白い結婚? 好都合ですから、どうぞご勝手に。
「フィオナ」
国一番の祭りの日。
打ち上げられる花火を見つめていると、隣から名を呼ばれる。
彼は青い瞳で私の姿を映し、柔く微笑んだ。
どうしたの、と問い掛ければ彼は僅かに頬を染め、口を何度か開閉させてからゆっくり首を振った。
「……いや、今度伝えるよ」
彼が何を言おうとしたのか、私は察していた。
とくとくと鼓動が速まる。
私は彼の言う『今度』を心待ちにしていた。
***
「お前を抱く気はない」
式を挙げた夜――つまり初夜。
私は夫となった男にそう言い放たれた。
目の前にいるのは記憶の中の人物と同じ金髪を持つ男であったが、瞳の色が違った。
緑の瞳。目尻はきつく釣り上がっていて、吐かれる言葉は粗暴さを感じるものであった。
寝室のベッドに腰を下ろしていた私はそう言い放った男――カヴァナー公爵家の嫡男、トバイアス。
私はいつも貼り付けている作り笑いを浮かべたまま首を傾げた。
「そうは言いましても、トバイアス様。継嗣は必要となりましょう?」
「それならば問題はない」
「当てでもございますか」
顔色一つ変えずに言えば、彼は顔をきつく顰めた。
何も言わないという事は図星という事だ。
そして、私は彼の当てになり得る人物を知っていた。
学園に通っていた時期から、彼女はトバイアスに気に入られていると有名であったのだ。
パッツィー・モフェット子爵令嬢。
恐らく、身分差の問題からトバイアスの父である公爵に婚約者として認めて頂けなかったのだろう。
しかし既成事実さえ出来てしまえば、公爵も自分の家の立場が悪くならないよう最善の選択を取らなければならない。
その際に愛人として娶る方法を改めて提案しようという魂胆のようだ。
自分の心は彼女にあるから、私は抱かない。
あくまで戸籍上だけの――そして未来で公爵の公務を負担する為だけの妻になれと。
彼はそう言いたいようであった。
「お前の家は公爵家との血の繋がりを求めていたのだろうが、それは諦めるんだな」
私の家の事情を知りつつも、初夜を迎えてからそのような事を言うとは人が悪い。
「自分が産んでいない子を自分の子として育てろと?」
「そうだ」
「スコット様がお許しにならないのでは」
「父に告げ口をすれば俺が公爵になった後、お前の家への支援は一切しないものとする。また離婚も視野に入れよう」
私の生家、ウィンウッド侯爵家は政界への影響力を徐々に失いつつある家門だ。だからこそ国で有数の権力を握る公爵との繋がりを求めたし、私としても生家への支援を失うことは痛い。
私には決定権も、異を唱える権利すらもないのだろう。
「畏まりました」
それから、トバイアスはベッドのど真ん中で横になり、すぐに鼾をかき始めた。
私はベッドに座ったままそれを聞く。
視線はバルコニーへとつながる窓へ向け、静けさに包まれた夜の景色を遠目に眺めた。
貴族令嬢の幸福とはどこかの家へ嫁ぎ、子を生し、婚家の存続に貢献する事。
これはただの幸せな夢で片付けられる話ではない。本来ならば貴族の女性として当然とも言える事であり――貴族としての義務に近い。
それすら許されないという事は、私が貴族である事を否定している事に等しい。
ただの都合の良い道具として、彼は私を見ているのだろう。
(随分と舐められたものね)
私は視線をトバイアスへと向ける。
彼は、私を権威に振り回されるだけで勉学以外は何もできない人間だと思っているのだろう。
「可哀想な人」
無防備な寝顔を見つめながら私は目を細める。
きっと今の私は人前に見せられないような、意地の悪い顔をしていた事だろう。
私は口角を持ち上げる。
「――始めましょうか」
私はこっそりと侍女を呼び、一通の手紙を預けた。
翌日から、トバイアスは私と眠る事をしなくなった。
別室で就寝するだけならばまだしも、彼は夜な夜な遊び回り、家にいる事の方が少なかった。
日中は現公爵であるスコット様による、公務の引継ぎなどがあったが、寝不足のトバイアスは殆ど上の空か船を漕ぐくらいで、私が代わりに仕事を覚える羽目になっていた。
