ドレスは淑女の武装ですわ。
来たるお茶会へ向け、アレクサンドラは大忙しであった。
自分自身やる事は沢山あったが、貴族令嬢として初めて大規模なお茶会というのもあり…屋敷の者たちは皆装飾品やらドレスやら、化粧品をどうする、当日の対応はこうするなどと言い動き回っている。
それを見聞きしているだけならば良かったが、生憎張本人であるアレクサンドラは代わる代わる色々なものを試すため、毎日のように各所へ連れ回されていた。
「今からこんなんじゃ、デビュタントの時は一体どうなるの…?考えただけでも不安よ」
「ひと月かけても足りませんよ。最低でも半年前からは準備を行うでしょう」
「半年前!?半年もこんな事に時間を使うというの?デビュタントの前に私の体が持たないわ」
「では、今から慣れておかねばなりませんね」
ドレスを着せ替えられながら、いつも通り笑うルネはそう言う。本日はドレスの試着日。オーダーメイドのドレスを作るというものだから、既製品やある物でいいと言えば両親は勿論使用人たちからもノーが出た。
アレクサンドラとして生きてきて早数年が経つが、慣れたこともあれば慣れないこともあるもの。彼女にとってその場にあるドレスを着る事は慣れたものだが、大金を使ってドレスを購入するというのはなかなか慣れなくて。
既にドレスルームには溢れんばかりにあるわけで。勿論成長と共に着られなくなるものもあるが、わざわざオーダーメイドをする程でもない。既に出ている既製品ですら安くは無い為、そこまでお金をかけずに買えるものをいつも選んでいる。まあ、確かに公の場に出る際はそういう服は避けた方がいいだろうけど…そう思いつついくつかの既製品に袖を通していく。スタイルやデザインなどを確認しつつ、オーダーメイドで発注するらしい。
「まあ、とてもお似合いですね!花の妖精のようでございますよ!」
「…そうですわね。でも、私はもう少しシンプルなデザインの方が好きです。この辺りのフリルは外せますか?」
「え?フリルをですか?…最近はこの様にフリルをふんだんに使ったドレスが流行りですが…よろしいのですか?」
「ええ、その代わり薄手のレースを重ねるとか。そちらの方が好みです」
折角やるからにはきちんとこなしたい。そう前向きに考えたのも束の間で、勧められ似合うと褒められたドレスは驚く程にフリフリのフリルやリボンに覆われていた。折角のAラインドレスなのに、全くもってラインが見えない寸胴デコレーションである。
フリルの代わりにレースをと言った私に対し、デザイナーの女性はふむ、と声を漏らす。出していたドレスはほとんどフリル系のドレスであった為か、私の意向に合わないと理解したらしく全て下げさせた。出来る限り望むものを作りたいと言う気持ちはあるのだろう。
デザイナーは持ってきたドレスを一通り下げた後、様々なデザインが書かれた紙を見せてくる。
「フリルやリボンが無いドレスだとこういうものが多い傾向にはありますが、公女様のイメージに近いものはありますか?」
「うーん…夜用ですがこの辺りでしょうか。お茶会は日中の予定なので、昼用に変えつつこう言った形でお願いしても?このスカートの部分に薄手のレースを重ねてのせれば、下地の色が透けてレースの模様も際立つし。シンプルに見えつつも上品さはあるんじゃないかしら」
「まあ…まあ!素晴らしいアイディアだわ!インスピレーションが湧いてきましてよ!」
私が放った言葉に対しデザイナーは勢いよく紙に様々なデザインを増やしていく。あまりの勢いに呆気にとられた私であったが、インスピレーションが湧いてくるうちに取り掛かりたいと良いデザイナーは凄い勢いで出て行った。
突然過ぎる出来事に一緒に来ていた者達は慌てていたが、私はルネと目を見合わせて苦笑いを零した。
「凄い人だったね。自分が着るわけじゃないのに、誰かに着せるためにあんなに楽しそうに出来るのは才能だよ」
