君の心 (side.ロイド)
パーティーが終わり、皆が就寝した夜。
客室へ案内されていたロイドはノックの音を聞き、その人物達を中へ通した。彼の部屋にやってきたのは…アレクサンドラの両親である公爵夫妻である。
二人は彼と話がしたいと言い、そのまま向き合うように腰を下ろす。元々ロイドは公爵の元へ伺おうと思っていたが、パーティーが終わる頃にこちらから伺うと言われた為、待機していた次第だ。
「ロイド、改めて次期魔塔主への認定……おめでとう。私に誓ったあの日からたった八年で、大したものだ」
「主人から話しには聞いていたけれど…理解してもそれを実行し結果を出すのは並大抵の努力では叶わないわ。貴方は本当に凄いですね」
そう言って、こちらの成功を祝う姿にロイドは頭を少し下げ感謝をする。それを言うだけの為にわざわざここに来たわけではないだろう。そう思いつつも、彼等の人柄を知っているからこそロイドは素直に言葉を受けいれた。
きっと、アレクサンドラの婚約の件であろうとロイドは思っていた。
彼女も年頃であり、本来であれば相手がいても可笑しくない。第一王子との話もあったと聞くがそれも未だ保留と聞く。過去に自分が啖呵を切ったこともあり、少しでもそこに近づければと…そう思いつつも、ロイドは確証を得ないものに対し口は開かない。
何を話されるのかと考えつつ、公爵夫妻に目を向けると……二人はとても柔らかな表情をしていた。
「……君にただ、感謝を伝えたかったんだ。ロイド、君はアレクサンドラからマスクという物の話を聞き、それに準じて特効薬を発明したね?」
「はい、感染症がある程度防げると聞いていたので…それに合わせて軽症から中症段階で服用すれば病原菌を無くせるものをと。少し免疫力を増強する作用もあり、それが決め手で認定となりましたが」
「ロイド、そのお陰で…私は助かりましたのよ」
公爵夫妻から言われた言葉にロイドは珍しくも目を見開く。これで多少なりとも悲しむ人が減ればいい、その想いで作り上げたものがまさか……目の前にいる公爵夫人を救ったとは、思ってもいなかったのだ。
そんな話は彼女から聞いていなかった。
全くもって知り得なかった情報に驚いていると、夫人はゆっくりと立ち、ロイドの傍に来てその手を取る。
「心配をかけたくなくて、サーニャには伏せていたの。体が弱い私は少しの病気でも発症してしまえば危険な状況と言われていて、症状が出た時はもうだめかと思っていたら…ロイド、貴方が薬を送ってくれたでしょう?」
「……確かに、送りました。少しでも公爵領で菌が蔓延した時に力になれればと…」
「臨床試験が通されたものであったからこそだが、使えるものは何でもと縋る思いで使ったんだ。妻はそのお陰で症状も安定し、以前よりも元気になっている。ロイド……全て、君のお陰だ」
そう言って頭を下げる公爵と、手を握り感謝を伝える夫人にロイドは暫く呆然とその光景を見てしまう。
誰かの助けになればいいと思ってはいたが、まさかこんな身近で救えた命があったなんて…気づきもしなかったと。
「……体が弱いというのは、原因があるのですか」
「心臓がね、あまり強くないとしか。詳しい事はよく分からないのだけど、貴方の薬を飲んでからは調子がいいわ」
「そうですか。俺の作った薬で効果が出たのだとすれば、より夫人に合った薬も制作できると思います。専任者と話をして、すぐには難しくても完成を目指します」
「っ…ロイド、本当に…本当に、ありがとう。君は私達の恩人だ」
可能性があるものは手に取って試してみる。思いつきでも何でも、それが楽しいし誰かのためになるなら尚更で。
目の前にいる人達に感謝があるのは勿論だが、何よりアレクサンドラの悲しむ顔は見たくない。
そう考えつつも、想定していた話とは全く別の話であったと感じつつ二人を見送り…扉を閉めようとした時、ロイドはふと扉の隙間から覗く白いものに気がつく。
……何だ、聞いていたのか。
「…何してるんだ、こんな所で」
