ズレ始める歯車と、焦燥。
アレクサンドラは頭を抱えていた。
それは先日の出来事が大いに関係している。もちろんロイドの事だ。やるべ事は沢山あるのに全く手に付かず、あの日彼が言った言葉がアレクサンドラの頭を埋めている。
それだけ悩んでいるというのにも関わらず、アレクサンドラは今目の前に座る人のせいでより頭を抱えていた。
「久しいね。君の好きなものを持ってきたと言うのに、あまり嬉しくはなかったかな」
「……いえ、贈り物はとても嬉しく思います。本当に久しぶりで、少し驚いて」
そう、アルフォンス殿下である。
彼は突然手紙を送ってきたかと思えばすぐにやって来て。お茶会以来なんの音沙汰もなかったのに突然の来訪であった。なんの用だと尋ねれば彼は笑みを浮かべ、会いたくてと素直な言葉を漏らす。
その言葉に私は顔を引き攣らせ、お茶を注いでいたメイドはガチりと手を揺らした。
「殿下、あまり意地の悪いことを言わないでくださいませ。メイドも驚いてしまいます」
「本心だ。それに君は直接的な物言いをしないと伝わらないからね」
「……それは、大変失礼しました」
彼の言葉の意味は理解できる。
最後に会った時、私に好意があると言っていた。だからこそそのようなことを言うのだろうと。私は贈られたハイビスカスティーを口に含みつつ、そっと息を吐く。この辺りで簡単に手に入るものではないそれは、確かに嬉しい贈り物ではあった。
だがアレクサンドラは落ち着かない。
先日の件もあり考えることは山積みで、そんな中彼からも気持ちを向けられている。彼のことだ、もしかしたら少しからかっているのかもと思いはしたが…流石の私でもそうでは無いと理解はできる。
何とも言えない空気に気まずさを覚えれば、目の前の彼はニコリと笑い頬杖をついてみせた。
「良かった、意味は伝わっていたらしいな。君はロイドしか頭に無いようだから心配したが、はっきり言うのは正しかったらしい」
「……その、否定する訳ではないんですけど、好意というのは…恋愛的な意味で間違いないんですよね」
「そのつもりだよ。君と一緒に在りたいし、出来れば愛してもらえれば嬉しいと思っている」
真っ直ぐに伝えられる言葉にアレクサンドラは息を飲む。彼の口から出た言葉が、まさか自分に向けられるものだとは思ってもみなかったからだ。
彼は確かに婚約者として、未来で一緒にいた。
だが結ばれることは無い。彼は別の人を好きになるから。
そもそも彼は自分に好意を寄せることなどなかったし、愛情は一方通行で…その彼が自分を好きだと言うことが、どうしても理解できなかった。
「…私達はまだ子供です。共に過ごす時間が他より長いからこそ、そう錯覚している…可能性はありませんか」
「否定は出来ないかもね。だが少なくとも僕は多くの人と関わりを持った上で、君がいいと思ってる。素直で明るくて、誰かの為に行動出来て…人を、国を大切に思う心を持ちそれを実行する力もある。人に愛を与えられる君を好ましく思っているし、他よりも僕に対しそう思って欲しいと思ってしまうんだ。まあ、そこは努力するつもりだけどね」
「……努力、ですか」
アルフォンスの言葉はアレクサンドラの心に刺さる。
自分がしたことは自分の為であり、勿論人の為になれば嬉しいと思っての行動だった。それを評価されるのはとても嬉しく思える。良く見てくれていると、思える。
でも、私はアレクサンドラだ。
いずれ訪れる結末を少しでも変えられればそれでいいくらいにしか思っていなかったのに、状況は変わり始めていて……私は物語を大きく変えてしまいそうな状況に不安を覚えた。
彼は少なからず私に好意を持っている。
でも、状況は違えどヒロインが現れれば……彼の気持ちはきっと変わるだろう。
「お気持ちは嬉しく思います。ですが話した通り私達はまだ若い。これからより多くの出会いを経て、もっと素敵な人に…心奪われる人に出会うでしょう。ですから、決断は急がず……」
「素の僕を見ても、変わらずいてくれたのは君だけだアレクサンドラ。きっとこれ以上、心を奪うような人は現れない」
「そ……れは」
彼から出た言葉に、カップを落としかけた。
殿下は驚き心配の声をかけてきたが、私は動きを止め目を見開き言葉を失う。
それは、私に向けて放つ台詞ではない。
頭の中で、大人になった姿の殿下が浮かび上がる。
自分に資格はないと言うヒロインを見た彼が、ヒロインの手を取り呟いた台詞と……同じ台詞が放たれた。これは、私が受け取ることのない彼からの思いだ。受け取ってはいけないはずの、その言葉を聞いてしまったと、アレクサンドラは体から血の気が引くような感覚すら覚えて。
「……殿下。私にはその様に言っていただく資格もなければ、その様に言われる程立派な人間でも、ありません。答えはその……」
「答えはいい、今はまだ早すぎる。出遅れた分、追いつけるように頑張るつもりだし……君に一つ覚えておいて欲しいことがある」
「え?…何でしょう」
咄嗟に否定の言葉が漏れてしまう。
この場で断るべきでは、気持ち自体を否定するべきではないと理解しつつもそれは誤ったものであると言いそうになる私を殿下は止め、眉を下げてこちらを見る。
心が痛くなるような、そんな顔を向けられて。
違う、間違っていると言いたいのに、私は何も言えないまま彼の言葉を聞いた。
「君は人に与えるのに、与えられた途端頑なだ。人に愛されている筈なのに、何処か客観的な節がある。ずっと不思議に思っていたけれど、覚えておいてくれ。受け取ってくれとは言わないが、否定されるのは苦しいということを。僕の気持ちも、誰かの気持ちも、自分だけのものだ。それを否定だけはしないでくれ」
そう言って優しく笑う彼は公爵家を後にする。
アレクサンドラは言葉の意味を考え、自らの行動を省みる。
確かに彼の言うことは正しい。私がしているのはあくまで読者としての客観的視点であると。あれ程物語としてではなくこの世界に生きる人間として、一人の人として相手を見ようと思っていたのにも関わらず…彼からの好意は有り得ないという思考をし、態度に出していた気もする。
だが受け入れられなかった。
好意はあるも自分のこれは恋愛感情ではない、それを持ったとしても彼はヒロインと結ばれるのだからと思ってしまうから。彼を交流を深め彼という人を知っていたはずなのに、私は彼の気持ちを勝手に決めつけ知らぬ間に苦しめたようで。アレクサンドラはぎゅっと目を閉じる。
「……何でここで、聞いちゃうかなぁ」
ヒロインに向けられるはずの台詞が、私に向けられた事実は変わらない。自分の行動により変えてしまった未来。
最終的には想定通りの結末へ移行する可能性だってもちろんある。
だが……アレクサンドラは息を吐き、言葉を受け止める。
「……思いを否定するのは、良くない。それは確かね」
変わってしまうとしても、今の気持ちは確かにある。先を知っているからと言ってそれを否定していい訳じゃない。
返事は出来ない、まだ良いと言われた手前考えるにしても結論を言う必要はないから。
アレクサンドラはしっかりと彼の言葉を胸に受け止めつつ、考えることがまた増えたと……頭を抱えるのであった。




