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第1話 繰り返される婚約破棄と「真実」

 その日、少女はまた婚約を破棄された。


「お前といても、全然面白くないんだよ」

「……面白く、ない?」

「ああ、返事は無難だし。話は聞いてるだけ。もう飽きた。婚約を破棄させてもらう」

「そんな……!」


 もう何度目になるだろうか。

 いつものように平静を装って頷く。


「かしこまりました。婚約破棄のお申し出、お受けいたします」

「ああ。後で婚約破棄の書類を君のお父上に送るから」


 そう言って彼は席を立って去っていく。


(また失敗した……でも、なんだろう。いつもの心の痛みとなんだかちょっと違う……)


 フルーラはその違和感の正体がわからぬまま、その場に突っ伏した。


「また……婚約破棄された……」


 彼女の切ない声は庭園に吹く風がさらっていく。


「まあ、お嬢様。男は星の数ほどおりますから、次こそはお嬢様を大事に思ってくださる方が見つかりますよ」


 そう言いながら紅茶を差し出す彼は、執事服を身に纏っている。

 丁寧で隙のない所作を見つめながら、フルーラは言う。


「それ、この前も聞いた……。私、失恋の星のもとに生まれたのかしら……」

「そんなことはありませんよ。必ずお嬢様には明るい未来が待っています」

「もう、何を根拠に……」


 頬をぷくりと膨らませて彼を睨みつけるが、彼はにこやかに笑っている。

 しかし、なぜかそのえんじ色の瞳は寂しさを感じさせた。


(なんか、シリウスって時々この目をするのよね……)


 フルーラはそう思いながらも、特に気にすることもなく紅茶を飲む。

 その奥に、一瞬だけ冷たい光が宿ったのをフルーラは見逃した。


 そんなフルーラに一世一代の婚約話が舞い込んでくるのはこの五日後だった──。



 ノックして部屋に入ってきたシリウスは、ある封筒をフルーラに見せる。


「お嬢様、第二王子セルジュ様から婚約のお申込みが来ました」

「……へ?」


 フルーラは信じられないと言った様子で、彼から封筒を取り上げた。

 しかし、中身は確かに自分への婚約申し込みについてである。


 第二王子セルジュからの手紙には、婚約者の段階から妃教育をしたいということと、そのまま王宮に移り住んでほしいということが書かれていた。

 当然、一国の王子を待たせるわけにもいかない。

 身支度を済ませたフルーラは、馬車へ急いで乗った。


 突然の使用人やシリウスとの別れにフルーラの心は痛む。


(みんな、元気でいてください……)


 胸のネックレスをぎゅっと握り締め、彼女はそう願ったのだった──。



 やがて王都が見え始め人の賑わいが感じられるようになると、王宮が姿を現した。


「ここが、王宮……」


 馬車は王宮の目の前につけると、フルーラはゆっくりと馬車から降りた。

 すると、そんな彼女をセルジュ自らが出迎えにやってくる。


「いらっしゃい、フルーラ」

「殿下にご足労いただき恐縮でございます」

「構わない、なんたって君を婚約者に迎えるのだからね。それ相応の出迎えをしなければ」


 そこまで言われて自らの前にはセルジュのみならず騎士、メイド、執事など様々な人々がいることに気づく。

 あまりの好待遇ぶりに、フルーラは思わず萎縮してしまう。

 そんな様子に気づいたセルジュは、彼女の手を優しく引いて王宮へと迎え入れた。


「ここがフルーラの部屋だよ。何か不便があれば言ってくれ」

「こんなに良い部屋を……ありがとうございます」


 早速、侍女がやってきてセルジュとのディナーの支度を整えていく。

 立派なドレスに綺麗な金色の髪を整え、お化粧もした。


(素敵なお衣装……)


 艶やかな姿にドレスアップしたフルーラは、ディナーへと向かった。



 ディナーはセルジュの部屋でおこなわれた。

 ゆっくり気兼ねなく二人きりで楽しみたいというセルジュの希望だったのだ。


 お辞儀をして部屋に入ったフルーラは、夜景の見える席についた。

 すると、セルジュがワイングラスを片手に口を開く。


「フルーラ、君が婚約を受けてくれて嬉しいよ」

「私も、殿下の婚約者になれて嬉しいです」


 ワイングラスをそっと寄せ合って一口飲むと、なんとも言えない芳醇な味わいとほのかな苦味が訪れる。


「殿下ではなくセルジュと呼んでくれ」

「よいのですか?」

「ああ」

「では……セルジュ様」


 私の呼びかけに満足そうに微笑むと、セルジュはワインを一口、また一口と飲む。


(殿下はお酒がお好きなのね)


 フルーラはお酒はあまり飲み慣れていない。

 この国では十八歳からお酒が飲めるため、十八歳のフルーラはあまり飲んだことがなかったのだ。


(ああ、なんて幸せなんでしょう……)


 そう思いつつも、足早に出てきてしまった屋敷のことを思い出す。


(お父様、お母様、みんな……それに、シリウス……)


