前世の記憶は突然に。
「……なんて事だ」
鏡の前に立つ少女は己の額を押さえながら、自分と同じ動きをする鏡の中の少女を見てそんな言葉を漏らした。
白銀の髪にエメラルドの様な綺麗な瞳。ふっくらとした子供らしいもちもちの頬は薄ピンク色に色付いており、パチリと開かれる大きな目をした、それはそれは可愛らしい姿の少女だった。
自分のおでこに貼られている大きな白い布を押さえつつ、少女はマジマジと自分であろう鏡の少女を見つめる。
「なんて可愛らしい姿。これが私?つまりこの状況は、所謂転生ってやつか……?」
ある程度観察を終えた少女はそう一言呟いた。
何を隠そう、突然前世の記憶が宿り気がついたらこの状況。おでこに貼られた布からして頭を打ったらしいが、その前後の記憶は一切ない。
本来元々の記憶と混合するケースが多いと、前世の小説などでは見たはずだが、びっくりする程この少女に関する記憶が無い。見た限りではまだ幼稚園児くらいに見受けられるが、そんな幼い子供に相反してバカでかい部屋で目を覚ましてしまったのだ。
「ひとまず状況の確認をした方がいいかな…?人を呼んでみようかな?」
自分でも驚く程冷静な思考をしていると思うが、何を隠そう前世の私は30歳を迎えたばかりの一般人女性だった。
以降の記憶がないということはその辺りで享年を迎えたのだろうと推測するが、特に思い残すことも無かったので正直に言うと転生自体は物凄く嬉しかったりする。
が、あまりにも実年齢と差がありすぎる為か現実味を感じられないというのも本音だった。
「お、これかな?呼び鈴的なタイプなんだ。よいしょ」
辺りを見渡すと、ベッドの横に長い紐があることを確認。引いてみると鈴のような音が鳴り、初の経験で少しばかり心が踊る。しばらく待てば人が来るだろう。
そう呑気に考えた直後、とてつもない数の足音がこちらに向かってくることに気がついた。
ドパァン……!
「サーニャ!サーニャァァァ!目が覚めたんだね!ああ、良かった……!」
「サーニャちゃん…!何処か痛いところはない?ああ、本当に…目覚めてくれたのね…!」
「お嬢様ぁぁぁ……!」
刹那、とんでもない音を立てて空いた大きなドアから、流れ込むように人が入ってくる。驚きのあまりベッドの上から落ちそうになったが、先頭切って入ってきた男女二人が支えるようにすくい上げてくれた。
サーニャと呼ぶ二人の他、私のことをお嬢様と呼ぶ人たち。嬉しそうな顔や涙を流す顔が見受けられ、どうやらこの少女は非常に愛されているのだと理解した。
だが、そんな人達の顔を見ても尚記憶は回復する様子もなかった為…私は王道的策でその場を切り抜けることにする。
「えっと…ごめんなさい。サーニャとは、私のことでしょうか?」
王道的策とはつまり、記憶喪失である。
事実、前世の記憶はあるとしても今現在の記憶が全くないので嘘では無い。多分両親であろう二人は認識しても、名前や呼び方すら記憶にないのだ。一から教えてもらう他ない。そう思っただけだったのに。
「サ、サ、サーニャ…?まさか、自分のことがわからないのか?私の、私たちのことは!?」
「…ごめんなさい。ここが何処なのかも、皆様がどなたなのかも、わからなくて」
「ああ……なんて事……っ!」
驚きの表情を浮かべる皆の顔を申し訳なさげに見ていれば、体に手を添えてくれていた女性がフラリと倒れ込んだ。その後は大惨事で…医者を呼べと絶叫する父らしき人物と、血の気が引いた姿の母らしき人物。後ろに控えた大人たちは大急ぎで動き出し、私はベッドへと戻されてしまった。
愛されているとは思ったが。
想像以上に大事になってしまった事に私は申し訳なさを感じ、ひとまず体調が悪いフリをして乗り切ることにした。
ここから本編に入ります。
拙い部分も多々あるかと存じますが、
お見守り頂けますと幸いです。
よろしくお願いいたします。