「ドレスは淑女の鎧ですから。それに携われるということは、デザイナーにとっても嬉しいことなのかと…それにしても。色については聞かれませんでしたが希望はありますか?あれば私からお伝え致しますよ」
「色かぁ……ねえルネ、私、赤色は似合うかな」
淑女の鎧。そんな鎧を纏うのであれば、出来れば好きな色を纏いたい。手首に付けたブレスレットに触れながらそう言う私の意図を察してか、ルネはもちろんと笑って答えてくれる。
もっと会えると思っていた彼は、あれから一度も会えなくて。手紙でのやり取りは変わらず続いているが、ただただ彼との思い出が眩しく感じられる。鮮明に脳裏を焼きつける、鮮やかな赤色。纏えるのなら本望だが、好きだと思うものが似合わなかったらと思うと、不安もあるのだ。
その為私は未だに、その色は纏えていない。
ルネは膝を折り、私へ目線を合わせてくる。
「お嬢様にきっとお似合いですよ。仮に似合わないとしても、好きなものを着る。それだけでも私はいいと思います」
仮に似合わなければ赤はベースに置きつつ、若干色合いを変えたらいい。色ではなくドレスを自分に合う形にすればどうにでも出来る、とルネは付け加えて言った。
好きなものを着る、か。
アレクサンドラはふと思い出す。ドレスルームに並ぶドレス達はどれもこれも素敵なものだ。だが好みの問題もあり着るもの、着ないものは勿論出てきたわけで。似合わないわけではない、だが好きなものを着たい。そう考え過ごしてきた結果…当時あったドレス達は、好みやタイプは変わっているものへ取り替えられている。青系のドレスが多くあったそこは既に、色とりどりのドレスが並んでいた。
「…確かに、好きなものを着る。好きなものを着れる。それだけで嬉しいし、それだけで良いかもしれないね」
「ふふ、そうでしょう?ではお嬢様…改めてお伺いしますが、ドレスのお色は何色にいたしましょう?」
柔らかく笑ったルネは立ち上がり、こほんと咳払いをしながら方目を閉じてこちらを見る。優しく、私の気持ちを理解してくれ、かついつも正しく導いてくれる。
そんなルネを見て私はクスリと声を漏らしたあと後、ニッコリと笑みを浮かべ赤色と答えたのであった。
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その後暫く…一週間も経たぬ間にドレスは仕上がった。
一週間ぶりに顔を合わせたデザイナーはだいぶやつれた様子で、目の下には濃いめの隈も見受けられる。だが清々しい程の笑みと、幸せそうな雰囲気を醸しながら完成したドレスを私へ見せてくれた。
そのドレスを見た私は目を見開き、とても美しいそのドレスを見つめ…デザイナーに礼をとり、感謝を伝える。
白が土台のドレスで、上から被るように淡い赤色で満たされたレース素材のもの。腰から下は重ねられたレースにより柔らかな雰囲気を醸し出し、装飾を減らした分レースの模様がとても美しく映えた、見た事もないほどの出来栄えだ。
興奮するように声を漏らしながらドレスを囲む使用人達を他所に、私は改めてデザイナーへ感謝を伝える。
今後も是非にと口にすれば、デザイナーはすぐさま紙を取り出す。インスピレーションが止まらないらしい。
「お嬢様からアイディアを頂いてからもう止まらなくて…!色々確認しつつ、他のデザインもご確認いただけますかしら!?」
「あ、はい、もちろん。私でよろしければ…」
こんなに素敵なものを作っていただいた手前、否と言える訳もなく…アレクサンドラはデザイナーと共にデザインについての話をすることとなった。折角ゆっくり出来る時間がある日なのにと思いつつ、デザインが想定よりも楽しかったこともあり有意義な時間となったらしい。
後にこれは、一部の間からアルデンローズ店のサーニャデザインとして…とても高く評価される事をアレクサンドラはまだ知らない。




