見た目ではなく、心で。
お茶会当日。
入念に準備された私は、今までで一番輝いていると言っても過言では無い。早朝から叩き起され、半分寝つつも身を清められ整えられ、目が冴えた頃には既に服を着るだけになっていた。そしてドレスを着た私は、自分でも驚く程に愛らしい令嬢になっている。
これだけ自分で自分を褒められるのは、ここまでの期間心血を注ぎ頑張ってくれた屋敷の人達のお陰だからだ。
「皆、本当にありがとう…そしてお疲れ様。暫くは無理をせず、ゆっくり過ごして」
休暇を与えられる訳では無いが、気楽に過ごして欲しいと言う。皆が頭を下げながら頬笑みを浮かべるのを確認した私は、王城へ向かう為馬車に乗り込んだ。
今日は両親と共に王城へ行く。子供達のお茶会と銘打ってはいるが本当に子供しか行かないなんてことは無く、その間子供達の両親は両親で集まって話をするらしい。母に関しては待っている間皇后様とお茶会をする予定とのことだ。母は昔から皇后様と付き合いがあるらしく、定期的にお会いしているそうで…私も良くしてもらった記憶はある。
「サーニャ、同じ年頃の子供達だけではあるがしっかりやるのよ。気は張りすぎず、いつも通り笑顔で楽しんでらっしゃい」
「はい!今日はリリス嬢やレティシア嬢もいらっしゃるので、楽しみつつも気を抜かず過ごします」
「まあ、お友達もいるなら安心ね。それは良かったわ」
そう言って母は嬉しげに笑った。私自身久しぶりに会う友人との時間に心躍らせつつ足を揺らせば、馬車は王城へ到着したようで動きを止めた。両親とはその場で別れ、私は案内された部屋へと通される。
その場には既に何名かの子供の姿があり、皆緊張した面持ちで辺りを見渡していたが…まだ社交前というのもあり、誰に声をかけたらいいのか分からない様子に見受けられた。
私自身同じ子供であるが中身は大人のため、正直その姿が可愛らしく感じられる。まだ友人の姿は見えないなと辺りを見渡していると、丁度よく扉からリリスとレティシアが入ってくることに気がついた。
「あ、アレクサンドラ様!ご機嫌よう…お久しぶりでございますね」
「アレクサンドラ!ご機嫌よう、丁度そこでリリス嬢とお会いして一緒に来ましたの!」
「リリス嬢、レティシア嬢、ご機嫌よう。そうだったのね。久しぶりに会えて嬉しいわ」
私に気づいた二人はすぐにこちらへやって来て、それぞれ挨拶を交わす。リリスはカーネルシス伯爵家のご令嬢だ、水色の髪と目をした少女で、優しくお淑やかな性格。可愛いと言うよりは綺麗という言葉が当てはまるだろう。
レティシアはハルモンド侯爵家のご令嬢。ピンクブロンドの髪と金色の目で、明るく元気な少女だ。侯爵令嬢としての責任はありつつも、驚く程に無垢で愛らしい花のような子である。
実験や研究と銘打って領地へ訪問した際、仲良くなることが出来た次第だ。二人ともとても良い子で、しっかりしつつも子供らしさを兼ね備えた可愛らしい存在。
私たちが話す声を聞いたからか、それまで静かだった空間は少しずつ音を増やしていく。他の子供たちも少しずつだが会話を始めたらしい。
「それにしても…アレクサンドラ様。本日の装いはとても素晴らしいものですね。私、こんなデザインは初めて目にしました」
「ありがとう。フリルやリボンをあしらおうと思ったのですが、私はこう言ったものの方が合うかと思って作って頂いたの。お褒め頂き嬉しいわ」
「私も思いましたわ!レースの模様もよく映えますし、何より胸元の刺繍もキラキラでとっても素敵です!私も一着頼みたいくらいですわ」
「そう!キラキラしていて美しいです!とても繊細で、上品かつシンプルな装いもお似合いです。レティシア様もきっとお似合いですが…今日のドレスもとても素敵で愛らしいですね」
会話に花を咲かせる二人。子供ではあるがやはりドレスは好き、そう言わんばかりにドレスを褒められ内心喜ぶ私と…似合うと褒められたレティシアもとても嬉しそうに笑顔を咲かせる。
はあ、可愛い子たちに囲まれて可愛い会話をするというのはとても癒される。なんて考えながら会話を弾ませていれば、人数が揃ったのか挨拶が始まり…お茶会も開始した。
約束通りやってきたアルフォンス第一王子殿下の挨拶を皮切りに始まったお茶会は、社交前ということもあり気負わずやってくれというものだったらしい。だが皆が殿下に挨拶をと一箇所に集結していくため、私達は目を見合せたあと席へと腰を下ろした。
