ユイ:2ービショップ:1
シティ・アルマに最も近いレジスタンスの拠点である『カペラ・サイト』には、『星の墓標』という別称があった。その由来として語られる物語は一つではなく、星の名を冠した作戦名が幾つもの命を散らしたからとか、地下拠点故に届かぬ星の光に憧れたからとか、あるいはその近くにある『星の礼拝堂』に因んでいるのだとか、レジスタンスによって答えはマチマチだった。
そんなカペラ・サイトの第四層にある情報通信中枢が数日前から俄かに騒がしくなっていた。シティ・アルマの観測拠点として、破棄された軍事衛星を使用したネットワークと霧に仕込んだナノスウォーム受動センサによる常時モニタリングを実行していたのだが、そのすべてが一瞬にして完全沈黙したのだ。カペラ・サイトの防衛機構により被害は最小限に抑えられたものの、完全復旧には丸一日を要し、そしてその原因がアストラ・スパインを爆心地とした超広域・超高出力EMP弾頭の影響だと特定できたのは、つい一昨日だった。
第2層・北端の警備エリアで見張りをしているユイはいま、手挽きしたコーヒーの残りを片手に通信補助AI『アレクトラ』のログを確認しながら、この異常事態について考えを巡らせていた。電子的に壊滅したシティ・アルマ。その元凶と推定された鉄の海から現れた新勢力と、それを率いていた新型の戦術人型兵装。都市自決と表現すべきEMP爆弾により、アストラ・スパインは少なく見積もっても敵勢力の8割強を道連れにしたらしい。その心意気を天晴という古参もいるが、ユイとしてはあの電磁爆風を至近距離で受けてなお耐えたものが1割強いる、という事実のほうが恐ろしかった。そしてその中には、例の戦術人型兵装も含まれているらしい。
「まぁ、状況的に鉄の海でロストした新型だろうな。あの感じ、搭乗者はAIにしては残虐性が過ぎるし、かといって人間にしては正確性が過ぎる」
――そういうのは、たぶん『化け物』と言うのだろうが。
ユイはコーヒーを飲み干してからエルゴノミック・チェアの背もたれに身体を預ける。
未確定ながら、アストラ・スパインからメランコリアが不安定な軌道で飛び立ったという情報も戦術解析班から入ってきている。私情を挟むなら気になるのはこっち側だ。自ら調査を願い出たが、年上部下に『責任者としての自覚に欠ける』等というような説教を食らった挙句、何処の馬の骨とも知れない野盗連中の御守りを託されてしまった。おまけに具合の悪そうなシスターがオプションで付いてきたから少々頭が痛くなっている。このシスター、何故か随分と女子供からの人気が高く、聖地巡礼をしているとか、カンフーマスターだとか、旧世界の奇跡が使えるとか、シンイチと共に近くの礼拝堂を復興したとか、色々と聞いてみたいエピソードが山積なのだが、肝心の本人はいまも熱心な信者たちに見守られながら第一層で療養中。何でも件の野盗相手に執行した奇跡の代償だとか。ところで、肝心のシンイチを含む主だった戦闘員たちは整備の済んだタイタン全てを駆り出して、シティ・アルマ周辺への威力偵察を兼ねた哨戒任務を実行中だ。大変渋々ながらもユイがこの留守を引き受けたのは、彼らがメランコリアの追跡も行うという譲歩を見せてきたからだ。
「そのほか、不幸中の幸いといえば……あれだな」
アーカイヴス側に目立った動きがないことか。14週間ほど前にコアノードΩから一部のモジュールが独立したという情報が入ってきたが、小型自立兵器未満のサイズかつ観測専用ユニットであると判明した時点で追跡調査は中止した。もう少し粘れば光学カメラによる外見情報の取得までこぎ着けたかもしれないが、あくまでここはシティ・アルマの観測・警戒を目的とした拠点なのだ。観測と学習が存在意義でもあるアーカイヴスの観測ユニットの全てを追いかけていたら、瞬く間に情報資源は枯渇してしまう。まったく気にならないかと言えば噓になるが、いまは最新の廃都市となったシティ・アルマ周辺に残存している鉄の海由来の新勢力の調査にそれらのリソースを割くべきだろう。
