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天は自ら助ける者を助ける


席へ招かれたモルテス令嬢は、リリスにも挨拶をし着席する。リリスやレティシアからも挨拶をすれば、モルテス令嬢は緊張した面持ちで肩を揺らして見せた。



「し、爵位の高い方々へ、お先に声を漏らしてしまい大変申し訳ございません…。その、皆様のような家門との交流もなく、本来同じ席にも座るのは、良くないことかと存じますが…よろしいのでしょうか」


「あら、先に声をかけたのは私ですもの。それに我々は社交界にもまだデビューしておりませんし無礼講と言うものでしょう?あまり気負わないで話しましょう?」


「あ、か、寛大なお言葉に感謝申し上げます」




必要以上に気を張る姿に多少の申し訳なさを感じる。確かに声をかけはしたが、彼女からしてみれば自分よりも高い爵位の令嬢しかいないのだから仕方ないだろう。

だが、伝えた通り無礼講だと言うことで。私は知識にある限りの情報を手に彼女へ声をかけてみた。



「それで、綿を特産品として取り扱っていると思うのだけど…内容としてはどう言ったものが多いのかしら?」


「あ、はい。うちの領地は土地だけは広大なので、そこで綿を主軸に生計を立てています。主な物はインテリア用品として、カーテンや寝具なども…それにしても、うちのような小さな家門をよくご存知でしたね」


「綿は色々と多用性がありますし、興味があったからというのもあるわ。それに生活に必要な物として貢献しているのだから、誇っていいと思うけれど」


「そうそう!私は眠るのが好きだから、綿が沢山入った枕は大好きだし…あれもモルテス家でとれた綿が使われていた気がしますわ。アレクサンドラは色んなことを沢山知っているのよ!」




ニコニコとそう言うレティシア。彼女は人懐っこい笑顔でそう話すが、私のことをだいぶ課題評価している気がする。リリスも何故か得意げな顔で頷くものだから、モカは関心するように目を輝かせてこちらを見ていた。


良い物を作れたらいいと思って色んな領地の特産品を調べただけだが、思わぬ成果に繋がったようだ。


モカは興味あり気な顔をしながら、私に綿について話を続ける。私が言うのも何だが、かなり自分の領地についてしっかり理解しているように思えた。




「うちの領民達はとても良い人ばかりで、一生懸命働いてくれるのです。実際にその様に言って頂けることは、私としても嬉しく思います。領主の娘として、もっと民のために色々と出来れば良いのですが…」



何とも領民思いで良い子だ。

先程まで萎縮していた様子の彼女であったが、貴族として、領主の娘として民の為に行動したいという思いが伝わってくる。きっと家族や領民から愛されているのだろう。

それを理解しているからこそ、返したいと思う気持ちは理解できる。


大量の綿を生産出来るほどの土地があり、インテリア用品や寝具等に使っていると言っていたな。つまりそれに加工するための業者を挟む訳だが、仲介料等を介すとどれだけ量産してもそこまでの利益がないということだろうか。

特産品とまでは言わずとも、綿を生産する所は他にも多く存在するためピンキリでもあるだろうし。



「現状生産は多く出来ているけれど、綿として出荷しているということよね?品質は良いけど加工場などを挟むとあまり利益にはならないでしょう」


「……仰る通りです。他に何か利益になるような特産品があれば、もっと民達の生活も豊かになると思うのですが、お恥ずかしい話そういったものもなくて」


「なるほど。一つ提案なのだけれど、私と一緒に共同制作をしてみない?」


「はい?共同制作、ですか?」


「ええ、実を言うと私…マスクというものを作ろうと思っていて。それには大量の綿が必要なの。もし可能であればあなたの領地と共同して、特許取得をして頂けたらと思いまして」




彼女が民を思う気持ちは理解した。私としても興味があったものを作れる可能性があるのならばと、提案をしてみる。彼女は目を瞬かせながら私の話に耳を傾ける。


この世界には布は勿論存在するが、マスクの存在はない。

驚くことに医療現場でも当たり前のようにマスクをすることは無いと言うことだった。マスクがあるだけでウィルスをある程度は防ぐ事が出来るし、大規模な感染症が起こった時などにそこら辺の布を使うしか出来ないという状況も防げる。綿…つまりコットンがあるのならば、不織布マスクが作れると考えたのだ。




「なるほど…綿の扱いは心得ている領民達です。制作する場さえ用意出来れば大量生産は出来ます…でも、一度両親と相談をしてもよろしいですか?」


「ええ、こちらからも手紙を送りますわね。いいお返事を期待しているわ」


「ありがとうございます!……その…共同制作とは言えどうちの領地での特許取得となれば、ルカリア公爵令嬢…つまり公爵家に利は無いのでは?協力というのであれば、公女様の名義での特許取得が一番良いはずなのに…」


「領地の為に頑張る民の功績でしょう?それは妥協してはいけないものよ。それにこれは領地、民、ひいては国の為になるものです。私は現状でも手に余っているもの。もちろん、今後も長い付き合いにしたいので、多少は頂けたら嬉しいけれどね」



