推し探し、開始です。
朝、起こされた私は体調を考慮しつつ朝食の席へとついた。まだ万全では無いからと心配の声もあがったが、早く記憶を取り戻したいからと伝えると、使用人達は驚いたような顔をしつつも、私をダイニングへと案内してくれる。
「おはようサーニャ。体調はどうだい?」
「おはようございます。もらった薬がよく効いているからか、痛みはとくにありません!」
「そうか、それは良かった……さあ、いただこう」
優しく声をかける父の言葉により朝食が始まる。最低限の食事マナーは前世で多少学んだが、所謂お貴族様のマナーと同レベルかと問われればきっと足りないだろう。
私は出来る限りの事をしつつ食事を進めていた。それを見ていた母親は、まぁと声を漏らす。
「サーニャ。あなた、ナイフを使えるようになったの?」
「え?…使い方が間違ってましたか?」
「いいえ、いいえ。そうではないの。そもそもあなたはまだナイフは使えなかったから…驚いて」
母親から発せられた言葉に対し私はしまったと思う。6歳の少女という感覚ではなく、食事のマナーを優先した行動は両親の目におかしく写ってしまったようだ。当たり前のようにナイフが置いてあった為、普段から使っているのかと思ったが…よくよく聞くと、従者がカットする為にその場に置かれていたらしい。
間違ったけど、過ぎたことは押し進めるしかない。
「何となく、こうやって使ったら切れるというのは分かったので、お父様やお母様のように、私もやってみたくて」
「まあ、素晴らしい心意気だわ!あなた聞きました?私たちを見て、見よう見まねでやったんですって」
「ははは、何とも嬉しいものだ。以前までのサーニャとは……失礼、なんでもない」
父から発せられた言葉に対し、母は暗い顔をした。まるで別人のようだ、そう言おうとしたのは私にもわかった。
その勘はあながち間違ってはいない。だからこそ、私自身どうすることも出来ないのが尚更罪悪感を募らせる。
……いつ戻るかもわからない状況だと、心に刻もう。
そうなる前に、出来る限りアレクサンドラや家族に泥を塗らないよう努力したいと、私は拳を握った。
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「よし、準備は万全だ」
朝食を終え部屋に戻った私はお出かけ用のワンピースに着替え、小さなバックを肩にかける。ポシェットのようなものがあれば良かったのだが部屋には見当たらなかった為、長めのリボンを小さな鞄に括り付け、簡易的な鞄を作ったのだ。
小さな体なので、両手が空く方が行動しやすいというのが一番の点である。
「お庭に行ってもいいですか?」
「お屋敷の中なら大丈夫と聞いてます。今日は天気も良いですし、お外に出ましょうか」
「お姉さんも一緒?」
「はい、ご一緒します。それとお嬢様、私のことはルネとお呼びください」
準備を整える中、髪をとかしてくれた侍女にそう言われた私は若干の葛藤を覚えつつも言われた通り、彼女をルネと呼んだ。
年齢的には前世の私より年下に見受けられるが、今の私からすると大きな大人なわけで。自分より年上の人物を呼び捨てるのは少々気まずさを感じざるを得なかった。
そんなこんなで庭にでた私は、休憩所が近くにある広場までやってきた。本格的なガゼボを見る機会はなかった為、西洋風な見た目に若干心が踊った。
ルネはお茶菓子を用意してくるとその場を離れていった為、姿が見えなくなったことを確認した私は椅子からおり、ガゼボの裏側にある木々の中へと走っていく。
確かこの辺りに……ここだ。
「本当に、抜け穴があるんだ。アレクサンドラは大人になっても此処を使ってたって言うけど…どれだけ細かったの?」
公爵家を囲むように立つ壁までやってきた私は、小説で良く出てきた外への抜け穴を見つける。アレクサンドラは学生年齢になっても度々抜け出していたと書いてあったが、通れるのは今の私で丁度いいくらいだ。
将来ガリガリな姿になる自分を想像して少し肩が震えたが、今から沢山食べておけばそんなことは無くなるだろうとどうでもいいことを考える。私はその抜け穴を使い、外に広がる森の中へと進んで行った。
理由は単純だ。ロイドに出会う為である。
ロイドは森の中にある小屋に住んでおり、幼い頃から様々な研究をしていたと聞いている。そしてその小屋のある位置だが、公爵家の裏にある森の中と言うのだ。
まずは出会おう。本来そこまで関わりがあるキャラクター同士では無いが、小説の流れさえ忠実に守っていれば原作自体は大きく変わらないだろう。出来ればアレクサンドラが悪役令嬢として断罪される未来も見たくはないが、ある程度試してみて改善しなさそうであれば原作に従うつもりである。
最低限、アレクサンドラも幸せになれる可能性を残したいとは思っている私は、主要キャラ達にあってから方向性を決めようと考えている。だが出会いはまだ先になる為、そうとなればやる事はロイド様一択なのだ。
「ていうか……どこにあるのよー!!」
色々な思考を繰り広げつつ足を進め続けた私は、そんな声わ漏らしてしまう。だいぶ歩いたつもりだが一向に小屋など出てくる様子は無い。
というか、帰り道すら分からないかも。
「想定より体が小さいから疲れてるだけ…?まだ日は高いしお昼くらいにはなってるみたいだけど、一旦戻るべきかな。でも……うーん」
空を見あげれば木々の隙間から太陽が見える。真上より少し斜めに見える辺りから昼前後と理解はできたが、戻るにしても道が分からなくなってしまった。
そもそも道という概念がある場所を歩いていないのだ。
一旦その場に腰を下ろしたアレクサンドラは大きく息を吸い、顔を手で覆いながら目を閉じる。
想定ではロイド様のいる小屋に行って、何も知らないふりをしながらお友達になってもらうため興味がありそうな話題を振る予定だった。多くの発明をしてきた、かつ研究もしているということは、前世の知識をフルに使える。彼の興味を引く為の策は多すぎる程に考えてきた。
興味を持たれなかったとしても、出来る限り仲良くなる努力をして、彼にとってプラスになるような事をしていくつもりだった。時間をかけて。確実に。
理想的な出会い方を何パターンも想定していたにも関わらず、そもそも小屋に辿り着けないどころか……迷ってしまっては元も子もないと、彼女は肩をを落とす。
顔を覆いながらブツブツと独り言を言っていた私は、いつの間にかそのまま眠ってしまったようで……気がつけば、辺りは薄暗くなっていた。
「嘘でしょ!?こんな所で寝る奴が…いたからこうなったんだ……」
まさかの展開に思わずツッコミをいれてしまう。 心と身体がマッチしていないからか、絶対寝るはずない場面で寝てしまっていた私は流石にやばいと気づく。
だが変わらず方向は分からないままで。私はひとまず立ち上がり、月明かりが照らされる場所を歩き、森の中へと足を進めて行った。