そこでふと、囚人観測用モニターの変化に気付く。醜悪な笑みを浮かべる道化の顔がアップで写っていた。件の野盗の頭だが、万一に備えて耐EMP合金の檻にぶち込んだのはシンイチの英断だとユイは思う。人数は20名に満たないにせよ、一般房であれば例の爆破で電子ロックが破壊されていただろう。ユイはスピーカーをオンにした。
「どうしたピエロ? サーカスの公演なら遠慮しとくよ」
『いやいや、営業活動は目下停止中だ。それより、その。ここのスイートルームにまだウェルカム・スイーツが届いてないんだ。ミルクと砂糖たっぷりのカフェオレとラズベリーのムー』
ユイは通信を切ってから、現場に一番近い部下へのチャンネルを開く。
「補助兵に伝令。シンイチの教育が足りてないみたいだから、パルスガンであの道化をヒーヒー泣かせて来い。多少記憶が吹っ飛んでも構わないから」
『了解です。部隊指揮官』
通信を切ったすぐあとにユイは眉を顰める。道化の男が口から霧状の何かを吹きかけ、観測モニターを真っ赤に染めたのだ。身辺チェックをしているから持ち込みはない。とすれば血だ。何かの肉でも嚙み切ったか何なのか。ユイは再び部下にチャンネルを開く。
「用心しろ補助兵。不審な動きを見せている。直感で実弾を使用してもいい。許可は不要」
『っあっあ~。テステス。こちら、えっと。……あーそうそう。サポートだ。目下順調で異常全くなしだ。引き続きその生臭そうな観測モニターをぼんやり眺めておいてくれ』
音声情報から読み取れるのはセリフだけではなかった。その背後で鳴っている部下の呻き声。幾つも重なる解錠音。そして銃声の応酬。明快な状況だった。ユイは腰をあげる。
『アドバイスをしてやろうか? お嬢ちゃん。持ち物検査ってのは、その。何ていうかね、服とか口の中とか頭髪とか、ケツの穴止まりじゃ意味がねぇんだ。『中』までやって、そう。初めて意味があんだよ。糞のたっぷり詰まった大腸の中に、きったねえミュートワスプを仕込んでたらどうするよ? ……ああ、こいつはもう無理か』
ミュートワスプ――旧政府によって破棄された携行型非致死性EMP兵器だ。円筒形のカプセルに偽装してあり、嚥下後は体内に留まりながら胃酸に対して8時間強の耐性を発揮する。しかしそれを超えてカプセルが溶解すると、極小ドローン『蜂』たちが嚥下者の腹を食い破って起動し、無作為な飛翔をした数秒後に半径1.2メートルの範囲内にEMP衝撃波を放射する。主に監視カメラ・電子錠・短距離通信デバイスを一時的に停止させる役割があるが、もしも敵対者がいればスタングリッド放電針を使って蜂のように襲い掛かる。
「ビショップ・フォールの違法携行武器か。いい玩具持ってるじゃないか」
「おや? おやおやおや? こんな辺境にも私のファンがいたとは嬉しいね。ああ、名前は確か……」
「名乗るほどじゃないよ。それより、お前がビショップって、新しいジョークか?」
「っふくくく。名乗る価値のない連中ばかりでこのまま道化でいてやろうと思ったが、予定変更だ。初めまして、あるいはこんにちは。元・脱獄死刑囚のビショップ・フォールだ。キス・オブ・ノックス、エピタフ・ギア、それからルミナス・クロット。何かお好みのものがあれば破格でお譲りしよう」
「それも遠慮しとくよ。あいにく玩具は5歳で卒業してんだ」
ユイは狂人との会話を続けながら、第一層の居住・医療区画にいる非戦闘員たちへ緊急退避収容区画への避難指示信号を送りつつ、南端の隔壁エリアへ続くz字型の廊下を駆けていた。
移動の最中にホルスターに仕込んだ一丁のハンドガンを確認する。今日に限って実戦用パルスガンではなく趣味で持ち歩いている旧式の拳銃だった。予備マガジンを含めても全弾で14発しかない。
『ああ、勇敢なお嬢さん。おそらく君は今頃、無能な部下たちの命を救うためか、あるいは私たちを改めて制圧するためか、あるいは無力な仲間の避難時間を稼ぐために単騎で向かってきていることだろう』
「お褒めに預かりどうも。ドクター・ビショップ。全部正解だ」
