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雪乃:2

 アストラ・スパイン最上層――企業第三区域戦術中枢。無機質な鋼壁に囲まれたその作戦管制室は、霧に覆われた地表と沈黙する空を俯瞰するように築かれていた。中枢パネルのスクリーンには磁気嵐に沈む戦場がホワイトノイズ越しに映し出されており、シティ・アルマの上級幹部たちが人型兵装の熾烈な戦いを見守っていた。

氷川澪は祈るような面持ちで雪乃の機体、メランコリアの生体情報を注視している。


「お願い。今度も無事で帰ってきて」


 その声からは焦燥が隠せなかった。


「……氷川研究主任。職務に徹しろ。E-02の安定化のみが使命だと言ったはずだ」


 重金属を想起させるような低い声。振り返るまでもなく、その声音の主は分かっていた。 斎賀貴臣。シティ・アルマの作戦局・先端兵装統括本部長であり、雪乃をサンプルとした感応式・戦術人型兵装技術開発の総指揮を執る男だった。

その姿はいつも通り黒のタートルネックに黒のロングジャケット。背筋を真っ直ぐに伸ばして影のように立っている。表情にも体温を感じられず、まるで意志を持つシステムだった。氷川は振り返らずに応答する。


「彼女は感応式兵装の部品ではありません。命を懸けて戦っている生身の人間です。精神負荷が規定値を超えたらメンタルリングシステムを遮断のうえ撤退させます」


 彼女は感情を抑えて言葉を選んだつもりだったが、それでも怒りは隠しきれていなかった。斎賀は一歩だけ前に進み、窓際の端末に手を置いた。その動作すら冷ややかで威圧的だった。


「我々が求めるのは再現性だ。人格等という不安定なノイズを含む兵器に未来は託せん。後継の量産段階では『雪乃』等という余剰な人間性は削ぎ落とす」


 氷川の嫌悪感は高まるばかりだった。


「私は人としての彼女こそが計画遂行に不可欠だと確信しています。感応式兵装の強みは理論計算では導けない直感の戦術化です。彼女の人間性無くして完成はあり得ません」


 氷川は断言した。雪乃を『部品』ではなく『人間』として完成させたい。それが彼女の本心だ。しかし斎賀は反応せず、むしろ落ち着いた口調で告げる。


「……そうか。では、見てみるが良い。人間性がもたらす結果を」


 その直後、観測オペレーターが緊急警告を発した。


「新たな戦術人型兵装が接近中! 識別信号がタイタン級パターンに該当せず――おそらくレジスタンスのエース機です!」


 氷川は即座に端末を叩く。映像は濃霧とノイズで歪んでいたが、そこに確かに『異物』の疾駆する姿が映っていた。彼女は混乱していた。レジスタンスがこの無謀とも言える侵攻にエース機体まで投入してきた事実が不可解なのだ。いや、不可解と言えばそもそも最初からだ。レジスタンスは虎の子のタイタンを護衛部隊も観測ドローンも随伴させず急くように出撃させ、当然のように粗方を重損させた。その戦術も精彩を欠き、そもそも作戦さえ立てていないかのように見えた。まるで事前に計画されていた侵攻ではなく、突発的な事情に迫られて――


「まさか……」


 氷川の視線が斎賀に向けられる。だが彼は動じることなく、静かに口を開いた。


「戦場とは情報と心理の実験場だ。そう思わないか?」


 斎賀が手元の端末を氷川の方に向けると、ディスプレイには一つのファイルが開かれていた。


■非公開通達 No.147-S2E第六遮蔽層適合候補住民に対する選別・処分実施命令。──施行日:即日実行。


「リークは私が命じた。どうだ? 『人命最優先』等という人間性に突き動かされたレジスタンスはこのザマだ。磁気嵐のなか碌な準備もなく出撃し、主戦力たるタイタンの多くを失った。いまだ一騎さえシティ・アルマの外郭にすら到達していない。無駄死にだ。救いがたい愚かな連中だ」


