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シズ:1ーアオイ:1

 シティ・アルマの企業連合軍において技術少佐の階級を持つ河合志津は、戦術管制責任者を兼ねるに相応しい現実主義者だった。しかし今日この時ばかりは、その手をディスプレイから離して組み合わせ、目を背けるように閉じ、縋る気持ちで神に祈りたくなっていた。アストラ・スパインの最上層から電子的に俯瞰した戦場。投入した戦力は自律戦術群『アサイラム』、強襲降下機甲隊『オーバーラスト』、内部制圧部隊『エクリプス』、防衛衛星群『アトラス・ベイル』、そして彼女の虎の子たるD-09戦術支援部隊『ハウンド』に主戦力の『ガーディアン部隊』。一言で言えばシティ・アルマの総戦力だった。

 無論、これだけの戦力を指揮する権限など一技術少佐にはなかったが、それらの承認を務めるシティ・アルマの高官たちは、旧湾岸第21区域廃棄領域におけるユグドラシルの第一試験戦闘を境に消息を絶ったのだ。不幸中の幸いと言えば実務的な面で言えばほとんど影響のない名誉職(ハンコツキ)ばかりであったことだが、しかし内三名だけはそうではない。河合は歯噛みする。


 ――斎賀本部長。いったい鉄の海で何があったのですか。貴方たちは、雪乃は、ユグドラシルは何処へ。……そして氷川博士。貴方も何処へ。


 そう。シティ・アルマにおける最高戦力とその管理者がこの土壇場に揃って欠けているのだ。

ともあれ、この非常事態と第六遮蔽防衛戦における指揮ぶりを企業内AI『Vectorized Executive Cognitive Tactical Operations Regulator(V.E.C.T.O.R.)』、通称はヴェクターに評価され、河合は今この防衛戦に限り全権を移譲されているのだった。

 企業第三区域戦術中枢の作戦管制室において、中枢パネルのスクリーンに留まらず壁一面の情報投影パネルにまで表示されているのは、地表各層・上空・外縁エリアに展開する全戦域のリアルタイム映像とデータであり、それらがまるで星図のように浮かんでいる。それを睨む河合の目はかつてないほど険しく、額には冷や汗が滲んでいた。

 雪乃及びメランコリアなしとはいえ、現戦力はかのアーカイヴスやレジスタンスの総戦力に対しても五分以上であり、こと防衛戦を展開するならアストラ・スパインの戦況処理能力を踏まえ三勢力においても最強と断じてしまえる。あの正体不明機が来たとて今なら迎撃できるはずだ。都市上空には監視と超長距離砲撃が可能な衛星群。地上中核には要塞破砕から変形による地中潜航さえ可能な機甲隊。前線には戦術AIの改修により疑似的なメンタルリンクシステムを実現した新生ガーディアン部隊。随伴するのは半電脳化工作兵に戦術ドローンを含む中型浮遊ユニット。後方支援は高精度高火力の多脚型移動砲台だ。規模だけでもかの旧政府軍に匹敵する。

 それが、成すすべもなく『吞み込まれて』いる。

 この、『鉄の海』を母体とした廃棄物たちに。


 ――お前たちは……何なのだ。


 高官たちの一斉不在により表向きは機能不全に陥ったシティ・アルマの、その建前上の残務処理を準パーソナル・ラボ兼情報観測室で行っていた深夜に、防衛衛星(アトラス)の観測結果が急報として入って来たのだ。『歩むが如くゆっくりと、しかし意思を持つが如く着実に、ここへ』動いていると。

そこから権限移譲と現迎撃態勢を整えるまでは戦闘員へのブリーフィングを含め33分。戦闘員には『ROE-Zero』、戦闘用AIには『Protocol: Thanatos』を発令。要するに開戦(はな)から視認即時交戦を許可する最終段階。通称『死の黙契』だった。


『アサイラム零五応答せよ。応答──……全機、即時警戒散開。遮蔽フィールド第3層展開、敵機接近……光学系ダウン、視界ゼロ。HUDのシステムノイズが酷い……異常侵蝕、ナノ・レベルじゃない、これはデジタル・ミーム汚染だ……来るな、やめ(通信途絶)』


『こちらエクリプス07-β、制御系統応答遅延10.4秒──RTT上昇中、。リンク制御崩壊の恐れあり。視界に目標存在──人型兵装とみられ(通信途絶)』


『補機反応薄い! 第三砲塔過熱、構造材に急激な金属疲労が……っ、溶解反応!? ナノスウォームの腐食か!? いや外装が『沈んで』いく!? 隊長、撤退コード要請! 脱出許(通信途絶)』