そう言ってニッコリと笑みを見せれば、令嬢は目を大きく見開いたあと……深々と頭を下げつつも、私の目を見て今日一番とも言える笑顔を浮かべた。

冗談ぽく言ってはみたものの、事実私の手には余るものだ。今抱えているものだけでも多すぎるくらいであるが、彼女からしたら願っていたものになるだろう。民を、領地を思うほど、私ではなく彼女が手に取るべきものだ。


後日手紙を出すということで話は一旦落ち着き、緊張が解けたらしいモルテス男爵令嬢…もといモカを含め我々は楽しくお茶をした。その時ふと、こちらへアルフォンス殿下がやってくるのが目に入る。



私達はそれぞれ立ち上がり、カーテシーをした。




「帝国の星、第一王子殿下にご挨拶申し上げます」


「やあ、挨拶が遅れてすまないな。この場では畏まらず気楽にやってくれて構わないよ」


「ご配慮いただき感謝申し上げます」




軽く手を振りそう言うアルフォンス殿下に私達は顔を上げる。リリスやレティシアは何度か顔を合わせたことがあるとの事で、あまり緊張した様子は無いが……モカは違くて。音が聞こえそうなほどガチガチに緊張している様子だ。

初めて顔を合わせる彼女も何とか挨拶を交わすが……その時殿下の後ろにいた少年が徐に声をかけてくる。




「はっ、誰かと思えばモルテス男爵令嬢か。何故君がこのような席にいるんだ?釣り合いが取れていないじゃないか」


「あ…ドリスト伯爵令息、ご機嫌よう。お久しぶりでございます」


「僕の言葉を聞いていないのか?何で君がこんな場所にいるんだって聞いてるんだ」




青い髪をしたその少年はモカへと近づきながらそんな言葉を吐く。ドリスト伯爵家と言うと……モルテス男爵家の隣に位置する場所で、主に布を取り扱っている筈だ。

なるほどと、二人の関係性は何となく察しがつく。かつ彼の発言からするにかなりモカの事を舐めている様子だ。私はモカに強い発言をする彼から、彼女を引き剥がすように彼に背を向け間に入った。


モカは驚いた様に目を見開き、私の顔を見る。




「モカ嬢…そうお呼びしても?私の事も下の名前で呼んで頂けると嬉しいわ」


「あ、え、はい!あ、アレクサンドラ…様と、お呼びさせていただきます。その……」


「まあ……それでは私もそうお呼びしたいわ。私のこともリリスと」


「はーい!私も!私の事はレティシアでも、特別にレティと呼んでもよろしくてよ?」


「あ……は、はい!是非……!」




私の意図を察してか、はたまた意図もなくか。リリスやレティシアもモカを囲むように話をしていく。モカは顔を真っ赤にしながら答えるものだから、愛らしいなと見ていれば……その状況が気に入らなかったのか、ドリスト伯爵令息は不機嫌そうな声を漏らし私の腕を突然掴む。


あまりの出来事にその場にいた者が驚きの表情を浮かべるのが見えた。私は掴んでくる相手に目を向けるが、その顔は怒りが滲んで見える。




「俺が話していただろ!無礼だぞ!それに、殿下への挨拶へも自分からしに来なかったな?マナーがなってないんじゃないか!?」


「……あら、失礼。会話とは楽しむものだと心得ておりましたので、一方的な物言いをする様子から独り言かと思いましたの。無礼と言いましたが、あなたのこれこそ無礼というものではありませんか?」


「生意気な…!俺はドリスト伯爵家の長男だぞ?その辺の令嬢が、生意気なことを言えると思ってるのか!」




顔を真っ赤にして声を荒らげる彼は、まだ感情のコントロールが出来ない様子だ。かつ、行動から察するにだいぶ甘い環境で高い爵位であることを褒め称えられてきたに違いない。社交という社交はまだ無いものだし、仕方ないとも言えるが……家門を盾に声を荒らげる様子は滑稽だ。

それは自分の両親や、領地の民達の努力から与えられたものだと…まだ理解していないのだから。


私は彼に向き直る。強く掴んでくるのその手を離す様子がない、息を荒らげる彼を見据えニコリと微笑みながら改めて挨拶をした。




「挨拶を省略していた為、申し遅れました。私ルカリア公爵家のアレクサンドラと申します」


「今更……あ、こ…公爵家……?」


「はい。マナーがなっていないと教えて頂き感謝申し上げますわ。家に戻り次第両親と相談をして、改めて学ばせていただければと思いますので」


「い、や……それは……」



赤かった顔はみるみる色を失っていく。

力の込められていた手は圧力をなくし、自分の行いに気がついた様子の彼はすぐさまその手を離す。少し赤くなった腕が目に入ると、こちらの様子を伺っていた周囲はざわつきを増した。


家門の力を誇ることは悪いことでは無いが、慢心するのは悪いことだ。そこをまだ理解せず、己の感情もコントロール出来ない彼には、今この時点でそれを分からせる必要がある。


アレクサンドラはそっと自分と腕に触れつつも、改めて彼に向き直り…瞳に炎を宿らせた。


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