 斎藤は嘲笑さえしない。


「無論、作戦終了後に選別と処分は実行する。以後のリーク情報に信憑性が落ちるようなことがあってはならない。奴らの人間性という欠陥を髄まで利用してやる」


 そして命に対する敬意は皆無だった。


「……貴方は人間じゃないわ」


 斎賀はなにも答えなかった。その瞬間、観測画面にレジスタンスのエース機ーー異形の人型兵装がメランコリアに対峙する様が映された。


「さて、試験もそろそろ最終段階に入る」


 氷川が『試験?』と問う前に、彼女はその機体に目を見張った。 


「イリス!」

「そうだ。かつてE-02諸共に奪取されたメランコリアのプロトタイプだ。……器用なものだ。準・感応式を手動操縦式+補助制御AIに改変したか。果たしてE-02は過去(これ)を排除し、メンタルリンクシステムを安定化させるか、あるいは封じた過去に苛まれ自壊するか」


 刹那、メンタルリンクシステムに異常が生じたことを示す警告音が鳴り響く。


「雪乃の通信チャンネルに繋いで! 大至急!」「この磁気嵐に相互通信の確立は無理です! 観測の維持で精一杯です!」


「……雪乃!」


 氷川の祈りは戦場の誰にも届かず、ただ制御不能の警告が響く中で、スクリーンに映る少女の戦いが続いていた。



 霧と瓦礫に覆われた旧関東圏第三区画、その外縁部で雷鳴のような轟音が響いている。白石・黒田・高嶋のガーディアンが重装型タイタンと死闘を繰り広げているのだ。「ツェルベルス、来る!」という白石の通信音声の直後、移動要塞のような威容を誇る重層型タイタンは、背負い込んだ多段層噴進砲塔・12基3層合計36機の発射口に暗い火を灯す。程なく吐き出される真っ赤な熱と煙の群れ。地形改変型殲滅兵装とも言われるその威力にはまずもって回避にあたるしかなかった。


「第一波! 12発!」と白石が言えば「囮熱源(フレア)待て! 十中八九ダミーだ!」と黒田が返す。狂ったように警告する戦術HUDが(フレア)発射ボタンへ親指を吸い付けるが、白石も高嶋もスラスター全開で回避行動を取りつつ堪える。恐ろしい追尾力で迫るそれが高嶋のガーディアンの背面動力パックを撫でたが、そこでそれは消失した。黒田の読み通り、第一層から放たれた第一波は索敵・攪乱を目的としたフェイク熱源の投射だったのだ。


「第二波来る! EMPか熱圧縮か爆砕のどれかだ!」「どれかってどれよ!」「知るかタイタンにでも聞いてくれ!」


 高嶋と黒田の言い合いを聞きながら白石のガーディアンが敵の左翼を取る。背部スラスターを最高出力で噴射し、跳ねるように移動しながら中距離長銃(ハルシオン)を叩き込んでいく。しかしその重装甲には焼け石に水だった。廃ビルの影を縫うように飛んでくる弾頭には一波目程の追尾性能はないものの、視界の隅で爆ぜたその威力に操舵の手が汗ばんでくる。


「爆砕だ! 死んでも当たるな!」という白石からの通信が終了する前に、第三波が放たれた。


「今度は何よ黒田! EMP!? 熱圧縮!?」「いいや!」「クソそれじゃまた爆裂か!」「第三層は間違いなく散布式自動追尾型指向性爆裂焼夷弾だ!」「なによそれ!」「音速遅延の爆裂が広域に拡がって山岳・建築・地下施設も完全破壊の一撃だ!」「ふざけんな撃たせるかよ!」


 白石のガーディアンは全・囮熱源をスラスター付近の背面格納より吐き出しながら全力でスラスターを噴かせる。第二波の爆砕型追尾弾がそれに殺到し、目も眩む光と爆圧がガーディアンの背中を突き飛ばした。