『左腕、違う……これは俺の腕じゃない。機体じゃない……“俺”の中に別の声が──侵蝕して──(通信途絶)』


『敵正体不明機をユグドラシルと断定! 接近速度マッハ1.2! 機影識別不能──位相レイヤー重複、存在自体が多重収(通信途絶)』


『背後ッ! 背後に有機体──いや、枝……っ!? アームユニット破断! 脱出ポッド作動不──ッ、熱源が体内に──っああ!!(通信途絶)』


 聞いたこともない通信内容が管制室内で交錯する。そして満天の星空という場違いな形容が相応しかった錚々たる戦力を示す味方識別信号(ホワイト)群も、まるで外側から『食まれる』ようにして光を失っていく。それも機械的な破損を示すノイジーな消灯ではなく、存在そのものの情報が虚無に融けるかのような唐突な暗転。その後、同位置で敵識別信号(パターンレッド)として再表示されていく。細部を見るならまるで一方的なリバーシだ。河合の背後で階層状に着席している膨大なサブオペレーターたちも、既にみな顔面蒼白だった。


「て、敵指揮官と推定される機体情報。部分解析完了です。現時点の脅威レベルは単機でEXCEED」


 感情を喪失した声が絶望を告げる。


《戦術人型兵装型正体不明機|識別コード:YgR-01|状態:異常活性化》


《外装構成:自己増殖型の金属繊維と推定/樹状型展開モジュール確認》《主武装:不明》


《自律機能:ナノクラウド汚染通信/搭乗者:不明(旧登録識別信号:E-02にパターン類似)》


《接触戦闘における現勝率:99.9999%|備考:上昇中》


「……認めよう。ユグドラシルと雪乃が来ている」


 確証こそないが、この事態は鉄の海におけるユグドラシルの試験が遠因にあると見て間違いない。ならば事態収束の鍵はユグドラシルのパイロット:雪乃のケアマネジャーである氷川澪か、その補佐を務める斎賀貴臣なのだ。しかしその二人が共におらず、ユグドラシルの開発関係者も根こそぎ失踪している。現状、もはや力押しにて押し留めるしか己に術がない。そしてこの僅かな溜息の間にも電子的な『死』が次々と味方戦力を覆い尽くしていく。同時、まさにその位置から湧き出るように出現する敵識別信号たち。河合はそこに、信じがたいもう一つの事実を現実主義者として受け入れるしかなかった。


 こいつらにやれると、こいつらになる。

 そして、間違いなくシティ・アルマの防衛線を突破してくる。

 もう、間もなくに。


 河合の決断を早かった。


 ――お前たちが鉄より生まれた者たちなら、シティ・アルマの取って置きをくれてやる。


「避難プロトコル『エクスフィル・シグマ』を開始する。中央評議会における緊急投票資格者は全員不在により即時発令。フェーズ0の局所封鎖とフェーズ1の避難民選別および個別脱出モジュールの割り当てを最優先で並列処理し、他のリソースは情報資産・中枢AIデータ群のカプセル化に割り当てろ。無論、それらが済んだら、お前たちも軌道脱出を行え。地下水路経由を割り当てられたものは『ナイトゲート』の物理パスを確認するように。諸君らに感謝を」


 言いながら、河合は現戦力に対し『都市残存遮蔽コード』の配布を開始した。


「作戦管制室から全軍に通達。これより都市自治機能を放棄する。各自、自由戦闘に移行せよ。──『運命エンタイア・フォール』だ。なるべく生き汚く戦い、コンマ1秒でも避難民脱出の時間を稼いでくれることを願う。私も最後まで共にある」


 言い切ってから、河合は生まれて初めて手を組み、祈りを捧げた。

 それはシティ・アルマの終わりを告げる指令だった。

 この後、この作戦の指揮官たる河合が全プロトコルを完遂したと判断した時点で、都市中枢にある自己消去型EMP弾頭『NØRA』が半径約11・6km・地下約600m層の範囲に完全磁気焼却圏を生成し、アストラ・スパインの全階層を含むシティ・アルマにおけるあらゆる記憶媒体の情報が量子乱流波によって全て不可逆的に消去される。熱波や爆風の発生はないため、機体外装への物理的破壊力は皆無だが、


