あなたが好きです、断って下さい
ねぇ、知ってる?
一目惚れって性欲由来なんだってさ。
校舎裏に呼び出してきた、今まで碌に話したこともない女生徒の赤い顔をみて『ああ今日もこれか』と内心で嘆息する。
僕、マンサム・ダーズリーはしがない子爵令息なんだけど、よく告白されるんだ。
理由?
顔がいいからだよ。間違いない。
だって、他に取り柄がないからね。
言っててちょっと悲しくなる。
「一目惚れしました。マンサム様、貴方のことが好きです──」
あーやっぱりだよ。
はいはい。いつものやつね。
貴族の結婚にはしがらみが多いんだ。
だから、学生時代は簡単に好きになったつもりになって、期間限定の割り切った恋愛を楽しもうとする女の子も多いんだよね。
なんて言えたら気分がいいんだろうか。
勿論、現実はそういうわけにもいかない。
面倒だけど、恥をかかせない様に、恨みを買わない様に丁寧にお断りしなくてはならない。
試しに付き合ってみればって?ごめんだね。
青臭いかも知れないけど、僕は内面も見てくれる、自分が本当に好きになった女性と真剣にお付き合いしたいと思っているから。
「──だから、断って下さい!」
「……はい?」
え、聞き間違いかな。
「そこは普通、付き合って下さいじゃないの?」
「私は恋愛なんかにかまけている余裕はないんです!」
呆気に取られる僕に、女子学生はつらつらと説明する。
彼女の名前はスプラ。平民ながら最近、特待生として王立アカデミーに編入してきた優等生である。
母親は元貴族。
駆け落ちして平民になったが、その相手が実は碌でもない男で、借金を残して失踪し苦労したという。
それで「恋は人を狂わせる」と、幼い頃から言い聞かされて注意してきたが、不覚にも僕に一目惚れし、勉強に全然集中出来なくなってしまったそうだ。
「なるほどね、ところで勉強にこだわっているけど将来は学者にでもなりたいの?」
「いいえ、勉強はあくまで手段です。私の目標は、『お金に困らず毎日ケーキを食べられる人生』なんで。それが叶うなら高学歴高収入でも玉の輿でもなんでもいいです。」
ささやかで可愛い欲望だなぁ……
でも、それなら確かに今の状況はよろしくない。
なにせ彼女は特待生。成績が落ちるとアカデミーにはいられなくなり、将来の選択肢が狭まるのだから。
「現在私は、初恋が成就するかしないかでモヤる『シュレディンガーの片思い』状態です。だからキッパリ振って頂けたら『付き合えない』事が確定し、不毛な恋愛モードから脱却できると自己分析しました。」
なるほど……でも、そう簡単に行くものかなぁ。人間の感情ってもっと複雑で、コントロールが難しいと思うんだけど。
「知ってますか?一目惚れって性欲由来なんですよ。失礼ながら、マンサム様ってお顔は素敵ですけど、それ以外はサッパリじゃないですか。人間的に尊敬している訳じゃないので、ヤレないと確定したらもう興味がなくなると思うんですよ。」
うお!人が気にしているところに豪速球投げ込んでくるじゃん……
勿論お断りするつもりではあったんだけど、なんか一方的に要求をきく様でちょっとだけモヤるな。だって人の告白を断るのもパワーがいるんだよ。
せめてこちらにも少しでもメリットでもあれば……そうだ。
「わかった。君のことを振ろう。ただ、代わりに暫くの間『白い恋人』になってくれないか?」
スプラと付き合っていると噂になれば今後、僕が告白されることはグンと減るだろうからね。
「あと、できたら擬似デートついでに勉強を教えてくれたら嬉しい。代わりにこちらはケーキをご馳走しよう。」
「了解です。契約成立ですね。」
ちなみにスプラは振ったあとすぐ「あ、もう大丈夫です。ドキドキしなくなりました。」と言っていた。
割り切り早!
