陽だまりのような笑顔の君を見て
翌日。約束をしていた訳ではなかったが彼はやって来て、昨夜の出来事と…突然の別れを告げられる。
「…そっか、お父様が推薦書を書いてくれたのね。突然で驚いたけど、何だか私も嬉しい!」
告げられたのは魔塔へ加入するという内容で。昨日の今日だ、内心驚きは隠せなかった。だが自分で勧めた事もあり、嬉しく思うのも本心なので私は笑ってそれを祝福した。
推薦されただけで所属が出来るという場所では無い。だがロイドは既にいくつかの成果を上げており、所属の決め手となったのは太陽光ライトの存在だったらしい。実を言うと魔塔へ申請をした時点から目をつけられていたとの事だ。
「一週間後には魔塔へ行く事になったから、それ以降は暫く会えなくなる。いつ会えるかも、わからない」
「そっか…思ったよりも早いね。でも、本当に良かった」
そう言って笑う私を見たロイドは、何も言わずに私の顔を見つめる。嬉しい気持ちは本当に、心からのものだ。でもやはり、会えなくなるのは少し寂しい。
一生会えない訳ではないと分かっていても、当たり前のように一緒に過ごしていたこの時間が無くなるというのは、どうしようもない消失感を伴った。
ロイドにとって良いことである以上、そんな事は言ってはいけないと理解していても、その思いを無くすことは出来ない。
「たまに、少しでも会える機会があれば会いたいな。忙しいだろうから無理にとは言わないけど!本当に応援してるし、ロイドがいない間に色んなアイディアも考えるね。会った時はロイドがしたい事とかして、魔塔での話も聞いたり…ああでも、ロイドは凄いから人気者になっちゃったら難しいかな…」
「アレクサンドラ」
「ん?なあに」
そんな思いに蓋をする。その代わりか言葉がとめどなく溢れて止まらない。嬉しいのに、嬉しい筈なのに、喜ぶ気持ち以外の感情が邪魔をするような気がした。
ロイドの顔を見ないまま、目を細めて笑って見せれば…彼は私の手を取り、私の顔をのぞきこんだ。
その顔は、見たこともない程に優しい顔。
「何年かは、会えないかもしれない。それでも、手紙を送るし会える時は必ず会いに来る。誰に頼られても、誰に頼まれても、一番に。」
「……でも、でもきっと!沢山楽しい事が出来るはずだよ。ロイドが興味を持てて、好きに発明も出来て、今よりもっと自由に過ごせるだろうから。だから、無理はしないで、会える時で良いのよ」
「…お前と……サーニャと、一緒にいる時が一番楽しい。多分、それはずっと変わらない」
私の手を握ったままそう言って彼は、ぎこちなく笑った。
その瞬間、蓋を閉めようとしていた感情が勢いよく押し寄せてきた。溢れ出た止まらないままで、私の瞳から溢れ出たそれを見て…ロイドは少し困った様に笑っている。
彼が笑う顔を、初めて見た。
どれだけ楽しそうにしていても、どれだけ心を開いてくれたと思えても、彼の笑顔を見ることは出来なくて。
きっとこれは私ではなく、他の誰かがいつか見る事が出来るものなのだと思っていた。それを、突然見せただけでなく…あれ程頑なに呼ばなかった私の愛称を呼びながら見せるものだから、私は我慢など出来なかったのだ。
ぎこちなく、慣れていないであろう不器用な笑み。
それでも優しく笑う顔は陽だまりのよう暖かい。
きっと私の心境を理解した上でそれを見せられてしまえばもう、抑えようにも止まらなかった。
「お前は、よく泣くな。溶けて零れ出しそうだ」
「っ…だって、ロイド、が…!うう…さみしい、んだもん…!」
「そうだな。俺も、寂しいのかもしれない」
そう言ってアレクサンドラの涙を拭うロイドを見て、彼女はいつもの様に彼を抱き締める。いつもは支えるように肩を持つロイドだが、今日は違って。ゆっくり、それでいて優しく…大切なものを壊さないようかのように、柔らかく彼女を抱きしめ返した。
暫く会えないという現実に対し、今を噛み締めるように。
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それから一週間はあっという間に経ち、ロイドは予定通り魔塔へと旅立って行った。
当たり前の様に公爵家で過ごした日々は、彼がいないだけで何処か寂しく感じられる。だが、彼と一緒に作り上げた思い出だけは、たしかに残っていた。
「…寂しくなりますね、お嬢様」
「うん…でも、お手紙もくれるって言ってたから。それに、ロイドが頑張る分私も頑張るって約束したの」
そう、約束をした。
ロイドが魔塔に所属する者として必ず成果を上げると言うものだから、私自身貴族として、公爵令嬢として、ロイドが驚く程に成長してみせると。正直言って天才であるロイドにそう啖呵をきった事は不安もあるが、出来る限りの努力はしたいと思う。
それにねと、私は言葉を繋ぎ…隣に立つルネに取り出した物を見せた。
「まあ、素敵なブレスレットですね!装飾もだいぶ細かくて…高級そうに見受けられますが、彼からですか?」
「そうなの。魔塔へ行くのが決まった日から、素材を集めて自分で作ったんですって!」
「自分でですか!?…本当に、何でも出来る子ですね」
取り出されたブレスレットはシルバーベースのもの。細かく彫り込みによる模様が施されており、真ん中にある台座にははめ込まれたのは赤色の石。何処で手に入れたのかは教えて貰えなかったが、これをはめると決めたのは私自身の判断で。
どれがいいと、様々な色の小さな石を見せられた時はなんて素敵なサプライズかと思った。沢山ある中でも、私が選んだのは勿論ロイドの瞳と同じ色をしたもので。それに決めた時、勝手な憶測かもしれないが…少しロイドは嬉しそうだった。
「お嬢様に良くお似合いです。それで、お嬢様は結局何をお送りに…あら?いつの間に髪を解かれたんですか」
「……ええっと、へへ」
ルネはブレスレットから私に視線を向け、何を送ったのか問いかけようとしてきたが…一つに結んでいたはずの髪が解かれた様子の私に気がついたようで、あらあらと口元に手をやる。
色々用意はしたのだ。本当に色々と。
ロイドが喜びそうな物に関してなら、元の情報などなくとも今の私はより沢山理解していると自負していたから。
だが色々見せた上でロイドはそれらを受け取らず…私の髪を結っていたリボンを何故か持っていってしまった。
「まぁ…旦那様方がお聞きになられたら、暫くは今以上に過保護になられそうですね」
「そんなに?…まあでも、良いかぁ」
私の話を聞いたルネは何やら楽しげに笑っている。
私は私で結構お気に入りのリボンであったわけだが、ロイドが欲しい物と言うならば渡す以外の選択肢もない。
そうして私達は、暫しの別れとなった。