 ――鉄の海の廃棄物たち。お前たちが情報生命体だと言うならこれがジェノサイドになる。


 サブオペレータたちは自分たちの仕事を終えると、河合に黙礼をした後、一人また一人と席を立ってフェイルセーフ回廊へと消えていく。これ以後は前線からの問い合わせに対してもシンプルな自動応答が為されるのみであり、戦闘員たちはアストラ・スパインの庇護を失うことになる。河合は白衣の袖をまくって自らデータグローブを嵌める。AI支援補助端末の支援を受けつつその肩代わりを始めたのだ。損耗情報の収集と一次撤退座標の策定と提示・残存部隊への反攻ルートおよび支援火線の再構成。抜きんでた速度だがとても追いつかない。精々で局所最適化止まりだ。


 ――遅い。演算ノードF群・再起動。ベクター43、リファイン……。


 指よりも先に思考が過熱していく。シティ・アルマ全体を覆う敗戦の波形が急激に早まる。識別信号の反転はドミノのようだ。それでも一名が1秒永らえる確率がコンマ1%でもあがるなら思考も指も止める訳にはいかない。大局的な指示が指揮官として完了したなら、今は一情報提供者として最後まで局所の最適化を行うべきだ。それしか出来ないならそれを全うするのみ。渇きで血走っていく目。強張りそうになる指。処理し切れない視覚情報。呼吸さえ忘れていたことに気付いた途端、急に処理すべき計算負荷が軽減する。


「火線位置は区画B6からD2転送完了。うざいナノ散布機はないから反応炉誘導で焼く。C系列に補助電源振って被弾構造の再演算は再開。いけるよ第16群、視覚支援リンク張り直しOK!」


 それは最後の一人だった。悠長に、しかし頑なに席を立たず、残存勢力への情報提供を河合と共に続けているオペレータがいたのだ。ディスプレイから目を離さず、機械よりも正確なグローブ運指で集中力を切らさない。その彼女がいま、情報提供のみならず自らの戦略を逐次学習した補助AIを分配しながらサブオペレータが担っていた作業を次々と並列自動処理しているのだ。河合は手を止めた。メンタルリンクシステムに不適合の烙印を押されるも、それに準じたシステムに適合した彼女は、やはり選ばれるべき才能の持ち主なのだろう。

 だが、言うべき言葉は礼や称賛ではない。


「何をしている桜井。さっさと撤退しろ。ここから先は軍人の聖域だ。民間人は目障りだ」


 そう恰好を付けてみたが、しかしもう自分よりも遥かに効率的に情報提供を行う補助AIたちの仕事ぶりを見ると指を動かせなくなった。河合はグローブを外し、所在なくベストの内から麻薬性の高い煙草を探る。


「水臭いんですよ、少佐♪ あ、そうそう。もう少しでノーラちゃんの起爆を遠隔制御かつ600秒のカウントダウン式に書き換えできるんです。……皮肉ですよね。北欧神話における『記憶を紡ぐ巫女』の名前が、『記憶を終わらせる者』に名付けられるなんて。ああ、それと少佐の疑似応答システムが並行して準備できたんで、前線の皆さんには情報だけでなく発奮効果の高いメッセージをお届けできますよ」


 取り出そうとした一本の煙草を河合は落としてしまった。あらゆるシステムがAIによる自動化を達成しているシティ・アルマにあって、この『NØRA』だけは生態信号を持った者の物理入力のみで起爆できる仕組みとなっていたからだ。故に、この作戦を開始した時から河合はシティ・アルマと心中する気でいた。何せ『NØRA』クラスのEMP(電磁パルス)をアストラ・スパインの管制室が浴びれば、そのセキュリティ構造は敵性知性からの大規模クラックと即座に判定し、自爆プロトコルを実行するだろう。ここの物理的構造自体、そもそも秘匿すべき機密情報なのだから。


「……もう、良いじゃないですか。少佐には二回も命を救って頂いたんですよ?」


 河合の沈黙を叱責と錯覚したのか、桜井が続けて言葉を紡ぐ。


「メランコリア適合候補落選による処分から一回、第六遮蔽防衛戦後の昏睡状態による破棄処分から一回。だから、一回ぐらい私が借りを返したって。軍人とか聖域とか、難しいことは分からないです。私ってバカだし」