スコット様もトバイアスを少々困った息子としては見ているのだろうが、それでも彼には甘い。
公務を覚える気がない様子であったり、夜中に頻繁に出歩いたりしているにも拘らずそれを指摘しないところを見ると、幼い頃から継嗣として大切に育てて来た癖と情が抜けないのだろう。
カヴァナー公爵家には次男がいるが、彼はスコット様の判断で他国へ留学に送られているため不在。
そうなればこの次期公爵を支える立場が私に回ってくるのも必然であった。
さて、暗に白い結婚を告げられてから半年が経った頃。
トバイアスと社交界のパーティーに出れば必ずと言っていい程姿を見せていたパッツィー嬢の姿が見当たらなくなってから数ヶ月が経った或る日のパーティーで。
私達は多くの貴族の方と挨拶を交わしていた。
その最中、我が国の王太子であるフランク殿下が王太子妃を連れて挨拶へやって来た。
「ご機嫌よう。カヴァナー公爵子息夫妻」
「お目に掛かれて光栄です、フランク殿下、ジリアン様」
トバイアスは緊張から何も言えずにいた為、私が仕方なく挨拶をする。
フランク殿下はトバイアスと同い年であり王立学園時代の同級生だった。
二つ年下の私も同じ学園に通っていたので学生時代から殿下のお顔を拝見する機会はあった。
また、カヴァナー公爵家と王族は親戚にあたる為、パーティーでは良く挨拶を交わす関係にあり、特に婚姻してからは彼と顔を合わせる事も増えていた。
さて、そんな王太子殿下を差し置いて――トバイアスの視線は彼の傍に立つジリアン王太子妃に釘付けだ。
そして、フランク殿下の隣にいるジリアンは同性であっても目を引く程美しい容姿を持っていた。
お陰で随分と浅慮な性格のトバイアスは彼女から目が離せなくなっているようだ。
……そして何故か、彼女も同じ様に。
私はそれを見て内心でほくそ笑んだ。
フランク殿下もまた、二人の様子を視界に留めてから話をする。
「挙式からそろそろ半年か。どうだ? 新婚生活は」
「お、お陰様で」
「そうか。……フィオナ夫人は?」
殿下の赤い瞳が私を真っ直ぐ見た。
――今だ。
私はハッと息を呑み、殿下を真っ直ぐ見た。
そして――
「ええ、私の方、も、うまく……」
はらり、と。
瞳から涙を溢した。
殿下が目を丸くし、トバイアスはギョッとする。
そして近くにいた他の貴族の者達も皆、驚いたように私を見た。
「具合でも悪いのか、夫人」
「い、いいえ。違うんです。すみません。あの、本当に何でもなくて、主人とはうまくやらせていただいて……っ」
それ以上、私は何も言わない。
周囲ではひそひそと声を潜めて話し合う人々が増え始めていた。
トバイアスは焦りを顔に浮かべ、慌ててわたしの手を引いた。
「つ、妻は今日、調子が悪いようでして……。今日はこの辺りで失礼します!」
「あっ」
逃げるように私を引きずって去って行くトバイアス。
その場を去る時、私は自分のハンカチを落とした。
そしてわざと躓いたり俯いたりして、それに気付かないふりをした。
しかし視界の端では――そのハンカチを拾い上げる殿下、そしてその中に隠された紙切れに彼が気付いた姿をしっかりと映していた。
これで充分だろう。
私は涙を流しながら心の中で笑ったのだった。
***
都心で大人気のオペラ劇場にて。
貴族御用達の小部屋型の客席にトバイアスとジリアンはいた。
上階にバルコニーのように存在する客席と、その後ろに用意された小さな部屋。
客席との境界に取り付けられたカーテンの裏で、二人は情事に耽っていた。
トバイアスは女好きで流されやすい男だった。
愛らしい容姿を持つパッツィー子爵令嬢には勿論夢中だったが、そんな最中でも他の女性へ同時に手を出してしまう程に。
トバイアスはパッツィーを最も気に入っていたが、そんな彼女は数ヶ月前に身籠った。以降彼は、行動が制限されているパッツィーの代わりとして以前から時折関係を持っていたジリアンを選んだのだ。
