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心得。


ザワつく室内。皆の視線が集中する。


ハラハラとした様子でこちらを伺うモカは、リリス達に支えられながらも同じようにこちらを見ていて。私の目の前にいる令息は罰の悪そうな顔をしている。

彼の様子から察するに、自分よりも爵位が高い相手に無礼を働いたことを悪く思っているのだろう。

そう思うのは構わないが、私からすればそんなことはどうでもいい。




「……その…公爵家のご令嬢とは知らなかった、から。……無礼を働き申し訳ありません」


「知らなかったから、なんです?知らなければ相手に声を荒らげ、手を上げても良いとお考えでいらっしゃるの?知っていれば相手を選び、自分より爵位が低ければ高圧的な行動をとると、そう仰るの?」


「いや、そういう訳では…その、反省はしているんです」


「そういう訳でしょう。あなたのその行動は爵位が高い者へは敬い、低い者へは何をしてもいいと言っているのと変わりはありませんよ」



わかりやすく説明をして見せれば、彼は理解が出来ないのか困ったような顔で私を見る。私の爵位を理解したからか、口答えをするような素振りは見せずとも…何が言いたいのか分からないといった顔。


私はモカへ視線を一度送る。彼女は未だ不安気な顔だ。

視線を前へと戻した私はその後ろに立つ殿下と一瞬目が合った気がしたが…殿下からも何故か少し苛立ちを感じさせるような雰囲気がしたので、見なかったこととし令息を見る。




「貴族として爵位を重んじる事は大切な事です。誇りであり、力であり、自覚は必要ですから。ですが、地位や権力は何をしてもいいという免罪符にはなりません。それに見合った責任や義務を果たすべき為に与えられたものです。それを理解もせず、守る為の力で相手を傷つけ、蔑ろにしてしまえば……その手には何も残りませんよ。我々は貴族として、爵位に関係なく…弱き者や民草の為、国のためにそれを理解した行動をするべきです」


「民草のため?俺達がいるから民は当たり前に生活が出来ているというのだから、彼らの為にはなっているだろう?敬われるならまだしも、俺が民を敬う必要がどこにあるんです」


「…私達のお陰と理解しているからこそ、民も私達の為に行動するのです。あなたは傲慢で、嫌味ばかりいい、自分を蔑む様に傷つけてきて、搾取だけしようとする相手がいたとして…何かしてあげようと思いますか?民は国の宝です。私達も民がいなければ生活は出来ません。着ている服、食べ物、生活における全て。これは人がいなければ生まれない……私達のお陰で民達は生きているし、私達も民のお陰で生きているということを、理解するべきです」




いつの間にか辺りは静まり返っていて。

皆が言葉に耳を傾けるように、音を立てずに聞いている。

爵位は名誉だ。だがそれを誤った認識で奮ってはだめだ。力を持つからこそ理解した上で使わなければいけない。

それは民に対してだけではなく、自分より爵位が低い相手であろうとだ。確かに爵位による色眼鏡は多少なりともあった方がいい訳だが、相手の人となりや行動、貴族としての心得を見た上で見定めるものであり、自分よりも下だからと決めつけ蔑ろにするのは誤っている。


モカに関してもそうだ。彼女は男爵令嬢という立場にありつつも、民…ひいては国に貢献する為に思考している心優しき令嬢だ。両親に任せて好き勝手やる訳ではなく、自分も力になりたいと行動しようとする心がある。それを下だからと馬鹿にした態度をとることは、許せないし、許したくなかった。


令息は言わんとすることが理解できたのか、私から視線を逸らし拳を握る。そのまま強く目を閉じたかと思えば、私にその目を向けてきた。


「…改めて、大変申し訳ありませんでした。俺は、あまりにも…恥ずべき行動をしたと、理解できました」


「分かっていただけたのなら。私こそ、無礼な態度をとってしまい申し訳ございません。それに……謝罪は私が受けるべきものではありませんわ」


「……そうです、ね」




令息は私の言葉を聞き、その視線を私の後ろへ向ける。

ゆっくりと歩き出し後ろにいたモカの前まで行くと、彼は暫くモカを見つめた後…静かに頭を下げてみせた。


モカは驚いたかのように目を見開き、信じられないという顔でその様子を見ている。令息はゆっくりと頭を上げ、再度彼女を視界に映した。




「その…嫌な言い方をして傷つけてしまったなら、申し訳なかった。それと…普段も、多分、嫌な事ばかり言っていたと思うから。すまなかった」


「い、いえ…私が、いつもこんなだから…私のせいですし、ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません…」


「いや。その態度にさせたのは俺の行動や発言だと思う。これからは気をつけるから…その、改めて、これからも付き合っていけたら、嬉しい」




彼の言葉を聞いたモカは驚いた様子ではあるも、暫くしてその顔に安堵が浮かぶのを見た。少し嬉しそうな顔をするモカに対し、ドリスト令息は頬を掻きながら少しだけ顔を赤く染めている。

なるほどと、今までのことの流れを整理した私は令息に近づき耳元で小さく「意地悪は大概に。優しく甘く対応するのが一番ですよ」と伝えてみる。彼はみるみる顔を赤く染めたので、私はにこりと微笑み彼から離れた。