「っぐ!! 黒田、援護まだか!!」

「待たせた。疑似反物質徹甲弾(デミ・アンチスパイク)の生成完了だ。安定維持は5秒が限界。すぐに左膝関節を撃ち抜く」


 黒田のガーディアンが旧電波塔の上から片膝を付いた狙撃姿勢を取っている。強烈な反動に備えて両足からアンカーボルトが足元に撃ち込まれ、ガーディアンは電波塔と一体化。即座に引金が絞られる。放たれた弾丸が重装型タイタンの脚部を貫いた直後、無音の対消滅爆破を起こし、まるで『ばくん』と不可視の怪物に齧られた様に左脚部を丸ごと消失した。

 バランスを崩した巨体が地面に膝を突くと、そこに跳躍していた白石のガーディアンが放った中距離長銃(ハルシオン)のバースト射撃が頭部ユニットに至近距離で命中。本来なら即時機能停止となる急所だが、頭部装甲にさえ防盾の厚みがあるのが重層型だ。白石は肩部に着地し、息も忘れて銃弾を叩き込む。ゼロ距離接射で穿たれ流石の重装甲もカメラアイを変形されるように凹んでいく。乱舞する薬莢と閃光。銃身を覆うように展開・膨張したポリマーは緊急冷却機構だ。糾弾不良だけでなく銃本体の破損も辞さずで連続バースト射撃を繰り返す。やがて多段層噴進砲塔から熱が消えたと気付いたとき、タイタンは沈黙していた。


「敵重装型タイタン沈黙。くそ、こんなのが後……何機いるんだ」

「いないの、それが」


 白石のHUDに通信チャンネルを開いたのは桜井だった。


「いないって、あんな巨体が何処かに潜んでいるということ? ブリーフィングの情報だと後7機もいるはずよ。7機とも悠長に隠れているなんてこと……」

「んんん、実は先行部隊の解析に集中してて正確なことは言えないんだけど、消えたの」


 *


 雪乃は静かに対峙していた。

 濃霧の向こうから現れた機体。これまでのどのレジスタンス機とも異なる流麗なフレームラインを持つそれは、素早く、しかし静かに、地面を滑るように進んできたのだ。

雪乃の眉がかすかに動く。

 メランコリアがその存在を感知した瞬間、メンタルリンクシステムに微弱なノイズが走らせ、雪乃の脳裏をざわつかせた。


 ……センサー類のトラブルなの?


 違うと分かっていながら自問する。得体の知れない既視感。戦場であってはならない感情が、彼女の精神にさざ波を立てている。しかし、敵は既に射程内に入っていた。


 ――排除する。


 雪乃が意を決し、メランコリアがスラスターを全開にして加速すると敵機も加速。雷光が地を走るように二機が交錯した。すれ違いざまに敵機が引き金を引いた。実弾ライフルの三点射が雪乃の動きを先読みしたかのような射線を描くが、メランコリアは瞬時に姿勢を傾けてかいくぐる。すれ違って振り向きざま、格納時から収束させていたアストラを高速展開して発射。瞬間形成された荷電粒子ビームが放たれた。

 しかし——

 敵は苦も無く弾道を回避。次の瞬間にはメランコリアの死角に入り込んでいた。すぐさま煌めく濡れたような高周波ブレード。


「っ……!」


 雪乃は腰部の可動域限界まで機体をひねって回避を試みるが、射撃の時と言いメンタルリンクにラグが生じている。鋭い切っ先が外装を削る中、戦術HUDに表示される同期率も80%を割っていた。


≪識別パターン、準・感応式戦術人型兵装イリスに酷似。以後、イリスと認定して支援を続行します。コンタクト時の主兵装はIRX-113『カレイドスコープ』と推定。無響穿釘弾(サイレント・ネイル)または電子攪乱型弾(オシリス)を警戒≫


 メランコリアの戦術AIから合成音声が流れる。そしてその機体情報を取得・統合していくにつれ、雪乃は動揺を隠せなくなってきた。感覚として理解される敵情報に、『彼女』が強く香るのだ