「私は頃合いを見て挨拶をしようと思うわ。どうぞお二人共、気にせず行っていただいて大丈夫ですよ」
「いえ…大人気のようですので。今行ってしまえば押し潰されてしまいますもの、私も後程ご挨拶申し上げます」
「私も後でいいですわ。それに、気負わずという事は、殿下の事ですから礼に習わなくてよろしいという意図でしょう?急ぐ必要もありませんわ!」
各々自分の意見を述べてくる。レティシアに関してはそれこそ興味もないと言った様子でお茶に口を付けながらそう呟いていた。二人の年頃なら王子様という存在に興味を持ってもいいはずなのだが、想像よりも興味なさげな反応に少しばかり残念に思える。
こんなに可愛い子達からは興味を得られないのね。
アルフォンス殿下、可哀想に…。
そんなことよりもアレクサンドラの話しをと、二人は私へ興味を向けてくる。声に出して言うつもりは無いが、内心殿下に勝ったとニヒルな笑みを浮かべつつ会話を楽しんでいれば…ふと、一人でいる少女が目に入った。
「あら、お二人共…あちらのご令嬢はご存知かしら」
「いえ…初めて見る子ですね。緊張しているようですが」
私の問い掛けにリリスは首を横に振る。茶色の髪をした少女は周りをキョロキョロと見渡しながら、不安気な表情で壁側に立っていた。着ているドレスは流行りのものではない、かなり昔のデザインに見える。だが繊細なデザインかつ大事に保管されていたことがわかるアンティークドレスだと思っていると…近くの子達に声をかけようと足を進め出す。
近くにいる子供達はその姿を確認した上で、彼女の姿を見たあと背を向け他の面々と話を弾ませている様子だ。あれでは会話に入ることも難しいだろう。
わかりやすくあんな事をされたらたまったものではない。
私は彼女に声をかけようと徐ろに立ち上がる。その瞬間目の前のレティシアも同様の行動を見せたので、私達は互いに目を合わせて笑ってしまった。
「あらあら、素晴らしい心意気ですわねレティシア嬢」
「ああ言うのは見ていられませんの。リリス嬢、あの子をお呼びしてもよろしいかしら?」
「もちろんです。私はこちらでお待ちしております」
しっかりと互いに確認を取り、私達は少女の方へと向かっていく。こちらの姿を確認した少女はパッと表情を明るくしたが、その後にドレスへ視線を落とし…今度は顔を青くする。そんなに気負わないで欲しいと感じながら柔らかく笑みを浮かべた私は、彼女へ声をかけた。
「ご機嫌よう。よろしければ私達とお話をしませんか?」
「ご機嫌よう!とても素敵なドレスですわね!私こう言った繊細なドレスには目がないの、是非お話を聞かせていただけないかしら?」
「ご、ご機嫌よう…あの、是非…ご一緒してもよろしいでしょうか。…モルデス男爵家のモカと申します。」
ニッコリと笑みを浮かべる私たちを見て、少しだけ表情をやわらげつつも挨拶をするモルデス令嬢。小さな声で家名を名乗った彼女は、周りの視線を気にするように肩を震わせた。モルデス男爵家…と言うと、綿が特産品だったはず。
それを口にしようとすると、周りの子供達は彼女を笑うかのように小さな音を立てていた。それを聞きより萎縮した様子の令嬢を見て、私は彼女の肩に手を触れる。
「申し遅れました。私ルカリア公爵家のアレクサンドラと言います。以後お見知りおきを…モルデス家と言えば綿が特産品でしたよね?色々お話を聞かせていただいても?」
「え…こ、公爵…?あ、わ、私でよければ、是非…!」
何を予想していたのか、怯えるように目を閉じていた彼女は私の言葉にばっと顔を上げる。その顔は驚きつつも、どこか嬉しそうで…私はニコリと微笑みを向け彼女の手を取った。
周りにいる子供達も話を聞いていたようで、少しザワついたが…見た目や態度は確かに貴族の嗜みとしてある程度の教養を求めるとしても、我々はまだデビュー前で。それ以上に大切なのは見た目ではなく相手の心や行動だ。それを見せるかのように、手本となって見せたアレクサンドラだが…今頭の中では綿が特産品ということは色々話を聞けそうだ。ということしかない。
アレクサンドラはモカの手を引き、自分達のテーブルへと招待した。