『なら、ここで交渉といこう。私は君や君たちに今もって何ら恨みはない。教会を襲撃した時にも君の仲間に同じ話をしたんだが、私の目的はシスターだ。シスター・ルクスだ。今からでも遅くはない。大人しく差し出せば、うん。これ以上の危害は加えないと約束しよう』
「悪いがこれでも信心深いんでやめとくよ。死んだら天国に行く予定なんだ」
『なら猶更だ。あれは……そう。君たちが考えているような有難い奇跡の体現者ではない。巡礼者ではあるが、聖職者ではない。この、この私。このビショップ・フォールでさえ、心を奪われた科学技術の結晶だ』
「そいつは興味あるね。その話、今から直に聞きに行ってやるから待ってなよ」
ユイはインカムの電源をオフにした。途中にある警備用の武装ロッカーを確認したが、やはりすべてを見張りが持ち出したようだ。しかし、いまは連中の手にあると見て間違いないだろう。兵装格納区画が第3層にあるが、悠長に経由していられない。現地調達で行こうと決めた。
程なく、火花を放ちながら中途半端な上下動を続けるシャッターが現れる。
――非常時の電磁封鎖シャッターも機能していないか。
態勢を屈め、足元にある警備側からの一方通行路を覗き込む。タクティカルベルトからライトを取り出して照らすと、奥には腹の破れた死体が詰められ、無様に足を投げ出していた。おそらくはミュートワスプを仕込まれていた道化の部下だろう。シンイチからは『腰抜け』としか聞いていなかったが、なかなかどうしてパンチが聞いていると、ユイは舌打ちしながら立ち上がった。
奇襲は効かない。
正面から行くしかない。
そして、この房を破るぐらいなら緊急退避収容区画を破られる可能性もある。
――なら、ここで防衛線を張るか。
ユイはホルスターから抜いたハンドガンのスライドを引いて弾を薬室に装填し、野盗連中がいる拘束区画へと続く扉の横でカバーアクションの姿勢を取る。すでに銃声はない。恐らく見張りは全滅だ。区画内のセパレートは複雑だが、出入り口は一つだけ。ここがそうだと把握される前に中で銃撃戦に持ち込んで撹乱し、戦力を削ぎつつ時間稼ぎをするのが下策の上か。
ユイは静かにドアを開けて低い姿勢で滑り込むと、銃を引き寄せ胸の中心近くに構えた。C.A.R.(センター・アクシス・リロック)システムと呼称される近距離での銃撃を想定した古典戦術だった。早速3人程度の足音がしたが、頭を下げたまま隔壁に隠れつつ迂回する。ここでの戦闘開始は出口を教えるようなものだ。包囲されるリスクは承知の上で深入りしてから始めるほうが良い。連中も出口探索のために戦力を分散させているはずだから、1対3×6フェーズ程度で削り切れたら理想的だ。囚人移送用の台車や制御端末などの影に紛れ、敵のブーツ音に自らの移動音を重ね、奥へ奥へとユイは進む。道中で確認した敵の武装は予想通りレジスタンスの武器ロッカーに備え付けていたものであり、そして床には武器を奪われ変わり果てた姿となった部下たちが転がっていた。それらを目の当たりにするたび、ユイの頭と心は冷えていく。その中には野盗への配膳を担当していた無抵抗の少女まで含まれていた。ユイは足を止め、虚空を見つめる悲しい瞳をそっと閉じさせ、柔らかな髪を一撫でする。
――もう命乞いさえさせない。
間もなく房が見える最奥近くに来たところで、ついに彼女は意を決した。
目星を付けていた三人グループの中央の一人に向け、静かに射撃姿勢を取る。
銃は胸元で頭部は前傾。
視線は照準線と完全に重なった。