「ユイ……?」


 明滅する幻の彼女、輪郭、笑み——そのすべてが今、目前の敵から漏れ出てくる。刹那、イリスの急加速によるブレードの一撃をメランコリアは左腕の携帯型シールドで受け流し、返す刀でエネルギーブレードを薙ぎ払う。イリスもまた舞うような回避と共にメランコリアの死角へ回り込み、刺突。しかし雪乃は背面に目があるかのように正確にシールドで受け止め、イリスに肘鉄を入れる。すかさず振り向いてブレードを薙ぐも、まるで予知されるように寸前で回避され、そのまま距離を空けられた。

強烈な既視感に眩暈がする。

 初めて交戦するはずなのに、何千何万と繰り返した殺陣のように感じられた。その感覚を幻覚と断じたくて、距離を空けて遠距離戦に持ち込もうとしたときだ。あろうことか、イリスは主兵装と思われる中距離用ライフル『カレイドスコープ』を捨て、腰部格納よりサブウェポン相当のハンドガンを抜く。

この千載一遇の機会に、しかしメランコリアもまるで鏡合わせのようにハンドガンを抜いていた。


 ――私は確かめる。


 雪乃の決意を受けたメランコリアが外装神経を「どくん」と強く脈動させたとき、それが合図となった。予備動作を感じさせないイリスの急接近と袈裟斬り。しかしメランコリアも接近と転身を一挙動で行って懐へ。ブレードをかわしつつその腕を掴んで合気のように投げ落とす。流れるように、無防備な頭部ユニットにハンドガンを2発。しかしイリスは予知していたように首を振って最小動作で回避。寝姿勢のイリスは間髪入れず鋭い蹴りでメランコリアの腹部を穿つも、無意識に取っていた前傾姿勢が衝撃を吸収。その間に態勢を立て直したイリスは射撃と斬撃を組み合わせた猛攻を開始した。

 薙がれたブレードを受け流せば合間より銃口が覗いて閃光。転身でかわした勢いを利用した斬撃。その隙を補うように放つハンドガン。スラスターの微調整による姿勢制御と、加速・減速動作の余剰エネルギーを利用した蹴りや肘鉄。二色のブレードの作る円弧の軌跡。合間に咲く射撃の花。舞のような軌道。殺陣の応酬はさながら舞踏だった。

 雪乃はいま既視感のほか新たな違和感に囚われている。自分だけでなく、イリスのパイロットもまた殺意を欠いているように感じられるのだ。致命傷を与えられたであろう瞬間を幾つも逃し、まるで雪乃の手を取って踊るように攻撃を仕掛けてくる。

 互いに振るわれたブレードが真正面から衝突し、衝撃波を伴うスパークが爆ぜる。姿勢制御を維持したままその反動を逃すため、二機は後方へ跳躍。距離を空けての着地となった。

 いまやイリスは完全に静止し、ブレードの振動さえ非アクティブ化していた。まるで何かの確認を終えたかのように——あるいは、何かを語り掛けてくるように。

 雪乃の胸が、締めつけられる。


「あなたは……誰?」


 返答はなかった。だが、その沈黙がすべてを物語っていた。やがてイリスの手が、まるで差し伸べられるように伸ばされてきた――その背後。異次元から空間を裂いて現れた鏡面状の機体が、手にした振動ナイフでそっとイリスの腕を斬り堕とした。


 ――早い。


 落下していく腕部の火花で我に返る。イリスは咄嗟にスモークディスペンサーを散布して緊急退避行動を取るも、この機体はイリスを追うそぶりを全く見せず、ただ雪乃のメランコリアを凝視していた。そしてその背後からさらに二機が、霧から滲み出るように現れた。

まだ名さえ知られていない所属不明の人型兵装。鏡面複合装甲ミラーリフレクトで構成されたその外装は、現存するほぼ全てのセンシング技術を無効化し、各種レーダーは愚か光学カメラにさえその姿を曖昧にする。そして自己音響遮断機構によって稼働音もほぼ無音。まさに亡霊だった。そして、気付けばさきの二機が消えていることに雪乃の背筋が凍った。


