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ユイ:4ービショップ:3ールクス:6

 ルクスが狙うのは最速・最短。如何に迅速かつ確実にビショップを無力化するかだ。不死の人形たちが放つ集中砲火を搔い潜りながら飛ぶように距離を詰めていく彼女を、ユイもまた的確な銃撃で援護していく。それでもルクスを掠めていく無数の火線。しかしただの一発も当たらない。制約条件は人体の可動域と人並みの反射神経。それを限界まで駆使して射線外へ身を置き、なお疾走する彼女。避け得ないと判断した時のみ遮蔽物を盾に、あるいは先手で銃撃して沈黙させる。その挙動はあくまで人体で実現可能な運動であり、しかし故に見るものを強烈に魅了した。並み外れている点と言えば射撃精度と回避精度。この説明には『天性』という便利な言葉があったが、今のルクスが問われたなら『神の加護』だと答えるだろう。

 二人によって成す術もなく葬られていく不死の部下達に苛立ちを募らせ、ビショップの『屍体傀儡化技術』の精度が徐々に落ちていく。ユイの着実な援護射撃によって盾に出来る兵の密度も薄くなり、ルクスの放った銃弾が身体を掠める頻度も増してきた。


 ――とりました。


 ルクスはついにビショップの急所へ通る針のような射線を見出し、最高のタイミングで引金を引いた。視界の向こうで跳ねる銃口。寄り集まった屍体の隙間を縫うような複雑さで弾が通過し、糸で結ばれたようにビショップの眉間へと吸い込まれていく。失態を自覚したように目を見開く彼女の額中心で真っ赤に弾けたそれは――しかし血飛沫ではない。2000度に迫る超高温によって蒸発した弾頭だった。

 今度はルクスが表情を曇らせる。水面越しで見るようにビショップの笑みが歪んでいたのだ。向けられた掌より展開された半透明な淡青色の障壁、それによる視界の屈折。瞬間形成された高密度プラズマの膜だった。しかし逡巡は一瞬。ルクスは立て続けに銃を速射するが、しかし銃弾は障壁に触れる傍から蒸発していく。メカニズムは把握できた。マイクロ波・レーザー・強磁場発生器の組み合わせで空気をプラズマ化し、磁場制御によって層とした障壁だ。耐久限界があるため熱量で突破できるが、手持ちの45口径では役者不足だ。

 途端、障壁の解除と共に狂相の笑みを浮かべたビショップが人外の速度で跳躍する。想定外の挙動と運動性能に唖然とするルクス――その顔面に砲弾のような衝撃力で拳が叩き込まれた。ビショップの骨格筋に組み込まれたカーボンナノチューブ繊維と人工筋肉が瞬間的に2・5トンの打撃力を発揮し、ルクスは高速車両に跳ねられたように吹き飛ぶと、隔壁に衝突して身体を鞠のように弾ませた。


「ルクス!」


 ユイの叫びが届くより先に跳ね起きるが、既に距離を詰めていたビショップの打ち下ろすような回し蹴りが炸裂する。まるで鉄で鉄を打ったような衝撃と振動に拘束区画が揺れる。ルクスは辛うじて腕で受け流してその衝撃を地面へと逃していたが、その表情は苦悶に歪んでいた。だが大振りの一撃を耐えた事により生まれた隙を逃す彼女ではない。その勢いを利用して独楽のように回りカウンターで回し蹴りを放つ。受けてやろうと余裕の笑みと共に構えられたビショップの腕が、人工筋繊維の密度をあげてメリメリとしなる。が、自律回避アルゴリズムの判断により反射的に腕が引っ込むと、代わりに慣性で流れていた銀色の三つ編みが滑らかに斬りおとされた。ビショップは瞠目する。それはルクスの踵から目にも曖昧な速度で瞬時展開されたナノフィラメントブレードの一撃だった。


 ――アッブねえ。あの時『見て』学習してなきゃ腕一本ヤられてたな。


 刃の美麗さと技術の粋に心を奪われかけたが、この亜音速の斬撃さえルクスが『奇跡』などと言い通すことを想像するとまた額の青筋が浮いてきた。しかしこの距離は不味いと後退するビショップと、逃すまいと詰めるルクス。彼女から放たれる連撃は再び人並みの速度と可動域に制限されていたが、その術理は合理を極め防ぐしか手立てがなかった。


「ふざけやがってぇえ!!」


 ビショップの頭蓋内に埋め込まれたニューロ・インターフェースコアがフル稼働して脳内電気信号の伝達速度が最大化した。瞬間、世界の体感時間進行が0.2倍速へ落ち、目にも止まらぬという表現にふさわしいルクスの身のこなしが、文字通りスロー再生のように緩慢に見えた。

 しかしだからこそ、この攻撃には受けるという選択肢しかないことが明確に分かった。

 途切れることがない連撃。反撃を差し込む余地がない技の組み立て。大技によって生じる後隙の運動エネルギーを完璧に活かした次撃。かと思いきや時折挟まれる装飾的な所作には防御のリズムを乱される。それでも人体の駆動故に生じざるを得ない隙は銃による速射を挟まれて消えた。上段の防御・障壁の展開。中段の受け流しからの上体そらし。防御一辺倒に追い込まれたビショップは四肢を酷使しながら歯噛みする。この忌々しい動きには見覚えがあった。正確には二つの戦術人型兵装の混合だ。アーカイヴスの『スレッドゼロ』。そしてシティ・アルマの『メランコリア』。この二つの動きを人体にスケールダウンしたうえ織り交ぜているのだ。本来は人の近接格闘術を拡張して生まれた戦術人型兵装の近接格闘体系だが、機械をルーツとした彼女であるが故にその因果を逆転させたのだ。


 ――鶏を卵に還しやがって!


 それは一朝一夕では実現不可能な、極めて高度な理論体系を要するはずだったが、そもそも彼女は感情を解析して演算で再現せしめた怪物だ。機械の動きを人型に落とし込むなど100日も前に通り過ぎた初歩だった。

 避けても避けても、防いでも防いでもキリがない連撃。しかもそれは一撃ごとに改良され精度をあげて行く。もはやビショップの脳と四肢は冷却を求めて痛みの信号を発し続けていた。


 ――このままだとオーバーヒートに追い込まれる! もう可変位相フィールド・スクリーンは1秒も展開できない! つぎに銃を撃たれたら終わりだ!


 ビショップはこの流れを断ち切るべく敢えて左手を突き出して活路を見出そうとした。あの斬撃で持っていかれるだろうが構わない。自己修復ナノマシンは自分にも備わっているのだ。すかさず転身したルクスはその腕を目掛け完璧な蹴りの予備動作に移行していた。白と黒の開花を思わせる優美な動作には、やはり回避の余地は一切なかった。激痛に備えて歯を食いしばったところ、その頬に鋭い拳がめり込んだ。


 ――へ?


 遅滞した世界の中、ゆっくりと押し込まれた拳によって潰れていく頬肉。宙を舞うルクスのしたり顔が目に焼き付き、回し蹴りがブラフだったと悟った次の瞬間、ニューロ・インターフェースコアは稼働限界を迎えてフリーズ。世界は等倍速に変わった。

 受け身さえとれず頭から墜落する。加減されていなければ即死していたクリーンヒットだった。脳震盪による激しい眩暈のなか、「お返しですよ」という腹立たしい意趣返しが曇って聞こえた。


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