発砲一発・マズルフラッシュと血飛沫が重なった。隣人の頭が血を噴いて両脇の二人は一瞬肩をびくつかせたが、事態を把握して振り向いた時にはそれぞれ喉、米神を撃ち抜かれて膝を折った。残弾4+7発。咄嗟に屈めた頭のすぐ上を凶弾が掠め、端末モニターがデスクごと爆ぜた。散弾だ。続けて一発・二発と撃たれて派手な火花が散るが、ユイは息を殺して動かない。この隙に移動したのだと錯覚した発砲者が不用心に回り込んできたので、伸びてきた足を認めるや脛に一発。悶絶して屈み込んだところで顎下から撃ち抜く。残弾2+7発。崩れる死体を抱えつつ素早く転身。耳をつんざくサイクル音と共に抱えた死体の背中に振動が走る。短機関銃だ。盾代わりにした死体を思い切り蹴飛ばすと射撃者はそれを銃身で払いのけたが、それにより疎かになった両手。ユイはすかさずその胸に2発を撃ち込むと銃はホールドオープンした。致命傷に崩れながらも銃口を向ける敵のガッツに敬意を表して頭に銃を投擲。鈍い音を立てて命中し、短機関銃の射線は壁に流れながら爆ぜって弾痕を描いた。すぐに銃を拾って遮蔽に身を隠すと、駆け足の音が近づいてきた。ユイは弾倉を入れ替えてスライドストップを解除し、なお入念にスライドを半分引いて薬室の状況を確かめてから迂回する。残弾7発。
「敵は何人だ!?」
「知るかよ! 一瞬で3人やられたんだ一人ってことねえだろ!」
――残念、あるんだよ。
ユイは空になった弾倉を壁に投げつける。後先考えずそこに乱射される銃弾。その隙にユイは会敵数が2であると把握しつつ背後へ迂回し、手近なコンテナに背中を預ける。敵の一人はいまだそちらに銃口を向け、もう一人はそのバックアップをするよう正反対にアサルトライフルの銃口をフラフラさせている。その鼻先が破裂音と共に陥没し、もう一人は見当違いの方に銃を向けたまま首から血飛沫を噴いた。
途端、背後の殺気に身を捻ると脇下からナイフが突き出てきた。銃を使えないバカもいるのかと思いながら流すように手首を掴んで捻る。巨体はグルっと宙返りして床に叩き付けられ、脳震盪の衝撃より先に頭に2発の銃弾を叩き込まれた。そのまま腕拉ぎでもするように両足で死体を引き寄せると、その肩口で血肉が爆ぜる。盾にした死体の肩から骨が覗いていた。威力的にマグナム弾だ。ユイは隙間から見えたつま先に一発。転倒した男の頭頂部に二発。ホールドオープンした銃を捨て、巨漢が無意味に腰に下げていた実戦用パルスガンを奪って2工程を必要とする安全装置を解除する。恐らく使い方が分からなかったのだろう。咄嗟に転がると残像を銃弾が食い破る。跳ね起きる隙さえないバースト射撃のため転がりつつパルスガンを発砲。甘い狙いの荷電粒子は、しかし青く爆ぜて空気を振動させ、瞬時に敵の重火器がスパークして悲鳴があがる。
――全金属の旧重火器はこれが怖い。
内側から神経を焼かれたショックで、未だ痺れた腕に驚愕している未開人の顔面を青く焼いてから、ユイはエネルギーの残量を確認。この火力を維持すれば後3~4発というところだった。
レジスタンスの戦闘訓練評価においてユイの総合評価はAマイナスであり、指揮官としては高い部類ながら戦闘員としては上の下だった。射撃精度や機動性・スタミナ管理など肉体面の評価は平均前後であり、空間把握力・武器奪取判断など精神面の評価においても突出したものがない。しかしその戦歴評価はレジスタンス全体で見ても圧倒的だった。彼女をよく知るシンイチによれば『彼女はifを誤らない』という。あらゆる戦闘結果を敗北者の観点から分析すれば、そこには必ず『あそこで撃てば勝っていた』というような決定的なifが存在する。ユイはそこを誤らない。故に戦闘における一つ一つの動作は並程度でありながら、全体の流れから各動作を俯瞰すると無数に存在したifの中からほぼ最善手を選んでいることが分かる。年少のレジスタンスたちはそれを『ジャンケンで負けない』と子供らしい明快さで表現している。
さらに4人をパルスガンで仕留めたころには、出口探索のために分散していた敵戦力が、ユイの始末を目的とした包囲の形に変わっていた。残りの戦力は半分ぐらいだろうが、今もってあの道化の位置に検討がつかない。凡庸なリーダーなら半数近くも戦力を失えば部下に召集を掛け、自らの護衛に当たらせる。つまり敵の動きに方向が生じるのだ。この先にボスがいる――そういうベクトルだ。しかし連中にそれがない。
――ま、だから例の囮があるんだけどね。