意識を変えることが出来たこともあるし、子供がした事だからこれ以上ことを大きくするつもりもない。だが強い力で掴まれた腕も多少は痛みを覚える。少し席を外そうと一歩下がり声を漏らそうとすれば……直後、アレクサンドラの肩を支えるかのように触れてきたのはアルフォンスだった。



「この時間はいい社会勉強になったようだな。特にナイル・ドリスト伯爵令息…今日の事をしっかり理解し心に刻むように。僕は彼女と話があるので一旦失礼するが、皆はこのまま続けてくれ」


「あの、殿下?」


「では、行こうかアレクサンドラ嬢」



周りを見渡しながら最後に場をまとめた彼は、ドリスト令息の方を見ている。令息は深々と頭を下げ顔を青くしているが、王家主催のお茶会で粗相をした割にはこの程度で済んで良かった方だろう。

それよりもと、私は殿下へ視線を向ける。彼は外面用の笑みは貼り付けているものの、いつも以上にその目は笑っていなかった。一人で出ようと思ってはいたが、その殿下の圧に立ち向かう気力もなかった為引かれるように会場を後にする。


別室に通され、手当てをする必要は無いかもしれないが少し青くなる腕を見た殿下はただ黙ったままだ。何処となく機嫌が悪そうにも見える。




「……王家主催のお茶会で、騒ぎを起こしてしまったことは謝罪申し上げます。私が最初に割って入ったりしなければ、お手を煩わせることもありませんでした」


「君が言わなければ僕が言っていただろう。立場上あそこまで言うことは出来ないが…君の行動は正しかった」


「そうですか。では、間違っていたら申し訳ないですが…何にお怒りで?」



誰もいない部屋だ、ストレートに聞いてもいいだろう。

淡々と話をするアルフォンスへそのまま問いかけてみると、彼は暫く私の顔を見たあと大きく息を吐く。

その理由は分からないが、何に怒りを覚えているのか知らねばこの気まずい空気に耐えられなかった。


立場上、アルフォンスは王族で。

先程の場で伯爵令息を諌める程度であれば可笑しくはない。だが場合によっては王族に咎められた事により関係性が悪くなる可能性はある。かつ第一王子を巻き込んで騒ぎを起こしたとなれば、もっと大事になる可能性も。

その点私は貴族令嬢。同じ貴族として、だが上の者として教えを解くという形で話を纏める位なら何とでも出来てしまう。他に理由はあったにしろ、私が最適だったと自負もある。


目の前の彼は言わんとすることはわかっていると言いたげな顔をしつつ、私の手に自分の手を重ねてきた。




「君は正しい。己の責任を自覚し、驕らず、貴族として素晴らしい行動だ。だが、そのせいで怪我をおわせてしまった。このような場で手を上げる者がいると想定できなかった僕の落ち度だ。すまない」


「ちょ…っ顔をあげてください!殿下に落ち度などありません。私自身が招いたものですし、何より怪我などという程大層なものでもありませんから!」


「それは違う。君は確かに正しいし真っ直ぐで、貴族として素晴らしい心を持っている。だがそれ以前に……一人の女性だろう。それに、自分にとって大切な存在が傷つく姿は…心が痛むんだ」




思わず息を呑む。

私を見つめる悲しげな表情から発せられた言葉に、私は何も言えなかった。殿下にとって大切だと言われる存在だったことも驚きだが、こんな顔をする彼を見るのは初めてで……自分でも何と言えばいいのか分からなかったのだ。


殿下は重ねた手をそっと離し立ち上がる。

座っている私を真っ直ぐ見つめたまま、彼は言った。




「以前の問いに答えるよ。理屈抜きで、君が婚約者であれば僕は嬉しいと思っている。君が思っている以上に、僕自身が思っている以上に……君に好意を抱いているから」




本当は、まだ言うつもりは無かったんだけどね。そう付け加えた彼は柔らかな笑みを浮かべた後、返事をしない私を残し部屋から出て行った。


その日のお茶会は無事に終了したと後で話を聞いたが、私は治療を受けた後そのまま帰宅した為その後のことは何も知らず……ただただ、殿下が残した言葉を静かに、思い返していた。




まさか、本当に、彼が私に好意を抱くなんて。

原作ではあくまで政略的なもので。アレクサンドラ自身は好意を寄せていたが、彼から好意を寄せられた描写など存在もしなかった筈だ。冗談かもしれないと、策略かもしれないと思いはしても……彼の表情に嘘は見えなくて。


この世界で生きるからには好きに生きたいと思ってはいても、原作自体は変えられないし大きく変えるつもりもなかったアレクサンドラ。ただ、多少は仲良くなって、せめて断罪されるようなことにならなければいい程度に思っていたはずなのに……これが間違いでなければ、現時点で原作とは大きくズレが生じている。



「……とりあえず、もう暫く様子を見よう」




アレクサンドラはあまりの情報量に頭を抱え、考えることをひとまず放棄した。これからの付き合い方を見ながら行動していこうと、それだけ考えた彼女はゆっくりと目を閉じ思考を闇へと落とすのであった。





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