「全機ステルス機体を警――」


 雪乃の通信が終了する前に、ノイズに塗れた黒田の音声が届いた。


「こ、こちらガーディアン……3号機。コクピットを正確にブレードで貫かれた。……もう下半身の感覚が、ない。すまん。気をつけ■■」


 僚機位置を示す信号G-03が消灯した。


「……索敵モードの『ヴァレリア』には音響式・光学式・磁気式どのレーダーにも該当反応なし。光学カメラは磁気嵐でノイズ塗れになって」


 自失した桜井の声が震えるように届いた。だが雪乃には異形が見えている。これは感応式兵装と彼女の特異体質『深層感覚共鳴』がなせる技だ。これまでメランコリアが取得・統合した情報はいまや彼女の体内情報も同然となり、戦場・機体・自我が一体化している。そこにこのような異物が生じれば違和感が視覚情報としてフィードバックされ、故に見えるのだ。しかしそれでも鏡面複合装甲は驚異的であり、雪乃とメランコリアを以てしてもせいぜい数十メートルを曖昧に視認するのが限界だった。


「センサーも戦術AIも機能しない! カメラを切ってコクピットを強化ガラスシールドに切り替えろ! 機体は手動制御!」


 酷薄な指示だと分かりつつもそれしか道がなかった。即座に白石・高嶋から「了解!」と返答が来る。

正体不明機は無音で雪乃に迫ってきた。雪乃はより戦場を『感じる』ことに集中し、思考を捨てて直感と感覚だけを研ぎ澄ます。

一撃、二撃、三撃、四撃。

正体不明機は流れるようなナイフによる無音連続攻撃を最短・最適に繰り出し、雪乃のメランコリアは辛うじてそれを受け流すしかなかった。イリスと演じた殺陣とはまるで異なる戦闘体系に焦燥する。戦術人型兵装の白兵戦は人同士の近接格闘に端を発するため、その動作・所作には共通点が多い。故にそれによって生じる無駄はあるものの、搭乗者に対する親和性や習熟度を加味すれば結果的に高い戦闘力となるからだ。

 だがこの機体は違う。人に端を発しない機械の運動だ。攻撃後の後隙を完全に消し、その余剰運動エネルギーを完璧な次撃の布石とする連撃には、ただ防いでの応戦しかない。まるで解答のない問題だ。雪乃は戦いの最中に理解する。感じるのだ。否、感じられないのだ。雪乃の『深層感覚共鳴』でどれだけ機体内部情報を探ろうとも、感情波形に該当する信号がない。つまり、この機体にパイロットはいない。恐らく完全自立型か遠隔制御型のAI制御機体だ。殺意も敬意も、愚か感情さえない猛攻に雪乃の感情が爆ぜる。


「──人間を、舐めるな!」


 激高と共に、雪乃は機体の左脚を強引に回転させて膝蹴りを打ち込む。戦術AIの演算結果からは『最適』とは程遠い選択だが、彼女は機械ではない。直感と感情による『計算外』を戦術に組み込むことができる。敵機はバランスを崩して後退。その隙を逃さすスラスター全開で追撃しようした瞬間だった。

頭上に音も無く降りかかって来たのは、崩落し巨大な鉄槌と化した廃ビル。二機の攻防の間に敵他機がビルの骨組みを破壊して『罠』とし、剣劇を演じた一機が、忘我の怒りと動揺の最中にあるメランコリアを着実に誘導していたのだ。

 常人ならぬ反応速度でスラスターを噴かせて回避軌道をとるも、死の最適解の中心に導かれていた雪乃は回避しきれず、メランコリアは瓦礫に飲まれ、津波のような砂塵のなかで右肩装甲に激しい損傷を負った。