更に彼の質が悪い所は、『人のものを奪う』事に快感を覚えてしまう点だ。それも、自分より優位に立っている者のものであればある程良い。
ジリアンは魅力的な女性だ。だがその理由のほか、王太子のものに手を付けているというスリルと優越感が彼の自制心を狂わせていた。
そんな彼がこれまた、オペラ劇場という誰かに勘付かれてもおかしくないような場所で情事に耽り、ジリアンの『大胆な提案を許容してくれる程の心』を自分は手に入れているのだと幸福に浸っていたその時。
バン! と大きな音を立てて廊下へ続く扉が開け放たれる。
そこから雪崩れ込むように入室する人々。
「な、なんだお前達は――……ッ!?」
そこでトバイアスはハッとする。
飛び込んで来た者は皆、王宮直属の騎士である紋章を制服に付けた者達であったのだ。
ジリアンは慌ててシーツで体を隠し、トバイアスは全裸のまま呆然と立ち尽くす。
「残念だ」
騎士達の後ろから声がする。
声の主は人の隙間を通って二人の前へ躍り出た。
ジリアンが掠れた悲鳴を上げる。
「お……王太子殿下……ッ!?」
フランクは二人を冷ややかな目で見据える。
口に笑顔は張り付いているが、全く笑っていないことは明らかだ。
「こんな事は俄かには信じたくなかったがね。……貴女の言った通りだったようだ」
フランクの言葉と共に、更に一人が姿を現す。
フィオナだ。
彼女は涼しい顔で、そしてピンと背筋を伸ばして立っていた。
「ふぃ…………フィオナァァァアアアッ!」
「そのような汚いものを見せたまま憤られましても」
怒り狂う全裸の夫を前にフィオナは無表情で居続けた。
フィオナは嫁ぐ前からトバイアスの女癖の悪さを知っていた。
トバイアスをよく知る人物から、彼の素行の悪さについては耳にしていたのだ。
だからこそ初夜で白い結婚を言い渡された時、真っ先に思い至った。
彼が関係を持っている女性の中で最も影響力のある女を利用すれば――彼を公爵の地位から引きずり下ろせるのではないかと。
貴族令嬢は恋焦がれた相手と結婚出来る事の方が極めてまれだ。
だからこそ例え愛がなくとも、トバイアスが自身の家の為に真っ当に跡継ぎを作り、公務と向き合うつもりがあるのであれば彼女は彼の妻であり続けようと思った。
だがそれは不可能だ。そうはっきりさせたのはトバイアスの方だった。
よってフィオナは初夜に公爵家の継嗣であるトバイアスを偽って手紙を送り、フランクの元へトバイアスとジリアンの不倫についての情報を流した。
本来であれば公爵子息を騙るなど、罪に問われても仕方ないのだが、フランクはそうしなかった。恐らくは彼にも思い当たる事があったのだろう。
そこでフィオナはフランクが自分の味方に付いたと仮定し――先日のパーティーで、二人が次に密会する日時と場所を伝えた。
ハンカチに紛れさせた紙切れこそがそれであった。
「トバイアス・カヴァナー公爵子息! そしてジリアン王太子妃! 王族を愚弄した貴方達を捕えさせていただく!」
オペラ劇場にフランクの声が響き渡った。
その声や騒ぎは、他の観客の耳にも届いた事だろう。
斯くして――トバイアスとジリアンは全裸で捕らえられた。
彼らの罪は瞬く間に社交界へ広がった。
正式な通達が国から出されるよりも前に、だ。
公の場で私が涙を流したことから、トバイアスの不倫への信ぴょう性は高まり、私はさながら悲劇のヒロイン、トバイアスは貴族の風上にも置けない最低な悪徳貴族として広まった。
また、この不倫を機に厳格な調査が行われ、社交界から身を潜め、次期公爵の愛人の枠を狙っていたパッツィー嬢がトバイアスとの子を身籠っていた事も明らかとなった。
こうなればいくら嫡男に甘かった現公爵とて庇い切れるものではない。
後に下ったトバイアスの廃籍の命を現公爵は受けるしかなかった。
パッツィー嬢はこのような騒ぎと不義理を働いた人間として家族から勘当され、最早国に居場所のない二人はどこかへと姿を晦ましたようだが……世間も知らず金もなく、一人は身重という状態で果たして無事に国境を渡れるのかは怪しいところだ。
