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影の連鎖  作者: 怪談亭
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終章 新たな書き込み

 あの日から数日が経った。俺の存在は、もう家族や友人の間では「生きているもの」として扱われてはいなかった。連絡のつかない俺のことを、母は毎晩のように心配そうに玄関で立ち尽くし、妹は布団の隅で震えていた。友人たちは、もう誰も俺に連絡を取ろうとはしない。まるで俺という存在が、最初からいなかったかのように。


 俺自身も、状況を理解しようとしていた。何が現実で、何が幻だったのか。だが答えはいつも、あの旅館へと繋がる暗い感覚の中でしか見つからなかった。地下の焦げた神棚、意味不明な文字で刻まれた石柱、そしてあの影──人々の集合体のような、旅館で消えた者たちの存在。


 振り返れば、すべてはあの夏の夜に始まった。友人に半ば冷やかされて参加した心霊スポット探索。ネット掲示板の警告も、あの時はただの煽りか都市伝説だと思った。しかし、その警告の文章──「絶対に行くな」──は、奇妙なことに、どこか見覚えのある言葉遣いだった。


 数日後、俺は途方もなく奇妙な感覚に包まれながら、スマホを手に掲示板を覗いた。新しい書き込みがあった。タイトルも内容も、あまりに現実を無視できないものだった。


 「昨日、あの旅館に入った。絶対に行くな。次はお前かもしれない。」


 投稿された瞬間、画面の向こうから背筋に冷たい風が走った。なぜ、こんな文章を書けるのか。誰が書いたのか。画面の下に表示されたIPアドレスを見て、俺は息を飲む。


 それは──俺の自宅からの投稿だった。


 一瞬、頭が真っ白になった。どうして? 俺はここにいる。俺がここにいるのに、どうして俺自身が警告を書き込んでいるというのか。指が震え、スマホを握りしめたまま、俺は理解する。あの夜、地下で囁かれた言葉の意味を。


 「お前は最初から呼ばれていた」


 俺は、自分自身の未来を見ていたのだ。あの掲示板に書き込まれた警告は、あの時点ではまだ誰にも読まれていない未来の俺の声だった。まるで、時間の向こうから必死に警告を送るかのように。俺は、自分があの旅館の闇を引き寄せてしまったことを、ようやく理解した。


 画面を見つめる俺の視界の端に、微かに動く影。長い髪、ぼんやりとした輪郭、人の形をしているが、どこか現実離れした存在──あの旅館で見たあの影だ。影は俺の方をじっと見つめ、口を動かす。


 「次はお前だ……」


 その声は、心の中に直接響いた。文字通り、時間を超え、空間を超えて。俺は震えながら、スマホを手放すこともできず、ただその存在を感じ続けるしかなかった。


 母や妹の声、友人たちの笑い声、遠い日の夏の陽射し、すべてが一瞬にして混ざり合い、現実と幻の境目は消えた。俺はもう、自分がどこにいるのかも、どこへ向かうのかもわからない。ただ一つわかるのは、あの旅館の影は、今も確かに俺を見つめ、そして次の誰かを待っているということだ。


 掲示板の書き込みは、すでに何百人もの目に触れるだろう。そして誰かが、その警告を無視して、次の旅館の闇に足を踏み入れる。俺はその瞬間を、ただ遠くから見守るしかないのだろうか。いや、見守るだけでは済まされない、俺自身もすでにその一部なのだと、冷たい現実が身体を貫く。


 スマホの画面に、最後の警告を打ち込む指先が止まる。呼吸は荒く、心臓は高鳴る。だがその瞬間、すべてが沈黙する。画面の文字は、まるで自分の意思とは無関係にそこに存在しているようで、俺は震える手でスクロールを止めることしかできなかった。

そして、ふと画面に浮かんだ最後の一行──


 「絶対に行くな」


 それは、最初の警告であり、同時に俺自身から未来の誰かへの警告でもあった。時間の螺旋の中で、俺はもう逃れられない。いや、もしかすると──俺は最初から、この物語の一部として存在し、誰かに伝え続けるために呼ばれていたのかもしれない。


 画面を見つめたまま、俺は静かに息を吐いた。声にならない叫びと共に、背後の空間に微かに漂う影が、そっと微笑んだ気がした。


そして、旅館の闇は、また新たな目標を待っている。

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