◇
そんな彼女との白い恋人生活は、結構楽しかった。
まあ、恋人生活といっても図書館で雑談しつつ一緒に勉強したり、代金はこっち持ちでお茶をする程度なんだけどね。
しかし彼女の話は面白く、甘味に顔を綻ばせるのは見ていて飽きない。狙い通り、他の令嬢からの告白も無くなって、いい事ずくめだ。
「次は新しく出来たカフェに誘ってみよう。ラングドシャでホワイトチョコを挟んだ菓子が美味しいって評判なんだよね。喜んでくれるかなぁ、フフフ……」
放課後、そんな独り言を呟きながら彼女のクラスに行くと、ドアの向こうから意地の悪そうな声が聞こえた。
「スプラさん。貴方とマンサム様では少々釣り合いが取れていない……そうではなくって?」
うお!
僕が昔振った伯爵令嬢がスプラに絡んでいる。そうよそうよと、取り巻きの声も。やばい、早く助けないと。
「私の彼氏を馬鹿にしないでもらえますか?」
ん、どう言うこと?
スプラの声に固まる。
なんだか怒っているようだ。珍しい。
「彼には人よりも努力してきた歴史があるんですよ!」
「ええっと?」
伯爵令嬢が困惑しているのがわかる。
そりゃそうだ、『釣り合いが取れていない』って僕を貶める意味で言ったんじゃないもんな……
「確かにマンサム様は勉強も剣術も魔術も平凡です……でも、ハンサムで、紳士的で、そして勤勉なんです!」
「そ、そう……」
「彼の努力はいつかきっと実ります。私はそれを確信していますから。」
でも、僕は不覚にもトゥンクしてしまった。
え、めっちゃ僕の内面見てくれてるじゃん……
◇
僕は家を継がない次男だから、結婚相手は家のプラスになる相手なら自由に選んで良いと言われている。
そして、スプラは平民だが高位貴族の孫娘。
彼女の祖父母にこっそりコンタクトを取ってみると、母親は勘当状態だが初孫は可愛く貴族社会に戻したいようで、『嫁に貰ってくれるなら君の実家とパイプを作ろう』と言ってくれた。
つまり僕とスプラは結婚できる。
一応僕も貴族のはしくれで『毎日ケーキを食べられる』くらいのお金はあるから、求婚すれば多分受けてくれるだろう。
ただ、それには一つ問題があって……
「ねぇスプラ、君って今では僕のこと全く好きじゃないの?」
「はい、人間性は尊敬していますが男としては全然。顔も見慣れましたし、おかげで勉強が捗ります。」
愛のない結婚は流石にね……お金の力ではなく、僕自身の魅力に惚れて貰いたい。だけど、スプラはもう僕のことを異性として全然意識してくれていないんだよね!
「ちなみに好みのタイプってどんな人?」
「私よりも賢い人ですね。」
その言葉に僕は奮起した。
彼女より良い成績をとってから告白しようと。
そして持てる時間を全て勉強に費やした。
その結果……
「マンサム様、成績落ちてるじゃないですか!」
「あ、あれぇ?!」
そんなはずはと、最近の勉強した事を思い出……あれぇ?スプラの事しか思い出せない!
もしかして僕って今、脳内がスプラで埋め尽くされて他の事が全然頭に入らなくなっているの……?
好きな人のために勉強したい。
でも、好きな人に夢中で頭に入らない。
恋は人を狂わせるって、その通りなんだなぁ。
今はちょっと距離を置いたほうがいいのかも?
スプラの顔をチラリとみる。
プンプンした顔も可愛い!
一ミリも離れたくない!
うーん、参った。
なら、恋にあたまが沸いたこの状態に早く慣れて、その上で勉強を頑張らないといけないな。
できるかな……いや、好きな人のためにやってみせる、頑張るぞ。
「もう、『白い恋人』とはいえ見過ごせません。私この前、とある伯爵令嬢に啖呵きっちゃったんですから。さ、図書館で一緒に勉強しましょう」
スプラが優しく手を差し出してくる。
やめて、もっと好きになっちゃう!