 警告音が鳴り響く。


《右肩部ユニット損傷。エネルギーパック一部漏出。メンタルリンクシステム同期レベル55%に低下中》


 雪乃の頭に激しい眩暈と耳鳴りが起きる。

 だが意識を切らしてはいけない。ここで堕ちたら仲間が失われる。


「――まだ、やれる」


 残された左腕部からサブナイフを展開させた。

 不完全な武装・不完全なメンタルリンクシステム。敵は正体不明機複数。


《──こちらシティ・アルマからの支援機部隊D-09。作戦領域に到着。メランコリアの援護を開始する》


 新たな通信チャンネルが開かれた。機体番号D-09。『ハウンド部隊』だ。恐らくは氷川か河合が寄越した援軍だろうと雪乃は理解する。シティ・アルマでも指折りの支援用ガンナー部隊が、遠距離から精密な榴弾を打ち込み、霧向こうの正体不明機をけん制する。だがそれが焼け石に水でしかないことは良く分かっていた。さらなる正体不明機の増援が霧向こうから現れたのだ。


《全機、展開完了。メランコリア、後方へ!》


「……ありがとう。でも、私は退かない」


 雪乃の声は静かだった。機体は重損し、彼女の中枢神経にも重大な負荷がかかっている。右脚の油圧回路からは緑色の冷却液が絶え間なく漏れ続け、内部の精神同期回路にはフィードバック・ノイズが走り、雪乃の脳裏には焦げたような刺激が突き刺さった。だが心の奥には未だ確かな熱が灯っている。それは演算では決して測れない『生きる者』の意志だった。

 報告になかった正体不明機。動機も目的も不明ながら、その戦力は圧倒的。シティ・アルマの最高戦力ともいえる自分たちが引けば、もうこいつらを留める術がない。もしも彼らがレジスタンスと目的を共有し、『第六遮蔽層』を狙っているなら、わが命に代えてでも死守する必要がある。そこには雪乃の記憶と思い出、そして守るべき全てが詰まっているのだ。

 上空からドローン部隊『ヴァレリア』が蜂のように飛来し、メランコリアの損傷した装甲へ遮蔽信号を送りつつ電磁シールドを展開する。それで油圧回路からの冷却液漏出は停止し、精神同期回路も安定し始めた。


「気休めしか、ならないかもだけど、絆創膏は、ドローンくんたちに任せて、雪ちゃん」


 桜井の声には息継ぎがある。声から疲労が滲んでいるのは、『ヴァレリア』が準・感応式兵装であるからに他ならない。作戦開始前から薬物投与を併用しつつメンタルリンクシステムへ接続し、彼女はこれまでの戦況観測と情報分配を一人でこなしてきたのだ。限界というなら彼女も同様だろう。雪乃と同じく適合候補から選出され、しかしメランコリアに拒絶された彼女を受け入れたのが『ヴァレリア』なのだ。


「ありがとう、桜井。いいえ、……葵ちゃん」


 雪乃は決めた。

 傷は貴方に任せて、

 私は一つの切っ先となる。

 雪乃は生命維持のリミッターを解除し、メンタルリンクシステムの同期率を強制的に向上させる。脳神経が焼き切れて視界が赤く染まる。機体内部の警告信号はオールレッドで点滅した。メランコリアの外装神経系が真っ赤に『どくどく』と脈動し、外装は咆哮にも似た軋みをあげる。戦術は防衛から高負荷戦闘に切り替わる。


 ――教えてやる機械。これが感情の成せる計算外だ。


「待って、雪ちゃんだめ! 帰って、来れなく、なる!」


 幼馴染の懇願さえ、もう神託の刃には届かない。


≪神経剥離型ブレードシステム『エグゼラム・カリバー』解除。生命維持機能と引き換えに神経中枢より抜刀できます≫


 ノイズに割れたAIによる合成音声。脳神経と機体神経系の境界が溶解した刹那、メランコリアは自らの首の付け根を掴み、脊髄を引きずり出すようにして背部装甲から一振りの刀を抜く。同時、雪乃の意識は破壊衝動の渦に飲まれ途絶した。



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