ジリアン嬢についても似たような扱いを受け、王太子妃の地位を剥奪され王宮を追い出された。
生家に戻されたが、彼女の家もまたパッツィー嬢の家と同様に彼女を疎ましく思い、修道院送りとなったようである。
一件落着した頃。
フランク殿下に呼び出された私は王宮で彼と茶を飲み交わしていた。
「此度は迷惑を掛けた」
「いいえ、こちらこそ」
「一つ、提案なのだが」
「はい?」
「今、貴女には夫がいない状態だろう」
問いの意図が分からず瞬きをする。
フランク殿下は言った。
「貴女は聡明な方だ。もしこのまま公爵家を離れるというのであれば――」
「殿下」
漸く、彼の言いたい事を理解した私は首を横に振る。
その口は自然と弧を描いた。
「私、彼とは一度だって夜伽をしていないのです」
「…………ああ、そうか」
先の発言……。傷物になった事を案じてくれていたのか、はたまた私を気に入ってくださったのかまではわからないが、最後まで聞けばフランク殿下の面子を潰しかねなかった。
傍から見れば頓珍漢な回答。しかし、その意図を殿下はしっかりと理解してくださった。
「俗にいう白い結婚か。……貴女にとっては都合が良かったのだな」
明確な返答をしない私の笑みを見て殿下は感心する様に息を吐いた。
「学園で見かけた時からは随分変わられたようだ。……今度こそ幸せに」
「ありがとうございます、殿下」
私は深いお辞儀を一つした。
***
私の生家――ウィンウッド侯爵家には今、侯爵である父と病で床に臥している母、そして――父の愛人と義妹がいる。
政略結婚で愛のない結婚をしたせいか、父は母を良く思っていなかったらしい。
私の幼少の頃、母が弱って自室から出られなくなると、元々愛し合っていたという男爵家の愛人とその子供を家族に迎え入れた。
その後。私は異母妹からいじめや暴力を受けて育つことになる。
母には言えなかった。
言えば優しい母は自分が弱いせいでと謝り、涙を流すとわかっていた。
だから私は一人の時に声を押さえて泣く事でしか、孤独と恐怖を和らげられなかった。
そんな生活を十年ほど続けた先。
入学した学園で私は、相も変わらず続く家族からの冷遇に苦しみ、誰も来ないはずの旧校舎で一人涙を流していた。
そこへ偶然通り掛ったのが、カヴァナー公爵家次男のレナルドだった。
その出会いを機に、私達は親しい間柄となっていく。
一人で苦しむ私を気に掛けてくれる彼は、私が何も言わずとも胸の痛みに気付いて、誰よりも先に手を差し伸べてくれた。
後に入学した義妹のいじめだって庇ってくれた。
「大丈夫、俺が守るよ。だから――笑っていて」
彼は何度もそういって私の頬を撫でてくれた。
私は彼を愛していたのだ。
私達は互いに惹かれ合っていった。
学園で共に時間を過ごしたり、外へ遊びに行ったり。
そして年に一度の祭りの日。彼は――きっと、婚約を切り出そうとしてくれていた。
ただ、変に恥ずかしがり屋な所があるので、一度仕切り直そうと彼はその言葉をしまった。
その翌日の事だった。
私の家へ、トバイアスから婚約の申し出があった。
彼の社交界での評価はあまり良くなく、文武両道で優秀なレナルドといつも引き合いに出されていた。
それが気に入らなかったのだろう。
そしてもしかしたら、パッツィー嬢との婚約を公爵から拒否された直後だったのかもしれない。
彼はレナルドへの当てつけで、白い結婚の相手に私を選んだのだ。
公爵家と血の繋がりを持てると信じ、また娘を公爵夫人という高い地位に立たせることが出来ると考えていた私の父はなんとしてもトバイアスと結婚しろと言った。
次男であるレナルドと結婚したいなどと言っても聞いては貰えなかっただろう。
また、私の家は財政が傾きつつあり、病に臥せる母の療養に充てるお金も徐々に減って来ていた。
その理由から、私としても公爵家の人間となって生家への支援金をもらう選択を捨てる事は出来なかった。