 思いふけりながらワインをもう一口飲もうとした瞬間、その手をセルジュに掴まれた。


「殿下……?」


 すると、セルジュはフルーラを難なく抱えると、そのままフルーラの体をベッドにほおり投げる。


「きゃっ!」


 フルーラの体にのしかかるように、セルジュが組み敷く。

 その瞳は獲物を捕らえた獣のよう。


「誰か……」


 彼女は必死に逃げようともがくも、恐怖で体が思うように動かない。


「君は僕を癒すためだけに生まれてきたんだ。君は僕のものだ。黙ってその身を捧げるといい」

「はぁ……い……や」


 フルーラは助けを呼ぼうとするが、うまく声が出せない。

 そんな彼女をセルジュは無理矢理押さえつける。


「いやっ! はなして!!」

「おとなしくしろ、君は私の言うことだけ聞いていればいい」


 セルジュは私のドレスに手をかけ、首元にあるネックレスを引きちぎった。


(やめてっ!! それはシリウスが私の誕生日にくれた大事なネックレスなの!)


 しかし、セルジュ様の手は止まらない。

 フルーラの胸元に手をかけ、もう片方の手で私の頬に手をあてると、唇を近づけてくる。


(やめてっ!!!)


 唇と唇が重なりそうになる瞬間、私は心の中で叫んでいた。



『シリウス、助けてっ!!!』



 刹那、ベッドの脇にあった窓ガラスが大きな音を立てて割れた。

 そして、「誰か」が入って来るや否やフルーラに覆いかぶさるセルジュを蹴り飛ばす。


 フルーラは「誰か」の名を呼んだ。


「シリウス……」

「お嬢様、お待たせして申し訳ございません」


 フルーラに向けられた優しい瞳と違い、セルジュへ向けられた瞳は、まるで暗殺者のように鋭く差すようなそれだった。


「このっ!」


 セルジュが引き出しに隠してあったナイフを取り出すと、そのままシリウスに襲い掛かる。


「シリウス!」


 フルーラは思わず叫ぶ。

 しかし、シリウスはセルジュの刃をひらりと躱して長い足でけり落とした。


 シリウスの来ている漆黒のロングコートが、ひらりと舞う。

 まるで闇の支配者のような彼の美しさに、彼女の瞳は奪われた。


「お嬢様に危害を加えたお前はこの手で殺す」


 シリウスの殺気立った瞳と気配、セルジュは足がすくんで立てない。

 彼はついに情けない声で根を上げた。


「ゆ、許してくれ!! 命だけは!!」


 そう言ってみっともなく跪き命乞いする彼に、シリウスは冷たい声で言い放った。


「黙れ、お前のその汚い目でお嬢様を見ることさえ許されない。その声すらお嬢様の耳に届けることは許さない。お前の身を八つ裂きにしても事足りぬ」

「ひいっ!!」


 シリウスはにじり寄ると、彼の顔面の横に長い足を蹴り上げた。


「ひやあ!」


 セルジュの情けない声が響き渡った。

 シリウスの足は壁に大きくめり込み、セルジュはその横で腰が抜けて動けない。

 そのまま恐怖で震えあがる彼の耳にさらに追い打ちをかけるように囁く。


「今すぐお前を殺しても構わない。だが、お前の血を見たお嬢様の目を曇らせたくない。そのままお前は気を失っていろ。直にお前を処分するやつが来るだろう」 


 セルジュは彼の囁きに堪えられずにそのまま気を失ってしまう。

 戦闘が終了した時、フルーラは逞しい腕で抱きかかえられた。


「シリウス」

「お嬢様、お怪我はありませんか?」

「え、ええ……」

 

 フルーラの心は彼の到着によって落ち着いていく。


(この腕は……どうして、こんなにも私を安堵させるの……?)


 そう思った瞬間、フルーラの心臓が大きく跳ねた。


「あ……」


 シリウスに支えられる中、彼女の意識は遠のいていく。

 意識の中にある闇から、わずかな光がフルーラに向かってさしていた。


 フルーラはその光を掴み取ると、彼女はゆっくりと目を開けた。

 サファイアの瞳に変わった彼女を見たシリウスは、目を大きく見開くとさっと彼女の前に跪く。



 シリウスは口を開いてこう言った。


「目覚めの時をお待ちしておりました、フルーラ王女殿下」


 その言葉に、フルーラは頷いて微笑んだ。


「ありがとう、シリウス。ようやく思い出せたわ。どうして記憶を失くしていたのかも、そして、私がどうして王女であるのに忘れ去られているのかも」

 

フルーラは月を眺めて呟く。


「私はずっと、死んでいた。存在を葬り去られていた。けれど……」


 彼女の青い瞳が光って、そして細められた。


「お嬢様、私はあなたと共にどこまでもお供いたします」

「ありがとう、シリウス。一緒についてきてくれる? 私に呪いをかけた者への復讐を果たすまで」

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