ、何故だ。自分がいなければ、彼女達は助かったのだろうか。腰から拳銃を取り出し、銃爪に指をかける。

 このまま頭に銃口を突き付け、銃爪を引いたならば楽になれるだろうか。彼女等より多少死ぬのが遅れたとして、そう変わるものでもあるまい。天国や地獄など信じたことはないが、もしあったとしたならば、私は間違いなく地獄行きに決まっている。

 だが、これだけは断言出来よう。地獄がどういう場所かは知らないが、ここよりはマシに違いない。拳銃のセイフティを外す。さて、どうしようか。このままこの世にサヨナラするか――突然肩を掴まれた。

 半ば無意識に肩を掴む腕を手に取り、全身の重心を移動させながら、膝立ちの状態から肩を掴む不届き者を背負い投げる。無様にも背中を地面に打ち付け、潰れたカエルの様な声を喉から捻り出した阿呆の頭に拳銃を向ける。一体誰だ、敵か、それとも――


「――――スターフ?」

「随分と荒々しい挨拶ね。ご機嫌麗しゅう、クソッタレの暴力女め」


 スターフが、そこにいた。大の字に倒れたまま半目でこちらを睨みつけ、聞き馴染んだ軽口を吐くスターフが、そこには、いた。

 クソッタレ。このあばずれめ。畜生、クソボケ、マザーファッカー。おたんこなすの、馬鹿女。……死んだとばかり、思っていた。

 枯れた涙が、溢れ出る。……死んだとばっかり、思ってた――!


「……え、ちょ、何泣いてんの!?」

「ぐ、くそ、この馬鹿、間抜け。何、当然のように生きて帰ってきてやがるんだ、この馬鹿――!」

「――ああ、そういう事。ごめんねー、心配してくれたんだー?」

「煩い、喋るな、ニヤニヤするな! 死ね!」


 スターフが生きていた。その事実を知った途端、身体に力が漲ってくる。そうだ。こんな所で死んでなどいられない。この戦争を、彼女と一緒に生き残る。そんな約束を忘れていたなど、自分の頭はどうかしている。

 そうだ。そうさ。元より自分達は、互いと生死を共にするのを、軍に入軍した時から覚悟している。彼女が生きている内に、戦場で死ぬことなど許されないのだ。歪な依存関係であるが、戦場で生きるにはそれくらいのほうが丁度良い。

 交わす軽口の応酬が、いつものものより何故か新鮮に感じられた。腕の中のドッグタグを握り締める。散った彼女等の命を糧に、この戦争を生き残ろう。スターフと共に、生き延びるんだ。



 翌日の新聞の売り上げは、近年稀に見る程であったという。常日頃から購読している新聞を読んでいると、胸糞が悪くなり、手に持った新聞を放り捨てた。

 その新聞の一面記事には、こう書いてある。第三砲兵大隊が、敵の正規軍を打ち破る。載っている写真には、いつぞや見た光景、いつの物だったか、そう、昨日だ。それをバックに、143mm榴弾砲と共に複数人の兵士が肩を組む姿が写っている。

 記事には戦闘の様子、砲兵中隊の奮戦ぶりが事細やかに書いてある。いかに敵が強大で、いかに敵が残虐で、いかに勇猛に砲兵達が敵を打ち破ったか。この記事だけで一大スペクタクル巨編が書けるに違いない。有名スターを起用した映画だって上映される事になるかもしれない。

 兵士達が祖国の為に戦った、晴れがましい英雄譚。いつの世だって、そういう題材は人々に好まれ、後世まで語り継がれていくだろう。

 ヒルダ・ボールドウィン他十八名の名は、新聞のどこを探しても、見つかる事はついになかった。





―――とある研究者の手記


 シンシア・リヴィング。現在は17歳の少女だ。10歳の誕生日に魔法少女の適性試験を受け合格したのが、彼女の軍歴の始まりである。最初の2年は模範的な魔法少女として軍で過ごすも、12歳の時に部隊の仲間を殺した罪で、それに加担したスターフ・パーコスと共に懲罰部隊に送られた。

 彼女の異常性が露わになるのはそれからだった。彼女は、どれ程危険な戦場においても戦死する事はない。陽動として敵の航空基地に一小隊で攻撃を仕掛けた作戦でさえも、彼女と他少数だけが生きて帰ってきた。

 それだけなら強運の一言で済ませられるが、それが二度三度、それどころか十数度にも渡れば不信の念も湧いてこよう。

 内通を疑い、彼女の動向について諜報員が探ったことは何度もあるが、その度に報告書には不審な行動は無しと記されて返される。

 軍はその異常な生存能力に興味を抱き、彼女をその懲罰部隊の隊長に任命し、そして更に過酷な戦場に送ることを繰り返した。しかし、彼女は当然のように帰還する。

 最早部隊には彼女が部隊に入隊した当時の兵士は存在しない。その全てが懲罰期間を終え除隊したか、若しくは死んだ。彼女が入隊したのと同時に入隊した彼女の友人、スターフ・パーコスは、彼女が隊長に任命されてから始めての戦闘で戦死している。105mm榴弾砲が直撃し、骨も残らない状態であったという。

 このような興味深い話も聞く。彼女の部隊に入隊させられ、懲罰期間を無事生き残り除隊した者の話によると、彼女は時折、一人でいる時に限って、誰もいない空間に対して親し気に話ている姿を偶然通りかかった部隊員に度々目撃され、酷く気味悪がられていたという。

 その折、相手の事を「スターフ」と呼んでいたとその者は証言したらしい。そう、既に戦死した彼女の友人の名である。

 一種のPTSDによる幻覚と推測されるが、不死の肉体、いや、語弊があるか。死神に見放された運命――研究者たる者、運命という抽象的な表現を用いるのはあまり褒められる事ではないが、ここでは敢えてこう表記させていただく――を持っているとて、精神は人間と同じく脆く崩れやすいということだろうか。

 さて、長くなってしまったが、では、この言葉で終わらせていただこう。"彼女の目には一体、何がどう映っているのだろうか"。研究者として、これ程研究意欲を沸き立たせる題材はない。

 彼女は今も死なぬまま、銃を握って立っている。


 (了)


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