私とトバイアスの婚約が決まった後、レナルドはトバイアスと大きな喧嘩をしたらしい。
普段温厚な彼が感情に左右されたという話を聞いたのはこれが最初で最後だ。
その話を聞いたスコット公爵は、トバイアスの肩を持ち、二人の衝突を防ぐ為と、将来勉学が得意ではないトバイアスの仕事を支えられるだけの知識を可能な限り詰ませたいという目的から、レナルドを他国へ留学させた。
社交界ではトバイアスによって誇張されたレナルドへの悪い噂が流れてしまう事となった。
「……すまない。君を守ると言ったのに」
旅立ち前、最後の登校の日。彼は私にそう声を掛けた。
この時の私は涙を堪える事に必死で、何も言えなかった。
「愛してるよ、フィオナ」
そう言い残し、彼は私の前から去って行った。
その場に取り残されてから、私は久しぶりに独りで泣いた。
泣いて泣いて、涙が枯れるまで絞り出して。そうして理性が戻ってきた時、思った。
私は彼に救われてばかりで、何も出来ていなかった。
そのせいで彼は家族に責められ、悪評を背負わされ、望まぬ留学へ行ってしまった。
ならばこれまで彼がしてくれたように、今度は私が彼を救う番ではないのか。
そして彼の声に返せなかった言葉を――彼に伝えなければ。
その思いから、私はレナルドを公爵家へ連れ戻す算段をいくつも考える事となったのだ。
そしてその数ある計画の中で、最も私に都合のよかったものが……今回の『白い結婚』発言を合図に始まるこの作戦。
そう。フランク殿下がおっしゃったように、この白い結婚は――
――大変都合が良かったのだ。
***
馬車の停まる音が、開け放たれた窓から聞こえる。
私はそれを聞いて部屋を飛び出した。
玄関の扉が開かれる。
その先に立っていたのは――大きな荷物を持ったレナルドだ。
彼は海のような深く美しい青色の瞳で私の姿を捉えた。
その瞳が波のように揺らぐ。
「フィオナ……」
報せは受けていただろうに、夢でも見ている様に立ち尽くす彼へ向かって、私は自ら飛び込む。
胸の中に顔を埋めて抱きしめれば、遅れて背中に腕が回された。
「すまない。君に迷惑をかけて」
「違う。私が貴方に帰って来て欲しかっただけなの」
私達は見つめ合う。
自然と、笑みがこぼれた。
「これからは、私も貴方を守るから」
私の顔を見たレナルドがああ、と声を漏らす。
「……こんなに強い女性だったのか」
「守られるだけの女の方が良い?」
「まさか!」
レナルドは慌てて否定をすると私の耳元でそっと囁いた。
「もっと、魅力的になったよ」
カッと、顔に熱が溜まる。
可笑しい。トバイアスの前ではどんな感情も顔に出なかったのに。
私の顔を見たレナルドが愛おしそうに破顔して言った。
「ああ、やっぱり気のせいだったかも」
「ちょっと!」
軽口を言い合い、笑い合う私達の声が、公爵邸中へ響き渡ったのだった。
***
それから私は次期公爵の夫人としての地位を維持したまま、レナルドと結婚をした。
レナルドは私の母の状況を鑑みて、資金提供だけでは父や義母妹に悪用されかねないと考えた。
そこで彼はスコット公爵を説得し、私の母を療養の為に公爵邸へ住まわせる手配をしてくれた。
生家での治療が荒かったらしく、引っ越してからはお母様の容態も少しずつ回復し始めている。
お陰で私の懸念は全て払拭され、私達は幸せな新婚生活を送っている。
これからは守り守られ、共に支え合って生きていくのだ。
ところで社交界の噂によれば、連絡も取らなくなった生家の方が今すぐにでも消えそうなくらいの財政難になっているとか。
支援金を貰っていればそんな風になるなんて考えられないんだけど。
そんな話をレナルドに振った事があるのだが、さわやかな笑顔で躱されてしまった。
…………まさか、ね?
最後までお読みいただきありがとうございました!
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それでは、またご縁がありましたらどこかで!




