旅館の怪音
私の同僚から聞いた話。
同僚の名前を仮に名前を仮に恭子さんとする。
恭子さんは60代の女性で、ある日学生時代から仲の良い友人、全て女性7人の計8人で観光地近くの旅館に宿泊することにした。
部屋は4人と4人の隣同士、401号室と403号室だった。
よくある話で402号室は4と2で語呂合わせで【死】を連想させることから欠番になっているようだ。ちなみに恭子さんは401号室である。
久しぶりの再会に話が盛り上がった。大露天風呂に入り、土地の名産をふんだんに使った豪華な食事を堪能した。
設備は全体的に古いが、掃除が行き届いていて居心地が良い。
部屋に戻ると既に布団が敷いてあった。浴衣を着てゆっくりくつろいで、巡った観光地の話、家族の話、など色んな話をした。
ふと、4人の話が止まる。一瞬だけ無音になる。
みんな口を閉じてるはずなのに部屋の中から唸り声がする。女性だけのメンバーなのに男の低い唸るような声。全員同時に顔を見合わせた。
「うううううう。あああああ。ぶつぶつぶつぶつ」
「えっ、気持ち悪い…何の音?冷房の室外機の音? ブッ壊れてるのかね?」
薄気味悪さを隠すように冗談を言う恭子さんに向かいに座った友人が突然ポツリとつぶやく。
「これなんかおじさんがしゃべってない?」
「もー怖いこと言わないでよ。ラジオでもついてるんじゃないの?」
テレビをつけずにずっと話し続けてたから、どこかにラジオが片付けられていて、たまたまスイッチが入ったんじゃないかとみんなは考えた。
4人でラジオをさがす。見当たらない。押し入れにも、床の間にもない。じゃあいったいこの音はどこから聞こえるのだろう。
探してるうち、1人が広縁の壁にくっついている洗面台から音が聞こえると言う。
洗面台の収納の扉をパカっと勢いよく開ける。
何も無かった。
まだ聞こえる。耳をすますと白い陶器製の洗面器の小さな排水口の中から、中年のおじさんの声がボソボソ聞こえる。
「気持ち悪っ。」
怖くなって、隣の部屋に4人は逃げる。隣の部屋の4人も同時に部屋の外に出てきていた。同じ状態で同じ声が聞こえているらしい。薄気味悪さでみんな真っ青になりとにかく原因を探ることにした。
そこで初めて入ったのだが、401号室と403号室は間取りが壁1枚はさんで鏡合わせのようになっている。
私たちの部屋の洗面台と、隣の部屋の洗面台は、背中合わせで、恭子さんたちは隣の部屋の洗面台の下の収納扉をを開けた。やはり何もはいって無い。
隣の部屋の排水口から相変わらずおじさんのうめき声が聞こえる。
この時点でフロントに行って部屋を交換してもらえばいい話なのだけれど、観光シーズンで多分部屋はないだろうし、旧友に会うために色んな予定をやりくりして楽しみにしてきたのに、水を差す謎の声にだんだん腹が立ってきた。
今は落ち着いた年齢になった彼女らは学生時代お転婆グループだったので、お酒の力もあって、こうなりゃみんなでとことん突き詰めてやろうと思った。
401号室と403号の音がする排水口に同時に水を流して音を止めようとした。
ゴボゴボ言って流れていく水、ピタッと止まった音。
やっとやつけたと思ったら、今度は洗面台の隣の押し入れから聞こえる。
「ゔうううーああああ。」
とりあえず401号室の押し入れを開ける。布団しか無い。押し入れの上の天袋の戸を開ける。何も入って無いが、奥のほうにボロボロの紙が見える。よく見たらどこかの神社の御札が天井に貼られていた。
ここじゃない。
続いてみんなで403号室の押し入れをスパンっと開ける。布団しか無い。その上の天袋を開ける。御札は無いが茶色の着物を着た禿げたおじさんが天井から上半身だけ生えている。半透明でよく見たら向こう側に御札が透けている。
全員で呆然とみつめあって数秒、おじさんが口をゆっくり大きく開けてうめき出した。すさまじい苦悶の表情で。
「ううううー。あああああ。」
「お前かッ。」友人の一人が叫ぶ。
「変態か、このオッサン!」また一人が叫ぶ
「うわっ幽霊やん。」もう一人の友人がつぶやく。
「ずっとうるさいねん。ええかげんにしいや。」
「私らに何の恨みがあって出て来た?」
「せっかくの楽しい時間を邪魔して何がしたい?」
「おたくに事情があるかもしれないけど私ら何もで
きないからどっか行って。」
「女ばっかりやからって舐め腐ってからに。」などとキレながら、口々に問い詰める声の迫力に負けたのか、おじさんが口を閉じ、うっすら存在が希薄になり
やがて消えていった。
今ははっきり御札が見える。静まりかえった部屋。
開け放ったところをみんなで閉めて片付ける。
おじさんがいなくなってほっとしたけれど幽霊の出る部屋に寝たく無かったので勝手ながら4人の荷物をまとめ、布団を運んで401号室にぎゅうぎゅうに詰めて敷いて8人で寝た。学生時代の修学旅行を思い出した。
みんな疲れがどっとでたようで、すぐ休み、朝まで何事もなく熟睡できた。若かったら興奮して眠れなかったかもしれないが、歳をかさねて強くなったものである。
翌朝持ってきた布団はまたみんなで元の部屋に敷き直しておいた。
部屋の鍵を返却してチェックアウトを受け付けで済ましレシートを受け取ったとき、対面の若い男性スタッフに恭子さんは尋ねた。
「すいません。私たちが泊まった部屋は、昔何かあったのですか?」
少しの間のあと
「……特に何も聞きいておりません。ご利用ありがとうございました。」
はぐらかされたような。でも丁寧な挨拶だったので何も聞き返さずそのまま出た。
恭子さんたちは長く続く老舗の旅館なら、その歴史の中で色々あってもおかしくないと思った。
「みんな霊感なんてこれっぽっちも無いのに全員ではっきり同じ幽霊が見えて不思議だったねぇ。怒鳴って帰ってくれる霊でよかったねぇ。」
たまにこのメンバーで集まるといつもこの時の話題で盛り上がるのである。