 ディスプレイに表示された実行キーを撫でると、河合に酷似した合成音声があらゆる通信チャンネルに流れ始めた。相手の家族を保護する約束。これまでの功績を労う言葉。死にゆく者への感謝の言葉。諦めた者への優しい叱咤。通信相手の個々に最適化されたメッセージの奔流。そこから味方識別信号の消滅が、僅かだがしかし確実に遅くなった。


「人って、言葉一つでも結構頑張れるんです。雪ちゃんにはお母さんみたいな氷川博士がいたように、私にはお姉さんみたいな河合少佐がいました。被検体として落ちこぼれだった私をまるで妹のように励まし、元気づけ、友達のヴァレリアくんを与えてくれて。でも私は失敗してばかり。一つぐらい、何か『やり切った』っていうのが欲しいんです。……だから、少佐。私と一緒に逃げてください」


 桜井はディスプレイに項垂れたまま言い切った。小さな肩を震わせて静かに泣いていた。その情けない顔が見せられなかったのだ。河合からは命を救われるたびに、もう二度と泣くなと言われていたから。だからいつも笑っていた。必要以上にテンション高く振る舞い、戦闘任務の直前でさえ燥いでいた。

その細い肩の両手に、河合の手が置かれた。


「……少しこの応答はやり過ぎだな。さすがに一兵士が3歳のときに飼ってたハムスターたちの名前を私が全て言えるのはおかしいだろ。アルバス、セルブス、ダンブルど……なんだって?」


 桜井は噴き出した。思い返せばこうして笑ったのも、第六遮蔽防衛戦から目覚めてから初めてのことだった。しかし、即座に桜井は「ああ!?」と頭を抱えて振り返る。


「私たちの脱出用に残しておくべきだった高官用のカプセルベイ、全部割り振っちゃいました。どうしよう……何か残ってないかな」


 唸りつつ高速な運指を再開する彼女の隣に、苦笑しつつ腰掛け、河合は最後の音声通信を開始した。


「作戦管制室から全軍に通達。非戦闘員の避難と中枢技術のカプセル化が完了。諸君らはシティ・アルマの企業連合軍として見事任務を達成した。10分後に『ノーラ』が起動する。奴ら機械風情に人間の恐ろしさを叩き込んでやる。総員退避。繰り返す、総員退避」


 そして河合はホルスターから一丁の銃を取り出し、通信チャネル用マイクへ一発を撃ち込んで強制的にミュートにした。驚いた様子の桜井に向け、河合はベストと白衣を脱ぎ捨ててから肩をすくめてみせる。


「シティ・アルマの戦術管制責任者にして技術少佐の河合志津はいま死んだ。これからは身分のない一避難民だな。これだけ多くの部下を死なせておいて、随分勝手な話ではあるが」


「そんなことないですよ! そもそもこの指揮だって少佐の責任じゃ――」


「もう少佐じゃない。今からは、ただの、お前の姉だ」


 言葉を失っている桜井を一度横目に見てから、河合は思いついたようにグローブを嵌めて何かの操作を始める。その指先がアクセスしている先は地下第17層──戦術兵装格納ドックだ。シティ・アルマの荒廃を巡って全てのガーディアンが出払ってもなお残された、特別な一機がそこへディスプレイされる。修繕が完了して以降、再利用予定がなくなり破棄処分の決定を待っていた感応式・戦術人型兵装『メランコリア』だ。


「……少佐、まさかこれに乗って」


「そうだ。もちろん私に操縦などてんで無理だ。しかし桜井、お前なら」


 目を見つめられた桜井は素早く立ち上がって全力で両手を振る。


「無理無理無理無理絶対に無理ですって! 準・感応式兵装をアッパー系薬剤併用して手一杯だった私ですよ! それがよりによって天才雪ちゃん専用の人型兵装を操縦なんて! そんなの仮免でジャンボジェット飛ばすより――」


「アオイ」


 初めて名前で呼ばれたショックから桜井は思わず肩をすくませた。反射的に閉じていた目を恐る恐る開けていくと、小柄な彼女を見下ろしながら、河合が眼鏡を外して微笑んでいた。今まで見たことのない柔らかな表情。そして包容力のある優しい視線が向けられている。この緊急事態にあってなお、その視線には吸い寄せられる何かがあった。


「姉さんが『出来る』って言ってるんだから、あなたの返事は『はい』でしょ?」


  ね? アオイ、と河合が小首を傾げたとき、桜井は無意識に頷いていた。


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