ユイは輸送コンテナの影でポンプアクション式の散弾銃に弾を込めつつ、次の標的を品定めしていた。戦術は変えない。先のミュートワスプのような隠し玉がないとは言い切れない状況だが、根拠なく想定を増やして即応性のパフォーマンスを落とすのは下策だ。ユイは自分自身の強みが瞬時判断精度だと自覚している。熟考の末に数手先を予測するのではない。愚か一手先でさえない。全てが同時。最高の現在を獲得するために己は特化している。
「あっあー。実に興味深い戦いだったよ、マドモアゼル」
道化――ビショップの声が遮蔽越しに聞こえてきた。静かに近寄っていく。
「その、なんだ。最初に話しておくとしよう。実に驚異的な実戦能力を持つ君を相手に、そう。このように自らの所在を明らかにした理由は……ただ一つ。一つだけだ。『揺るぎない絶対的な勝機を獲得したから』だな。既に君の位置は把握し、私の無能な部下たちが包囲し、その銃口をあらゆる急所に向けている。疑うなら、そうだな。君の足元に撃ち込ませてもいい。ならばなぜさっさと殺さないのか? その理由も、っふふふ。もちろん利口な君なら分かっているはずだ。君を殺せば現時点で脅威はなくなるが、そこからが問題だ。どこぞに立て籠ったシスターを引き摺り出すのはその……出来ないとは言わないが、恐らく簡単なことじゃない。あるいはモタモタしている間に、遠足に出た君たちの仲間が帰ってくるだろう。俺たちはそうなる前にお暇したいんだ。だから君のほうから、シスター・ルクス一人を差し出すよう連絡を一つしてほしい。そして彼女を……アレを手にしたら……うん、すぐ帰るさ。大丈夫。騙し討ちはしない。そんなことして、君たちやタイタンにアジトを蹂躙されたら本末転倒だ。あのシティ・アルマやアーカイヴスに対して常時観測と情報収集が出来る君たちだ。俺たちのアジトを見つけるのなんか訳ない。正直見くびってた。っくふふふ。これでわかったろ? 俺には騙し討ちをするメリットが、1ミクロンだってないんだよ。だから、……頼むよ。マドモアゼ――」
カチリ――と撃鉄を起こす音がビショップの後頭部で鳴り、ついでハンドキャノンの銃口がその後頭部に突き付けられる。周囲の野盗は動揺していた。つい今しがたまでユイに狙いを付けていた味方が、ビショップの部下が、脈絡なく裏切ってきたのだ。しかし全てを理解した道化はおもむろに両手をあげる。
「自慢じゃないけど、この手の駆け引きで負けた験しは一度もないんだよ」
裏切者はそう、ユイの声でしゃべった。
「こういうのを『揺るぎない絶対的な勝機』って言うんだよ、おっさん。アドバイスしてやろうか? 敵がいつまでも同じ格好をしてるのは集団対集団の時だけだよ。ところで、私は手塩にかけて育てた部下どころか無抵抗の女の子まで殺されてご機嫌だ。おまけにこのクッソ臭いサイズ違いの装甲服でオメカシして最高だと言っても良い。さて、ここでお前は試される。部下に命じな。武器を捨てろって。大人しく従うようならお前は少しばかり永らえる。こいつらの制御装置として利用価値があるからな。ないなら生かしておく理由はない。寛大なことに2秒待ってやる。2」
発砲音と同時にビショップの右手が爆ぜた。悲鳴をあげる道化をなお後ろから羽交い絞めにしてなおユイは続ける。
「人質を撃つ効果を教えてやるよクソ道化。一つ、激痛と恐怖によって余計な画策をする余裕を奪える。一つ、人質を忠実にさせられる。一つ、人質の真価を確認できる。これでもマヌケな部下がいつ迄も玩具を持ってるようじゃ、お前の価値は肉の盾にしか――」
「お前ら武器を捨てろ! さっさと捨てろ!」
無様なまでの悲鳴をビショップをあげた。その口調になにか違和感を感じた途端、道化の頭が赤く爆ぜた。飛散した肉片にユイの目が眩んだと同時、さらなる発砲音と共に左肩に激痛が走った。直感で身を捻らなければ心臓を撃ち抜かれていただろう。
「勝手に喋んなっつったろボケがぁああ!!」
頭部を半壊させた道化がそう喋ったとき、ユイは真っ赤に染まった視界のなか直感でサブマシンガンを掃射した。途端、野盗たちがまるで糸を手繰られたマリオネットのように引き寄せられて射線を遮り、その血肉を激しく飛散させた。




