第3話 「私の記憶を消してほしいの」
「私の記憶を消してほしいの」
彼女の言葉が部屋に響き渡った。
唐突に言い放たれた十代の少女の言葉に、彼は目を細める。
「それは、あなたがメイスティア王家唯一の生き残りであることに関係がありますか?」
フルーラは彼の質問に対し、静かに頷く。
そして、彼女は自分の胸元に手を当てながら語り始めた。
「メイスティア王家は、今政権を握っているグリゴス王家に滅ぼされたわ。私は王女として持っていた聖女の力を呪いで封じられた」
「そうですか、あなたの体から感じる魔の気配はそれでしたか」
フルーラは何も言わずに目を閉じた。
そして、しばらく黙り込んだ後、再び口を開く。
「私はこの呪いを解いて、あいつらに復讐したい。だから私の記憶を消して精神的苦痛を与え続けてほしいの。私の魂が耐えがたいほどの、例えば恋の苦痛とかね」
彼女は昔の文献に呪いを解く方法として、「精神的苦痛を感じ続けること」があるのを知っていた。
しかし、それはあくまで伝承の一つであり、確実な方法ではない。
「あなたの願いを聞くことはできます。ですが、それはあまりにも危険な賭けでは?」
「賭けではあるけど、するしかないのよ。それしか、私に残された方法はないわ」
彼女のあまりにも暗い表情が覚悟の強さを物語っていた。
「私の王女としての記憶を消してほしい。そして、苦痛を与え続けて。それこそが呪いを打ち破り、力を取り戻す唯一の道だと思ってるから」
その言葉を聞いてシリウスは、自らのジャケットからあるものを取り出した。
「お嬢様、失礼いたします」
「……なに?」
シリウスは彼女の背中に回ると、ネックレスを彼女の首にかける。
(ネックレス……?)
ひんやりとしたものが彼女に触れる。
ネックレスは大きな雫型のサファイアがついていた。
「あなたに似合うと思っていました。このネックレスがある限り、私の心はあなたのもの。いつも傍におりますから」
「シリウス……」
フルーラは笑みを浮かべて、お礼を伝える。
「ありがとう」
言葉数少ないが、フルーラは嬉しそうにネックレスのサファイアの石を握り締める。
そして、顔をあげると彼に頼む。
「では、また会いましょう。あなたに全てを預けるわ」
シリウスは手を胸元に当てて彼女に跪く。
「この命かけて、お嬢様の願いを叶えましょう。しばし、お眠りください」
そう言って彼はフルーラの顔に手をかざすと、彼女の記憶を奪っていく。
「お嬢様、あなたの悲願を叶えるために──」
フルーラは静かに目を開けた。
「お目覚めですか、お嬢様」
「ええ、少し眠ってしまっていたみたい。ごめんなさい、そろそろ森を抜けましょう。王宮から追手が来ちゃう」
彼女の言葉を聞くと、シリウスはフルーラの頬に手を当てる。
「……へ?」
「お嬢様、失礼します」
唇と唇が触れそうになる……その瞬間、彼の顔は彼女の顔の真横に進められる。
その瞬間、フルーラの首元にひんやりとしたものが触れた。
「これ……」
「床に落ちていたので拾って修繕しておきました。もう一度、受け取ってくださいますか?」
「シリウス……」
それはあの時のサファイアのネックレスだった。
フルーラは微笑んで言う。
「もちろんよ」
そうして金色の長い髪をさらりと流して、彼女は立ち上がった。
「さあっ! 行きたい場所があるの。付き合ってくれる?」
「もちろんでございます」
シリウスはフルーラに恭しくお辞儀した──。
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