第十一章 地下祭壇
階段を一歩一歩下りるたびに、俺の胸は締め付けられるようだった。湿った土と煤の匂いが鼻を突き、足元の石段は濡れていて滑りそうになる。懐中電灯の光はわずかに地下空間の輪郭を照らすだけで、奥は黒い闇に飲み込まれていた。
やがて目の前に、焼け焦げた木製の神棚と、奇怪な文字が彫られた石柱が並ぶ広間が現れた。煤で黒ずんだ天井からは、無数の小さな影が揺れているように見えた。息を呑み、耳を澄ませると、かすかに人の囁きやすすり泣きが混ざり合い、空気そのものが重く押し潰すようだった。
そして……背後の闇から、女の影がゆっくりと浮かび上がった。長い黒髪が床に触れ、まるで液体のように揺れる。だが、それだけではなかった。影は次第に広がり、一つの女ではなく、旅館で消えた人々の面影が絡み合った塊のような存在に変わっていった。顔はぼやけ、手足は互いに絡み合い、声は重なって低いうめきに変わる。
「……お前は、最初から呼ばれていた」
耳元で囁かれる声に、体が凍りつく。震える手で懐中電灯を握り直すが、光は影を切り裂けず、ただ黒い塊を浮かび上がらせるだけだった。目の前の祭壇には、燃えかすの香と共に、赤い染みが点々と残っている。焦げた木材の隙間から、かつての犠牲者たちの怨念が漂うように感じられた。
「……どうして俺を……?」
声にならない問いに、影の塊が一斉に振り返るように揺れた。目のない顔がこちらを見つめる。無数の目が、俺の存在を確かめるように光を反射する。体が硬直し、呼吸が浅くなる。
「返すんだ……戻すんだ……」
声は一つではなく、失踪した友人たち、旅館の客、そしてこの地下に縛られたすべての魂の合唱のようだった。俺の頭の中で、廃旅館の入口の鳥居、焦げた宴会場、濡れた畳、そして鏡に映った女の顔が次々と再生される。すべてが、この瞬間へと収束していた。
「……俺が……連れてきた……?」
震える声で問いかけると、影の塊は微かに揺れ、まるで肯定するかのようにうなずく。恐怖と自己嫌悪で吐き気が込み上げる。俺はここまで来たのは、半ば冷やかしから、半ば好奇心からだと思っていた。しかし、今目の前にあるのは、過去の罪と恐怖そのものだった。
地下祭壇の中央に歩み寄ると、焦げた神棚の奥に小さな穴が開いているのに気づく。そこから、微かに光が漏れ、湿った空気の向こうに、誰かが助けを求めるような声が響いた。影の塊は揺れながらも、俺をその穴へと導くように動く。
「……返す……」
意志を告げられた瞬間、体中の血が凍る感覚が走った。恐怖、後悔、絶望が入り混じり、心臓は激しく打ち、手足は震える。だが、それと同時に、不思議な決意が生まれる。ここで逃げたら、友人たちも、家族も、そして自分自身も救えない。
俺は深く息を吸い込み、震える手で地下の穴に光を向けた。影の塊はうなり声のような音を立て、薄暗い空間の空気を揺らす。魂の重みを感じながら、俺は決意した——「必ず返す。ここにあるものを、すべて……。」
地下祭壇の闇は、ただ静かに俺を見つめていた。だが、その静けさは、決して安らぎではなかった。これから始まる試練を、予告するように、空気は張り詰め、影の存在はさらに膨れ上がる。
俺は一歩、また一歩、穴へと踏み出した。足元の石が小さく崩れる音が響くたび、影の声が耳元で囁く
——「お前は、最初から呼ばれていた……。」