「……ご、めん。ちょっと、話したいと…思ったら。お父様達がいたから……」
「……サーニャ、泣いてるのか?」
糸のように細く柔らかな髪が隙間から覗かれる。彼女だと確信を持って話しかければその声は少し湿っていて、途切れながら発せられる声にそう問うて見ても彼女は答えない。
ロイドは小さく息を漏らしつつ、扉の後ろに周り彼女の前に膝を落とした。
膝を抱え座り込む彼女の手を取り、そのまま顔をあげさせる。頬に添えた手には涙が乗り、淡い温もりを感じるそれを辿れば、輝きを放つ宝石の様な目が見えて。
「……わた、わたし…っ、お母様が……知らなくて…、でもっ…大変って、知って……!」
「落ち着け。大丈夫だから」
「わ、わた…し、これ……最低、だ……のに、嬉しくて、」
最早何を言っているのかすら分からない程に、彼女はボロボロと涙を流して必死に言葉を発そうとする。彼女が泣く姿は何度も見てきたが、ここまで苦しそうな泣き顔は初めてで…ロイドは困惑してしまう。
夫人が無事であることに安心したのか、
気づけなかったことを悔やんでいるのか。
それにしてはあまりにも、自分を責めている様に見える。
ロイドは一度ソファーに座らせようと思い立てるか確認をするが、こちらの声すら聞こえていない様子の彼女を見て、そのまま抱き抱えるように持ち上げる。その間も彼女は涙を流すが…温もりに安心感を得たのか、こちらを抱き締めるようにしがみついてくる。
「サーニャ、座れるか」
「……っ…い、や……」
「……お前な」
ソファーに降ろそうとするも彼女はしがみついたまま首を横に振ってくる。こちらの気持ちなどお構いなしに、抱きしめる手に力を込める彼女に息を吐いた。
自分達ももう良い年頃だ。本来ならばあまりよろしくない。そう理解しつつも、まるで子供のままのような彼女を抱き抱えながらソファーへ腰を下ろし、こちらの胸に顔を埋める彼女の背を優しく叩く。
「……わ、たし……知って……っ、でも、どうにも…出来ない……だって……」
「何がどうにも出来ないって?夫人の話なら、薬が効いているうちは大丈夫だろう。なるべく早く合うものを改良してもらうつもりだから、心配するな」
「ち、が……だって、こんな…っ、知らな……」
相変わらず嗚咽を漏らす彼女の背をロイドは叩いている。
途切れ途切れな言葉を結びつけようにも、何が違くて何が知らないのかが分からない以上会話は平行線だ。
その間にも時間は過ぎていくわけで、医療系の専任者に何が必要かなどを確認する為に頭の中では整理が始まっている。
彼女が不安があるのは母親の病気についてだろうか。
それならばなるべく早くその不安を取り除けば、もう取り乱すことはないとのだろうかと、彼は思考する。
漸く落ち着きを取り戻し始めた様子の彼女を未だ膝の上で抱きかかえつつ、ロイドは彼女の背を今度は優しく撫でる。彼女は落ち着いても尚動く様子はなかった。
「……ロイド。私ね、変わることが、怖いの。自分が何かを変えることで、誰かの未来や…人生そのものを変えてしまうことが、怖いの」
突然、彼女はそんな事を言い始める。
言葉は分かるが、意味は理解できなかった。
未来など不確かなものだ。
行動によりそれは導かれる答えであって、変わりゆくものである以上それを恐れる意味が理解できなかったんだ。
「自分の未来すら分からないのに、人の人生を変えたかどうかなんてそれすら知れるわけもない。不用意に傷つけることは許されないけど、与えられた人生をどう生きていくかは本人次第だろ」
「……そうね。でも、それでも…怖いのよ」
そう言って目を閉じるアレクサンドラは、それ以上何も言わなかった。
彼女が何をそこまで恐れるのか、俺にはわからない。
出来れば取り除いてやりたいと思うも、彼女はそれを教えてはくれない。こちらに体を預けたまま動かないでいる彼女を見れば、その目元は赤く染まっており…少し涙の跡もある。
ロイドはそれを指で触れ、優しく彼女を抱き締めた。
言わないなら、聞かない。
けれどいつか…君の心を知りたいと願いながら。




